2005-11-18
【ルポ】極右との対話5 舞踏会の夜
*写真は及川健二が11月14日(月)に国民戦線が主催した集会で撮影したものです。
パリ郊外を中心とした暴動が収まるどころかますます激化していた11月5日(土)の夜、「ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!」を見た私は、パリ郊外のサンクル(Saint-Cloud)へと地下鉄で向かった。Metro10番線の終点について地上に出ると、寒さで少し身震いをした。駅のすぐ前にセーヌ川があり、橋を越えて渡るとそこはパリ郊外のサンクル市になる。越えたところに、路面電車が走る。その駅の上を通る歩道橋を越えると国民戦線の本部が見える。その夜、フランス海外県の踊りや音楽などを楽しむ夜の夕べ、舞踏会が本部で20:30から行われると聞き、私は本部に来た。理由は三つあった。パリ郊外で移民二世・三世を中心とした若者が叛乱を起こしているときに、かねてから移民による爆発の危機を警告してきたルペン党首は何をしているのか、それを見たかったということが一つ。次の週にルペン党首にインタビューすることになっていたので、その挨拶をしようと思ったことが二つ。インタビューのときに「はじめまして、私は及川健二です」云々と挨拶をするより、事前にお会いして顔見知りになった方が、取材も弾むだろうと思った。三つ目は、国民戦線ナンバー2で日本文化・法哲学の教授でいらっしゃる日本語堪能のブルノー=ゴルニッシュ氏に郊外暴動に関する意見を聞きたかったのだ。
路面電車の前に比較的大きなバス駐留所がある。バスの時刻表を見てから、私は本部前についた。時計の針はすでに21:30を過ぎている。受付の扉は閉まっている。ノックをすると、ごついセキュリティの男がドアを開けた。
「予約はありますか?」
「はい。わたしは日本人のジャーナリストです。ゴルニッシュさんと約束しています」
といって、記者証を見せた。男は舞踏会の開かれている会場(そこはふだん記者会見場として使用されたり、大きな選挙があるときは開票を支持者といっしょに見守る会場として遣われる)に入っていった。
すぐにゴルニッシュさんが出てきた。舞踏会だからなのだろう、戦艦に乗る総督といった格好をしている。「●●●の総督」といったテレビゲームのパッケージで描かれているようなすごい帽子をかぶっている。
一ヶ月ぶりにお会いしたので握手を交わす。
「ようこそ、いらっしゃいました。少し待ってくださいね」
といって彼は会場に戻った。
しばし待った後でゴルニッシュさんにつれられて入ると、薄暗いところで女性が何人かがサンバの音楽に合わせて踊っている。中央に絨毯がひかれそこがステージとなり、まわりにテーブルが用意され食事を楽しむ。
一席、空いていた(というより、ゴルニッシュさんが空けてくれたんだそうだ)ところに私は腰掛け、隣の女性に紹介された。60は越えているであろう白人の女性は「わたしは英語も話せますからね」といって、仏語と英語をまぜて会話をしてくれた。会場には50人ばかりの人がいるだろうか。テーブルには蝋燭が置かれ、会場はとても落ち着いた雰囲気に包まれている。
しばらくすると、ゴルニッシュさんの隣の席があいたので、「腰掛けてもよろしいですか」と尋ねると、「どうぞ、どうぞ」と日本語でいわれた。
休憩を何度かはさみ、女性は最後にサンバの衣装に着替えて、はげしく踊りながら各テーブルを回った。参加者の何人かも誘われて一緒に踊り、女性の一人がジャンマリ=ルペン党首の手をとり、一緒に踊る。
77歳だというのに元気だ。
ショーが終わるとダンスの音楽がかかり、舞踏会らしく参加者が次々と踊り出した。ルペン党首の娘さんマリーヌ=ルペン副党首は三銃士のような格好で激しく踊る。男性の手をとりながら、ときにクルクルまわる彼女に私は圧倒された。まるでプロのダンサーのようだ。若いうちから踊り慣れているんだろうな。
ゴルニッシュさんに「マリーヌさんはすごく踊るんですねー」と語りかけると、首を大きくたてにふった。
テーブルを離れて写真を何枚かとる。
自分のところにまた戻ろうとすると、ワンピースのドレスを着たジャニー=ルペン党首夫人と遭遇した。「あらーーー」といって私に近づき私の両頬にキスをする。そこへゴルニッシュさんが通る。ジャニー夫人が「あなたの息子よね?」と尋ねたものだから、「いや、全然違うよ」とゴルニッシュさんは否定する。ジャニーさんは「あらー、ごめんなさい、ブルノーの息子だとおもって」
前も書いたけれど、ブルノー=ゴルニッシュさんは日本人の女性と結婚した。何人かいる子どものうちの長男が、ジャニー夫人にいわせると、私に雰囲気が似ているんだそうだ。といっても、お会いしたことがないので分からないけど。西洋人から見たら東洋人はみんな似て見える、という話なのかも知れないが……。御長男は親に云われたわけではないのに軍人を目指していると聞いた。
テーブルで食事をしながら、「こないだの総選挙についてはどう思いますか。自民党と民主党、どちらに勝って欲しかったですか。どちらのほうが日本の独立を目指しているんですか」とゴルニッシュさんに突然、聞かれた。ウグッ、なんと難しい問いを……。一瞬、つまった。そして、私見を述べた。アメリカを中心とした外国政策という点では民主党も自民党もかわらないであろう。しかし、同じ党が長期にわたって政権につく弊害はある。民主党を積極的に推すわけではないけれど、政権交代をしたほうが少しはマシになるのではないか、と。こう思ったのは、フランスに来てから時折、日本の国会審議をインターネットで見るようになってからだ。日本にいるときは国会の審議など見ることはなかった。パリ郊外の自宅でたとえば料理をしているときとか掃除をしているときに審議を聞く。小泉純一郎・首相の答弁には仰天させられる。質問に答えない。はぐらかす。というより、会話が成立していないのではと思う。たとえるならば、私がひさびさあった友人に「おー元気にやっているか?」と質問したら、「サイパンはスコールが多いんだよなー」と返され、「いま学生なんだったけ」と尋ねたら、「しっかし、東京って殺伐としているだろ」と応えられるような。
ゴルニッシュさんがジャニー夫人に誘われて踊りに行った。
参加者で円をくんで踊る。ルペン氏も一所懸命 音楽にあわせて体を動かす。その日はいつものイカツイ雰囲気はなく、大家族の陽気なパパになっている。
「五体不満足」の著者・乙武氏が乗るような機械にのった白人女性が舞台に出てきた。彼女は両手両足が動かず、口でリモコンを操縦する。いわゆる会話はできないようで、ときおり、言葉とはいえない声をあげる。踊っている一段にまじって、口でリモコンを動かし、機械であっちへ行たったりこっちへ行ったりする。彼女にとってはそれが踊りなのだろう。
時折、リモコンから口を話し天井を見上げ笑い声をあげる。
とても楽しそうだ。
ルペン党首が女性に近づいた。ルペン氏は腰をおり、笑顔で彼女に語りかける。音楽のため何をいったのかは聞き取れない。ルペン氏がしばらく語りかけて去ると彼女は昇天するんじゃないかと思えるほど喜んだ。痙攣したかのように全身をふるわせ笑った。
国民戦線の集会に行くと、黒人や中東系の顔をした人と会うことはほとんどない。しかし、車椅子に乗った人をしばし見かける。
ヤングマンが会場にかかり、マリーヌさんも含む参加者でみな、「YMCA」と踊る。
外の空気が吸いたかったので、会場に面した駐車場に出た。親につれられて来た小学生高学年ぐらいの年頃の少女何人かがかたまって話をしている。夜空を見上げると、いくつかの星が輝いている。
舞踏会が行われているいまも、パリ郊外では警官隊と若者が衝突を繰り返し、街は火に包まれているのだろう。そんなことを思った。ひょっとしたら衝突の音が、暴徒の罵声が、車が燃やされて出た炎が、催涙弾が発射される音が、消火活動に向かうサイレンが聞こえてくるのでは、と思い目を閉じ耳をすませるのだが、聞こえてくるのは近くを走る車の音のみだった。
毎日 戦場の如きパリ郊外の映像がテレビの画面に映し出される。しかし、おそらく99%のフランス人にとって、それは遠いところの出来事に違いない。郊外の街で暴動がおき火がつけられようが、変わることなく一般の市民は床に就き眠る。パリ中心地から車で30〜60分でいける距離の街が戦場の如き事態になっているというのに、パリ市内の変わらぬ静けさは何なのだろうか。
外の空気を吸ったら、帰宅したくなった。ゴルニッシュさんに御礼をいい、私の座ったテーブルにいた人々に挨拶をすましてから、私は会場を去った。路面電車の駅前にあるバス停に行くと、わたしの自宅の方角へ向かうバスが発進するところだったのですぐ乗り込んだ。バスはときおり乗客を降ろし、あるいは新しい客をいれて進む。郊外の地ではバスが襲われ燃やされた。投石をうけたりする。外の風景を眺めるが、いつもと変わらないように思えた。投石を受けることもなく、ガソリンを撒かれることもなく、終点へとついた。
そこで、また次のバスへ乗り換えた。私は自分が住む隣町のバス停留所で降りた。パリ郊外の街をすこし散歩したかったのだ。その街にも団地がいくつも存在する。団地の前の道路には車がびっしり停留している。しかし、火をつけられてはいない。一度、パトカーが私とすれ違ったが何もいわれなかった。黒人の男の子三人がビルの前にたむろしているのが見えた。嬌声をあげて遊んでいる。
中東系の男二人組とすれ違った。
終電がとおに過ぎたバス停留所の前でぼーっとしている男の横を通った。
人とすれ違うたびに、いきなり襲われるかも……という多少の恐怖感を覚えた。通り過ぎてからあとをつけられていないか、振り返った。
でも何も起きなかった。いつもと変わらぬ物音ひとつしない夜だった。
自宅の前についたとき私はカメラをかまえた。歩く人のいないその道路には、一軒家に住む住民の車が一列に並ぶ。車の前後に隙間もないくらいに、だ。蛍光灯に照らされ並ぶ車が異様に思えた。火がつけられ燃え上がる情景を想像した。でも、この静寂とした街に暴徒が押し寄せてくる状況を思い浮かべることがうまくできない。
いい写真ですね。。。