尾辻かな子[大阪府議会議員]●声も出せない人がいることを忘れてはいけないと思う

伏見さんは、私がまだ自分のレズビアンとしての自分に正面から向き合えていない頃から、ゲイとして社会的な発信を続けてこられた大先輩にあたります。この度はその伏見さんの書評を書く機会を頂けて、非常に光栄です。しかし、私が伏見さんの著書の書評を書くというのは正直とてもプレッシャーがきつく、何度も読み返しながらかなり苦労しました。以下の文章は、私の感想と思って読んで頂けると幸いです。

伏見さんは本書で言います。「差別—被差別」とする構図の中には、すでに被差別の側に「正義」を含んでいる、と。「正義」をふりかざすのではなく、「痛み」も「楽しみ」も等価な「欲望問題」だと捉えなおすことで、対話ができるようになる、と。痛みに声をあげることのすべてが正義をふりかざしていることになるのか。私にはよくわかりません。それは、私がまだ30代はじめという年齢であり、自分たちを一方的正義とみなしていた社会運動が下火になってからの世代だということもあると思います。また、正義の押し付けだと、声をあげるのが誰なのかによっても、状況は変わるでしょう。

今回、厚生労働大臣の柳沢さんの発言をめぐっても「差別発言」という意見と共に「言葉狩り」だという意見がでてきました。もし、マジョリティたちが自らの権力性に気づかずに、声をあげる人々に対して、正義を振りかざすなというとき、マイノリティが声をあげたこと自体をつぶすことにならないかが心配です。そういう意味では、マイノリティが声をあげにくい状況にあることに、より繊細にならなくてはならないと思います。現在の同性愛者の活動ですが、私の目から見ると、むしろ自分たちの内なるホモフォビアと闘い、自らのあり方を自己否定しながら、政治的に大きな声をあげることをためらってきたのではないかと思えます。

伏見さんは、いろいろな意見を調整する場としての政治の重要性を語っています。議員の仲間内で使う言い方に、「振り上げた拳の下ろし方を誰か考えたらな、いつまでたっても下ろされへんで」とか「どこで落としどころつける」などといった表現をします。さまざまな意見がある場で、お互いの意見を尊重しながら妥協点を見つける作業をするわけですが、そのスキルを当事者たちが身に付けることは、伏見さんもご指摘のように、これからとても重要なことだろうと思います。

次にジェンダーフリーに関する部分です。伏見さんは、性愛は男女の記号のゲームであり、ジェンダーは楽しみや喜びの中から改変していくことができうると書いています。確かにジェンダーをめぐる状況は、異性愛者も同性愛者も、10年前と比べたら随分変ってきていますし、そこには私も希望を持っています。しかし、私の職場である地方自治の現場は、まだまだこの部分に関しては遅れている場所です。男とは、女とは、家庭とは、と堂々と語る議員たちが圧倒的多数を占める中で、私としては、ジェンダーフリーそのものに懐疑を向けるより、バックラッシュの側と対峙する姿勢をとらざるを得ません。残念ながらこれがまだ、日本の政治の現実です。

私は同性愛者であることを名乗って、いわゆるアイデンティティ・ポリティクスをしている段階です。ただ、次の世代には「ゲイやレズビアンであることは、それは自分の個性の一部でしかない」といえる人たちがでてくるでしょう。このことがアイデンティティ・ポリティクスの成果であり、アイデンティティ・ポリティクスの寿命を迎える時なのだと思います。しかし、そのためにも今はまだ、日常を共に生きている人間としての同性愛者たちの可視化が必要だと思います。

また、ゲイとレズビアンの共通点と差異に目を配ることも重要です。レズビアンは、まだゲイほど可視化されていないように思えます。テレビの中にゲイを公言するタレントはいても、レズビアンを公言するタレントは登場していません。女性と男性の給与格差は、データで見れば厳然としてあります。これが、レズビアンの経済的貧困につながっています。

日本もモザイク状で、状況は複雑です。東京や大阪などの大都市で若いうちからオープンに生きている人が増えているのは事実だと思いますが、私のところに来ている相談メールを読んでいると、地域によっては、カミングアウトしたらそこでは生きていけなくなると思っている人も、まだたくさんいることが分かります。

「痛み」も「楽しみ」も等価な「欲望問題」だということで、伏見さんは社会との対話を喚起します。この目指すべきところは、私も同じです。ただ、議員として私が決して忘れてはいけないことは、最も抑圧されている人々の中には、声を出すことも、対話のテーブルにつくことも難しいことがあるということだと思います。

この本には、賛否両論さまざまあるでしょう。しかし、伏見さんの狙いは、きっとその賛否両論を引き起こすこと、読者一人ひとりがどう考えるのかを問うことなのではないかと思います。その決断に心からの敬意を表します。

【プロフィール】
おつじかなこ●1974年生まれ。2003年4月から大阪府議会議員。次は国政にチャレンジすることを表明している。2005年8月の東京レズビアン&ゲイパレードで同性愛者であることを公表し、同時に著書『カミングアウト〜自分らしさを見つける旅』(講談社)を出版。
公式サイト http://www.otsuji-k.com/

【著作】
パートナーシップ・生活と制度—結婚、事実婚、同性婚(共著・杉浦郁子、野宮亜紀、大江千束編)/緑風出版/2007.1/1,700
災害と女性〜防災・復興に女性の参画を〜(共著)/ウィメンズネット・こうべ編/2005.11/800(税込み)
カミングアウト—自分らしさを見つける旅/講談社/2005.8/1,500
みんなの憲法二四条(共著・福島みずほ編)/明石書店/2005.5/1,800
かく闘えり!!—2003年統一地方選挙議員をめざした女たち(共著・甘利てる代編)/新水社/2003.10/1,700