2008-03-12

第21回 新・出版ネットワークあるいは出版VANの今とこれから

 紙の本という形のあるものを扱っている以上、出版に物流は不可欠です。物流は古くて新しい話題なのでなかなか取り上げられることが多くありません。物流は同時に商品の情報を伴った流れでもあります。従来の「伝票」や「短冊」といった紙のシステムは非常によくできたものでした。ですが、昨今、ITの普及を前提に物流をめぐる情報システムが大きく変化しつつあります。
 本日はその中でも中小零細の出版社だけでなく大手の出版社でも実態が見えにくくなってしまっている「新・出版ネットワーク」あるいは「出版VAN」と呼ばれる取次と出版社の間でのEDI(Electronic Data Interchange = 企業間での商取引に関するデータの電子的なやりとり)の仕組みについてなるべく簡潔にまとめてみようと思います。

●新・出版ネットワークと出版VANは別物なのか
 よく誤解される点なのではっきりとさせておきますが、「新・出版ネットワーク」と「出版VAN」は同じものだと理解していただいて間違いありません。
 詳しくは社団法人日本出版取次協会のページ(下記のリンク先)をご覧いただければと思いますが、要は「今まで使っていた出版VANを換骨奪胎してこれからは新・出版ネットワークと呼びます」ということです。なお、出版VANはNTTが、新・出版ネットワークは富士通FIPが運営会社となっています。
参照:新出版ネットワークについて

●出版VANを振りかえる
 現行の新・出版ネットワークの礎である「出版VAN」について少しまとめます。
 VANとは、付加価値通信網 = Value Added Network、の略語です。インターネットが出てくる前の「オンライン」という言葉にほぼ該当する、特定の目的のために使用される専用の回線とそれに付随するサービスのことです。インターネット以前ということでやや古い言葉になります。
 VANというサービスでは通信回線だけでなく通信手順(プロトコル)やデータフォーマットなども一元化されているため、各社の業務システムにそのサービスを組み込むことが可能でした。また、全銀手順という銀行のオンラインシステムに使われる堅牢な通信手順(プロトコル)を採用したことにより安全性と信頼性も非常に高く、それも業務システムとの連携には好都合でした。
 ですが、インターネットとPCの普及により状況は大きく変化します。VANと接続できるシステム構築にはある程度の金額がかかることが前提でした。実際にはIBMのAS400というワークステーションを導入する例が多かったようです。PCで実現される業務システムをインターネットで構築されたEDIに接続させるにはどうすべきか。そのための模索の過程で「Web-EDI」という発想が生まれてきます。新・出版ネットワークではプロトコルの変更と同時にこの「Web-EDI」の実現が課題となりました。

●新・出版ネットワークの実際
 実際に運用される新・出版ネットワークの形態は大雑把に言って以下のふたつに分類されます。
 1.従来の出版VANとほぼ同じ仕組みを電話回線(ダイヤルアップ)+PCで実現したもの
 2.Web-EDI (※インターネットのブラウザを経由して取次と出版社間でのEDIを実現する仕組み)

 前項で「VANの利点は業務システムとの連携」と述べましたが、逆に言えば業務システムとの連携が難しいのが「Web-EDI」の弱点です。そのため、弊社も含め新
出版ネットワークの立ち上げ以降も「Web-EDI」ではなく従来の「出版VAN」とほぼ同様の仕組みを導入する社も少なくありません。皆さんが「出版VAN」と言い続けているのはそういう事情もあるようです。

●新・出版ネットワークは出版社と取次を結ぶ幹線道路
 新・出版ネットワークとは「出版社と取次を結ぶ道」だと考えてください。まず道がないと行き来ができないですね。でも道を通しても行き来が無ければ意味がない。ではせっかく通した道に何を通すか。最初は書誌情報と在庫情報を通すことになりました。
 書誌情報は実際の商品と関連付けられないといけないので結局あまり使われませんでした。後に、「商品基本情報センター」が提案され徐々に普及しています。
 在庫情報は「商品が確実に入手可能か否か」を判断するために取次と出版社だけでなく書店にとっても日常的に重要な情報です。ですが、在庫情報は変化する情報でもあります。「出庫可能」のはずの商品が出荷できなかったといった状況を避けるために在庫の状態を表す「在庫ステータス」はどんどん複雑化していきました。見直しが必要だということで提案はされていますが、なかなか進んでいないのが現状です。
 とはいえ、在庫情報は新・出版ネットワークで実際にやりとりされることで取次の情報にも反映され、結果的に書店や読者の利便性を高めています。
 次にやり取りされるようになったのは取次から出版社への発注データです。売上に直結するデータなのでこれは大きな意味を持っています。それまでの書誌情報や在庫情報は出版社から取次への一方通行でしたが、受注データは出版社が出荷日の確認を返すことで取次→出版社→取次という双方向のやりとりになりました。

●新・出版ネットワークのこれから
 ここからは最近になって実現されたものとこれから実現されるものの話題になります。
 発注情報はつまり出版社から見ると「納品(出荷)」に関する情報です。そうなれば当然次は「返品」がデータで欲しくなるはずです。商品と一緒に流れる伝票の代わりとなる「返品データ」の受け入れが始まっています。これが可能になってきたのはデータの信頼性の向上です。ITは省力化だけでなく「正確さ」の意味において大きな変化をもたらしています。返品データの流通によって返品入庫の際の検品や伝票の再入力などの手順が大きく変わるはずです。
 さらにその先も既に始まっています。いわゆる直受注という流れです。これは出版社が書店から直接受けた注文をデータとして取次に流すというものです。取次の在庫の活用につながることはもちろんです。受注の段階から全てをデータでやり取りする流れがこれでひとつにつながります。王子や桶川もこれによってその機能を最大限に生かすことが可能になります。

●さらにその先へ
 新・出版ネットワーク経由の発注情報には書店毎の明細が含まれています。ほぼ同じ仕組みを使うわけですから返品データでもそれは可能なはずです。書店毎の納品と返品が把握できる仕組み、それがとりあえず近いところでの新・出版ネットワークの可能性です。
 既に書店の実売データはかなりの範囲で入手可能になっています。それらのデータを結びつけるためのインフラとしての「商品基本情報センター」「共有書店マスタ」も活用され始めています。これらは大手の出版社が独占するようなものではなく、中小零細の出版社でもその利用は可能です。そうは言ってもコスト面が、という懸念はあると思います。そのため、出版社の代わりに倉庫が新・出版ネットワークに接続しそこで得られるメリットを出版社にサービスとして提供するという例も増えてきました。また、出版社での協業という選択肢も考えられます。
 新・出版ネットワークは書店まで含んだネットワークとしては考えられていません。ですが、これからの状況によってはそうした変化も充分に考えられます。書店が参加することで店頭の在庫情報までもが共有される可能性、無いとは言い切れません。
 これらは全て遠い未来の話ではなく、今まさに日々変化している話題です。出版業界の物流やシステムの話、面白いと思いませんか。どうでしょうか。

●新・出版ネットワーク 概略のまとめ
 最後に簡単に新・出版ネットワークでできることなどをまとめておきました。

◎出版社→取次
 書誌 (新刊登録)実際には使っていない模様
 在庫 (在庫STATUS)出版社の在庫・出庫可不可
 出荷 (発注情報)取次在庫分・非在庫分の発注、シフトや桶川などの話題と関連性あり、要返信
 受注 (直受注)出版社が書店から直接受けた受注を取次に送信
   1.データ送信と合わせて該当する商品を搬入(※商品付き)
   2.在庫分は取次から出荷、非在庫分はVAN(もしくはメール)経由で出版社に発注(通常の発注サイクルに乗せるという意味、※新方式)

◎取次→出版社
 発注 (在庫分・非在庫分)取次が書店から受けた注文、取次在庫分・非在庫(シフト・シフト外)
 返品 (返品伝票データ)返品伝票と同じ内容をデータでも送信

 補足1※短冊を前提としていたトーハンの発注が桶川での「シフト搬入」実現によって短冊レスとなったことも最近の大きな話題。
 補足2※直受注は出版社→取次だけでなく倉庫→取次なども。
 補足3※返品データは「検品」「訂正」がカギ。

このエントリへの反応

  1. 松井と申します。 色々と勉強させていただいています。

    出版VANと新出版ネットワークのことで腑に落ちなかった部分を
    かなり整理して理解することができました。
    ありがとうございます。

    新出版NTのweb-EDIについて、業務システムとの連携が難しいとのことですが、web-EDIを利用して取得したデータ自体も業務システムに取り込みにくいということなのでしょうか。
    それとも、一体化したシステムとして出版用業務システムからシームレスにweb-EDIにより発注データを取り込む仕組みを作ることが難しい(不可能である)と、いうことなのでしょうか。

    いずれにしても、日本のように多種類の書籍が(程度の差こそあれ)これほど手に入りやすい国も珍しいと思いますし、誇りに思っています。
    これほど文化的、商習慣的な下地があるのですから、制度や仕組みをさらに整えることで、職業として関わる人々がより良い環境で幸せに働けるように進化していければ良いのに、と切に思っています。