大原まり子[小説家]●『欲望問題』を読んで感じた、3つのメモ

 この本を読んで、いろんなことを考えさせられました。
 メモのようなものですが、少し書かせていただきたいと思います。

(1)少年について 〜『鎮魂歌(レクイエム)』(グレアム・ジョイス)

 大人になる前の少年が好きだという性的嗜好をもつ、28歳の同性愛者の青年からのメールによって、伏見氏は深く考え込んでしまいます。個人の欲望と、社会は、どこまで歩み寄ることができるのか。あるいは、できないのか……と。

 ロリコンという言葉があります。ロリータ・コンプレックスの語源となったウラジーミル・ナボコフの小説『ロリータ』のロリータは16才。ミドルティーンです。
 幼児・小児を対象とした性愛・性的嗜好をさすペドフィリアと区分した方がいいと思います。

 グレアム・ジョイスの『鎮魂歌(レクイエム)』(浅倉久志訳)という小説があります。本作で英国幻想文学賞、他にも世界幻想文学大賞を受賞している評価の高い作家です。
 妻を亡くしたまだ若い教師が、旅先の聖地エルサレムで、さまざまな不思議な事件に巻き込まれるうちに、教え子である女生徒の性的魅力に惑わされ、関係を持ってしまったのでは……という、後悔と懺悔とエロスに満ちた幻想にとらわれる物語です。
 性的な魅力のある10代の女性が、まだ生徒であり子供であるという社会の枠組みの中にあることよって、矛盾と禁忌が生じ、恐怖に彩られた幻想が生まれるのです。

 殺人が社会から容認される日は来ないでしょうが、ペドフィリアも同様でしょう。
 ですが、10代については、社会(文化)がはらむ矛盾が大きいと感じています。当の10代にある人たち自身が、宙ぶらりんの悩ましい状態にあるような気がします。

(2)ジェンダーフリー/ジェンダーレス 〜SF「自然の呼ぶ声」(小松左京)

 ジェンダーフリーと聞いて、特にジェンダーフリー批判・反動の流れの中で、その言葉を初めて聞いたので(不勉強ですみません)、まっさきに連想したのは、小松左京の傑作SF短編「自然の呼ぶ声」でした。

 遠い未来、地球から遙か隔たった星域で、連続殺人事件が起こります。この星では、遺伝子改造により、人類はM類とF類に分かれているのですが、殺人はすべて、M類がF類を襲うものでした。

 ストーリーの途中で、Mは元男性、Fは元女性であることが明かされますが、この社会において、M/Fの差異は、わずかに身体に残る器官の痕跡と情緒や思考パターンです。平衡のとれた知的生産に双方が必要なのだといいますが、まあ統計的には、ないよりはあった方が有意という程度。

 言葉づかいや習俗に差はなく、なんとなく見た目で、どちらなのかはわかるという感じでしょうか。M/Fは、職種(技術者を表すTや、理論家のThなど)による差と同様、記号上の区別にすぎないと思われていました。
 そして、孵育室で人工的に生まれてくる住人たちには、男性(メイル)と女性(フィメイル)が何なのかもわかりません。生殖と遺伝子を管理することで、地球が植民星を支配・搾取していたのです。

 社会的危機を解決するため、450年の冷凍睡眠から目覚めさせられた一人の(本物の)男によって、“現代人”たちは男と女の意味を知り、性ホルモンを抑制する食糧を食べないことで、やがて本来の姿へと変貌してゆくこと、そして新しいつき合い方が始まることを示唆しつつ、物語は終わります。

 この小説が書かれたのは、実に43年前の1964年。
 性の起源は約38億年前だそうですが、性欲の本質は他者への侵食であり、根底には暴力がひそんでおり、おかしな形で抑圧されると暴発してしまう。大事に至らないために、ジェントルマンとか、恋愛とか、さまざまな型・ルール・フィクションが作られてきたのではないでしょうか。

 ジェンダーフリー/ジェンダーレス論にもさまざまなものがあることを、本書で知りましたが、そういった思想を運動として進めてゆく時、個人の生活の中で、どうしても何か違和感を残すと伏見氏は感じるのです。
 ジェンダーフリー/ジェンダーレスは、SFではないか、という、私が最初に受けた印象は、当たっていると思いました。本来はSFのような表現形式、もしくは論考によって表されるべき思想だったと思います。

(3)運動/欲望、そして小説

 伏見氏自身の運動との関わりや、違和感を含めた実感が丁寧に書かれており、その中から、とりあえず1つの結論にたどりつきます。
 「正義」に陥りがちな運動ではなく、各自の「欲望」(不満や痛み、欲求や理想のことをまとめて本書では欲望とよんでいます)を表明して、互いにその利害をすりあわせてみてもよいのではないか、と。
 社会の基盤を整備・運営する仕事というのは、堅苦しくておよそ色気もなく、時に強権的にもならざるを得ない営みだと思います(私はみんなのために真面目に基盤整備・運営する人々を常々立派だと思っています)が、そこへ、リアルな生活の実感というか、とりあえず、各自の切実な「欲望」を言葉で表明してみてはどうか、というのです。
 ただ不快だとか、嫌いだとかいうのでなく、何故不快に感じるのか、何故痛みを感じるのかを考える過程も、議論を深めるきっかけになるでしょう。

 この国での女性、ゲイをめぐる状況は、ここ30年に限っても、ほんとうに良い方向に変わりました。
 私自身の長年に渡る大きな変化は、自分が女性であることをじょじょに受け入れ、女性である自分を好きになったことです。そして、私自身は授かりませんでしたが、子供たちを可愛いと感じるようになりました。
 ヘタなのですが料理も好きになりましたし、家を整える家事がどれほど大変で、人生の中でどれだけ大事なことか、その価値がわかるようになりました。
 カソリックの女子校に10年間通ったことも、良かったと感じています。

 ジェンダー、セクシュアリティのあり方自体が変化・多様性を見せ始めているという著者の実感も書かれています。「雄っぽいんだけど、雌っぽさがあるところ」という著者の友人のセクシュアリティに、私も大いに共感します。
 自分の中にある女性的なものを認め受容して、かつ強度を保っている男性は、まだ数少ないですが、このタイプは、かなりのもてゾーンに入ってくるのではないかと踏んでいます。

 私はファッションが大好きですが、その理由の大半は、さまざまな型を演出することができるからです。
 似合うに合わないはあるとはいうものの、服を着ている内に、それなりに似合ってくるから不思議です。なじんでくると、案外中身もそういう人になっています。
 型のようなものは、意外に簡単に変わってゆくのでしょうね……。

 あとがきに「この本はパンクロック」であり、「リアルであることこそが、ぼくのパンクです」とありますが、この表明は、伏見氏が小説を書き始めたことと無縁ではないように思います。
 小説は、私たちの生活同様に、思想だけでできあがっているわけではありません。それどころか、思想なしでも充分に成立するのであり、その本質は芸だとわたしは思っています。芸とは、艶っぽさです。
 最後に──伏見さんには、パンクで艶っぽい小説を期待しています。

【プロフィール】
おおはらまりこ●1959年、大阪生まれ。小説家。80年、「一人で歩いていった猫」が第6回ハヤカワSFコンテストに佳作入選し、デビューする。94年、『戦争を演じた神々たち』で第15回日本SF大賞受賞。99-01年、日本SF作家クラブ会長。02-03年、読売新聞読書委員会委員。

HP:アクアプラネット
http://park6.wakwak.com/~ohara.mariko/welcome.htm

【著書】
笑劇(岬兄悟、松本侑子、瀬名秀明らとの共著)/小学館文庫/2007.1/¥619
笑壺(岬兄悟、森奈津子、梶尾真治らとの共著)/小学館文庫/2006.7/¥600
SFバカ本 電撃ボンバー編(中村うさぎ、岩井志麻子、瀬名秀明らとの共著)/
メディアファクトリー/2002.3/¥1,200
銀河郵便は三度ベルを鳴らす/徳間デュアル文庫/2002.2/¥619
SFバカ本 天然パラダイス編(岬兄悟、田中啓文、松本侑子らとの共著)/メ
ディアファクトリー/2001.11/¥1,200
超・恋・愛/光文社文庫/2001.10/¥457
SFバカ本 人類復活編(北野勇作、岬兄悟、小室みつ子らとの共著)/メディア
ファクトリー/2001.8/¥1,000
イル&クラムジー物語/徳間デュアル文庫/2001.3/¥676
アルカイック・ステイツ/ハヤカワ文庫JA/2000.11/¥520
SFバカ本 チャーハン編(岬兄悟、谷甲州、森奈津子らとの共著)/メディア
ファクトリー/2000.11/¥1,400
SFバカ本 黄金スパム編(岬兄悟、安達遥、友成純一らとの共著)/メディア
ファクトリー/2000.11/¥1,400
銀河郵便は”愛”を運ぶ/徳間デュアル文庫/2000.10/¥648
血(小池真理子、手塚真、夢枕獏らとの共著)/ハヤカワ文庫JA/2000.6/¥580
日本SF論争史(巽孝之、小松左京、筒井康隆らとの共著)/勁草書房/2000.5/
¥5,000
リモコン変化 SFバカ本(小室みつ子、かんべむさし、波多野鷹らとの共著)/
広済堂文庫/2000.3/¥600
彗星パニック SFバカ本(岬兄悟、いとうせいこう、村田基らとの共著)/広済
堂文庫/2000.2/¥600
戦争を演じた神々たち/ハヤカワ文庫JA/2000.2/¥700
チューリップ革命(高瀬美恵、四谷シモーヌ、森奈津子らとの共著)/イース
ト・プレス/2000.1/¥1,300
SFバカ本 ペンギン編(岬兄悟、岡崎弘明、友成純一らとの共著)/広済堂文庫
/1999.8/¥552
みつめる女/広済堂文庫/1999.6/¥495
SFバカ本 たいやき編プラス(岬兄悟、伏見憲明、東野司らとの共著)/広済堂
文庫/1999.5/¥571
屍鬼の血族(江戸川乱歩、柴田錬三郎、半村良らとの共著)/桜桃書房
/1999.4/¥2,300
SFバカ本 だるま編(岬兄悟、山下定、松本侑子らとの共著)/広済堂文庫
/1999.3/¥552
SFバカ本 白菜編プラス(岬兄悟、とりみき、岡崎弘明らとの共著)/広済堂文
庫/1999.1/¥571
月の物語(安土萌、倉坂鬼一郎、若竹七海らとの共著)/広済堂文庫/1999.1/¥762
恋物語(古井由吉、増田みず子、連城三紀彦らとの共著)/朝日新聞社
/1998.12/¥1,500
ブランドの花道(藤臣柊子との共著)/アスペクト/1998.12/¥1,400
スバル星人/プラニングハウス/1998.12/¥840
SFバカ本 たわし編プラス(岬兄悟、梶尾真治、斎藤綾子らとの共著)/広済堂
文庫/1998.10/¥571
変身(倉坂鬼一郎、久美沙織、岬兄悟らとの共著)/広済堂文庫/1998.3/¥762
侵略!(かんべむさし、牧野修、小中千昭らとの共著)/広済堂文庫/1998.2/¥762
タイム・リーパー/ハヤカワ文庫JA/1998.2/¥720
SFバカ本 たいやき編(岬兄悟、伏見憲明、森奈津子らとの共著)/ジャストシ
ステム/1997.11/¥1,600
血(小池真理子、篠田節子、夢枕獏らとの共著)/早川書房/1997.9/¥1,600
戦争を演じた神々たち/アスキー/1997.7/¥850
戦争を演じた神々たち2/アスキー/1997.7/¥1,700
処女少女マンガ家の念力/ハヤカワ文庫JA/1997.5/¥560
SFバカ本 白菜編(岬兄悟、大場惑、谷甲州らとの共著)/ジャストシステム
/1997.2/¥1,845
アルカイック・ステイツ/早川書房/1997.2/¥1,359
吸血鬼エフェメラ/ハヤカワ文庫JA/1996.8/¥544
SFバカ本(岬兄悟、梶尾真治、村田基らとの共著)/ジャストシステム
/1996.7/¥1,845
仮想年代記(梶尾真治、かんべむさし、堀晃、山田正紀との共著)/アスペクト
/1995.12/¥2,136
オタクと三人の魔女/徳間書店/1995.11/¥1,456
恐怖のカタチ/ソノラマ文庫/1995.11/¥524
ネットワーカーへの道/ソフトバンク/1994.8/¥1,456
戦争を演じた神々たち/アスペクト/1994.7/¥1,845
エイリアン刑事2/ソノラマ文庫/1994.7/¥524
エイリアン刑事1-上/ソノラマ文庫/1994.6/¥485
エイリアン刑事1-下/ソノラマ文庫/1994.6/¥485
恐怖のカタチ/朝日ソノラマ/1993.10/¥971
ハイブリット・チャイルド/ハヤカワ文庫JA/1993.8/¥720
イル&クラムジー物語/徳間文庫/1993.7/¥505
吸血鬼エフェメラ/早川書房/1993.7/¥1,553
タイム・リーパー/早川書房/1993.5/¥1,456
エイリアン刑事2/ソノラマノベルズ/1992.12/¥728
石の刻シティ/徳間文庫/1992.5/¥466
エイリアン刑事 下/ソノラマノベルズ/1991.12/¥728
エイリアン刑事 上/ソノラマノベルズ/1991.11/¥728
メンタル・フィメール/ハヤカワ文庫/1991.11/¥447
未来の恋の物語/徳間書店/1991.8/¥1,262
電視される都市/双葉文庫/1990.10/¥466
ハイブリッド・チャイルド/早川書房/1990.6/¥1,748
やさしく殺して/徳間書店/1990.4/¥971
銀河郵便は”愛”を運ぶ/徳間文庫/1989.4/¥427
大都会の満タンねこ(いのまたむつみとの共著)/ビクター音楽産業/1989.5/
¥1,262
魔法の鍵/集英社文庫/1989.2/¥360
銀河郵便は三度ベルを鳴らす/徳間書店/1988.10/¥980
スバル星人/角川書店/1988.8/¥420
物体Mはわたしの夢を見るか?/ソノラマ文庫/1988.8/¥420
電視される都市/双葉社/1988.7/¥690
イル&クラムジー物語/徳間書店/1988.2/¥980
青海豹の魔法の日曜日/角川文庫/1987.8/¥380
処女少女マンガ家の念力/角川文庫/1987.3/¥380
石の刻シティ/徳間書店/1986.12/¥980
未来視たち/ハヤカワ文庫JA/1986.11/¥380
金色のミルクと白色の時計/角川文庫/1986.8/¥420
大原まり子・松浦理英子の部屋/旺文社/1986.1/¥1,300
処女少女マンガ家の念力/カドカワノベルズ/1985.6/¥640
ミーカはミーカ トラブルメーカー/集英社文庫/1985.1/¥300
銀河郵便は”愛”を運ぶ/徳間書店/1984.12/¥980
銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ/ハヤカワ文庫JA/1984.4/¥466
まるまる大原まり子/シャビオ/1984/¥880
S-Fマガジン・セレクション 1981(亀和田武、神林長平、岬兄悟らとの共著)
/ハヤカワ文庫JA/1983.4/¥560
機械神アスラ/早川書房/1983.3/¥850
地球物語/ハヤカワ文庫JA/1982.5/¥360
一人で歩いていった猫/ハヤカワ文庫JA/1982.1/¥320