赤川学[社会学]●欲望問題から制度問題へ

 伏見さんと直接お会いしたことはない。しかし私にとっては永遠の先輩である。1991年、衝撃のデビュー作『プライベート・ゲイ・ライフ』が出版されたとき、私はセクシュアリティ研究を志したばかりの駆け出し院生だった。むさぼるように読んだ記憶がある。また1997年に刊行された『性のミステリー』は、私が大学教員としてはじめて講義したとき、真っ先にテキストとしてとりあげたものである。伏見さんの思想との対峙が、私の研究生活にとって重要な課題であり続けたことはまちがいない。

 今回の『欲望問題』は、90年代から現在にいたる、伏見さん自身の思考の歴史といえる。ゲイとしての「痛み」を「差別−被差別」という文脈に置いた90年代の初頭。ゲイ解放運動を含めた反差別運動についてまわる弱者至上主義に疑問をもちはじめた世紀末。そしてさまざまな「他者の欲望に対して、できるだけそれを可能にするように、そしてその結果が社会の成り立ちと維持に矛盾しないように、いっしょに考えていく」ことを選んだ現在。伏見さんが積み重ねてきた思考の展開が、わかりやすく書かれている。

 伏見さんが現在取り組んでいる課題は、ポルノやオナニーや少子化の問題を場当たり的に考えてきたにすぎない私にも、驚くほど胸に沁みいるものであった。私なりにいいかえると、それは、様々な欲望を抱える人びとが、「性への自由」と「性からの自由」を同時に両立可能な社会制度を、いかなる原理原則のもとに構想しうるか、という課題なのである。あえていえば21世紀のセクシュアリティ研究は、「欲望問題」の先にある「制度問題」へと歩を進めていかざるをえない(それは、かつての弱者至上主義的な反差別運動からも、保守派とジェンダー・フリー派の不毛な対立からも、さしあたり距離を置く形でしか成立しえないだろう)。伏見さんは、堂々とその先陣を歩もうとしている。

 ひとりでも多くの人が、わたしたちとともに、この課題を共有してくれることを願ってやまない。

【プロフィール】
●あかがわ まなぶ
1967年、石川県生まれ。社会学者、東京大学助教授。近代日本のセクシュアリティの歴史社会学、人口減少社会論を中心に研究を行っている。

【著書】
構造主義を再構築する/勁草書房/2006.11/¥2,800
〈社会〉への知/現代社会学の理論と方法 下 経験知の現在(野宮大志郎、坂元慶行らとの共著)/勁草書房/2005.8/¥3,500
東京スタディーズ(吉見俊哉、若林幹夫らとの共著)/紀伊國屋書店/2005.4/¥2,000
子どもが減って何が悪いか!/ちくま新書/2004.12/¥700
〈身体〉は何を語るのか(見田宗介、内田隆三らとの共著)/新世社/2003.3/¥2,100
構築主義とは何か(上野千鶴子、竹村和子らとの共著)/勁草書房/2001.2/¥2,800
日本の階層システム4 ジェンダー・市場・家族(盛山和夫、尾崎史章らとの共著)/東京大学出版会/2000.6/¥2,800
セクシュアリティの歴史社会学/勁草書房/1999.4/¥5,000
シリーズ〈性を問う〉2 性差(大庭健、青野由利、長谷川真理子、金井淑子、広瀬裕子との共著)/1997.6/¥2,800
現代の世相1 色と欲/小学館/1996.10/¥1,550
性への自由/性からの自由/青弓社/1996.8/¥2,200