2008-07-01

お部屋1561/出版界崩壊は止められないがために 10

漫画に限らず、稿料を押さえて制作費を安くし、定価も下げることによって読者層を広げ、多様な出版物を出すことを可能にしたのが日本の出版界です(海外の事情はよくは知らないですけど)。

ここにおいて、日本の優れた取次制度が出版界の発展に貢献しています。売れそうにないものでも、とりあえずは流通して、全国各地の書店から取り寄せできる。取次は悪く言われがちで、批判すべき点があるのも事実でしょうが、東日販がなければ、こうも大きな産業にはなっていません。

雑誌について言えば、売れっ子はギャラが上がることで儲けを増やすのでなく(これも少しはありつつ)、依頼が増えて量産することで儲けを増やす。あるいは、テレビに出たり、講演会をやることで儲けを増やす。

売れっ子に限らず、物書きも漫画家もイラストレーターもカメラマンも量産することで生活ができています。そりゃ数少なく仕事をして食えた方がいいに決まってますが、現に日本ほど、出版界でフリーが食えている国はないとも言われています。多様な出版物が出ているおかげです。

「海外の作家は年に一冊本を出せば食える。対して日本では〜」と言いたがる人がよくいますが、一部の人たちだけが寡作で食える状態がいいのか、多数の人たちが多作で食える状態がいいのか。少なくとも私がここまで食えてきたのは、日本の出版界だからだと思っていますから、私としては、日本の出版界のありようは、そう悪くはないのではないかとも思います。

ギャラを今の倍にしたら、出版物は半分になって、フリーの半分は食えなくなるかもしれません。ワシは食えなくなる側ですから、これは困る。

しかし、皆が皆、ギャラの値上げをするのであれば、その時こそチャンスです。私はそのスキに「原稿用紙1枚千円で書きますぜ、ダンナ」と持ちかけて仕事を増やします。ひとつひとつのギャラを増やすことで生活を安定させるのでなく、数を増やすことで安定させるのがこの国の出版界では正しいやり方です。

私とて、個別の原稿において、「この値段で、そこまではできない」として、値上げ交渉をしたり、「せめて経費を出してくれ」と頼んだり、それが無理なら、手間や取材費のかかる取材ものから手間も取材費もかからないエッセイものに変えてもらったり、「マツワル」で配信した原稿の再利用にさせてもらったりはしますけど、原稿料を一律に上げるべきという意見には賛成しがたいものがあります。「それにしても安すぎる」と思いつつ、現にそれを前提にして産業が成り立っているのですから、いまさら無理っしょ。

合意している限り、ノーギャラの雑誌があったっていいのだし、著者から金を取る出版社があったっていいのです(払ってくれる約束なのに払ってくれない出版社があるのは困りもの)。

1枚千円しか払えないというのであれば、それに見合った内容を書くだけのことです(この場合、文字数はいっぱい欲しいです)。書けなければ断るまでのこと。だいたいこんだけネットでタダ原稿を書いているのに、「そんなギャラじゃ書けない」なんて言い分は説得力がないと我ながら思います。

私の事情はともあれ、フリーのギャラを抑え、制作費を抑え、定価を下げることで発展し、それを据え置くことで今も辛うじて産業を維持できている日本においては、出版界から入ってくる金は単価が安すぎ、エージェントが介入して交渉する余地がなさすぎるわけです。

もちろん、一部の物書きはエージェントの媒介が可能でしょうし、二次使用で莫大な金を生み得る漫画の世界ではエージェントが成立する余地はまだしもあるでしょうが、これを実行すると、売れている人たち、力のある人たちはいよいよ儲けて、売れない人たち、力のない人たちはいよいよ貧しくなるのは必至です。つまり、格差が広がる。

実のところ、日本の出版界では、売れている人たちが正当な利益を得ていないからこそ、売れていない人たちでもなんとか食えていて、多様な出版物を出す出版界の特性を維持してきたと言うこともできます。

以前、幻冬舎の編集者が、冗談半分ではありますが、「印税は千部で1%が妥当ではないか」と言っていたことがあります。初刷3千部の本の印税は3%。5千部の印税は5%。1万部の本でやっと10%。初刷3千部の本では、出版社はほとんど儲からない(作り方次第、定価設定次第というところもありますけど)。そこで、売れない本は印税を下げてリスクを軽減したいというのは、決して冗談ではなく、合理性が十分ある本音でしょう。

実際に初刷5%、増刷分から10%といったように、印税率が変動する方式になっている出版社もあって、本は増刷になって初めて出版社もおいしい。初版で終わりだとたいてい赤字、儲かったところで人件費などの経費が出るくらい。対して、十万部も出る本は印税率を15%にしたってなお出版社は利益が十分に出る。

だから、十万部といった売上げが見込める作家には領収書なしの取材費を百万単位で出す出版社もあると聞きます(実質的には契約金みたいなものです)。1500円の単行本が十万部出れば、数千万円の利益が出ますから、印税のほかに百万円やそこら払ったって十分元が取れる。

ここにエージェントが入ることになれば、数々の出版社を天秤に掛けて、印税率を上げ、さらに契約金を出させることになってきましょう。いわば売れる人が正当な利益を要求することによって、その分は、売れていない人たちにしわ寄せが来る。出版社が同じ利益を得ようとすれば当然そうなる。

正当な権利の履行、正当な取り分の要求にすぎないのですから、それに反対することはできないですが、これが問題の解決になるとはどうしても思えません。

まして、印税が6%だったり、8%だったりも増えてきていて、刷り部数から実売計算になってきている時代にこれをやられると、売れない物書きは印税率をさらに下げられかねず、印税なんてもらえない時代になっていくかもしれない。

今現在でも、本は手間がかかるばかりで金にならないので、本を出す気が失せており、印税率がどうなろうと、もはや私は知ったことではないですが、売れない物書きの事情、今後いよいよ食えなくなっていく多くのフリーの事情をも考慮した方法を考えるしかないと思っている次第。

続く。

追記:さっき気づいたのですが、「たけくまメモ」でリンクされている「TRiCKFiSH blog」に、私がここに書いているのとほとんど同じ趣旨のことが書かれてました。ここまでは同意見として、この先は違います。少しダブっているところもありますが。