2005-03-08

アフリカ大陸旅行・二日目 ① ……砂漠の中のオアシスで、ラクダに会って、スターウォーズへと向かう物語……

 オアシスという語は神秘的な響きがする。
 砂漠の中にある、緑が生い茂り、水が湧き憩うことができる安息の場所。砂漠を歩き疲れたときには、オアシスに行き池の辺に横になりくつろげる。そんな眩惑的なイメージを持っていた。

 トゥズールについた二日目の朝、私はオアシスに行く決意をした。
 朝食をとりにホテル内のレストランに行くため、外に出るとひんやりした空気に寒さを覚えた。陽はさしているというのに、夜のように寒い。今日は一日、寒さがつづくのかな、と思った。レストランには客は誰もおらず、テーブルの上には整頓されたフォーク・ナイフ・ナプキンが置かれていた。ところどころ、誰かが遣った食器がそのまま、放置してある。ビュッフェ形式であったので、チュニジア風の玉子焼きとキュウリ、トマトと、パンにジャムを皿にとり、コーヒーをカップに注いで、朝食を始めた。四ツ星のホテルだったから、手の込んだチュニジア料理が出るのではないかと期待していたので、料理とよべる料理のないテーブルを見て、少しがっかりした。

 食事を終えて、カメラと鞄を身につけ、ホテルを後にした。九時半ごろということもあり、人通りはまだ少ない。馬車が道ばたにとまり、ヒマそうにしている。
「コンニチワ」
馬車の側に立っているチュニジア人が満面の笑顔で話しかけ、どうぞお乗りくださいという身振りをする。観光客相手だから当然といえば当然なのだろうが、お土産屋の店主も馬乗りもラクダ遣いも、みんな陽気そうだ。

 トゥズールの中心地を少し外れると、そこにはオアシスが広がる。椰子の木が生い茂り、日中の強い日差しを遮る。オアシスの入り口に着いた頃には、気温も上がりはじめ、歩くと汗ばんできた。オアシス内にはなるほど、たしかに草木のない砂漠に比べたら、緑が多く存在する。でも、空気は乾燥していて、土も水気がなくカラカラに乾いていて、観光バスがオアシス内を走れば砂埃が舞う。微かに水の流れる細い路のようなものがありはしたが、水源豊かとは言い難い。
 オアシスの道を歩いていると、荷車をひかせた馬に何度か遭遇した。荷台の上にはまきのようなものがのせられていたりする。この地においては、動力として馬がいまだに、活用されているようだ。

 一時間ほどぶらぶらうろついていたら、オアシス内にある動物園に到着した。
動物園の前には、観光客用の馬車が待機していた。そして、なぜか真っ白な洋犬が地面に腹をつけ、へばっていた。

 チケットを買い、中に入ると誰もいなかった。動物園といっても、横浜にあった野毛山動物園の二分の一ぐらいの大きさで、端から端まで二分程度で歩ききることができる。野鳥やキツネっぽい動物などが柵の中に閉じこめられていたが、さして印象に残るものはなかった。唯一、興味を以て眺められたのは、白っぽい毛をしたラクダの親子である。

 ラクダの顔をまじまじ眺めていると、何だかとても哲学的な表情に見えてくる。落ち着いてゆっくり歩く姿はある種の「諦観」を感じさせる。まるで人生を悟ったかのように、スローライフのお手本を示すかのように、のっそりと歩く。

 砂漠ではいまでもラクダが動力として遣われるという。ラクダは辛抱強く大人しい動物で、しかも力持ちときた。100kg以上のモノを運べるし、水を飲まなくても15日以上、暮らせるという。「人に優しい」健気な動物だから、一見さんの観光客をのせても文句の一つもいわない。

 ラクダを目の前にしてふと、思った。なぜ日本にラクダはいないのだろうか。動物園にいけばそりゃあいるだろうが、日本にいる数はごくわずかだ。場所をとるけれども大人しくやさしい動物なのだから、たとえば公立公園にいたっていいんじゃないか。あるいは、公立学校で飼うとか。ウサギを飼うよりも、子どもたちが喜ぶだろうし、ラクダのいる公園は観光名所になるはずだ。庭のある個人的ならば、個人のペットとして飼うのも面白いかも知れない。買い物に連れて行けば、重い荷物をラクダに背負わすことができる。
ラクダののんびり歩く姿というのは、見ていて心が和んでくる。あくせく働く日本人には、一種の癒しになるだろう。

 ……などという妄想に浸ってから、動物園を出て、私は町の中心部とは反対方向へ向かった。オアシスがなくなる端まで歩いて見ようと思ったのだ。コンクリートで舗装された道路はなくなり、真っ白な砂でできた道が続く。動物園から少し離れた住宅街で、子どもたちがサッカーをしていた。私が首からカメラをぶら下げているのを見るや、サッカーを中断して撮ってくれという。

 何枚か撮影した。カメラは珍しいのかも知れない。とっても、自然な笑顔をしてくれる。
側には女性たちがスカーフを身にまとった女性たちが五人ほど椅子に座り、談笑していた。そのうちのもっとも年長の女性が、
「住所を教えるから、写真をおくってくれないかねー」
と話しかけた。
「もちろん。ボールペンはありますか。あるならば、ここに書いてください」
といって、トゥズール近郊の地図を渡すと、別の女性が家の中に入っていき、ボールペンを以て戻ってきた。

 私は人通りのない道をさらに進んだ。私の行く道には、車の通ったあとはあるけれど、足跡が一つもない。こんなところまで観光客は足を運ばないのだろう。周りには家もなく、野良犬が吼える声が聞こえてくる。

 オアシスの端とおぼしきところにつくと、そこは木の柵が設置されていて、それ以上、先に進めないようになっていた。柵の先を眺めると、白っぽい砂の砂漠が続いている。ここを飛び越え砂漠をひたすら歩けば、きっと途中、迷子になってそのままのたれ死ぬのかも知れないな、と月並みの考えが頭に浮かんだ。

 道を引き返すと、子どもたちはまだ、サッカーに興じていた。私の姿を見つけるなり、少年がサッカーボールを軽くこちらに蹴ってきた。蹴り返すと、向こうも少し強いパスをうってきた。しばらく、二人でパスをしあった。

「ありがとう。楽しかったよ」

 声をかけて立ち去ろうとすると、少年は、はにかんだような笑みを浮かべ、無言でうなずいた。

 街の中心街に戻り、私は旅行代理店を探した。その日の午後、どこか近くの村に行こうと思ったのだ。トゥズールは交通の便が悪く、観光名所がたくさんあるのにそこへ行くバスも電車もないから、タクシーを使うか、旅行代理店が催すツアーに参加して、他の旅行者とともに行くしか手段はない。価格の書かれた看板を外に出している代理店を発見した。映画『English Patient』や『Star Wars』の撮影舞台や近郊の村・NAFTAを半日がかりで巡るツアーの値段は35ディナール。日本円にして、3500円程度だ。

 まあまあの値段だと思い店内に入ると、髭を蓄えた男性がカウンターに突っ立っていた。

「Bonjour」

 と挨拶をかわしてから、
「スターウォーズのツアーは今日、ありますか?あれば申し込みたいのですが」
「今日、一五時から始まる。ここに車が迎えに来るから、一五時になったらここに来ればいい」

 他のツアーを見ると、塩湖にいったりラクダに乗ったりする砂漠一日巡りツアーがあり、食指が動いたのだが、他にも周りたい場所があったのでそれは見合わせ、アルジェリア国境付近のベルベル人が住んだ村や谷を巡る半日ツアーをその場で併せて申し込んだ。

「では、一五時に」

 と言い残し、街を散策した。

 一四時五〇分に代理店事務所につくと、中年のフランス人男性と初老のフランス人女性が座っていた。
 一五時を少し回った頃、”ブーブー”というクラクションの音が外でした。

(次回へとつづく)

追記:チュニジアに住まう邦人は220名だという(外務省データ)。なのに、チュニジア在住日本人が書いているブログを発見した。
追記②:イラクで拉致された仏人ジャーナリストを救出しようとする国民運動は、フランスにおいていまだに衰えることなく続いている。