2008-01-21

兵庫県の高校受験制度がA少年を生んだ!? 現在も未解明! プロ棋士・森安九段刺殺事件の真相(2)

オーマイニュース』に次のような記事を執筆しましたので、転載いたします。

主題:兵庫県の高校受験制度がA少年を生んだ!?
副題:現在も未解明! プロ棋士・森安九段刺殺事件の真相(2)

忘れられた事件

 市バスの五毛天神前で下りた。相変わらず日差しが強い。うだる暑さのせいであろうか、休日だというのに人影はまばらである。

 保坂展人・衆院議員(社民党)の紹介で、私はある人物に会いに行くことになっていた。その人物の住所と名前が書いてあるメモを片手に持っていた。

 「私塾経営者、友田清司」

 進学塾と一線を画する「光でできたパイプオルガン」という塾の経営者として、名前が知れ渡っている。

 「生徒の知的好奇心・感受性を刺激して、思考力・読解力をのびのびと発揮させる。生きるということと勉強内容を結合させて、考える姿勢を作る」という教育理念のもと、授業を進めているそうだ。

 友田氏は事件以来、森安九段刺殺事件をずっと追っていて、事件当時には、「森安君を追いつめたもの」という小冊子を作った。この人なら、何か新しい情報を知っているのではないか。そんな期待を私は持っていた。

 「森安君の情報というのは、事件当時からほとんど入ってきません。A君の担任だった中学のA先生は、次の年に転勤されました。とにかく早く事件のことを忘れようという学校の姿勢が、見え見えでした」

 友田氏の口調は穏やかである。

 「唯一変わったことがあるとすれば、何か事件が起きた時のマスコミ対策が、徹底されるようになったことです。酒鬼薔薇事件で、友が丘中学校の校長がマスコミに対して非常に冷たかったのは、森安事件の時に住吉中学がとった完全な取材拒否の姿勢が、成功したからだと思います。これはあくまで推測ですが。あの森安事件の時の取材拒否は、かなり徹底されていましたよ」

 森安事件から半年たった後、A少年の通っていた国立神戸大学付属住吉中学を取材した保坂展人さんは次のように語る。

「事件があった直後には、徹底した箝口(かんこう)令が敷かれていました。マスコミが下校途中の生徒の声を聞こうとしても、通学路に立っている教師が生徒をガードするので、生徒の声を聞くことはできませんでした。校長は、A少年が発見された時に、『本当に無事で良かった』と語ったきり、何の連絡も取れなくなりました。事件から半年たった後、私は同校を訪れて、副校長に会ったのですが、まだ取材拒否が続いており、何にも答えてくれませんでした。生徒や親にも取材したのですが、全然ダメでした」

 森安九段刺殺事件が起きた場所は学校ではない。それなのに箝口令は徹底されていた。友田氏はこう続ける。

 「結局、森安事件は、マズイことを暴かれないための教訓にしかならなかったんです。事件の反省をしていくという方向にはいかなかったですね」

 友田氏は、長年の思いを一気に吐き出しているようだった。私はすかさず質問する。

 「それにしても、こういった事件が起きたら、『自分の子どもは大丈夫だろうか』と、塾の子どもの親は心配しなかったんですか」

 「受験に過熱した親は、自分の子どもを顧みることをしませんでした。保坂さんもおっしゃっていたとおり、A君の通っていた塾が、保護者を集めたそうです。そして『自分の子どもが、嫌々ながら塾に通っていないかどうか確認してほしい』、と言いました」

 「すると、親から『子どもが勉強しなくなるといけないから森安事件のことは触れないでほしい』とか、『塾には今まで通りやってほしい』という意見が出されたんです。大半の保護者がこの意見に同調したようでした。事件当時に、A君が通っていた塾に子どもを通わす保護者でさえこの体たらくですから、森安事件のことなんか、現在ではすっかり忘れてしまっているでしょうね」

心のかたち、受験のかたち

 某教職員組合が作成した内部資料「兵庫の高等学校選抜制度について」を入手した。これを読むと、兵庫県における公立高校の受験制度がよく分かる。

 兵庫県内には、3種類の異なる高校受験制度があり、学区は17から成り立っている。17学区の内訳は次のとおりである。

◆総合選抜学区:5学区
◆連携方式学区:2学区
◆単独選抜学区:10学区

 生徒比は以下のとおり。

◆総合選抜学区:約30%
◆連携方式学区:約8%
◆単独選抜学区:約60%

 総合選抜制とは、「富士山から八ヶ岳へ!」のかけ声のもとで行われた東京の学校群制度とほぼ同じである。この制度のもとでは、自分が属する学区の高校に生徒は通うことになる。成績における学校格差が生じないように、生徒を均等に振り分けるため、生徒は必ずしも希望する高校には行けない。この制度の利点は、受験者のほぼ全員が同レベルの公立高校に行けるため、公立校志望者は受験に追われることなく、中学校生活を楽しく過ごせるということである。

 ただ、近年、総合選抜制は形骸(けいがい)化されてきている。例えば、尼崎や西宮では、成績上位10%以内の受験者が、学区内の希望する高校に行けることになった。あるいは伊丹の場合、上位40%以内が、希望の高校に行ける。

 それに対して、単独選抜制とは、自分の属する学区の公立高校ならば、受験者がどの高校でも受けられるという制度である。そのため、学校格差は広がる。兵庫県では、県全体としてこの単独選抜制に向かいつつある。

 私はこの無味乾燥な資料を読んでいて、あることに気づいた。A少年が小学生の時に通っていた浜学園は西宮市で発展した。そして西宮市は、1963年以来からずっと総合選抜制をしいている。この両者には何か関係があるのではないか。私は友田氏に電話をした。

 「ご存じかと思いますが、総合選抜制をしいている学区の公立高校では、大学進学率が極めて悪い。なぜならば原則的には高校間の成績格差がないからです。単独選抜制のように、成績によって生徒が高校に振り分けられれば、トップ校では成績優秀な子が集まり、授業は早く進められるし、難しいことを教えられます。つまり効率が良いのです」

 「例えば『私高公低』という現象が兵庫全体にあります。それでも単独選抜制の公立校なら、京大に10人以上の合格者を出すというところが少なくありません。けれど、総合選抜制の地域には、そのような公立校は皆無です。ここで問題が起きました。子どもの高学歴を目指す親が、私立高に子どもを通わすようになったのです。そこで繁盛しだしたのが、進学塾です。私立の合格を請け負うという塾は、まず、西宮ではやりました。それが浜学園で、交通の要となっている阪急・西宮北口に本拠地を置いています」

 浜学園は1959年に尼崎で創立された。創立当初、生徒はわずか2人しかいなかったそうだが、創立15年で600名になった。しかし、74年に西宮教室1号館、2号館を作るや、それから15年の間で1万100人の生徒を持つ名門進学塾となった。浜学園は、交通の便が良い、総合選抜の地域である、という利点を生かして急成長したのだ。

(つづく、全4回)