2008-06-10

お部屋1534/あれやこれやの表現規制 4-17

またまた長いです。

本日は、以前告知した元氣安「おいおい教 聖誕祭」ですが、なんと先週の段階でチケットはソールドアウト。

当日券も出るそうですので、チケットを買ってなかった方々は早くから並びましょう。それがイヤなら諦めましょう。

熟女・老女だけでなく、ロリも好きな元氣安は、児童ポルノ法改正には反対かと思います。でも、彼は写真やAVを使わず、自分で絵を描いてズリネタにするので、「僕は関係ないですよ〜」と言いそうです。

そうはいくか。「いつでも誰でも逮捕できる社会」を目指す日本ユニセフ協会やアグネス・チャンらは、「準児童ポルノ」として漫画までを規制対象としようとしており、こんなもんが実現したら、元氣安が下手クソな絵で18歳未満を描いただけで、児童ポルノの製造・所持として逮捕されることになりましょう。

でも、元氣安の場合、「違法になったら、いよいよドキドキして気持ちいいですよね」って言いそう。

彼がロリを好きなのは、自分自身の内的な欲望というより(内的な欲望としては50代以上に向かいますから)、「いけないことだから」なのであります。タブーだからやってみたくなる。アグネス・チャンは、こういう人たちのロリに対する欲望を一生懸命に高めているわけです。

日本ユニセフ協会は、「世界の飢えた子どもたちのために」と称して集めた金で、元氣安のズリネタ拡大運動をやっているのですね。ご苦労なこってす。

かくも人間の欲望は複雑で、「児童ポルノを規制すれば犯罪が減る」という考え方は、単純すぎます。「児童ポルノが児童への性犯罪を本当に誘発するのか否か」を検証し、そのリスクが表現を規制することのリスクを上回っているのか否かを検証すべきであって、そのデータも作業もないまま、「規制すればいい」という発想は幼稚なだけでなく、危険極まりない。

「毎日新聞」はこう書いてます。

————————————————————–

 児童ポルノと性犯罪の因果関係について、米連邦刑務局は07年、児童ポルノ犯罪による受刑者を調査した。85%が過去に子供への性犯罪を起こしたと告白し、犯行は発覚すらしていなかった。

 日本ではこうしたデータも存在せず「ポルノは犯罪の抑止力」という意見も根強い。「机上の論争はもうやめて、まず調査をしてから対策を考えるべきだ」。児童買春・児童ポルノ禁止法の改正を論議する与党議員からはそんな声が上がる。

————————————————————–

ここにある米連邦刑務局のデータは、「性犯罪を起こした人は児童ポルノ犯罪に着手しやすい」ということを示唆しているだけです。つまり、児童ポルノを規制したところで、性犯罪は減らないことをも示唆しています。

性犯罪を減少させるためには、表現を規制するのでなく、それ自体を規制する以外に対策はない。性犯罪を利用して、表現までを規制することを目論む人たちは、それを妨害しているに等しい。

警察が予算と人員を性犯罪対策に用意しても、ポルノ規制を狙う人たちのおかげで、警察は簡単に数字を稼ぐことができ、合意して出ている17歳のヌード写真やAVばっかりを検挙するわけです。

一方で、性犯罪者はポルノに接していなかった率が高いというデータもあります。ジュディス・レヴァイン著『青少年に有害!』に出ていたはずです。

つまりは、性表現を読み解くリテラシーを養っていなかった人たちが性犯罪に走る。

このデータからすると、子どものうちから性情報を与えるべきであり、ポルノの規制は、性犯罪者を増加させるという結論が導かれるわけです。

しかし、ここでは仮に、「毎日新聞」が挙げた米連邦刑務局のデータを根拠にして、児童ポルノが規制できるのだとしましょう。

では、日本ではどうなるか。児童ポルノの定義が違いますから、日本においては「児童ポルノの製造者は援交女子高生の客になった率が高い」という程度のことしか言えない。つまり、日本においては、児童ポルノの製造者は幼児に対する性犯罪と関係している率は非常に低く、いかに現行法のまま、規制を強化しても、幼児に対する性犯罪を減らすことはできないという結論になるでしょう。

日本において、こういうデータを誰も出そうとしないのは、出すと都合が悪いからではないか。そんなデータもないまま、「表現を規制すりゃ犯罪は減る」と信じて疑わない狂信者たちが、表現規制に邁進している。

その恐るべき状況を「毎日新聞」ははっきり見据えています。ところが、この「児童ポルノと性犯罪」という「毎日新聞」のシリーズは明らかに自民党・公明党をバックアップするために書かれているものです。「毎日新聞」なので、具体的には公明党をバックアップする意図ですかね。

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080602ddm041040135000c.html
————————————————————–

 児童ポルノ対策は東京で今月開かれるG8(主要8カ国)司法・内務相会合でも議題となる。迷惑メールで一方的に送り付けられた場合を除外するなど法改正には慎重さが求められるが、児童を守るためには一刻の猶予もない。

————————————————————–

自分で調査の重要性を書いておきながら、調査もやらずに表現規制をすることをこうも安直に求めるとはどういうことなのでしょうか。論理もへったくれもあったものではない。

精緻な調査をやらずに、一部の例外的な存在をとりあげて、「ほら、児童ボルノで捕まった人はこんなに悪質」「児童ポルノの違反者は必ず繰り返す」と強調する「毎日新聞」の詐術は徹底的に批判されるべきです。

これは磯崎由美という記者が書いているようですが、アグネス・チャンなみの新聞記者です。新聞記事など書かずに、歌でも歌っていた方がよろしいんじゃないでしょうか。

ただでさえ危機的なのに、所得隠しはやるわアグネス・チャンなみの杜撰な記事は書くわで、大丈夫なのか、毎日新聞。危機的であるが故に、こういう記事を書いて創価学会との絆を深めようってわけか。貧すれば鈍する。

ところで、「朝日新聞」は、児童ボルノ法改正について、明確な姿勢をとっていないようにも見えます。私が気づいてないだけかもしれませんが、社内に慎重派がいるのでしょうか。だとしたら、「中国を批判することには消極的でも、さすが朝日」と評価できるところですが、黙りこくるのでなく、広く議論を盛り立てるような記事を出すべきかと思います。

知人からのメールも届いていて、まだ「第4章/児童ポルノ」は続くのですが、東村山方面が正念場を迎えつつあるので、次回から新シリーズ「コミュニティFMの闇」をスタートさせます。

続く。

追記:以下は聞き流してくれていいです。

秋葉原無差別殺傷事件はどうして秋葉原じゃなければいけなかったのでしょうね。犯人は【秋葉原は数回来たことがある。人がたくさんいることを知っていた】と供述しているそうです。

でも、そんな場所はいくらでもあるでしょう。銀座でも渋谷でも新宿でも原宿でもいい。地元の静岡や浜松にだって、人がたくさんいる場所はあります。

もしかすっと、「秋葉原には殺されていい人たちがいる」と思ったのではないか。

切り裂きジャックを筆頭に、世界中で売春婦を狙う無差別殺人事件が過去に起きてます。昨年もイギリスで連続売春婦殺人がありました。この日本でも、焼け跡時代には、大量の街娼たちが殺されています。

この心理を正しく分析したものを見たことがないですが、おそらく社会的蔑視を背景にして、殺すことを正当化しているのだと思われます。「生きる価値などないのだから、殺していいのだ」と。

遊廓時代にはよく心中事件があったわけですが、悲恋の虚構物語とは違い、その多くは客による無理心中でした。「心中」と言えば聞こえがいいですが、一人で死ぬのは淋しい男による殺人です。数年前に吉原であった殺人事件も同様のものだと思われます。

生きている価値のない人間が、生きている価値がないと見なした人たちを巻き添えにすることがあるのですね。すべてがそうではないですけど。

この国では、なんの根拠もなく、奈良女児殺人事件の犯人をテレビやスポーツ新聞で繰り返し「フィギア萌え族」だと決めつけて、その根拠を問われても答えず、これをなお揶揄する発言をやって恥じないジャーナリストがおります。

つまり、「オタクなんてものは犯罪をやるような集団であり、根拠なく犯罪者扱いされてもいいのだ、ヤツらに意見を言う権利はないのだ」と言っているに等しい。

この大谷昭宏という人物の幼稚さは、日本ユニセフ協会やアグネス・チャンの幼稚さに通じます。ロリ漫画やゲームを愛好するヤツらは犯罪をやるに決まっている、そんな表現は潰していいと思っているに違いなく、そうじゃなければ、どうして「準児童ポルノ」なんてものを規制しようと考えましょうか。

あるいは「世界日報」「読売新聞」「毎日新聞」の幼稚さとも通じています。皆さん、これらの新聞記事をもう一度読み直してください。彼らの根拠は思いこみだけです。データなんてなにひとつないのです。

この社会の思いこみを背景にして、この法律の改正を狙い、この法律を改正することでいよいよその思いこみは強化されるでしょう。「オタクに生きる価値はない、殺していいのだ」という空気はこの人たちこそが作り出しています。

異を唱えないとヤツらに殺されますよ。

もちろん、これはありうる可能性のひとつでしかありません。実際のところ、どうであったのか、取り調べや裁判で出てくるかもしれませんが、自覚できているかどうか、それを言語化できるかどうか難しいところです。