エスムラルダ[ドラァグクイーン]●そんな、ごく「当たり前」のこと

 20歳の時に初めてゲイの友人を得、「ゲイはセクシュアル・マイノリティである」と教えられた私は、それからしばらく「マイノリティとしての誇り」を胸に生きていました。「マイノリティだからといって、誇りを失ってはならない」「マジョリティの生き方や考え方に迎合する必要はない」などと考えていたのです。私が「同性が好きな自分」を肯定するためには、こうした強烈な「マイノリティ・イズム」が、一時的に必要だったのでした。

 しかし「マイノリティ・イズム」は、いつしかうやむやになっていきました。日々の生活に追われ、「(マイノリティだのマジョリティだの言う前に)自分自身がどう生きるか」の方がはるかに重要な問題になってしまったためです。また大学や会社でのカミングアウトが意外とあっさり受け入れられ、「誇り」を振りかざす機会がなかったせいでもあり、「非婚・難婚・晩婚ノンケ」の増加や労働力の流動化によって、「マジョリティの生き方や考え方」という概念自体がよくわからなくなってしまったせいでもあります。

 そんな私が2002年から、何故か、東京で行われるセクシュアルマイノリティのパレードの運営に関わることになりました。「苦労自慢」になってしまうのは嫌なのですが、パレードの準備は結構大変です。おびただしい数の会議に出席しなければなりませんし、私の場合は猛暑の中、大量のグッズをショップに運んだこともあれば、風邪で熱を出しながら、広告費を回収しにスポンサーのもとへ行ったこともありました(あえて大変そうなエピソードを選んでみました)。

 そういった作業を完全ボランティアでやっているパレードの運営スタッフが、時に「セクシュアルマイノリティの中のマジョリティであるゲイが多数を占めている」「だから、他のセクシュアルマイノリティに対する配慮が足りない」といった「批判」を受けることがあります。

 かつては自分を「マイノリティ」だと思っていた私ですが、今度は「マジョリティ」に鞍替えです。そして、上記のような「批判」を目にし、耳にする度に、私は心の中で「ゲイ中心にならないよう、スタッフもできる限りのことをしているのに!」「マジョリティ認定されたら、マイノリティのどんな要求にも従わなきゃいけないわけ?」と反発したり、「そもそも全セクシュアルマイノリティの中で、パレード運営スタッフの人数なんて、ごくわずか。つまり『マイノリティ』なのだ! 運営スタッフにも人権を!」と主張してみたりするのでした。

 ……ごく私的な体験談が、ずいぶん長くなってしまいました。

 世の中というのは、本当にままならないものです。
 「マイノリティ」だったはずの自分が、ちょっと視点を変えただけで「マジョリティ」になる。「マジョリティ」からの価値観の押し付けに抵抗しているはずの「マイノリティ」が、逆に自分たちの価値観を、一方的に他人に押し付けていることもある。「性役割」や「枠付け」、「アイデンティティ」などは、時と場合によって必要にも不要にもなり、それらに縛られすぎたり、あるいは完全になくそうとしたりすると、さまざまな歪みが生じる。物事に線を引き「二項対立」の図式で捉えるのは、単純でわかりやすいけれど、そればかりに終始すると問題の本質を見失う。物事を論理的に考えることは大事だけれど、人の感情や現実のありようを無視して完璧な理論を組み立てても、それは「机上の空論」にすぎない——。

 要するに、世の中に絶対的なものなどなく、何事もいきすぎるとロクなことにならない。そして、「いきすぎ」を防ぐためには、常に「(他人を、ではなく)自分自身を疑う」必要がある。また、世の中のさまざまな問題を(より多くの人が納得できる形で)解決するためには、「あらゆる立場の人が、他人の欲望(事情、価値観、主張、と言い換えてもいいかもしれません)をきちんと理解し、話し合い、それぞれの欲望をすりあわせて『落とし所』を見出す」しかない。

 この本に書かれているのは、そんな、ごく「当たり前」のことです。
 しかし「当たり前」のことを言うのに、著者はわざわざ「欲望問題」という新たな概念を提示し、一冊の本を費やさねばならなかった。それだけ、従来の「差別問題」が(いや、実際には「世の中全体が」ですが)抱えている問題の根が深い、ということなのかもしれません。

 伏見憲明さんは、(何だかんだ言っても)非常にバランス感覚が良く、そして常に自分を客観視しようと心がけている方だと、私は思っています。だからこそ、15年以上も「(主に同性愛の)差別問題」に取り組んでいながら、「『差別問題』が抱えている問題を、自身の過去の言説を反省しつつ詳らかにする」ことができたのであり、「命がけで」この本を書かずにはいられなかったのでしょう。
 難しい問題に、あえてメスを入れられた伏見さんの勇気と覚悟、そして愛情に、心から敬意を表したいと思います。

【プロフィール】
1972年、大阪府生まれ。ライター兼ホラー系ドラァグクイーン(東京都ヘブンアーティスト)。携帯サイト「公募懸賞ガイド」、雑誌「CDジャーナル」「フォアミセス」等に、コラムや漫画原作を執筆中。
 
HP:
『エスムラネット』
http://www3.alpha-net.ne.jp/users/murapon/