2007-06-21

「フランスは急速に変化する」

オーマイニュース』に次のような記事を執筆しましたので、転載いたします。

タイトル:「フランスは急速に変化する」
サブ・タイトル:フランス研究の第一人者、畑山敏夫教授に聞く

【本文】

 劇的に変化するフランスの政治について、フランス研究の第一人者の佐賀大学教授、畑山敏夫氏にインタビューした。

フランス極右の現状

――今年4月に上梓(じょうし)された『現代フランスの新しい右翼―─ルペンの見果てぬ夢』の見どころを教えてください。

畑山 この4月に出版した『現代フランスの新しい右翼―─ルペンの見果てぬ夢』は、フランスの「国民戦線(FN)」という、いわゆる極右政党を扱ったものです。

 FNは、1972年に結成されましたが、1980年代に入って移民問題の追い風をうけて選挙で躍進し、フランスの政党システムに参入します。そして、1990年代以降は、各種の選挙で得票率が15パーセントを突破する政党にまで成長します。

 例えば、2002年の大統領選挙、第1回投票では、保守候補J・シラクに次ぐ票を獲得して第2回投票に進出し、フランス国民に大きな衝撃を与える「ルペン・ショック」をもたらしました。

 この本では、ナショナリズムを掲げ、反エリ-ト的でポピュリスト的な主張と政治スタイルを展開するFNの思想と運動の分析を中心的な課題としています。特に、1990年代以降、グロ-バル化が進展する中で、国家の主権と国民の利益、アイデンティティーを防衛する運動として、グロ-バル化に不安を覚える民衆層に浸透していくFNの姿を追っています。

 そして、そのような新しい右翼はフランス以外のヨーロッパ諸国でも伸長していますが、そのような「新しい右翼現象」がどうして1990代以降のヨーロッパで生起しているのかという疑問にも、自分なりの仮説という形で答えています。

――長年、フランスの極右を分析してこられて、現状をどのように評価していますか?

畑山 新しい右翼の台頭は、ヨーロッパにこれまで存在してきた極右政党の単なるリバイバルではありません。グロ-バル化のもとで、国民国家の役割が低下し、激しい国際競争のもとで、フランスの第1次・2次産業は衰退しました。失業の増大や雇用の非正規化が進み、犯罪の増加によって治安が悪化し、大量の移民の流入によって国民の文化やアイデンティティーが揺らいでいるといったフランスの抱える現状が、新しい右翼の台頭の背景にはあります。

 いわば、国民が抱える不安が、国民戦線を政治の舞台に呼び出したと言えるでしょう。新しい右翼は、先進社会が抱える現代的な苦悩を背景として登場した、高度に現代的意味を帯びた政治現象です。その点を強調するため、伝統的な「極右」という名称ではなく、この本の中では、あえて「新しい右翼」という呼称を採用しています。

 安定した強固な国民国家のもとで、移民の存在や犯罪に悩まされることなく、経済の繁栄と安定を享受し、家族と地域社会が個人の生活を支え、国民の文化とアイデンティティーが守られ、フランスが世界の中で存在感を示していた時代。

 そのような、今や過ぎ去ろうとしている「よき時代」への郷愁が、FNへの支持をもたらしていると言えるでしょう。そのような現代的諸要因に根ざした運動である以上、民衆層の不安を生み出す諸問題が改善されない限り、一時的には選挙で得票を減らすことはあるでしょうが、FNが、フランスの政党システムから消滅してしまうことはないでしょう。

サルコジ大統領、当選の背景

――ニコラ・サルコジ氏が大差で大統領に当選しました。当選した要因、理由を教えてください。

畑山 サルコジ勝利の要因は、これから本格的に分析する段階ですが、経済の停滞や治安の悪化といった現状を前にして、国民が変化を望んだことは確かです。サルコジの選挙での主張は、権威、道徳、国民的アイデンティティー、労働といった価値をちりばめて展開されました。

 エネルギッシュで攻撃的なサルコジのパーソナリティとあいまって、シラク時代の政治の停滞を打破してくれるという国民の期待が、サルコジの圧倒的な勝利につながったと言えるでしょう。

 具体的には、第2回投票では保守支持層を固めたほか、中層派のバイル票の半分、FN投票者の60パーセントがサルコジに流れ込んでいます。市場中心のアメリカ型新自由主義改革で経済を浮上させ、移民や犯罪問題に断固とした態度で臨み、道徳的な価値や権威の回復によって安定した社会秩序を再建。そうしたサルコジのメッセージに、多くの有権者がフランスの再生を託したと言えます。

――セゴレーヌ=ロワイヤル氏が負けた最大の要因は何でしょうか。

畑山 セゴレーヌ=ロワイヤルのパ-ソナリティの問題もあるでしょうが、左翼支持者を結集できなかったことに大きな敗因があると思います。社会党内では右派であるロワイヤルでは、もともと、トロツキスト政党の支持層を含めて左派をまとめ上げることが困難でした。

 第1回投票の後に、ロワイヤルは、バイル支持者を獲得するために中道寄りの姿勢を強めます。しかし、急ごしらえの転換では、説得力ある政権構想を有権者に打ち出すことができませんでした。従来の、フランス共産党や緑の党を中心とした左派結集による政権構想のリニューアルも、中道派にもアピールできるような魅力ある政権構想も見い出せず、有権者の間に失望を招いてしまいました。その点では、サルコジの政権構想の方がそれなりの一貫性をもっていたことは確かです。

 これまで、グロ-バル化のもとで、社会党は新自由主義に対するスタンスが定まらず守勢に追い込まれてきました。今回も、そのような状況を根本的に転換することができず、新自由主義的な攻勢に乗るサルコジに対して、ロワイヤルは新しい社会民主主義的な経済社会構想を提示できませんでした。

 サルコジ的な新自由主義的改革がフランスでうまくいくかは分かりませんが、仮に、サルコジ改革が頓挫することになるにしても、それに代わる社会民主主義的なオルタナティブが描けないということでは、左翼の抱える困難は深いと言えます。これは、フランス左翼だけの苦境ではないのですが。

極右が低迷した理由

――ジャンマリー・ルペン氏が今春の大統領選挙では結果がふるわなかった。それはなぜだと思いますか?

畑山 第1回投票で10.44パーセントという得票は、サルコジ旋風の中では健闘した方だと思います。ルペンの不振は、サルコジにFN支持票が流れたのが最大の要因でしょう、そこには、ルペンの年齢的要素も作用していたでしょう。今年で79歳を迎えるルペンに対して、若くてエネルギッシュなサルコジのイメージは対称的でした。

 また、サルコジが、治安、移民、権威、道徳といったテーマをキャンペーンで展開したことも、ルペンにとっては不利なことでした。特に、保守政党からFNに移行していた支持層が、そのようなテーマを展開する保守政治家が登場することで、もとの保守支持に帰っていくという現象が起きました。

 それに対して、労働者や事務職を中心とした民衆的支持層は引き続きルペンに投票する傾向を示しています。ただ、サルコジ改革に失望すると、流出した支持層も、今後、FNへと回帰する可能性もはらんでいます。

――サルコジ当選に、極右支持層が一役買ったという分析をどう御覧になっていますか?

畑山 前述したように、ルペンの支持票がサルコジに流れたのは確かです。特に、今年の3月22日に発生したノール駅での「暴動」以来、ルペン支持層でのサルコジへの支持は高まっていきます。警官隊と群衆との衝突というショッキングなニュースが、ルペン支持層の中に、治安悪化と闘う政治家というサルコジのイメージへの期待を高めていきました。

 そのようなサルコジの治安と移民への強硬な姿勢が、ルペン支持層を動員する決定的な要因として作用したわけです。サルコジは、移民と治安という、これまでほかの政治家の腰が引けていたテーマで、独自の存在感を示してきた政治家です。その意味で、サルコジの勝利は、「ルペン化」によって可能となった側面があります。ルペンは選挙では敗北しましたが、彼の言説や政策の勝利であったとも言えるでしょう。

与党圧勝の意味、左派低迷の要因

――フランス下院選でサルコジ与党は圧勝しましたが、これをどのように分析していますか?

畑山 予想通りの結果でした。サルコジ新大統領に改革へのフリ-ハンドが与えられただけに、彼の真価が問われることになります。それは同時に、新自由主義へと全面的にかじを取ったフランスの保守勢力の真価が問われることにもなります。アメリカ型社会経済の選択は、「自由・平等・博愛」という長年にわたってフランスが掲げてきた基本的価値への挑戦を意味しています。

 その改革が進行する中で、フランスは社会的公正や連帯といった価値を捨てるのか、それとも、再び、そのような価値を発見するのか。フランス的価値と社会を愛してきたものとして、サルコジ改革の行方に注目したいと思います。それは、格差社会を生き、グル-バル化と新自由主義改革の現実を前にしている日本にとっても、ひとごとではすまされないことです。

――フランスで社会党など左翼が低迷している原因は何でしょうか。

畑山 過去に何度か左翼が政権を握りますが、グロ-バル化の現実に有効に対処することができませんでした。フランス社会では、一方では、雇用や教育、社会保障、住居から排除された社会層は存在しますが、多数派は豊かな社会の恩恵を享受しています。いわゆる「3分の2社会」と呼ばれる、相対的に豊かな社会層が多数を占める状況の中で、社会的公正と連帯の訴えはアピール力を失いつつあります。

 より豊かな経済と生活を望む社会層には、競争や社会的上昇への期待が高まっています。つまり、新自由主義的な言説が支持される状況がフランス社会でも整いつつあります。古典的な左翼の言説が魅力を失いつつあるのは、そのことを示しています。

 左翼の言説とイデオロギーの根本的なリニューアルが求められていますが、フランス左翼はそれに成功していません。社会が個人主義化して格差が拡大し、社会的公正と連帯の価値が空洞化している中で、豊かさの再定義を核に、新たな政治への希望を再建するのは容易なことではありません。

――フランス政治を長く分析してこられて、現状の政治をどのように評価していますか?

畑山 今回の大統領選挙と下院議会議員選挙だけで、フランス政治が、以前の政治からの「断絶」を遂げつつあるかどうかは判断できません。しかし、ミッテラン・シラク世代、1968年世代の退場という世代交代の要素以外にも、異議申し立て勢力の退潮、新たな保守支配の始まりといった変化の予兆は感じます。

フランスは急速に変化する

――サルコジ氏が大統領になり、与党が圧勝して、フランスはどのように変化すると思いますか?

畑山 左翼政党は混迷の時代を迎えています。サルコジの社会経済改革が順調に進むかどうかは社会運動の動向にかかっていると思います。フランスでも、狭い意味での議会制民主主義への関心は低下していますが(選挙での棄権率の上昇、政治家・政党への信頼の低下、政党加入者の減少など)、デモやスト、社会運動といった広い意味での政治参加への関心は低下していません。

 サルコジが強硬に新自由主義的改革を推進しようとするとき、社会の中から社会的公正と連帯の価値に根ざした抵抗が噴出してくるはずです。その意味では、青年を中心とした社会的異議申し立てがサルコジの最大の障害になる可能性があります。

 しばらくは、サルコジ改革のお手並み拝見ということになるでしょうが、思い切った新自由主義改革を断行すると大規模な社会的動員に直面するでしょうし、改革を中途半端に終わらせるとサルコジに期待した社会層の失望を招きます。サルコジにとっても、難しいかじ取りが求められています。

――個人的にニコル=サルコジ氏をどのように評価していますか?

畑山 個人的にはロワイヤルの当選を望んでいました。サルコジの目指すアメリカ型の経済社会がフランス国民を幸せにするとは思えません。それは、小泉改革が、日本国民を幸せにしていないのと同じです。新自由主義改革は、金融・情報産業などを中心に経済の活況をもたらし、一部の国民を経済的に豊かにするでしょうが、社会的格差を拡大して、差別や社会的排除が深刻化するでしょう。

 また、失業や批正規雇用が増大して家族や地域社会が荒廃する中で、犯罪多発の危険性があります。そして、それに対して治安対策が強化されて、国民の自由が圧迫されるという悪循環がもたらされます。権威と道徳の強調は、マイノリティーへの差別を助長し、社会の自由な雰囲気を圧迫します。僕は、同性婚を認めるような自由で寛容なフランスを愛しているので、その1点だけをとっても、ロワイヤルを支持します。

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『現代フランスの新しい右翼―─ルペンの見果てぬ夢』
畑山敏夫著
法律文化社
A5判・238ページ
3780円(税込)