2008-06-24
お部屋1551/出版界崩壊は止められないがために 3
編集者と書き手は、互いに深く理解しあい、仕事以外でも、飯を食ったり、酒を飲んだり、議論したりするような関係が望ましいと言われがちです。私としても、こういう関係であるからこそ成立する仕事があることは否定しないし、こういう関係があるからこそスムーズになる部分があることも否定しません。
多くの仕事は、編集者から「これこれこういう原稿を書いてくれませんか」という形で依頼が来ます。「それよりも、こういう内容はどうか」とこっちから修正案を出すことはありますが、ひとたび会議を通った企画は修正できる範囲が限られて、「その話はまた次の機会に」ということになるのがオチです。
それよりも、編集者と「ああでもない、こうでもない」と練り合ったものを編集者が企画会議に出してくれたものの方が自分のやりたいことをできやすい。
その点では、そういうことを日常的に語り合える関係の方が望ましい。
また、編集者が自分の特性を理解して原稿を依頼してくれたり、時には自分の気づいていない特性を見出して原稿を依頼してくれるのはありがたい。書いていることを理解しているがための指摘やアイデア提供もまたありがたい。
なおかつ、そういう関係においては、トラブルの芽は早いうちに摘めます。編集者と書き手が風俗店に一緒に行って、待合室で「ところで、差別用語なんだけどさ」と語り合ったりできる関係においては、さほど大きなトラブルにはならないし、トラブルになったところで、人間関係によって丸く収めることが可能です(逆に人間関係が揉めることによって仕事に影響することもありますけど)。
信頼関係ができていれば、編集者が何かミスをしても、顔が浮かんできて、「あいつだったらしょうがないか」で済む。「これは譲れない」ということでも、編集者が会社と板挟みになっていることがわかると、こっちも強くは出られない。あちらも「ここは譲ってください。その代わり、例の企画は絶対に通しますから」と、いわば「裏取引」ができる。
こっちがミスした時も、「松沢だったらしょうがない」と諦めがつき、「この間の借りがあるので、今回はこっちが泣こう」ということにもなる。
しかし、こういった関係になることを嫌う編集者もいます。悪く言えば、「なあなあ」になることでありますし、しばしば会社側ではなく、書き手側に立ちすぎるためです。また、本来は別の書き手に頼むべきところで、頼みやすい人に頼むことにもなりやすい。読者にとっては決していいことではないってわけです。
書き手によっては、編集者を単なるアシスタントとして扱って、引っ越しの手伝いや個人的な旅行の手配までを頼む。休みの日もこれで潰れてしまいます。
それを考えれば、こういう関係を嫌う編集者がいることもわからないではなく、また、そうしたくとも、密な関係が出版界では成立しにくくなってきています。
崩壊に向かう出版界において、これは避けようのないことです。出版界の売上げは年々ちょっとずつ落ちてきています。しかし、発行点数は増え続けています。つまり、一点当たりの部数ははっきりと落ちているわけです。目減りした分をカバーして売上げを維持するために、出版点数を増やすという悪循環です。あるいは、単行本の売り上げ低下をカバーするために、単価の安い新書や文庫を出す。
その結果、編集者の仕事は増え続けています。以前は1人の編集者が2ヶ月に1冊本を出していればよかったのに、今は1ヶ月に1冊になって、さらに文庫も担当する。これでは書き手と飲み歩いたりしている暇はなくなる一方でしょう。
雑誌も部数のみならず、広告収入が減ってますから、外注に出す分を減らし、編集者が写真を撮り、原稿を書き、レイアウトまでやる。人件費の安い出版社ではこうした方が経費削減になり、結果、仕事の絶対量が増えている。
書き手も同じです。何十年間もギャラが上がらず、むしろ下落しつつあって、単行本も売れず、印税率が下がり、経費も出ない状態では、執筆量を増やすことでカバーするしかない。安くても断れないわけです。当然遊び歩いている経済的余裕も時間的余裕もない。
雑誌の仕事を増やせなければ、アフィリエイトでちょっとでも金を稼いだり、私のように有料メルマガでちょっとでも金を稼いだりして、穴埋めをするしかない。雑誌よりさらに効率が悪いですから、時間はなくなる一方です。
現にそうである出版界において、これまでのような密な人間関係で仕事をすることは無理です。ライターも編集者も、以前よりも多くの人とつき合わなければならず、その一人一人と飲み歩き、語り合うような関係を作ることはすでに不可能と言っていい。
経費が使いにくくなっている現実がこれに輪をかけてます。もう十年以上前になりますが、ほとんど仕事をしたことのない大手出版社の編集者に「ソープランドに接待しますよ」と言われたことがあります。高級店でもいいというのですが、ソープはさんざん取材してますから、私があまりよく知らないキャバクラの方がいいと言ったら、一晩中、キャバクラをハシゴさせてくれました。たぶん二人で十万以上使ったのではなかろうか。「大手はいいなあ」と思いましたが、今はこんなことはできなくなってきているでしょう。
いいも悪いもなくて、そういう時代になってきているのだから、それを前提にした仕事のやり方、人間関係を選択するしかない。それによって欠落した部分は、別の方法で穴埋めするしかない。
続く。