2003-09-02

三日月のゆくえ

あっという間に9月。ベルリンは、戻って来た8月中旬はまだ暑いということでしたけれども、結構涼しくて風邪を引きそうです。寒い寒い!

いろいろ前後してしまいますが、少し落ち着いたので前回に書けなかったことを最初に書かせていただきますね。

甲田医院でお世話になって、退院の日(8月9日)のことです。
先生に診察していただく最後の日なので、しばしのお別れのご挨拶を、と思って朝8時に診察室の前で待っていましたら、実は甲田先生は前日に四国で講演があって、もちろん私達入院患者のためにその日のうちに戻っていらっしゃる予定だったのですが、台風10号の影響で大阪行きの新幹線が動かず・・・・。それで、急遽どこかに宿泊されたのです。
先生は、翌日、つまり私が退院する日に大阪で講演がありました。その講演と、私が退院するということ、そして他の入院患者さんの診察・・・この3つのことをとても気にされて、早朝に大阪に向けて出発されたのだそうです。私は午前中の11時には病院を出ようと思っていましたので、最後までどきどき状態でしたが、先生は10時半に病院に到着、すぐさま入院患者さんと私の診察をしてくださいました。
「先生、お疲れではありませんか。どうか少しお休みになってください。」と言いましたら、「いや、私は全く疲れていませんよ。
大丈夫! それより入院患者さんと青木さんのことが気になります。青木さんはもうすぐ出発ですね。すぐに診察しましょう。半年以上も診察できなくなるのですからね。」とおっしゃいました。
とてもありがたいことだと思いました。
「青木さんは今日が最後です。本当によく頑張りましたね。来年はしっかりと本断食をしましょう。必ず治ります! 他の誰より健康になります! 何かあったら一人で悩まず、電話でも手紙でも何でもいいですから連絡してください。私がついています、大丈夫、必ず治りますからね! そして青木さんは、ベルリンでこの甲田療法を困っている人々に伝えてください。頼みますよ!それから私の文章の翻訳も、ゆっくりでいいからお願いしますね!」
ほとんど寝ていらっしゃらなかったのに、とてもお元気なご様子で、しかも私のことを気遣ってくださって、大感激でした。涙が出そうになりました。「それでは先生もどうぞお元気で! また日本に戻りましたら、どうぞよろしくお願いします!」と私は言って手を出したところ、先生は私の両手をしっかりと先生の両手で包み、しばらく目を瞑ってパワーを私に吹き込んでくださいました。とっても温かい、優しいぬくもりが感じられる手でした。嬉しくて、感動して、しばらくぼーっとしてしまいました。

・・・さて、それからベルリンに戻って、ちょっと食餌療法が厳しいというお話を書かせていただきましたけれども、その後のことをお知らせします。恥ずかしいことに、29日まで脱線状態でした。つまり、約2週間ほど・・・。

ベルリンに戻って数日後に、息子はドイツの小学校で6年生になって、クラスで修学旅行に行きました。6泊というゴージャスなもので、私はその間にゆっくりするのではなく、ちょっと仕事を入れていました。日本のある写真家がベルリンをテーマにした写真集を来年出版予定で、その最後の撮影のコーディネートをしたのです。短期間で何人ものポートレート撮影のアポを入れなければならず、しかも同行するのですから、それはそれはハードな日々でした。当然のように外食が続き、かろうじて朝の青汁は欠かさなかったものの、玄米やお豆腐を食べるというのは難しく、1度は玄米を炊きましたが、それ以外はずっと黒パンやライトなレストランのメニューでお茶を濁していました。
それだけだったら問題なかったのですが、あまりにハードワークだったため、本当はそれでも身体が大丈夫なはずなのに、どうしても心理的に厳しいと感じて、疲れてくると猛烈に甘い物が食べたくなってしまって・・・・。それで恥ずかしながら、食べてしまったのでした、甘い物を・・・・。ああ! 罪悪感の塊になり、でも心身はスィートを欲し・・・・。負け続けた日々・・・・。
反省の涙。。。。。

その状態が、なんと写真家が日本に帰国した29日まで続いてしまったのでした。(つまり、息子が修学旅行から戻ってからも甘い物を口にしてしまったってことなのです!およそ2週間の脱線ですね・・・とほほ)

29日、写真家をテーゲル空港に届けた後、息子と私はインド・レストランで夕飯にオーガニック系のカレーを食べ、話し合いました。「本当は毎月1日と15日に脱線することにしたいんだけれども、お母さんは今回かなり脱線が続いてしまったので、9月は脱線なしで1ヶ月まるまる生菜食の玄米粉を食べることにするね。」
「わかったよ、お母さん。それじゃぁ10月の1日と15日には美味しい物を一緒に食べようね。それまで頑張ってね!」・・・・そして9月・・・・。今のところ、続いています、生菜食!
でも、まだほんの少しの間ですから、しっかり食事療法をしているとは言えませんが・・・。30日からですから、たったの4日では、やっているとは言いませんよね・・・。

8月の後半が脱線状態だったためか、なんと爪の三日月が急に消えてしまいました!! それに気がついたのが29日の夜! もう、本当にびっくりしました! これほどまでにすぐに反応するとは!! 愕然として、とにかく翌日から猛烈に食餌療法に取り組む決心をしたのでした。また爪の三日月が見たい!!

もちろん、仕事だったから仕方がない、と言い訳することもできます。けれども、私の場合はそれだけではなかったと感じるのです。もともと甘い物が大好きで、「仕事で疲れている」という状況をしっかりと利用して、好きな物を食べ続けていたように感じます。これってやっぱり下品というか、さもしい・・・・。

無理は禁物です。人間だから、脱線も仕方がないし、食のストレスはあってはならないと思います。でも、今の私は気持ちがとっても中途半端なのです。
これでは駄目です! とにかく一度、できるだけやってみる。そしてそれからいろいろ考えてみるのも悪くないって思って、ただただ無心に進めてみようと(一応)決心したのでした。

甲田先生のご本に、「現代医学の盲点をつく」があります。ここには、本当にはっとさせられるお話がたくさん書かれているのですけれども、こんなことも書かれています。(Kさんの情報で気がつきました):
肉や魚や白米飯といった体液を酸性にする美食をおなか一杯食べると睡眠時間が長くなりますが、睡眠は体液をアルカリ性にします。つまり美食で酸性に傾いた体液を、十分な睡眠によって弱アルカリ性にもどそうとしているわけです。(中性よりちょっとアルカリ性が一番健康です)ですから、美食もするし睡眠時間を削って仕事もハードにしていると、いつか病に倒れることになります。

・・・本当にそうだな、と実感しました。仕事で外食が続いて食べ過ぎて、写真家が帰国してから1日中ひたすら眠ってしまったのですが、ただ疲れて眠っていたのではなく、本当に身体の中が食べ物で苦しんでいるように感じました。それで早速小食+自宅で玄米粉に切り替えたのです。甲田療法再開! です!!

今のところ快適です。(長い脱線をしたのですから、順調とは言いがたいですけれども・・・)やはり脱線している時よりずっと身体の調子はいいですし、これはしっかりやりたいと、前以上に前向きな気持ちになっています。

甲田先生は、私が入院している時におっしゃいました:「仕事で毎日外食が続いたりする時は、場を白けさせたりバランスを欠くことは避けるべきでしょう。ですから食べてもかまいません。けれども腹7分目にして、翌日はできれば食べないようにする。そのうち食べたくなくなってきますよ。」
そのうち・・・いつでしょう? それに、翌日も仕事の場合はどうしたら・・・・。

私の日記を読んでくださっている大阪のOさんからメールがあり、こんなことが書かれていました:

それにしても、ずいぶんご無理な我慢をなさっていたのですね。昔船場の丁稚たちは1日15日に尾頭付きと称してめざしを一匹食べさせてもらっていたそうです。みんな栄養失調でトラホームになったそうです。これは母の実見談です。それを思い出しました。

・・・栄養失調!! それに比べたら、私の食餌療法は良いですよね。青汁のパワーはものすごいですし、飲むと安心します。その日の野菜を全て摂取したことになるので、もう栄養のことをあまり深く考えずにすむからです。玄米もお豆腐もいただくのだし、ある意味「未来食」というか、完全な健康食なのですね。月に2度の脱線が許されていて、その日には好きな物を好きなだけ食べられる・・・。こんなありがたいことはありません! (翌日はすまし汁断食ですけれども・・・)
とにかくこのまま9月は脱線しないようにして進み、10月になったら息子とお寿司を食べに行こうと思います。(安い、うまい、早い! の素敵な一心さん!)
そして11月からはいよいよ玄米の粒を生で食べる、本格的な生菜食Bになります。
4月の入院までの半年間、一度でも挫折(意図的脱線ではなく、もうやめた、という挫折ですね)したら本断食は受けられないでしょう。
強い意思と高い志を持って、できるだけ頑張りたいと思います。