2010-04-25
お部屋2042/インタビュー原稿のルール 1
ツイッターを本格的に始めて3ヶ月が過ぎました。
ここまで順調につぶやいてきた私ですが、徐々につぶやく頻度が落ちていて、先週以降はほとんどつぶやかない日、ほとんどTLを見ないも出てきています。「ツイッター離れ」です。肉離れみたいなものです。
「ツイッター離れ」を起こしている理由はいくつかあるのですが、そのもっとも大きな理由は、距離を置いてツイッターについて考える時間が増えているためです。ツイッターを理解するためにはTLに這いつくばることも必要ですが、同時に、そこから離れて俯瞰することも必要です。今は後者の時間が長い。
その位置にいると、どうもつぶやく気がせず、久々にブログの更新をする気になりました。
このところ、いったい私が何を考えているのかというと、『クズは世界を豊かにする』でも書いた「インターネットにおいて情報の検証は誰がやるのか」ってテーマです。こういうことをじっくり考えるにはTwitterは向かない。Twitterでも議論は可能ですが、熟考はできにくいかも。
ここは人によりけり、テーマによりけりでしょうが、私に関して言えば、また、このテーマに関して言えば、Twitterには向かない。ただひたすら自分で考えていた方がよさそうです。
先頃、つくづくそれを実感することがありました。とっとと長文にまとめておけば、不足している情報が見えていたのでしょうが、Twitterでは気づけませんでした。その報告をするにも、Twitterでは不足です。正確に伝えるためには文字数が必要です。Twitterをやりつつ、ブログでまとめていく作業をやり続けた方がいいんでしょうね。
10日ほど前、ツイッターで、「[ツイッターを疑え!]を疑え 」なる一文が話題になっていました。筆者は「週刊ポスト」4月23日号の特集「ツイッターを疑え!に登場している河野武氏。この特集での文章の扱いに関して経緯を明かした上で、「週刊ポスト」のやり方を批判しています。
読んでいない方はまずそちらをお読みいただき、自分の考えをまとめてから、以下にお進みください。いちいち自分の考えをまとめていかないと、どこまでも他人の意見に流されるだけですので。
この一文についてRTしたり、リンクする人たちが私がフォローしている人たちの中に複数いて、それで私も読んだのですが、素直に河野氏に賛同することができず、「ちょっと待てよ」と思います。
さらに、この文章を皆がどう受け取ったのかを知るために、Twitterで検索、また、ブログ等もチェック。いよいよ、「おまえら、ちょっと待て」と思います。
とは言え、インタビューを受けたこともなく、インタビューをしたこともない一般の人たちが、かつ、マスコミを叩くことになにがしかの快楽を抱く人たちが、この情報に飛びついて、現実を踏まえない批判をして嬉々とするのも理解できなくはない。
問題は、どのようにインタビューが作られているのかの現実を知っているはずの出版業界の人たちまでが、この情報を垂れ流すことで無理解がためのマスコミ批判を加速させていたことでしょう。
そこで私はこの情報を流していたマスコミ関係者に忠告するとともに、私の考えをツイートします。
以下です。
https://twitter.com/kureichi/status/12093422545
ツイッターが流行りだという時に、そのマイナス面を抽出する記事を組むことが悪いはずがない。むしろそれこそが雑誌の役割だとも言えて、これさえも否定されては雑誌なんてやってらんないでしょ。
https://twitter.com/kureichi/status/12093593286
話し言葉を書き言葉にする際には、多かれ少なかれ補足や訂正、加筆がなされる。それが本人の意図を越えている場合に修正できるようゲラチェックがある。私自身、ゲラを見て「言いたいことを書いてくれた」と喜べることもあって、チェックできる限りにおいて、一概にインタビュアの加筆を否定しない。
https://twitter.com/kureichi/status/12093757770
ゲラチェックのない場合は語られた言葉の範囲で原稿をまとめるべきだが、今回はゲラチェックがあったのだから、最大の問題はチェック以降に修正がなされたという点だと考える。私の意見は以上。
「週刊ポスト」に問題はあった。しかし、その問題は捏造だの偏向だのではなく、インタビュー原稿におけるルール違反、あるいは相手がどこまで容認するのかの想定ミスということであって、当該の特集がTwitterの批判のみを意図していること、言っていないことを加筆されたこと自体をも批判するのは筋違いということです。もちろん、河野氏自身もやっているように、その内容を具体的に批判することはあっていいとして。
これに賛同する出版関係者も出てきて、少なくとも私の周りでは、この一件を無批判に流す人はいくなくなりました。
ところが、その翌日になって、ポット出版の沢辺さんがこれをリンクするツイートを流します。
これに対しても、【私は「週刊ポストの記事は捏造だ」「マスコミはダメだ」と大ざっぱな批判が流れる中で、出版関係者がそれに乗じて元記事を紹介しているだけではいよいよダメなんじゃないかな】と指摘。対して、沢辺さんは【かまわんでしょう】と回答。
これ以降、幾度かやりとりがあったのですが、沢辺さんからのツイートがなくなって、そのままになってしまいます。これらについてはツイッターの私のページを参照ください。
実際のところ、私は個別の人たちを批判することにそれほどの意味があるとは思ってなくて、誰もが高度なメディアリテラシーを身につけ、かつ常にそれを発揮することは不可能だと思っています。私も不可能。だからこそ、「どう解消すべきか」を考えるしかないってことです。
一方で私は、ツイートした自分の考えが十分ではなかったと思い始めます。書いたこと自体は間違っていないながら、その前提となる条件の確認が不十分であり、その確認をせずに、この問題を判断することはできないぞと。くどい性格なのであります。
そこで私は河野氏自身に問い合わせます。
続きます。
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