ポット出版

　衆議院厚生労働委員会での年金審議が始まっている。「今回の野党側の攻めは、グリンーピアどまりでしょうかねえ」と、顔見知りの記者が嘆いていた。つまりは、年金資金の野放図な流用として悪名高いグリーンピア（大規模保養基地として全国に13か所建設された）などの年金関連施設の無駄を追及することまでで、それ以上の論議は深まらないのではないかという「予測」である。
　しかし、年金積立金の湯水のような使われ方について、グリーンピアや職員住宅建設は大きく注意を喚起したといえるだろう。問題は、そこに止まるのか、さらに年金積立金全体のあり方に注意・関心が向けられるのかにある。野党の追及を換骨奪胎してすりかえるのが小泉流儀である。グリーンピア事業の失敗を追及しても、「無駄だから止めるんです」と居直り、「小泉内閣だから思い切った改革が出来るんです」と自画自賛する——こうした手法を前に、「厚生大臣をあなたは何回やっているのか」と追及しても、議論が空回りしてしまう。
　第一回でも指摘したが、今回の年金関連法案の中に忍ばせてある年金積立金管理運用独立行政法人化法案は、『年金積立金持ち逃げ法案』と言うにふさわしい。年金住宅融資については、独立行政法人・福祉医療機構に丸投げして、今度の組織は年金積立金の運用だけを行うというのだから、一見するとクリーンな運用が出来上がったかに見える。その目くらましを許してはならない。

グリーンピアという壮大な無駄

　全国13か所に建設されたグリーンピア事業には、すでに3780億円の年金資金がつぎこまれ、土地も、建物も、補修費も年金資金でまかなわれている。経営する天下り公益法人の負担でないにもかかわらず、赤字を垂れ流してきた。こうしている間にも、二束三文の叩き売りが行われている。
　宮城県のグリーンピア岩沼は、昨年11月25日に宮城県岩沼市に譲渡された。1988年に開業したグリーンピア岩沼は、54万坪の土地に77億4500万円をかけて建設された。岩沼市への譲渡価格は、3億685億円で建設費のわずか4パーセントにすぎない。
また今年、1月15日に福島県二本松市に譲渡されたグリーンピア二本松は、やはり88年に47万坪の土地に79億8300万円で建設され、3億1155万円（約４パーセント）でたたき売られている。地元自治体への譲渡が決まったのは、他に1か所だけで叩き売りでもなお買い手がつかない状況となっている。グリーンピアの建設費は旧年金福祉事業団が財政投融資で借り入れていて、2022年までの18年間かけて、なお797億円を償還（返済）しなければならない。
　2005年度（平成17年度）までに廃止が決まっているから、事業として利益の出しようがない。しかし、借金は確実にふくらんでいく。鹿児島県で96万坪の土地につくられたグリーンピア指宿は、2002年5月に運営停止となったが、建物の解体費用だけで7億円の予算を計上要している。これも、また年金資金につけまわされてきた。新規融資と停止した住宅ローン、こんな不良事業を押しつけられる医療福祉機構も、たまったものじゃない。どう考えても、収益性ゼロでリスクは計り知れない事業を譲ってもらいたいと考える物好きはいないだろう。

年金施設と年金住宅融資の行方は

　旧年金福祉事業団から引き継がれてきた年金資金運用基金は、今回の法案で独立行政法人に衣替えするにあたって、トカゲの尻尾切りよろしく福祉医療機構に丸投げされるのは、貸付残高が6兆円ほど残っている年金住宅融資だ。年金住宅融資はピーク時の貸し付け残高が10兆円あった。高い金利を嫌って、民間の銀行ローンへ借り換えが進んだことも見落とせない。しかも、ローン破産をした物件からの債権回収には、つねに住宅金融公庫が回収した後の第2債権という悪条件がつきまとう。今後、焦げつく確率が高いのは否めない。新規貸し出しは早期に停止する予定だから、経営状況の改善要素はない。しかも、福祉医療機構に金融や債権回収の経験や専門家はいないのだ。
　不良債権のつけかえの目くらましだと強く警告したい。結局、年金積立金という虎の子を守るために「不良事業（不良債権）」は切り離して無関係を装うがそうはいかない。かつての財政投融資にかわる「財投債」（財務省経由で特殊法人へ）「財投機関債」（年金資金を金融機関経由で特殊法人へ）などでまわすか、いよいよ破綻の場合には政府保証という名の税金投入を迫られる。
組織ごと不良債権を分離したところで、負債が圧縮されるわけではない。福祉医療機構向けの保険料の迂回融資か税金投入かいずれにしても国民負担が強いられることは間違いない。
　年金官僚の根本的な自己認識の欠如は、かれらに年金積立金の運用をする資格がないということにある。株の運用失敗だけで6兆円の評価損を出した昨年までの実績を見れば、年金資金の運用管理から総退場してもらうしかない。金額で言うなら、もっとも損害の大きい分野が年金積立金の自主運用だ。失敗は、グリーンピア、年金住宅融資に止まらない。これだけ年金資金を流失・毀損させていることに誰も責任をとっていないというのが、衣替えを急ぐ年金資金運用基金（旧年金福祉事業団から99年年金改正で衣替え、そしてまた今回は独立行政法人化を画策）の驚くべき事実だ。
　雇用保険の無駄遣いに対しても、年金資金の流失に対しても、労働運動からのアプローチは私にはとても鈍いように感じる。55年体制が続いた高度経済成長期、野党でも社労分野だけは利益配分があると言われた。雇用保険や年金資金に群がる天下り役人と一緒に、労働組合ＯＢのポストが長年にわたって確保されてきているのが、「官僚独走」を許している背景にあるのではないか。
　私たちが直面している「年金危機」は、戦後60年の日本社会の社会保障基金に国民主権の意識がどれだけあったのかを問いかけてくる。私は、5年にわたって年金積立金のあり方を調査しているが、前年ながら引き継ぐべき先輩議員の議事録が探せないでいる。「保険料値上げ反対」「給付の引き下げ反対」だけを唱えていればいいという時代は終わった。一見、複雑な年金数理（年金保険料と積立金、そして将来の給付額）にも点抵した分析を加え、持続可能な年金再建にむけオルタナティブな提案をする力量を私たちは持たなければならない。
　そのためにも、官僚に「年金積立金」を持ち逃げさせず、徹底した情報公開を求める必要があるのだ。

（初出：『労働情報』［連載●2］年金一揆の旗を掲げて／2004年5月1日）