2008-12-13
お部屋1733/ベーナスの研究
お知らせ1:新刊『風俗お作法』(しょういん)が一部書店で大変好調です。お近くの書店にない場合は取り寄せするか、アマゾンでご購入ください。この影響で、「風俗ゼミナール」シリーズの「女の子編」と「上級お客編」がアマゾンでまた動いているようです(「お客編」と「上級女の子編」は品切れです)。在庫は少なく、これ以上、増刷はされないと思いますので、お早めに。
お知らせ2:私も企画に関わっているDVD「嗚呼、涙のハードコアお笑い劇場」(大洋図書)が先日が発売になりました。こちらも書店流通で、アマゾンでも取り扱い中です。
お知らせ3:品切れになっていた書店もあるかと思いますが、『エロ街道をゆく』の4刷が決定しました。私の文庫では『魔羅の肖像』に続く好成績です。売れてないものが売れてくれた方がいいんですけど、この際、なんでもいいです。
「瀬戸弘幸とは」シリーズに戻る前に、まずはバカネタを片付けておきます。瀬戸弘幸とその周辺の人々に関わることはすべてバカネタだったりもしますけど、とりわけ今回はバカネタです。時間の無駄なので、忙しい人は読まない方がいいです。
「広辞苑」の次の改訂時に採用になるであろうベーナスですが、後世のため、この言葉が世に出る過程を正確に記録に残しておいた方がいいでしょう。
「1724/瀬戸弘幸とは 5・誤字不感症」のコメント欄で、もんさんが指摘していたように、この言葉が最初に公開されたのは、「日本よ何処へ」10月6日のエントリー「【連載】朝木明代元東村山市議殺害事件(20) 万引き未遂送検日・前後の不可解な動き」のコメント欄です。
改めてこのコメント欄をチェックしたところ、ベーナスを使用した最初のコメントが検索でひっかかりません。どうやら、なまえさんはベーナスの「べ」を平仮名で、それ以降を片仮名で入力しているようです。なぜそんな複雑なことをしているのかは知らないです。
以下が記念すべき第一声。
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『自殺説 覆せぬと タカくくり 笑えていたのは 去年まで』
詠み人 なまえ母
そういえば
『故朝木市議は、高々、ローカル議員のオバサン
そんなオバサンを創価が組織ぐるみで謀殺したりするわけがない』
みたいな発言をしている人がいたんだが。
今の創価なら、確かに、そうかもしれん。
しかし、事件が起こったのは平成7年(1995年)だよ。
当時の公明党がどんな状況だったか?
以下、wikiの公明党の項目より抜粋
1993年には、38年間続いた自民党支配を
打ち破った非自民の細川連立政権に参加し、
結党以来初めて与党の側につき、
郵政大臣、労働大臣、総務庁長官、
環境庁長官などの国務大臣のポストを得る。
1995年の「宗教法人法」改正をめぐり、
池田の参考人招致を決議しようとする自民党に対し、
国会でピケを張り、座り込みなどの実力行使で阻止した。
———————————————ここまで
上記のように、かなり創価学会はべーナスな状態だった。
今だから、故朝木市議をローカルの一市議に
過ぎないとか、ただのオバサンなどと言えるのだ。
事件当時の故朝木市議の存在は、
創価を支持母体とする公明党議員にとっても、
地元の創価信者にとっても、かなり煩わしい存在だったろう。
公明議員の素行が取り沙汰になる事=キャプテン犬作にはダメージだ。
先生が東村山事件を取上げる事を邪魔したがる人の中には
創価関係者もいれば、関係者以外の人もいると思うが、
後者であれば、面白半分で妨害してると言うところか?
面白半分や何かの鬱憤晴らしのつもりなら、
いい加減で辞めて、黙って流れを見ていたらどうだろう。
創価の悪事を暴く事は、社会を良くする事に繋がるんだよ?
社会がよくなれば、回りまわって、きっと皆にいい事があるから。
Posted by なまえ at 2008年10月07日 02:44
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なまえさんは、いかに公明党が微妙な位置にあって、神経質になっていたのかを強調したかったのですから、ナーバスでは言葉が弱いと感じた事情は理解できます。「どういう時に使用するのが適切か」という例として、ここは記憶しておきたいところです。
ベーナスだったのは自民党も同様で、自民党が他殺説を利用したとも考えられ、事実、1996年2月21日、矢野穂積と朝木直子は、自民党本部で亀井静香と面会した事実があります。
妙ですね。衆院選に出ることになっていた朝木直子が、なぜ亀井静香と会う必要があったのか。とてもベーナスな問題ですが、なまえさんにも少しは考えていただきたいものです。
ここで皆がスルーしたら、それまでだったのですが、すかさず突っ込んだ方がいらっしゃいます。通行人さんのコメント二連発。
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なまえさん、すみませんが「ベーナスな状態」って何ですか?
ナーバスな状態、というのは良く聞くし、使う事もあります。
辞書見ましたが、載ってません。
ぜひ、愛国者としての国語に関する御教養の一端を御開陳いただき、
無教養な者に御教示ください。
よろしくお願いいたします。単なるミスタイプなら考えられない
語句ですので。
Posted by 通行人 at 2008年10月07日 02:56
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%C6%B2%D8%BB%D2
これの事ですかねぇ? 前後の文も読んでると意味不明だけど、
なんで野菜の事が……。
Posted by 通行人 at 2008年10月07日 03:00
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米茄子ってアメリカの茄子ってことなのか、もしかして。お米の「米」かと思っていました。でも、それなら「こめなす」って言うか。
通行人さんは、ベーナスをナーバスの間違いだと思ったらしい。大変失礼な方です。しかし、この突っ込みがあったがために、以下のなまえさんのコメントが引き出されることになり、ベーナスの正しい意味が明らかにされたのです。
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>Posted by 通行人 at 2008年10月07日 02:56
あー、ベーナスは、当方らの間で、
ナーバスの更に悪い状態を指して使っている仲間用語です。
もしかして、悩ませてしまいました?
だとしたら、すみません。
文脈的には伝わるかな・・・と思っているけど、
わからない人がいるかもですね。
ベーナスは、なまえの居住地域ではナーバスの同義語です。
以上。よろしく
Posted by なまえ at 2008年10月07日 03:43
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単なる言い間違い、タイプミスをあげつらってバカにするようなことはしたくないですが、そうじゃなかったのです。
それでも、ここで終われば、この貴重な言葉は忘れられてしまったのでしょうが、何を焦ったのか、なまえさんは同じコメントをもう一回アップします。
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>Posted by 通行人 at 2008年10月07日 02:56
あー、ベーナスは、当方らの間で、
ナーバスの更に悪い状態を指して使っている仲間用語です。
もしかして、悩ませてしまいました?
だとしたら、すみません。
文脈的には伝わるかな・・・と思っているけど、
わからない人がいるかもですね。
ベーナスは、なまえの居住地域ではナーバスの同義語です。
以上。よろしく
Posted by なまえ at 2008年10月07日 03:43
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わからねえよ。仲間用語をいきなり使って、「伝わる」と思ったのが間違いですが、おかげで、日本のほんの一部のみで使用されていたベーナスがこうやって広く共有されるきっかけになったのですから、さぞかしお仲間もお喜びでしょう。
二度もコメントしていることによって、ここでなまえさんは、驚愕の事実を公開していることに気づいた方もいたでしょう。「仲間用語」だけではなく、「居住地域」で使用されているってことになっているではないですか。ベーナスは方言らしい。予想だにしなかった展開です。これを強調したくて、二度も同じコメントをしたものと思われます。
ここでの方言は「一定期間以上、限定された地域でのみ使用される語彙・語法」としておきます。「一定期間、限定された地域」とはどのくらいかを決定するのは難しいですが、一時の流行では方言に至りませんので、数十年という単位を要しましょう。
また、方言学の調査データを見ると、「××郡××村」という単位が最小単位になっていることが多いので、数百人が居住する地域が最小単位ということにしておきます。一家庭内の言葉では方言とまでは言えないわけです。学校であれば、数百人に達しますが、学校は居住地域ではないため、これも条件を満たしていないとすべきでしょう。
それで言えば、ベーナスは方言です。どの程度の期間、この言葉がその地域で使用されているのかわかりませんけど、ナーバスが日本語として使用されるようになったのは戦後のことでしょうから、半世紀以上、ベーナスも使用されている可能性があって、これだけの期間使用されていれば十分に方言として認めていいのではなかろうか。
かつて私は方言学の本を読みあさった時期があります。言葉そのものを知りたかったのでなく、「言葉の伝播」「方言の成立」「言葉の採取方法」などを知るためです。
その知識からすると、また、実感としても、近代化が進むとともに方言は消滅し、新たな方言が誕生する可能性はほとんどなくなるはずです。
方言は、その成立過程により、いくつかに分類されますが、おおざっぱなことを言えば、「言葉が伝播するスピードより、新しい言葉が生まれるスピードが速い時」、または、「その地域で言葉が生まれ、変化するスピードが、言葉が伝播するスピードより速い時」に方言は生じ、この両者が併合した形での方言もあります(これ以外もありますが)。
意味がわかりにくいかもしれず、詳しくは方言学の本を調べていただきたいのですが、方言は、ある地域で独自に発達したようなもの(沖縄方言にはそういった言葉が多々見られましょうし、北海道にはアイヌ語から組み込まれたものがありましょう)がある一方で、「周圏的分布」をするものがあります。
古くは全国に存在していた同じ言葉が東北地方と九州地方で今も使用されていて、それ以外ではすでに使用されていない場合がこの「周圏的分布」です。これは「マツワル用語」ではなく、柳田国男による用語です。それぞれの地域で言葉が独自に発生したのでなく、かつては他の地域でも使用されていた言葉が古い地層のようにそれらの地域に残っている状態を意味します。
現在では、このような周圏論だけでは方言を説明できないことがわかってますが、言葉がどのように伝播していくのかを知るために、この考え方は大変参考になります。
言葉の発祥地(かつてはおおむね京都)からその地に新しい言葉が伝播するまでの間に使用される古い言葉が、これらの方言です。もちろん、それぞれの地で言葉は変化しますから、オリジナルとまったく同じ言葉ではなく、例えば北陸と四国とで、同じ言葉が方言として使用されつつ、意味が違っていたり、言葉が微妙に変化していたりします。
100キロという距離を言葉が伝播していくのに、数年、あるいは数十年の時間を要した時代と違って、今の時代は瞬時に言葉が全国津々浦々に伝わります。また、人の流動性が高まることによっても、方言が成立する条件は失われていきますから、方言は消え行く運命にあり、新しい方言が出てくる可能性はほとんどないってことになります。
しかし、方言に類似した言葉は今なお存在し、新たな言葉も生まれ続けています。
方言の定義として上に出した「一定期間以上、限定された地域でのみ使用される語彙・語法」の中の「地域」を「コミュニティ」などとすると、専門用語がこれに該当します。医療関係者のみが使用する言葉、自動車整備工のみが使用する言葉、テレビ関係者のみが使用する言葉、コンピュータ関係者のみが使用する言葉などで、業界用語とも重なります。
専門用語は「専門的な知識、技術、行為などに対して使用される言葉」のことで、「既存の言葉がないために外来語や造語を使用する」「一般の言葉が意味するところと違うため、外来語や造語を使用する」「一般の人とは違う利便性を求めて、外来語や造語、略語を使用する」といった事情により発生します。
こういった言葉は専門家グループのみが使用するわけでなく、趣味のグループであっても同様。ウンコ業界で、「スカトロパーティ」を「スカパー」と呼び(この用語はもっぱらエルドラド周辺で使用されています)、ゲイ業界でゆるいケツのことを「トロマン」と呼ぶが如く、性的な指向・嗜好でくくられるグループでは、たいていこういった言葉が存在してます。こちらは業界用語と言われます。
性風俗や水商売の世界では今でも暇なことを「お茶を挽く」と言います。これはもともと花柳用語であり、歴史はありますが、使用する範囲は、地理的事情ではなく、業界の事情で区切られますので、古い言葉が残っていても、方言ではありません。
これに近いものとして隠語、符牒の類いがあります。その言葉が意味する内容は、広く一般に認知されていて、認知されているがために、言葉を使用しにくい場合に、別の言葉に置き換えることによって、意味を伏せるのが隠語、符牒です。
これらの言葉や印は、第三者に内容がわからないように使用されるだけでなく、そのグループの結束や仲間意識を強めることに使用されます。業界用語もしばしばこの機能が求められ、2ちゃん用語も、専門用語である場合もあれば、このような意味合いのコミュニティ用語であったりもします。
方言のように地理的な事情によって生ずるものでなく、地理的事情とは無関係に、あるいは関係していても、別のより大きな事情によって、特定のグループ内に生ずるものをここでは「団言」とでも呼んでおきます。「団」は団体の意味です。私の用語なので、他では使用しない方が無難です。
この団言においても、地理的な条件ではなく、「いかにその集団に深くコミットしているのか」などなどによって、使用の偏りが生じ、時に周圏的分布に類する現象が生じることがありますから、使用している言葉を精査することによって、その使用者がそのグループのどこに位置しているのかを見極めることができることもあります。
というのが「方言と団言」です。仲間が使用するものに過ぎないのであれば、ベーナスは団言です。ところが、居住地域で広く使用されている言葉だというのですから、これは方言です。
ベーナスという言葉を聞いた時に方言として受け入れにくいのは、ここ数十年という範囲で入ってきた外来語やその派生語が方言として新たに成立したケースを我々が知らないためであり、そこに違和感を抱いてしまうだけのことです。
日本における方言学の主要な論文は、1650年代、遅くとも1960年代くらいまでに出尽くしていて、それ以降は方言という範囲に留まらない、あるいは日本語という範囲に留まらない言語地理学へと発展していきます。これは当然のことで、それ以降に繰り返し方言を調査したところで、「どれだけ消えたか」の確認にしかなりません。これはこれで方言消滅の事情を調べるためには意味がありますけど。
ところが、ここにベーナスという言葉が登場して、「方言学」はもう一度組み立て直す必要が出てきました。外来語であるナーバスがベーナスに変形して程度の違いを表現し、それが地域の人たちに広く使用されながら、外部に漏れなかった例は非常に珍しく、どんな条件がこのようなレアケースを成立させたのか、是非調査してみたいです。
人の流動性が高く、情報が流れやすい社会において、言葉はすぐに拡散し、平均化してしまい、今なお地理的な条件によって言葉の拡散が妨げられる可能性があるとすれば、離島や山間部くらいでしょう。
なまえさんはこういう環境に住んでいるのかもしれない。こういう環境でも、放送や印刷物などによって言葉の統一は避けられないわけですが、地域で発生した語彙や語法は、逆方向には流れにくく、閉鎖的な環境では、他地域では必要としない語彙が成立する必然性もあります。
例えば、その地域独特の風習が残っていたり、その地域独特の自然物、人工物があれば、それを表現する語彙が必要になり、その風習や物がない人たちに広がる必然性は薄い。したがって、その地域では、日本の中で、特別にナーバスの強調型を必要とする環境にあることが推測できます。
台風の被害が毎年甚大で、その季節になると、住民たちはひどく神経質になるといった事情ではまだ弱い。その周辺地域でも同様の事情を共有してますので、言葉は確実に伝播していまい、拡散は避けられない。
インターネットがある時代に、なぜこれが外に漏れなかったのかが不思議ですが、その答えはこれ以降のコメント欄で明らかにされていきます。
なまえさんは、間違ったと誤解されたことがよっぽど悔しかったらしく、さらにもう一発書き込みます。
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>Posted by 通行人 at 2008年10月07日 03:00
当方に言ってます?一々、細かいですよねー
しかも、あーたへのレスがダブって、知らない人がみたら、
実は、当方が、ナーバスをベーナスだと思っていたのだなと
勝手に解釈する人が出てもおかしくない気がします。
正直、気分悪い。
細かい事を言う人は基本的に苦手なので、
以後、当方の事はスルーして頂けますかな。
以上
Posted by なまえ at 2008年10月07日 03:54
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スルーして欲しければ黙っていればよかったのに、これで流れは決定的に。今となっては、ホントにこうもこだわってくれてよかった。
よせばいいのに、暇な仔猫さんがここに食いつきます。
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Posted by なまえ at 2008年10月07日 03:54へ
どうでも良いけど、
ベーナスって、焼き肉とかに使う太い茄子かと、一瞬思った。
焼いて皮剥いて、鰹節と醤油かけてもうまいな。
まぁ、ナーバスから派生した言葉だと気付いたけどね。
Posted by 暇な仔猫。 at 2008年10月07日 04:03
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フォーローのつもりだったのでしょうけど、これでなまえさんを増長させます。
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仔猫さん、そーそー、味噌田楽っちゅうのもいけるんですわーて、もう。
べーナスわかりにくかったかな、反省します!
Posted by なまえ at 2008年10月07日 04:18
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反省などする必要はまったくありません。何ら後ろめたいことはしていないのですから、胸を張って使用していいのです。
これに対して、通行人さんはさらに失礼なコメントをします。
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>ベーナスは、なまえの居住地域ではナーバスの同義語です。
こういう事を言っていて恥ずかしく無いのかな。
新風の捏造体質そのものですね。
Posted by 見物人 at 2008年10月07日 15:15
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地域住民が広く使用した言葉をネットで使っただけですから、通行人さんが何を言わんとしているのか私にはわかりません。
さらに、なまさんが、この言葉の謎に迫る大胆な仮説を提示します。
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>ベーナスは、なまえの居住地域ではナーバスの同義語です。
どこの病院に収容されているんですか?
Posted by なま at 2008年10月07日 15:48
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そっか病院かぁ。これは気づかなかった。おそらく方言学に詳しいなまさんは、ベーナスが発生して、定着した過程に頭を悩ませたのでしょう。その結果、病院しか考えられないと。この仮説を私も支持するしかない。他に考えられないのです。
入院患者であれば、病院に居住していると言ってもいい。かつ、広大な敷地の病院であれば、「居住地域」と表現することがあるかもしれないし、生活をともにする患者を「仲間」と表現するのも不自然ではない
しかも、外界との接触があまりない性質の病院であれば、言葉が漏れにくい。
言葉が発生する事情、それが維持される事情も、病院には存在しています。生き死にに関わるわけですから、「ナーバスでは物足りない」という条件が満たされやすい。生き死にに関わるようなタイプの患者たちじゃなくとも、なんらかの病理を抱えている以上、ベーナスになることは多いでしょう。
外界との接点がそれなりにあっても、この条件は外部の人が共有しないために、その間ではこの言葉が使用されなかったとしてもおかしくない。使用されたとしても、伝播しにくいわけです。
いったいそれ以外にベーナスという言葉がどうやって狭い範囲でのみ使用され続けたことを説明できましょうか、
「病院における言葉の発生」というテーマで論文が書けそうです。
続いて、こんなコメントも。
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なまえの居住地域では、ちんげとちんけも同義語です。
Posted by at 2008年10月07日 16:12
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なーるほど。かつて、なまえさんが「日本よ何処へ」9月26日のエントリー「アリバイ工作などという印象操作/【連載】朝木明代元東村山市議殺害事件(17)」で、いきなりちんけをちんげと書いたのは、間違いではなく、その居住地域においては、おおっぴらに使用されているという仮説です。これについては、なまえさんのフォローがなく、根拠が薄いのではありますが、興味深い指摘です。
これは、カモフラージュするための隠語とは違っていて、仲間たちが仲間であることを確認するために、言葉をわざと変えたり、用法をわざと変えるタイプの団言です。「ちんけに毛がついたらちんげ」といった、たわいもないギャグから、共同体の結束を深めるお約束ワードとして定着したのでしょう。
看護婦さんに「ちんげなことを聞いていいかい」なんて声をかけて、「いやですよ、なまえさん、それを言うなら、ちんけでしょ」と返されて、病室には笑い声が響く。それが娯楽の少ないこの病院のお決まりの愉しみです。
一般社会では、「ちんげなこと言うなよ」などとおおっぱらには言いにくい。ちんげは、チンコ同様に、場所を選びます。なまえさんのちんげは、ウンコの話をしている時にチンコの話を持ち出す3羽の雀さん以上に飛躍がありましたから、「どこまでの言葉をこの場で話していいのか」のバランスを見失うような環境にいることがわかります。この言葉を使用するコミュニティになまえさんは深く関与しているのでしょう。
話をベーナスに戻すとして、このエントリーではこれでやりとりは終了していて、私はこれを読んでいなかったために、重大な研究テーマが忘れ去られてしまうところでしたが、この言葉の重要性を認識していたもんさんが「1724/瀬戸弘幸とは 5・誤字不感症」のコメント欄で復活させてくれ、やっとベーナスが正当に評価される時代がやってきました。
これ以降は、ベーナスを世に広めた第一の功労者であるなまえさんが、この言葉を再度使う日を待ちましょう。間違いではないのですから、必ずやまた書いてくれるはずです。その時は皆さんで、この言葉を滑らかに使いこなして、なまえさんの貢献を讃えるようにしていただきたいものです。
それはそれとして、私としては、村と言っていいほどの入院患者を抱える大病院であれば居住地域としてもかまうまいと思いつつ、病気という特別の事情が使用範囲を区切っているため、これを方言と認めていいのかどうかがひっかかるところであり、今後の議論が待たれます。
その前に、担当編集者たちにとっては、「年末進行のさなかにこうも熱を込めて、こうも長く論じるようなテーマかどうか」が気になるところでしょうが、そういうベーナスな問題はここでは触れないことにします。
まだ切羽詰まった原稿が残っているので、明日も休む予定ですが、来週は「瀬戸弘幸とは」シリーズに戻ります。
[...] お部屋1733/ベーナスの研究 | ポット出版 http://www.pot.co.jp/matsukuro/%E3%81%8A%E9%83%A8%E5%B1%8B1733%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%A0%94%E7%A9%B6.html – view page – cached 沢辺均 出版業界 松沢呉一 [...]