2011-05-18
お部屋2212/放射能を見せる[追記あり]
これからまた福島に行くのですが、その前に、「マツワル」の一部をこちらにも転載しておきます。
明日5月19日の深夜、もんじゅ君も推薦のETV特集「ネットワークで作る放射能汚染地図 福島原発事故から2か月」の再放送があります。
観なかった方は再放送を観た方がいいです。有料ですが、NHKオンデマンドでも観られます。
見方を教えられないと、「イヌのパンダがかわいそう」で終わってしまう人たちがいるので、他の人たちがどう観たかを踏まえて、再放送に備えてください。
<マッツ・ザ・ワールド>第3458号 日本の予定 125
(略)
この番組で取り上げられているのは、ほとんどがすでに知られている事実で、「今さら何を」って話です。それでもこの番組は観る意義があります。
インターネットを見ない人、見ても調べてこなかった人たちにとっては驚くべき話の連続ということだけではなくて、私にとっても深い感慨を呼び起こしました。
さんざん私は「インターネットがあれば、もうテレビは観なくていいだろ」と言ってきたわけですが、NHKが本腰を入れると、こういう番組になるし、こういう番組を見ると、テレビの力ってもんを感じます。
3月15日から取材を開始。2ヶ月もかかっているんですね。「どうしてもっと早くこれを報じなかったのか」との批判がネットには溢れていて、それももっともなのですが、ドキュメンタリーというのはそういうものです。だからこその厚みがあります。
すぐに報じるべきはニュース番組であり、ドキュメンタリーは別セクション。このドキュメンタリーを制作した人たちをひたすら褒め称えるべきです。ニュースのせいで貶されるんじゃ、彼らはやりきれないですし、第二弾、第三弾をやっていただくためにも礼賛すべき。この番組をよく見れば、第二弾、第三弾が準備されているだろうことも読み取れますので、ぜひ放映して欲しい。
おそらくスタッフは、潰されないように細心の注意をしていたはずです。突っ込まれるところがないか慎重に調べたでしょう。敵は姑息ですから、そういうところにも時間がかかります。地元の人が東電への恨みを語るところはありますが、反原発のための番組ではなく、福島で進行していることを淡々とまとめています。
私もずっとこだわっていた330マイクロシーベルトという数字に着目し、まさにその場所である浪江町赤宇木集会所を取材。
この集会所は3376号「日本の予定 51」で取り上げたテレビ番組でも取材しています。あれもNHKのETV特集なので、同じ班なのかな。これまでNHKが報じていなかったわけではなく、やっていたわけです。やっていても、今回ほどは話題にならなかっただけです。
あの番組にも重要な情報は多数あったのですが、その重要な情報を受け取ることができるほどには視聴者の理解が進んでいなかったのだし、その意義をわかりやすく見せるには2ヶ月という時間がかかった。
「どうして事故のすぐあとで放映しなかったのか」と言う人たちは、自分の能力を高く見積もり過ぎ。ドキュメンタリーの手間と効果を低く見積もり過ぎ。ワイドショーじゃないんだから。事実としては、すでに知られる内容ばかりなのに、どうしてこの番組はこうも人の心を揺さぶるのかをちゃんと考えた方がいい。じゃないと、あの番組に失礼ですし、ドキュメンタリーという表現に失礼。
前回より今回は丁寧に集会所の人たちの話を聞いていて、線量が飛び抜けて高いことを知って愕然とする瞬間が出てきます。町長はこのことを知りながら通知していませんでした。その事情までをカメラは追います。
私は彼らを笑えない。事故の可能性に気づいていても、生きているうちにこんな事故になることをリアルには想像していなかった。そこから何が起きるのかもリアルには想像できていなかった。彼らと同じように、日々、報じられるニュースを見て愕然とし続けています。
あまり詳しく書くとネタバレみたいになりますが、私にとってのこの番組の見所は、これまで書いてきたような「社会の崩壊」をリアルに見せていることです。いくら文字で伝えようとしても伝わらないものがこの番組で体感することができます。時間をかけたドキュメンタリーならでは。
大正時代から続いた競走馬の牧場の主は、妊娠した馬がいたために逃げず。しかし、結局は牧場を捨てて避難することになります。仕事も探さなければなりません。
妻子を避難させて家を守ろうとする若い男、育てたタバコの葉を捨てる親子、釣り客が一人も来なくなった川、すべてのニワトリが死んだ養鶏場、餌をやりに来た飼い主の車を延々と追いかけるイヌ。
これを観て初めて原発の恐さが理解できた人もいるかもしれない。今なお原発の恐さを死者の数でしかカウントできない人たちがいて、交通事故と比較したがるわけですが、交通事故では起き得ない事象がこの国を襲い、その範囲が日に日に拡大している。
これは見えない放射能を見えるようにした番組です。
番組には京大原子炉実験所の小出さん、今中さん、「子どもらを放射能から守る福島ネットワーク」の人たちなど、おなじみの顔が次々と登場します。今中さんは、何人かのグループで県内の線量を調査していた時期です。
しかし、この番組の最重要人物は、木村真三という放射線の研究者です。私はこの番組で初めて存在を知りました。この人を中心に作られたのが汚染地図です。これもまた見えない放射能を見えるようにする試みであり、おそらく木村さんたちは、現在も調査範囲を拡大していて、やがては福島県全域に色がつくだろうことが想像できる。程度は違えども、東京にいる我々だって、この地図の対象になる場所に生きていて、このドキュメンタリーの対象になる日々を生きている。
木村さんを番組の中心に据えたのは、番組制作者には、破壊される軸、それに抵抗する軸を見せようとする意図があったのだと思います。この軸は空間の軸であるとともに時間の軸でもあります。
あえてその部分を取り出したのだと思いますが、今中さんは「記録を残すことが仕事だ」と言ってます。恐れていた事故が起きてしまったことの悔しさと無力感の中で、彼はこの先を見ている。10年後、 20年後に、健康被害が次々と起きることになる。その時に、この記録が生きてくる。今現在そうであるように、政府や東電、それにつらなる人々は被害を最小に見積もろうとするでしょう。証拠も消すでしょう。今中さんは、自分がこの世にいくなくなったあとも、末永く抵抗するための記録を残している。
私にとってもそうなのですが、未来を奪う原発事故は、人に未来を強く意識させる。岡本太郎の「明日の神話」が見せる明日をこの番組でも私は見ることができた。それでも人は生きていく。自分が死んだあとも人々は生きていく。
何代も前から続いていた仕事を断絶し、太古から続いてきた自然を破壊し、夫婦や親子を切り離した原発事故に抵抗しようとするのは、引退した老研究者、遠からず引退する京大原子炉実験所の二人、そのあとを継ぐ存在である40代の木村真三。そして、彼が職を捨て、自分自身被曝することを覚悟して、福島の線量地図を作ろうとしたのは……。というところで終わっておくかな。あとはテレビをご覧ください。
追記:【昼間にも放送します!】Eテレ 28日(土)午後3:00~ETV特集「ネットワークで作る放射能汚染地図 福島原発事故から2か月」再々放送! 事故発生直後から科学者たちと放射能汚染地図を作成。調査で出会った人々の混乱と苦悩を伝えます。 byEテレ編成
私も、この番組を見ました
この番組の素晴らしさをここまで見事に捉えて表現されているものを読ませて頂くととても強い共感と感動を覚えます
特に、
<これは見えない放射能を見えるようにした番組です。
番組を、この短い言葉で見事に言い表していると思いました
(う~ん!凄い!と読んでいて思わず唸ってしまった)
これも私には、非常に印象的でした
<今中さんは、自分がこの世にいくなくなったあとも、末永く抵抗するための記録を残している。
今中さん本人は、只未来の為福島原発事故の放射能に関する事実・真実を記録として残しておかねばと言うお気持ちであろうと思います
それを本人が意図していたかいないかに関わらず、松沢さんが仰る
~末永く抵抗するための記録~になる事は、間違いないと私も思います
これからも松沢さんの、記事を楽しみにしています
いわい
ありがとうございます。
この一文は、あまりに多くの人が「どうしてもっと早く放映しなかったのか」といったことを書いていたので、「これではスタッフは報われないよな」と思って慌てて書いたものです。批判すべき点は批判していいですが、手間のかかるドキュメンタリーに、NHK全体の批判をかぶせてもしゃあないでしょう。
もしNHKではこういう番組を作れないというのであれば、いよいよ内部で闘っている人たちがいるわけで、それを支持しないでどうするって話。
そこを指摘できれば私の役割はおしまい。あとは観た人たちで議論していただければ。
コメントにご丁寧な返信有難うございました
<手間のかかるドキュメンタリーに、NHK全体の批判をかぶせてもしゃあないでしょう。
本当にその通りです!
現場に、このような番組つくりをしているスタッフ達がNHKを救っていると言う事をNHKの幹部達は、知るべきでしょう!
そしてこういう番組を、製作しているスタッフを守っているであろう中間の上長の存在があるような気がしています
そのような方々にエールを送りたい
でくの坊
そういえば、書くのを忘れてましたが、テレビクルーや新聞記者は原発に近づくことを禁じられ、40キロだの50キロだのといった制限がつけられているって話がありましたよね。
このドキュメンタリー班は、それを無視しているわけで、この番組を放映していいのかどうか、内部でも議論があったはず。スタッフだけでごり押しはできないですから、部長やら局長、あるいは上層部でもGOを出した人がいるんでしょう。ここに来て劇的に報道が変化していることともおそらく関わっているんでしょうけどね。