2006-07-14
第19回 雪玉効果とロングテール
今回は2006年5月20日付けの『ちょっくら書店営業』に寄稿した原稿を加筆修正したものを掲載いたします。『ちょっくら書店営業』は出版コンサルタントの石塚昭生さんが発行しているメールマガジンです。メールマガジンの詳細については石塚さんのサイトをご覧ください。
寄稿時のタイトルも『雪玉効果とロングテール』でした。メールマガジンへの寄稿なので具体的なハウツーではありませんが、メーカーとしての出版社にとっての「ロングテール」の意味を考え直してみるのには役立つかもしれません。なお、過去の話題については記憶に基づいて書いていますが間違っている場合もあるかもしれません。その場合はご指摘ください。直ちに修正いたします。
●平成12年12月11日(月)15:30〜 日本出版クラブ会館3F「鳳凰」
アマゾンが日本に上陸してからまださほど時間が経っていない頃に開かれた出版社向けの集まりで「雪玉効果(スノウボール・エフェクト)」という現象が取り上げられました。これはランクの上位の本に売上が集まるさまを坂道を転がり落ちる雪玉が一気に大きさを増していく状態に例えたもので、アマゾンに限ったことではなく一般的に見られる現象でもあります。
この効果を狙って大手の書店で買い占めて(モノを動かさずに伝票だけでやり取りする場合も)ランクを上げたり、ということは以前から日常的に行われていました。
アマゾンでそれが取り上げられたことの理由の一つに、従来とは違う方法論でランクを吊り上げ、意識的に雪玉効果を狙えるのではないか、ということがあったように記憶しています。ニュースグループやメーリングリストで連絡を取り合い、仲間内での購入の時間帯を合わせる事によって一気に一ケタ台のランクを作り、それを見た多くのその他の購買者からの購入を狙う。アマゾンが日本に上陸して最初の売れ筋であったコンピューター書籍などではこうしたネット経由での情報の伝播は比較的頻繁に行われていたようです。コンピューター書籍の場合、もともとネットに馴染んでいる読者や既に米国のアマゾンを利用して洋書を購入している読者が多かったりユーザーグループなどの著作物(編集協力なども含む)が多かったという事情もあるかと思われます。
●ゴマブックスの「アマゾン作戦」
雪玉効果とは別にこうした「特定のグループによる買い上げで一気にアマゾンのランクを上げる」という行為そのものは、良し悪しは別として、販促の手法としても注目されました。新文化Web版の取材ノートでも紹介されています。
この後しばらくしてからアマゾンの上位ランクにはときどき「おやッ?」という本が混ざり始めます。どう考えてもごく一部のマニアもしくは専門家しか買わないような本が突発的に一位になったり上位ランクを独占したり。さらに時間が経つとそうした「突発的」とも思える事態は解決の方向に向かったようで、最近はあまり見かけなくなってきました。
●ロングテールの反対は「ショートヘッド」
最近話題の『Web進化論』でも紹介されている「ロングテール(従来のコスト意識においては手間とコストがかかるとして切り捨てられていた細々とした売れ方の商品が、マーケティング手法の変化や低コストでの流通が可能となったことによって未開拓の領域として注目を浴びている現象)」ですが、これの例としてアマゾンでの本の売行きが紹介されることが多いようです。
「雪玉効果」は、ロングテールの反対側、いわゆる「ショートヘッド」で起こる現象です。元々アマゾンでのマーケティングについて言えば「ショートヘッド」のほうがより注目されていたように覚えています。アマゾンでの有料マーケティング・プログラムはトップページやカテゴリページでの露出の確保によって効果を生み出すための仕組みとして用意されているはずです。なんだかんだ言ってもやはりまとめてどんと売れるほうが小売(アマゾン)もメーカー(出版社)も卸売(取次)も効率は良いです。いくら「ロングテール」と言っても一年間に一冊とか二冊しか売れないのでは出版社としては製造コスト・在庫の維持管理や流通を考えるととてもではないですが割には合いません。電子書籍の説明で「これこそロングテール」というお話を聞く機会がありましたが、確かに、在庫・流通、さらには製造コストまで限りなく極小化することによってロングテールという概念は成立するのかも知れません。そういう意味で紙の本とロングテールとは意外と相容れないようにも思いますがいかがでしょうか。
●オンライン書店に向いている本?
だからと言って中小零細出版社にとってアマゾン(に限らずオンライン書店)での売上が無視できるほどのものかと言うと、それについても少し違う感触を感じ始めています。受注や納品のデータをよくよく調べてみると、モノによってはアマゾン(をはじめとするオンライン書店)での比重がかなり高いのでは、と思えるものがあります。原因は一つではないと思いますが、欲しいと思う読者の人数と比べてリアル書店店頭での露出が少ないうえにタイトルなども含めて「探しにくい」ような本の場合にそうしたことが起こることが多いようです。
こうした本が「オンライン書店に向いている」という考え方もあるとは思いますが、逆に「リアル書店でも置く場所によっては売れる可能性がある」とも考えられるように思います。さらに言うなら、「ネット・リアル問わず本の情報をもっと知らしめ、より多くの検索結果に表示されることができれば興味が購買につながる可能性はさらに高まる」のではないか、と思います。
●形があるから費用がかかる
ロングテールが出版社にとって意味を持つためには増刷や在庫負担に見合うある程度のボリュームが必要です。メーカーとして捉えた場合、在庫の管理コストに見合うだけの販売ロットが維持・確保できるのかは非常に重要なことです。ロングテールに限った話題ではなく、増刷の際には常に頭を悩ます問題でもあります。放っておくと膨らんでいく在庫費用を押さえるためには、在庫の資産評価だけではなく、倉敷料や出庫手数料、さらには廃棄・断裁などといったかなり具体的な手間とコストを考慮に入れなければなりません。(このあたりの話題については本連載の『第15回 返品』もご覧ください。)
コスト削減の努力は必要ですが、それと平行して販売のボリュームを確保するために本の存在を告知・宣伝することが不可欠です。従来型の媒体では継続的に本の情報を宣伝・告知するためには莫大なコストが必要でしたが、ネットの普及でそうしたコストは劇的に下がりました。本の宣伝・告知にとって「インターネット」という場は非常に重要になっています。
●解決策は既にある
小さな出版社が集まるとアマゾンの在庫表示についての話題で盛り上がることがあります。「出版社には在庫があるのにアマゾンでは在庫なしと表示されてしまう」であったり「新刊が出たのにいつまで経ってもアマゾンに出てこない」というのが典型的な嘆きですが、大阪屋に新刊委託するとか新出版ネットワークに接続するとか版元ドットコムに参加するとか、解決策は既にいくつもあります。後はやるかやらないかだけの問題なんですが、意外と「嘆いているだけでやらない」出版社も多いようです。
●蛇足1 考えるのが好き
蛇足ですが、最初に述べた集まりの際に「検索窓に自社の本の書名を入れても検索結果が表示されないのはどういうことか」と激しく憤られている方がいました。しかし、どうも話が噛み合いません。
もしかするとこの方は「自分がTopページとして登録してあるYahooの検索窓に書名を入れたがうまく検索できない」ということを言いたいのではないか、そうだとするとそれはアマゾンの問題ではないのでここで質問するべき、もしくは憤りを表明すべき、話題ではないのではないか、と思ったらやはりそうでした。本人はアマゾンもYahooもよくわかっていなかったようです。恥ずかしかったとは思いますが、その場で聞いたことで問題の一つはあっさりと解決してしまいました。この場合は前提そのものの間違いがわかったということですが。
この方を笑おうということではなく、聞くだけで解決することは聞いてしまえばそれでいいじゃないですか、と思うのですが、どうでしょうか。この業界はどうも色々と自分勝手に推測するのが好きな方が多いようです。「オレはこう思うんだ」「いやオレはこう思う」。自分もそういう傾向が強いほうなのでなんとも言えません。推測したり願ったりするだけで本が売れるのであれば自分が扱っている本は全てミリオンセラーのはずですが、現実はそうではありません。
わからないことがあったら思い切って他人に聞いてみる。特に取次の仕入窓口で聞いてみることをお奨めします。わからないと言われる事もありますが意外とあっさり答が返ってくることも多いです。
他の出版社の方に聞いてみるという手もあります。皆さん、意外と教えたがりです。活用してみてください。もちろんINC総会(※注 この原稿が掲載されたメールマガジンの発行者である石塚さんが主催する勉強会)のような集まりに顔を出すという手もあります。面白いです。会社として取り組むのであれば版元ドットコムもおすすめです。2006年6月2日に開催された版元ドットコム総会では版元ドットコムの活動報告だけでなく流通についての研究集会も行われました。会の模様についてはサイトをご覧下さい。2006年6月15日と22日には変化する出版業界の話題を取り上げたシンポジウムも開催されました。そちらの様子もサイトでご覧いただけます。
●蛇足2 実売はどうですか
蛇足ついでにもう一つ。出版業界で働く皆様は既にご存知のこととは思いますが、アマゾンでは「あまぞー」という出版社向けの受注情報提供サービスなども行っているそうです。新規の受付をしているのかどうかは定かではありませんが、興味のある出版社の方は問い合わせてみる価値はあるんじゃないでしょうか。
上記とはまったく関係ありませんが、週単位で集計されてしまっている売上データを月単位(概算になります)に置き換えるためのテンプレートを用意しましたので、興味のある方はどうぞご自由に改造してお使い下さい。(Excelファイル:サイズが大きいのはシート内の計算式のせいです)。
書籍売上_週次月次集計テンプレート
(ファイルはzip圧縮されています。解凍するとその中にExcel形式ファイル”書籍売上_週次月次集計テンプレート.xls”があります。)