2008-04-13

お部屋1453/あれやこれやの表現規制 6

ここまで書いたような話は、過去にいくつもの裁判が起きてますから、ちょっと調べれば、容易に理解できることでしかありません。現に、ちょっと調べることもしないで騒ぎ立てる人たちがいるから頭が痛いです。

私がよく写真撮影で注意すべきことの例として挙げるのが「サンケイ新聞事件」です。わざとあてつけてこの事件を取りあげているわけではないですからね。

面倒なので、全部記憶で書く予定だったのですが、間違うといけないので、甲斐良一著『写真と人権』(東京写真専門学院・1974年増補版)を確認しました。

これは昭和36年に起きたもので、ホテルのプールサイドにいたカップルを望遠で撮影。撮影の許可も、掲載の許可もとらずに「サンケイ新聞」の夕刊に掲載し、被写体の男を貶す文章を添えて、名誉毀損で告訴されてます。

結局、告訴取り下げによって判決は出なかったのですが、肖像権が確立されていなかった時代でも(すでに肖像権という概念は裁判上浸透してました)、さすがに「サンケイ新聞」は負けただろうと言われてます。添えた文章にも問題があるので、純然たる肖像権の事例とは言い難いのですが、この場合も望遠で撮っていたのが決め手です。もちろん、これが政治家であったりして、そのことを報ずることに公共の利益があれば別ですが。

肖像権が確立した時代には、文章を添えなくても、これは肖像権侵害が認められましょう。プールサイドだからというよりも望遠でアップだからです。

よく海岸で何百人もの人が写っている写真がありますが、風景である限りは問題は生じない。海岸とホテルのプールサイドとは同じではないですが、誰もが使用できるプールの風景写真であれば肖像権はやはり問題にならないのではなかろうか。客がホテルにクレームをつけることはあっても。

そのことに関わるものとして、「東京温泉事件」があります。これは昭和28年の事件で、トルコ風呂「東京温泉」を舞台にしたものです。「東京温泉」はトルコ風呂、つまり今のソープランドの元祖とよく書かれてますが、厳密に言うと間違いです。セックスありのトルコ風呂はそれ以前からあって、「東京温泉」は着衣のマッサージ嬢であるミストルコはいるにしても、今の健康ランドみたいなもので、エロサービスはなしです。垢すりのおねえさんやおばちゃんが健康ランドにもいますし。

この「東京温泉」でアメリカから来たジャズバンドの演奏があって(これ自体、今のソープランドとはまったく別のものだったことのいい例です)、その際に撮影された写真が雑誌に掲載され、そこに写っていた会社の上司と部下の2名が訴訟を起こしたものです。

東京地裁は、「黙示の承認」を認めて、原告の訴えを退けました。

金を払えば誰でも入れるとは言え、私有地であり、しかも、客は裸に近いわけですから、半ばプライベートの領域です。それでも「東京温泉は客に注意を促していたこと」「着衣のカメラマンがいたことが当然に認識できること」「近距離で撮られていること」「多数の写真を撮っていて、他の写真にも原告らが写っていたこと」「原告らがカメラを意識していること」「拒否できる状態にあったこと」「公開する写真、つまり報道のための写真であったことが認識できたこと」などを理由に、「黙示の承認」が認められています。

ストリップ劇場やハプバーのように閉ざされていて、金を取り、目的を共有している人たちしか来ない場所でも、不特定多数ということで公然わいせつが成立してしまうのですから(これはさすがにおかしいと思うんですけどね)、「東京温泉」でさえも、純然たるプライベートの空間とは言えず、公道、公園、駅などと同じではないにしても、公共性のある場であるということでしょうし、「黙示の承認」があれば無断で写真を公開していいってことなのでしょう。

古い判決であっても、ここにある条件のいくつかに合致すれば、「黙示の承認」を成立させると言ってよさそうです。

コミケでもなんでもいいですが、イベント会場で写真撮影をする場合、「写真を撮っていいですか」と一言声をかけるのがルールですが、たくさんの人が撮っている場合は、そこで「いいですか」と声をかけるのは、撮っている人たちにも被写体にも迷惑ですから、この場合は一緒に撮っていいというなんとなくのルールがあります。

これは法的に言っても正しい判断で、状況から「撮っていい」と判断できる、つまり「黙示の承認」が成立しているってことになります。

まだまだ続く。