遙洋子[作家、タレント]●「現代のジェンダーにまつわる問題解説本」だ
ジェンダーは私にとっては最近禁句になっている。その言葉を口にするなり、会場だったりスタジオだったりの空気がこう着するのを感じるからだ。なによりお客さんの、その言葉の意味の認知度が天と地ほどかけ離れている。ジェンダーにしろ、フェミニズムにしろ、私の職場の芸能界という環境下においては、「ジェ・・・?」であり、「フェ・・・?」なのはここ10年変わらない。一般の方を前にする講演会のほうが意識の高い方がいる。しかしそれも一部であり、中途半端に片寄った理解をしている方は、途端に表情を曇らせる。
それが、「ジェンダー」だ。
“ジェンダー問題”とは、“意味が分からない問題”と、差し替えてもいいくらいだとも思っている。そんなややこしい言葉なら、あんまり便利じゃないや、と私が使わないでいられるのも理由がある。
私の周りでは働く女性が増え、彼女たちはまさしくジェンダーバイヤス(ああ、最近使っていない懐かしい響きであることよ!)に苦悶する。セクハラにしろ、女役割期待にしろ、自分たちにとっての快適な職場環境を阻害する背後にあるのが、ジェンダーである、という認識がなくっても、彼女たちは気づいている。
「なんかとてつもなく強靭な意識が権力を生み周りに迷惑をかけている」と。そのことに苦しみつつ自分のワーキングスタイル(誰と仕事し、どんな仕事を拒絶するか)を確立していっている。その姿を見ていると、「それをジェンダーというのよ」とあえて言う必要性をあまり感じない。言ったところで「ジェ・・・?」になるのだから。
伏見氏は好青年だ。自分なりの世界観を持ち、おだやかに発言する姿に私は大変いい印象を持った記憶がある。その背後に、これほどの広く緻密な“性別”への丁寧な解きほぐしがあったうえでの事なのだと、改めて痛感したのが『欲望問題』だ。
今の時代、これほど真正面からジェンダーをとらえるには勇気がいる。フェミニズム界での微妙なジェンダー認識の温度差まで明確にしている。そして、いかにどうその言葉が世間で誤解され、歪曲されているかも知ることができる。この本はまさしく「現代のジェンダーにまつわる問題解説本」と私は見た。
もちろん、その前後には何を“差別”と見るか、という、深刻な問いかけもある。
「痛みだけを根拠にそれが差別だと言えるわけではなく」という氏の表現がある。
ほんとうにそうだと思う。誰かの痛みが、それが妥当な痛みであると世間に判断されない時に、より強い叫びは、世間の強い苛立ちになって跳ね返ってくる。
痛みを叫ぶ側としても、聞く側としても、深く考えさせられる。
私なんかは面倒くさがり屋なので、「ジェンダーでゴチャゴチャ言われるならもういいやっ」と放り投げがちだが、ここまで真っ向から取り組み目を逸らさない本を読むと、ただただ頭が下がる。そして、その分析軸を氏は過去、これほどまでに必要としたのだと思うと、そこにあっただろう痛みもよぎる。そこから出発した視点に勝るものはないと私は思う。
【プロフィール】
はるかようこ●
大阪市出身。作家、タレント。関西地方を中心にテレビ、ラジオにてタレントして活躍するかたわら、1997年から3年間、東京大学大学院の上野千鶴子ゼミにてフェミニズムを学ぶ。以降本格的に著作業に取り組む。
『遙洋子ネットワーク』◎http://www.haruka-youko.net/
【著書】
介護と恋愛/ちくま文庫/2006.9/¥620
働く女は腕次第/朝日新聞社/2006.9/¥1,300
いいとこどりの女/講談社文庫/2006.6/¥495
結婚しません。/講談社文庫/2005.1/¥467
美女の不幸/筑摩書房/2004.12/¥1,300
東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ/ちくま文庫/2004.11/¥620
働く女は敵ばかり/朝日文庫/2004.3/¥540
ハイブリッド・ウーマン/講談社/2003.1/¥1,500
介護と恋愛/筑摩書房/2002.3/¥1,300
野球は阪 私は独身/青春出版社/2002.2/¥1,300
働く女は敵ばかり/朝日新聞社/2001.5/¥1,400
結婚しません。/講談社/2000.9/¥1,400
東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ/筑摩書房/2000.1/¥1,400