2007-12-17
書評『現代経済社会の政策思想』東條隆進・著
『オーマイニュース』に次のような記事を執筆しましたので、転載いたします。
主題:書評『現代経済社会の政策思想』東條隆進・著
副題:理想は「高イノベーション・低エントロピー」国家
【本文】
いま、世界はどこへ向かおうとしているのか。
日本では総選挙が近づいているといわれている。自由民主党や民主党は選挙になればマニフェストを提示するのだろう。マニフェストとは、大ざっぱにいえば時限目標や数値目標などを明示した政策のことである。だいたいが短期の政策であり、各党はそれを元に政策論争をするという。
しかし、長期の国家ビジョンなくして、その時々の気分や空気に左右された短期政策だけが全面に出ることにわたしは違和感を持つ。この国を、そして、世界をどのような方向に導いていくべきか、明確な哲学がなければいけないであろう。
本書には、それがある。いわば、本書は短期的なマニフェストではない、国家いや地球100年の計が記されている。
著者は次のように指摘する。
◇ ◇ ◇
明治以来一世紀余、富国強兵政策の遂行によって日本は最大の先進工業国家になった。江戸時代二世紀半の鎖国政策、つまり輸出入ゼロという自給自足体制と、工業化なしの農業経済の下で、平均人口は三千万人であったといわれている。生活水準も今日と比較になるないほどの低い水準においてである。
それが現在では一億二千万人以上であり、江戸時代の四倍以上である。これは工業化と貿易立国の結果である。第二次世界大戦までの権威主義的国家体制から戦後の功利主義国家への移行によって、富国強兵政策が富国強工政策に変わり今日の成長を生み出した。戦前の権威主義一元化から戦後の功利主義一元化を経て、今や権威主義と功利主義の統合が、日本的「和」と「分」の思想によって進められている。そして、近代の「超克」が前近代的ピラミッド的権力体型への逆行をめざして声高に叫ばれている。
(212-213ページ)
◇ ◇ ◇
功利主義と権威主義という、水と油に近いイデオロギーが、権力によって調和されている。たとえば、自民党などその典型であろう。金を神と崇拝し、森林を切り開きリゾート地にしたり、ダムを建設したり、ムダな道路をつくることに血眼になってきた。工場や自動車の排ガスによって大気は汚染され、それを防止する政策を骨抜きしてきたのが、自民党ではないだろうか。その政党が一方で、「美しい日本」だったり、「道徳」を口にする。この道徳は、社会の上で好きかってやっている連中がその尻ぬぐいを一般市民に負わせるための口実でしかない。市民は黙って国家に奉仕せよということだ。魯迅は、儒教的エートスを奴隷の思想として、排した。
著者は、このピラミッド体制は不可能だと難じる。
◇ ◇ ◇
しかし、江戸時代の四倍以上の人口をかかえ、資源と生産物の販路を他の国家主権に依存している事実ひとつを見たとき、その非現実性が明らかになろう。現実に盲目な理論的美意識に酔ってはならないのである。同時に、「近代化」の虚盲も脱しなければならない時期に来ている。の豚の論理はそろそろ脱却しなければならない。
(213ページ)
◇ ◇ ◇
豚の論理とは強烈な言葉である。しかし、現実はまさにそのような状況だ。中村敦夫氏の言葉を借りれば、
◇ ◇ ◇
経済成長神話は、人間の物欲があたかも無限であるかのような錯覚をふりまき、貪欲を奨励してきた。そのため、節度なき資源収奪と開発がくりかえされ、社会には、過度な競争による道徳の崩壊が進んでいる。ところで、経済の基礎は自然そのものである。自然が有限であるならば、無限の経済成長など理論的にも現実的にもあり得ない。わたしたちは今まさに、その「ありえない」局面に遭遇している。
(『みどりの政治宣言』より)
◇ ◇ ◇
となる。著者もまた、エントロピーの法則を根拠に、あくなき成長が破綻にいたると、本書を通じて警告している。
では、世界はどこに行くべきか。著者の回答は「低エントロピー・高イノベーション」だ。経済学の大家・E.F.シューマッハー博士の「small slow simple 」(小さく、ゆっくり、簡素に)の思想を受け継いだ社会デザインが必要とされよう。経営学者のマイケル=ポーターが『Toward a New Conception of the Environment-Competitiveness Relationship』という論文で興味深い指摘をしている。要は、ecologyとeconomyは両立可能だということだ。そして、環境主義の企業は同時に、大きな利潤を得ることになると、膨大なデータをもとに、指摘した。
イノベーションには、二種類あり、一つが工程革新であり、もうひとつが製品革新だ。工程革新とは、ひとつの製品をつくる工程におけるイノベーションを意味し、製品革新とは製品自体のイノベーションを指す。環境目標が企業に義務化されると、企業は工程・製品ともに、環境に基づいた見直しを始める。そして、そのことはイノベーションを生み出す力になる。環境配慮は往々にして、省エネであり、無駄を省くことを意味する。有害物質や二酸化炭素排出の是正が第一義的な目的であるが、しかし、環境主義は同時に、省エネ・低コストを導き出す。
まさに、著者がいう「高イノベーション・低エントロピー」が企業レベルで実現するのだ。著者の指針は叶うべくもない理想ではなく、実現可能な指針である。
◇ ◇ ◇
文眞堂
256ページ
3360円