2005-10-03

【ルポ】ゴムまく人々

トランスジェンダーの権利を訴えるデモに参加した後、映画館でしばしくつろぎ、わたしはマレ地区を散策した。その日(10月1日)の夜はパリ市内で白夜祭(la nuit blanche)が開かれており、道路は人であふれている。レ・アールでもブラジル音楽の野外コンサートが開かれており、群衆が大挙しステージを見ることができない。近くでは若い男女四人がパリ市が発行した公式ガイドを机に大量にならべ、配っている。そこにも人だかりができる。

歩くスピートはふだんの二分の一になってしまう。
マレ地区の本屋でレズビアン・ゲイ雑誌『TETU』の先月号と今月号を買い、店を出ると、『戦場のピアニスト』の主演俳優みたいに細い白人男性が、藁でできたかごを下げ、何か配っている。

『コンドームです、どうですか』

といって、ゴムを渡された。わたしは手に取ってその場を立ち去った。ふと、彼はなんでここでゴムを配っているのか気になり、引き返した。

「わたしは日本人のジャーナリストです。偶然ここに来てアナタを見つけたんですけど。けふは、トランスジェンダーのデモに参加したところです。ところで、写真をとってもよいですか?」

「写真、僕の?いつですか。えっいま撮るんですか。ちょっと待ってください、仲間を呼んできますから」

といって彼は近くにいた若い白人女性を連れてきた。

「いいアイディアじゃない。撮ってもらったら」

と彼女はいう。男性は

「ドコカラ来マシタカ?」

と突然日本語を話し始めた。

「えっ、日本語を習っていたんですか?」
「二年間、水曜日にならっていました。新聞ですか?」
「いえ、私はフリージャーナリストなので、週刊誌に書いたり、インターネットに文章を書いたりしています」

と説明した。女性は自らの活動について書かれたパンフレットを二冊もってきて、ぜひ読んでください、という。

「フランスと同様に、日本でも新規感染者が年々増えています」
「ホモセクシュアルの割合はどれくらいですか?」
「昨年ですと、約60%が同性愛者でした。フランスでも同性愛者の感染は多いですよね。だから、ここ(ゲイタウンであるマレ地区)で配っているわけですよね」
「そうですよ」
「しばらく、写真をとりますので配るのをつづけてください」

男性はマッチ売りの少女のような小さなかごを手にして、「コンドームです」といってゴムを配っていく。そういえばその日、デモの途中にコンドームを無料で配っているパリ市役所の出店に遭遇した。新聞にもHIV啓蒙とコンドームの普及をつげる広告を、パリ市がうっていた。

彼が差し出したゴムを7割の確率で人々は受け取っていく。
しかし、マレ地区でゴムまく作業は、砂漠に水をまくような虚しい作業なのかもしれない。それでもやらないよりはやったほうがマシだから、彼/彼女らは孤高の仕事を続けるのだろう。暗い喧噪の中で、街頭の光に照らされながら一人一人に声をかけていく営みは、神秘的でマッチ売りのような愛らしさとある種の虚しさをおびていた。