●『これを読まずして、編集を語ることなかれ。』(松田哲夫・著/径書房・発行/1995年)のまとめ
一応通して読みましたが、まとめる部分は、本書p253〜263 ・「編集は計算である」だけです。ちなみに著者であられる松田哲夫氏は編集者です。
本書では、何を行えば編集者になれるか、ということはあまり書かれておらず、編集とはどのようなものか、ということを松田氏の言葉で詳しく書かれています。
深く触れることは避けますが、編集者にも色々なタイプの人がいて、松田氏のように華々しい編集者だけでなく、しっかりと仕事をこなす編集者も必要不可欠な人材であるということが印象に残りました。では、まとめに入ります。
○編集は計算である(P253)
この「編集は計算である」は、本書の他の部分と違い、具体的な計算方法や本の制作費に関することが書かれているので、覚えることがたくさんありました。出来るだけ分かりやすく、まとめようとおもいます。
(1)「高い本にはそれなりの理由があるのだ。」(P254/L7)
本(でもなんでも)を少しでも安く購入したいというのは自然なことだと思います。私なんては、2000円を超える本は一概に高いと思ってしまいます。だけど、出版する側は、消費者が感じる「高い」・「低い」とは違った感覚をもっているようです。
・初刷りについて
定価の高低は、初刷り部数の大小に大きく影響を受けます。同じ内容の本でも、初刷り1000部と1万部の本では大幅に定価が変わってきます。初刷りが多い方が定価は安く設定できます。
・原価について
定価が初刷り部数に影響を受けることを説明するのには「原価」についての知識が必要です。まとめます。
一つの本の制作の「直接原価」として、いくつか要素があります。それぞれにどのような費用を含むか補足しつつ挙げていきます。
・製版代→文字組み・図版の製版代・装丁関係の製版代
・印刷代→本文及び装丁関係の印刷代・活版なら紙型/鉛版代・オフセット なら刷版代)
・製本代→本文の折り代・かがり代・製本代・ビニール加工代・函入なら製 函代)
・資材費→本文の紙代・装丁まわりの紙やクロス代など
・印税 →著者や著作権者への支払い
・稿画料→原稿料・画料・装丁料
・編集費→会議費・打ち合わせ費・出張費など
これらの費用は部数によって変化するものとしないものとがあり、それによって定価も変わってきます。
製版代は、同じページ数の本ならば、1000部でも1万部でも、部数に関係なく同じ料金です。つまり、1万部の方が、一冊の本にかかる費用が少なくなります。同様(厳密には違うようですが)に、稿画料も部数が多い方が、一冊にかかる費用は少なくなります。つまり、部数が多いほど定価は安くできます。
製本代・印刷代・資材費などは部数の増加に比例して、費用は高くなります。ただ、資材費は別として、製本代・印刷代に関しては、業者には基本料金というものがあり、さらに部数に応じて料金も変わり、部数が多い方が安くなります。 上のように部数の大小によってコストがかなり変わってきます。具体的には、「四六判上製200ページ」の本の場合、初刷り2000部では、定価2800円くらいになってしまいますが、1万部なら、1100円まで下げることが出来るそうです。
・定価の計算
定価を決めるにあたっては、「原価率」が基準になります。製版代・印刷代・製本代・資材費・稿画料・編集費の合計を「生産高」(本の定価×部数)で割ります。そこに、印税率(%)を加えると、「原価率」が出ます。
これはジャンルや出版社によって違ってくるけれど、おおむね、35〜38%に設定しているようです。つまり原価率が35〜38%になるように上の費用を設定するということだと思います(同じか)。
ただし、これだけで定価が決定されるわけではないようです。他社の定価ゾーン・読者への配慮なども考慮して決定するようです。
だけど、上の計算法は絶対暗記です。と自分に言い聞かせました。
○「労多、儲け少、それが本」(P257〜261)
本書のこの部分は、話自体凄く面白いです。それに為になります。
以前、松田氏は筑摩書房に勤めていましたが、そこが1978年に倒産し、そこで松田氏は、倒産の原因を知るため経理部に保管されているデータの集計・分析なさったそうです。
そこで得たデータから、松田氏が携わった本に関しいくつか具体例を挙げて「粗利益」の計算を載せています。そのデータは各本の、書名・著者名・刊行年月・初刷り部数・刷り数(重版回数)・累計制作部数・実売部数・売上率・直接原価率・広告宣伝費・定価・その他特記事項などです。ここでは二つだけ本書の通り挙げておきます。
(1)『蛍川』(宮本輝・著/1978年3月・刊行/初刷り・10万部/累計制作部数・20万部/芥川賞受賞作品)
定価は880円で、実売部数が19万8000部、実売率98.6%。この時点で最終原価率は、27.2%(普通は35〜38%、昨日の日誌参照)。広告宣伝費1342万円(7.6%)。粗利益は6260万円!!
(2)『ある文学作品(書名不掲載)』(著者不明/刊行年月不明/初刷り・3000部/累計制作部数不明)
この本は定価を1900円・部数を3000に設定するために、原価率は39.6%になってしまったようです。実売部数は1279部で実売率は42.6%。広告宣伝費29.6万円(10.9%)。粗利益はマイナス93万円。
このように松田氏は各本毎に集計・分析を行い、そこからいくつか気がついたことがあったそうです。下にまとめます。
原価率が40%を越えると利益を出すことは難しい。また、売れそうだと思って部数を多く設定し、定価を安く設定したものは、原価率こそ低いけれど、売上率が低くなってしまう。広告宣伝費も、かけすぎることは利益の減少につながる、ということでした。
次に純利益についてまとめようと思います。その前に、「固定費負担率」という費用が必要になるのでそれを先にまとめます。
・固定費負担率(P260)
本の制作には制作以外にかかる費用があります。それは、オフィスの賃貸料・税金・給料・経費などです。この本を作らなくともかかる費用を、松田氏は固定費部分といっています。
そして、一つの本の出版で得た利益でこの固定費部分を負担する割合が固定費負担率です。会社によって色々だとは思いますが、10%程度が普通ではないかと書かれています。
・純利益の計算方法(P260)
原価率(36%とする)・広告宣伝費率(6%とする)・固定負担率(10%とする)という数字を上でまとめました。さらに取次にいくらの掛け率で卸すかということをふまえて(ここでは67%とする)純利益率をもとめます。
純利益率=正味×売上率−(原価率+広告宣伝費率+固定費負担率)
計算方法は上の通りです。今回上で設定した通りの数値を適用したとき、売上率が70%なら純利益率はマイナス5.1%。80%ならプラス1.8%となります。
つまり、77%あたりが損益分岐点となります。つまりつまり、売上率77%以上にならないと、利益がでないということです。
上の式では純利益率を求めていますが、正味は一定で、原価率・広告費はある程度出版者側で設定が可能です。
つまり、この式を知っていれば、純利益率をどの程度にするか、原価率・広告費などを決めることが出来るのではないかと思います。
○編集者と計算(P261)
本書のまとめは今回で終わりです。短いものでしたが、原価率ということを念頭においておくことは編集者には重要なことだと思いました。 売上率というものは、本を市場に出してみるまでは分かりません。事前に計算できるものは原価率しかありません。そこで、編集者は常に原価率を視野に入れて本づくりを進めていくことになります。つまり、原価率を念頭においておくことで、本を最終的にどのようなものにしていくか、その個性に応じてどこにコストをかけどこを節約していくかを考えることができます。
本書にコストの削減法(のようなもの)が少し書かれているのでまとめておきます。
・本文をフロッピー入稿することで、組版代や校正費の削減になる。
・本は普通、16ページを一台として印刷・製本される。だから、8・4・2ペ ージといった端数の台を作らないようにする。さらに32ページ毎にまとめ ればよりコストダウンになる。
・カラー(四色)図版を使いたい時、オールカラーでは定価が高くなりす ぎる場合、片面一色にしたり四色のページをまとめたり、図版を同じ倍率 に揃えることで、大幅なコストダウンになる。
・安い資材を効果的に使う。
・品のいい並製本を作る。
上のように、コストを節約することで、大部数を刷らなくとも定価を安くすることが可能になります。
このように原価率をコントロールしていくことはその本の個性をはっきりさせる大事なプロセスとなります。
○純利益率についてちょっと確認
売上率は実際にその本を市場に送りだしてみるまではどうなるか分かりません。しかし、ここで下の式を念頭においておけば、どの程度の売上率があれば採算をとれるかということが分かります。
正味×売上率−(原価率+広告宣伝費率+固定費負担率)=純利益率
上の式では、売上率と純利益率仮定することで、原価率+広告宣伝費率+固定費負担率の値が分かります。
例えば、売上率60%で採算がとれるようにしたいと考えれば、純利益率を損益分岐点(0%)に設定すると原価率・広告費・固定負担費の値が出てきます。つまり、仮定した売上率に対してでどれほどコストをかけられるか、または節約すべきかということが分かります。例えば上の仮定に対して、原価率に含まれる、定価・部数などをその本にふさわしいと思えるものに設定し、そこで例えば、ページ数や装丁などにかけられる費用を出すことができる、と思います。
本書に書かれていたのですが(p263)、この知識は必ずしも必要なものでなく、このような計算をせずとも本を作ることはできます。けれど、今までにまとめたように、この知識がないと、作られた本の個性というのが、その本にふさわしいものでなくなってしまう恐れがあるように思いました。
今回まとめた本書の『編集は計算である(P253)』の部分は、原価率の重要性が細かく書かれていました。必ずしも必要な知識ではないけれど、、かけられるコストというのも本の個性を決定する要因の一つだと思います。できるだけ良いものを作りたいと思ったら、やはり原価率は必要な知識であると思いました。
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