ゲスト:永江朗 第3回「紙の本の値段、電子書籍の値段」(最終回)
●出版社には、書店の利益を確保する義務がある(少なくとも現状では)
沢辺 あと、これまで出なかった再販維持論者の意見として、「再販制がなくなると価格が高騰するからよくない」というのがあるけどどう思う?
永江 筑摩の松田さんとよく言っていたのは、本の値段を倍にするだけで、日本の出版界が抱えている問題はかなり解決するよね、っていうことで。
本の原価率が高すぎるというのと、書店のマージンの絶対額が低すぎる、というのが解決するでしょ。出版点数も絞らざるを得なくなるから、値段を倍にするといいことばかりなんですよ。大洪水もブレーキかかるし、本ももっと大事にされるし、書店の余裕も多少出来るだろうし。
値段の高い安いを消費者がそんなに気にしているかというと、『○型の説明書』は中身薄くてぺらぺらで、1000円でしょ? あんなに消費者にとってコストパフォーマンスが悪い本はないのに、4タイトルで500万部売れるわけですよ。
『1Q84』だって、2冊合わせて3600円するのを100万人以上が買うわけですよ。6000円の『羯諦』がミリオンセラーになることはないけど、あの写真集は2000円でも買わない人は買わないし、売行きはあまり変わらない。
ただ、今回僕が出演しているラジオ番組のパーソナリティーの小西克哉さんに「えっ!? 『本の現場』、1800円? 村上春樹と同じ?」って言われたときは、ちょっとひるみましたよ(笑)
文豪村上春樹と同じ値段で消費者の方からお金をいただく自信は、正直ないですからね。
沢辺 いや、村上春樹のはユニクロのフリースと一緒で、いっぱい売れるから1800円なんでね。
で、書店のマージンの絶対額が低い問題を解決するのは、実額のことを考えなくちゃならないんだよね。
永江 そう。売上高で見ていてもしょうがないわけで、利益額をどう増やすかが問題なんですよね。
見かけの売上が上がっていても利益が全然なければ意味がないわけだし、売上が低くても利益が取れていればいいわけですから、パーセンテージの問題と絶対額の問題は、両方見ていかなきゃいけない。車を売るのに、ベンツのSクラスと軽自動車を、パーセンテージで勝負したら全然話にならないじゃないですか。
沢辺 そうそう。軽自動車なら、毎日1台売れなきゃいけないけど、ベンツなら月に1台でいい、小売りとしてそのための金の掛け方をしよう、ということだよね。
だから本もちゃんとその辺のことを考えたほうがよくて、ひたすら新書作って安く、以外の方向もにらんでやれるんじゃないかな、と思う。書店の取り分を増やすことだって、定価を上げればやりやすいもんね。
永江 少なくとも現状、本の価格の決定権は出版社にあるんですよ。
再販制っていうのは、出版社が一方的に小売店に自分の売りたい値段を押しつけて拘束しているわけだから、出版社は書店に対してその定価に対する利幅で食っていけるだけの利益を確保する義務があるんですよ。
それを、低価格のものが売れているとかなんとか言って低価格競争に走って、書店の絶対的な利益を少なくしているのは、本来からすると許されないと、私は思っていて。
だから、再販制を残したい出版社がいるなら、それはそれでいいですよ。その代わり出版社は、個々の書店がちゃんと食えて、彼らの子どもが、少なくとも親と同程度の教育が受けられるくらいのお金が家庭に生じるくらいの面倒は、ちゃんと見てやれよ、と思いますよ。
●『本の現場』を電子書籍にしよう
沢辺 ちょっと話は横道にそれるんだけど、電子本の場合でも、取次とか書店にあたるものがありますよね。例えばiPhone用の電子書籍を売ろうとすると、アップルが30%くらいとるわけですよ。
電子本だからといって直で売るのが効率がいいということはなくて、やっぱり配信するところは必要なわけよ。
『デジタルコンテツの現状報告』の中でも音楽配信をやっているモバイルブック・ジェーピーの佐々木隆一さんに聞いてるんだけど、彼の話でも30%から40%くらいは配信手数料と決済手数料でとるんだよね。
つまり、現状の出版の出し正味65%前後と、たいして変わらない。
そうすると、なくなるのは紙代と印刷代だけなんですよ。
例えば『本の現場』の場合に紙代と印刷代は何%くらいかかっているかというと、初版2500部で30万円くらいだから、ざっと1冊120円くらいですよ。希望小売価格1800円の、6〜7%。これで何で値段が半額に出来るのか、ですよね。
紙代と印刷代に編集制作費とデザイン代を合わせた20%弱がポットの原価率。
これに永江さんの印税を10%入れたと考えると、30%弱になる。
出版社から取次に卸す値段が約65%だから、65%−30%で、35%前後が1冊あたりポットに入ってくる金額ですよね。1800円の1/3、600円くらいになるのかな。
これを、紙の本の半分、つまり900円で売る場合、1/3はアップルに持っていかれるとしても、ポットには1部につき600円入る。紙の本用のデータを電子本のフォーマットにするのにコストがかからないわけじゃないし、紙の本を出さずに最初から電子本でやる場合はまた別だけど、ざっとこういう計算だよね。
永江 だから、日本で出た紙の本をスキャンして蓄えているGoogleが、「Googleはアナタの本の電子版を配信したいんですけど、いかがですか?」っていうビジネスは十分有り得ますよね。
今まではたまたま日本語の壁によって日本の出版社は守られていたけれど、これからは、新潮社が出した本もGoogleが世界に配信する、ということもあるかもしれないですよね。65%とか払って。
沢辺 じゃあ、とりあえず『本の現場』をiPhoneで600円くらいで売るかな。
永江 買う人いるのかな(笑)
沢辺 そのかわり、印税はダウンロード数に応じた額でお願いしますよ。データは全部永江さんに公開するから、ポットがかかった手間も考えて、具体的なパーセンテージはそのときに決めるっていうことで。
永江 それ面白いと思うなー。
沢辺 永江さんの言うように、電子本で大幅ダンピング、1800円の本が600円で読める。
俺、今後の本は、電子本と紙の本の同時発売っていうのをiPhoneでやってみようと思っててね。まだ電子本はそんなに売れないとは思っているけど。
その第一弾は、『本の現場』をやってみますか。
永江 やりましょう、やりましょう。そしたら、またどこか取り上げてくれるかもしれないですね(笑)
僕の本はそんなに大して売れないと思っているから、色々遊んでもらえればいいんですよ。これでまた仕事が大分減るんだろうなあ、とか思いつつね。
沢辺 出版ニュースの清田さんも、それを心配してましたよ。でも、攻撃的に出てこられるってことは一切なくて、ただ戸惑われてる感じだよね。もともと大した反発はないと予想していたけど、予想した通りで、色々やってみて全然平気だった。
永江 やってみて平気だってわかっただけでも、成果は大きいわけですけどね。
沢辺 あと、これは余談だけど、近江商人の「三方皆よし」っていう言葉があるじゃないですか。「売り手よし、買い手よし、世間よし」っていうね。
で、よく出版の公共性っていう議論があるんだけど、「公共性」という堅苦しい言葉で考えなくても、世間も含めてみんなが良くならないと、結局商売って長続きしないんだよね。
三方には「売り手」も入っているから、もちろん、働いてるやつがとんでもなく貧乏になるのも駄目だよ。
永江 なるほど。じゃあ、ポット出版の給料はさぞかし高いことでしょうねえ(笑)
(了)
●次回予定
永江朗さんインタビューは今回で終了です。永江さん、ありがとうございました。
次回の「談話室沢辺」も現在進行中ですので、公開日決定次第・告知いたします。どうぞよろしくお願いいたします!
●プロフィール
永江朗(ながえ・あきら)
フリーライター。1958年、北海道生まれ。法政大学文学部卒。
1981年〜1988年、洋書輸入販売会社・ニューアート西武勤務。
83年ごろからライターの仕事を始める。
88年からフリーランスのライター兼編集者に。
1989年から93年まで「宝島」「別冊宝島」編集部に在籍。
93年からライター専業に。ライフワークは書店ルポ。
現在、『週刊朝日』、『アサヒ芸能』、『週刊エコノミスト』、『週刊SPA!』、『漫画ナックルズ』、『あうる』、『書店経営』、『商工にっぽん』、『この本読んで!』などで連載中。
●本の現場─本はどう生まれ、だれに読まれているか
著者●永江朗
希望小売価格●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0129-3 C0000
四六判 / 228ページ / 並製
目次など、詳しくはこちら。