2008-01-10
女の見果てぬ夢を鮮やかに描き出す映画『エンジェル』 フランソワ=オゾン監督の意欲作
『オーマイニュース』に次のような記事を執筆しましたので、転載いたします。
主題:女の見果てぬ夢を鮮やかに描き出す映画『エンジェル』
副題:フランソワ=オゾンの意欲作
【本文】
新作をコンスタントに撮り続けるフランスの代表的な映画監督フランソワ=オゾン……。「若き才人」と人は呼ぶ。彼の天才的な手腕の1つが女優を生かす技術だ。彼の手にかかると、女優は開花し、化ける。
女優として、低迷していたシャーロット=ランプリングを、2001年には映画『まぼろし』の主演女優に抜擢(ばってき)し、自殺した亡き夫の残映を追い求める妻の役で、極めて繊細な演技を披露し、批評家から高い評価を得た。ランプリングはこれを機に女優として復活を果たす。2000年には映画『焼け石に水』に、当時21歳の清純派女優リュディヴィンヌ=サニエを抜擢し、彼女の裸体とセックス・シーンを披露して波紋を呼んだ。
夫婦の出会いから出産、離婚まで描いた映画『ふたりの5つの分かれ路』(04)では、40歳を過ぎてなお、魅惑的な雰囲気を漂わす女優ヴァレリア=ブルーニ=テデスキを起用した。そして、日本でも話題になった『8人の女たち』(02)では、カトリーヌ=ドゥヌーヴやエマニュエル=ベアール、サニエなどフランスを代表する大女優8人を出演させ、1人ひとりの魅力を存分に引き立て合い、華々しい映画にした。
「出会った時からずっと愛しているの」
12月8日から日本で上映が始まったオゾン監督の映画『エンジェル』は英国の女流作家エリザベス=テイラーの埋もれた名作小説を映画化したものだ。時代は1900年代初頭のイギリス、場所は田舎町のノーリー。ヒロインは、エンジェルという名の少女。若き女優・ロモーラ=ガライが演ずる。彼女はこの映画でとことん、きらめいていた。
由緒正しい貴族の娘として生まれているはずだったと信じている彼女は、たくさんの使用人に囲まれ、美しいドレスをまとい、優雅にハーブを奏でる自分の姿を想像する。しかし、実際の彼女は亡き父が遺(のこ)した食料品店を経営する母とともに、決して豊かとはいえない生活をほそぼそとおくる下層中流階級の少女だった。
そんな彼女は自分の夢想を物語に託して、紡ぐ。たぐいまれな文才を持っていた彼女は周りから理解されなくとも、ひたすら筆をとり続け、自らの作品を出版社に持ち込んだ。
そのうちの1つ『レディ・イレニア』が編集者の目に留まり、出版社から採用の通知を受ける。彼女はロンドンに出向き、発行人と出会う。彼は彼女のあまりの若さに驚く。
『レディ・イレニア』は出版されるやいなや、ベストセラーとなり、舞台劇化される。エンジェルは文学賞を受賞して、新作を次々と発表し、たちまち人気作家の仲間入りを果たす。幼いころから豪邸(パラダイス)で暮らすことを夢見てきた彼女は、運よく、持ち主が破産したことから売りに出ていた豪邸(パラダイス)を購入する。
そして、画家のエスメと出会い、彼のモデルとして過ごす時間の中で、恋心を高まらせていく。
そんな中、新作小説『ヴェネチアの想(おも)い』の出版記念パーティーがロンドンで行われた。深紅のドレスに身を包んだエンジェルはエスメに結婚を申し込む。
「出会った時からずっと愛しているの。死ぬまで愛し続けるわ」
熱いプロポーズの言葉でエスメを押し切り、結婚を承諾させたエンジェルは、ハネムーンから戻った後、「パラダイス」にしつらえた新しいアトリエをプレゼントする。
しかし、幸せな結婚生活はそう長くは続かなかった。英国が第一次世界大戦に参戦した直後に、エスメが志願して入隊したのだ。振り払われまいと必死にすがりつき、説得し、引き留めようとするエンジェル。しかし、エスメの意志は固かった。彼が家を後にする時、エンジェルは罵声(ばせい)を浴びせる。
「その扉を出ていくなら、もう二度と開けないわ!」
彼女のような生き方をしてはいけない
それから時がたち、戦場で負傷し、片脚を失ったエスメが帰ってきた。お互いにすべてを許し合い、再出発を心に誓ったエンジェル。しかし、彼女を待ち受けていたのは、皮肉な運命であった。
この作品はオゾン監督にとって実験的なものだ。セリフは英語で一貫している。そのため、フランス人のオゾン監督は細かいセリフの指導をしなかったという。
2007年9月、来日記者会見をした時に、「本作で、特にお気に入りのキャラクターや、このキャラクターは、特によく描けたという人物はいますか?」という質問に、オゾン監督は次のように答えている。
「そうですね。本作では、エンジェルへの思いが一番強いですね。興味をそそられました。なぜなら、彼女のような生き方をしてはいけないことを、事前予防的に体験することができたからです」
「アーティストは往々にして、成功を勝ち得ると、王様のように、成功が永遠に続くのではないかという気持ちになりがちです。エンジェルがパラダイスハウスを築いたように、自分の世界に引きこもって、裸の王様のように、自分に都合の良い者とだけ暮らす。そういう生き方をしがちなんです」
「でも、私が思ったのは、エンジェルのパラダイスハウスは、結局、彼女にとっての牢獄(ろうごく)となり、最終的には墓場となってしまったわけです。そういうふうになってはいけない。アーティストは常に進化し続け、現実とコネクトしないといけない。そんな自戒の気持ちも、『エンジェル』で表現しています」
オゾン監督のつきない表現欲には脱帽するばかりだ。次作も期待したい。