2007-11-04
お部屋1367/今日のマツワル61
新規購読者募集中のため、毎日のように転載してますが、これでも「マツワル」で配信している文章の半分です。
以前は「マツワル」でよくタイムリーな社会問題を取りあげていたのですが、私がそんなことを論じたところでしょうがないかと悟って、今は書かないようにしてます。つうか、興味さえもたないようにしているかもしれない。
それでも、自分自身が選挙に関われば選挙のことを書きますし、「東村山セクハラ捏造事件」のように、たまたま関与することになったことも書きますが、そんなことより、誰も目をつけない「桃色の意味」とか、「パクリの意味」とか、「割り勘の意味」なんて話を論じているのが私の本分でありましょう。
しかし、新規購読者募集の時期だけは、読切ものを配信するために、タイムリーな社会問題が増えたりします。
< <<<<<<<<<マッツ・ザ・ワールド 第1715号>>>>>>>>>>
< 秘密漏示>
「奈良医師宅放火殺人事件」の鑑定医が逮捕された事件については、気になりつつ、自分の意見をはっきりさせるほどの関心もなかったのですが、以下の記事を読んで、「なんかヤなカンジ」がして、改めて調べてみました。
http://www.asahi.com/national/update/1103/OSK200711020075.html?ref=rss
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「違法では」講談社内にも不安の声 調書流出問題
2007年11月03日14時03分
奈良医師宅放火殺人事件をめぐる供述調書問題で、秘密漏示の罪で起訴された崎浜盛三医師は300万円の保釈保証金で保釈を認められ、2日午後6時半ごろ、奈良市の奈良少年刑務所から、弁護人に導かれるように姿を現した。「長男のことを思ってやったことだが、結果的にこんなことになって残念。複雑な気持ち」と報道陣に心境を語った。
9月に自宅を家宅捜索された時と比べ、若干やつれた様子。鑑定医の仕事は「必然的に距離を置くことになる」と語り、一礼して立ち去った。
「供述調書を見せて下さい」「いいですよ」
関係者によると、昨年9月末、京都市内の居酒屋で交わされたというこんな会話が、調書漏洩(ろうえい)問題の発端だった。
草薙厚子氏が崎浜医師に取材を申し込んだのはこの約1カ月前。旧知の京大教授から、精神鑑定医が崎浜医師だと聞いた草薙氏が紹介を頼み、メールアドレスを教えてもらった。草薙氏は少年鑑別所の元法務教官。97年の神戸連続児童殺傷事件の取材経験などがあった。
草薙氏と講談社の間で、具体的な出版話が持ち上がったのは11月。供述調書を引用するスタイルや、取り調べ中に長男が書いたとされる直筆の「カレンダー」を使ったカバーのデザインは、「本物の迫力に勝るものはない」として、次々と採用が決まった。
一方、崎浜医師には出版の具体的な計画は知らされなかった。崎浜医師が本を見せられたのは、本が出荷される数日前だった。調書を引用した内容やカバーに疑問を持ったが、出版中止は求めなかったという。
講談社内でも、出版への不安はあった。発売間近の5月、関係者が顧問弁護士に見解を聞くと、刑法の秘密漏示罪に触れる可能性があると指摘された。しかし、刷り上がった初版本は書店への出荷を待っており、ブレーキはかけられなかった。関係者の一人は、名誉棄損などの民事訴訟を起こされることは考えていたが、「まさか刑事事件に発展するとは予想もしていなかった」。
その後、本に引用された供述調書の内容は、奈良家裁が崎浜医師に貸し出した資料と一致。長男らの告訴を受け、地検が強制捜査に乗り出した。
講談社は医師の逮捕後、ホームページ上で「捜査の目的はメディアの取材活動を萎縮(いしゅく)させることにあり、到底容認できない」と反論。一方、「権力の介入を引き起こしてしまった社会的責任を痛感」と表明し、取材や出版の経緯について検討する調査委員会を設置することを発表した。
〈草薙厚子氏のコメント〉 鑑定医の方はもとより、ご迷惑をおかけした方々には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、公権力の介入は許せません。
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メディアの取材活動を萎縮(いしゅく)させることを目的とした逮捕? この逮捕は不当であり、そもそも秘密漏示罪に該当しないってこと?
秘密漏示罪は以下。
http://www.houko.com/00/01/M40/045.HTM#s2.13
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(秘密漏示)
第134条 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
《改正》平13法153
2 宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときも、前項と同様とする。
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今回の事件があるまで知らなかったのですが、こんな条文があるのか。職業上知り得た秘密を漏らしてはいけないのは職業倫理であって、法に抵触するのはそれによって被害が生じた場合だけ、つまり民事だと思ってました。例のAPP研の弁護士は刑法に違反していた疑いがあるのですね。
どうでもいいけど、秘密漏示って鈴木翁二に似てます。
この条文を見る限り、鑑定医はこの法律に抵触しています。なのにどうしてその契機を作り出した書き手が【公権力の介入は許せません】と発言できるのかよくわからない。これでは「法律に反したことをやっても警察は見逃せ」ってことにしか思えません。
以下、講談社の言い分。
http://www.kodansha.co.jp/emergency2/
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(略)
私たちは今回の捜査の目的はメディアの取材活動を萎縮させることにあり、到底容認できるものではないと考えております。版元として取材源を明らかにすることはできませんが、本書に関連するとして身柄を拘束され、多大な苦痛を受けておられる鑑定医の方には心よりお詫び申し上げます。また、本書刊行の結果として、本来あってはならない出版・報道に対する権力の介入を引き起こしてしまった社会的責任を社として痛感しております。弊社では、本書出版の経緯、形態、意義について第三者を含む調査委員会を設けて詳細に検証を行い、その結果を改めて公表いたします。
著者の草薙厚子氏が本書でテーマとしたのは、2006年6月20日、奈良県の進学校に通う当時16歳の少年が起こした自宅放火事件です。この事件では少年の継母と異母弟妹の3人が犠牲となっており、発生当初から社会的に大きな関心を呼び起こしました。
まことに痛ましく、かつ重大な事件にもかかわらず、少年審判が公開されないこともあって、事件の真相はほとんど明らかにならないまま風化しようとしていました。草薙氏は取材の過程で少年や父親の供述調書をふくむ捜査資料を入手し、それらの資料を引用しつつ、少年が事件を引き起こした動機や心理状態を描いております。そして、事件の背景には常識をこえた勉強の強制、過熱する受験戦争が横たわっており、どの家庭でも起こりうる普遍性があることを明らかにしました。弊社出版部としても、この事件の真相を伝えることは社会的に大きな意義があると判断して、本書を刊行した次第です。
(略)
一連の捜査は、「秘密漏示」に対するものとされています。「秘密漏示」とは、弁護士、医師や薬剤師といった高度な守秘義務を要する職業につく人が、正当な理由なく業務上知り得た秘密を漏らした場合に適用される罪状です。
一方、私たちジャーナリズムに携わる者の使命は、国民の知る権利に応えるべく、真実を明らかにして報道することにあります。社会的意義、公益性のある報道のために、官公庁の不正や企業の組織的犯罪など、本来なら国民に広く開示しなければならないような重大な情報を得るため、守秘義務保持者らを含む情報源を取材するケースもあります。今回の事件にあたっても、真相を明らかにすることを目的として、著者を中心に取材活動を展開しました。一連の取材のなかで供述調書を含む捜査資料を入手したわけですが、この取材活動は正当な行為であったと考えています。
弊社および草薙氏は奈良地検の事情聴取に対して、調書の入手に関しては正当な取材行為であったことを主張し、情報源秘匿の原則を守りながら可能な限りの説明を任意で行ってきました。現在も捜査は続いており、弊社としては出版社として守るべき原則にしたがって対応してまいります。
(略)
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意図的にかどうか、問題を混同している、あるいは問題をズラしているように見えます。
【社会的意義、公益性のある報道のために、官公庁の不正や企業の組織的犯罪など、本来なら国民に広く開示しなければならないような重大な情報を得るため、守秘義務保持者らを含む情報源を取材するケース】は当然あります。しかし、このような例を出してきたところで、今回の事件に該当しないでしょう。
条文にあるように、秘密漏示罪は【医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者】にしか適用されません。今回は「身分なき共犯」として、著者の起訴も検討されてますが、取材そのものを否定するのではなくて、本で公開したことによって、【秘密を漏らした】という行為を共同で犯したということでしょう。
メディアがそういった秘密を知ろうと取材することは当然ありますし、それ自体を規制する法律はない。モラル違反でもない。その時に、守秘義務保持者が秘密を漏洩して初めて問題が起きるわけです。
【今回の事件にあたっても、真相を明らかにすることを目的として、著者を中心に取材活動を展開しました。一連の取材のなかで供述調書を含む捜査資料を入手したわけですが、この取材活動は正当な行為であったと考えています】という講談社の主張に、誰も異議を唱えておらず、今回の逮捕も、これに反するものではないのです。
取材活動は正当、しかし、「情報を漏らした鑑定医はどうなのか」を問う事件であり、もうひとつは、「その情報をそのまま本にした責任はどうなのか」が問われた。この場合は、法律違反だけじゃなく、メディアのモラルの違反も問われます。
にもかかわらず、「取材の正当性」のみを強調していることで、おそらく講談社は問題の在処が別のところあることをわかった上で、詭弁を弄しているのだろうと見抜けます。
講談社および書き手は、「メディア対公権力」の構図のもとで、「公権力が不当にメディアに介入してきた」という物語を見せようとしているようですが、「公権力の介入」を招いたのは、まさにその講談社と著者ではないのかと私は疑います。
メディア関係者は、「メディア対公権力」の構図を見せられると、ついつい権力批判をしたくなるものですが、この一件については、私は乗れない。この程度の罪状で、身柄を拘束し、各所にガサを入れる必要があったのかどうかの疑問は大いにあるものの、また、少年審判が非公開でいいのどうかの議論もあっていいものの。
ここで見るべき構図は「出してはいけない情報を出してくれる情報提供者に不利になるようなことをやらないように配慮してきたメディアや書き手」対「そのような配慮をしなかったメディアや書き手、つまり講談社と草薙厚子」というものではないかと思うのですね。
「漏洩された秘密をそのまま本にする」という方法さえとらなければ、今回のような事件にはならなかった可能性が大です。鑑定医しか知り得ない情報については掲載せず、それ以外の情報は別の取材源から得たように処理すればいいだけのことです。そうすれば情報源を特定することは難しく、よって立件も難しい。
事実、ほとんどの物書きはこういう配慮をしています。そうすることでの不都合も生じかねないでしょうが、そうしたところで、【事件の背景には常識をこえた勉強の強制、過熱する受験戦争が横たわっており、どの家庭でも起こりうる普遍性があることを明らかに】することができなくなるとは思いにくい。元の情報を公開しないまま、その情報によって確立された考え方を公開すればよい。
今まで多くのメディアや書き手はそれを配慮しつつ、取材してきたのですから、このことによって萎縮することは考えにくい。今まで通りやるまでのこと。
ただし、医者や弁護士が萎縮することはありそうで、これによって取材がやりにくくなるかもしれない。その責任は講談社と著者がとるべきでり、公権力のせいにしている場合ではないように思います。
【情報源秘匿の原則を守りながら可能な限りの説明を任意で行ってきました】という言葉はいかにも虚しい。どこの誰が提供したのかモロバレの状態で出版しておいて、いまさら何を言っているのか。なぜ出版前にその配慮をしなかったのか。なぜ鑑定医に確認をとらなかったのか。
功を急いだ著者と商売を急いだ出版社の責任は大きい(了)。
< <<<<<<<<<マッツ・ザ・ワールド 第1715号>>>>>>>>>>