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[第12章●パーソナル“なんでも”データベースのすすめ]
8… オトナの学習法って何だ 2
[2005.05.16登録]

石田豊
ishida@pot.co.jp

受験雑誌に原稿を書かせてもらっている。これはぼくにとっては得難い経験であって、その上、お金までもらってバチがあたらんだろうかと思うほどだ。

ぼくの書いている原稿は、そうした雑誌にあっては、いわば息抜き的な読み物ページであるのだが、それでもカリキュラムには目を通すし、送られてきた雑誌の大群(各教科あるからね)にも一応目を通す。センター試験を受けたら、けっこういい成績を取れるんじゃないかな。

この経験を通じても「勉強」ということに思い致すことは多い。もちろん、ぼくなどが高校教育について何事か言える経験も資格もない。高校教育の世界にはぷらっと雨宿りさせてもらったくらいのものだ。そうした通りすがりのものであるからこそ感じることなのかもしれないが、高校での教育法はオトナにはきっとまったく通用しないな、と、強く思う。

ぼくはなぜか先様には理科系と目されていて、来るシゴトは理科・数学に限られているんだが、すくなくとも、それらの教科での「話の振り方」は、とてもそっけない。

概念の説明があって、公式が出てきて、シンプルな練習問題が続き、また概念の説明があって、というふうに、展開していく。まるでお経のようである。数十年ぶりに高校の理科教科書を読み返してみての最大の感想は、かつての自分は、よくこの世界に耐えて頑張ったもんだ。とても偉い。というものだった。オトナになってしまったぼくには、もう、このメソッドでは、とうていついていくことができない。

高校の教科書や参考書に決定的に欠落しているのは、単元ごとのオリエンテーションである。今から何を学ぶ。その難易度はどれくらいであって、前提となる知識はこれこれ。得られるものはこういうことで、この概念がちゃんと操作できると、これこれこういうことができるようになる。そんなオリエンテーション。

オトナであるぼくにとっては、ある概念の学習に先立ってこのようなオリエンテーションが絶対に必要である。はい、いまから微分をやります、なんて言われても、よっしゃこい、とは、もう到底思えないカラダになってしまっている。そんなこと言われたらきっと「なんでやねん」と質問するだろう。そしてオリエンテーションで感得したメリットの大きさに応じた努力を傾注することになるだろう。「これはあんまりトクにならないことだから、ま、あんまり時間はかけられんわな」という感じで。

ぼくの場合、その教科書の流れにそって「こぼればなし」を書かなきゃならないものだから、何度も教科書を通読する。その結果、後付けで流れが見えてきて、ほほー、これは非常に興味深い流れであるなあということがわかる。そうしてはじめて、あらためて各単元が理解できるようになる(理解し始められるというほうが正確か)。

また、このシゴトをするにあたって、たとえば数学では、何冊ものいわゆる「数学再入門本」を読んだが、そのほとんどは教科書に比べると、たいへんつまらないものであった。ほとんどの「再入門本」はエピソート集になっていて、いろんな概念のつまみ食いに終始する。それじゃまるでつまんない。たとえて言えば、大河のあちらこちらの川岸写真を見せられるようなもんで、それぞれの写真はキレイかもしれないが、ただそれだけのことだ。でも教科書をまるごと通読して得られる充実感は、その大河の全長をボートで下ってくる体験のそれである。まるで質が違う。

あれ、なんだか話があらぬ方向にそれちまった。要するに高校の教科書は、流れそのもの(もしくは全体の流れ)はエキサイティングなんだけど、オリエンテーションが決定的に欠落しているため、非常にとっつきにくい世界になっているということである。これは教科書だけではなく、参考書も同じ。

このことから考えるに、コドモってのは、「ついつい走ってしまう競馬馬」と同じように、勉強してしまうという本能を持っているんだろう。だから、こういうメソッドでも、疑問を抱かずについて来れる。オトナになる過程で、どこかでその本能を失ってしまうもんだから、オトナはこういうやり方にはついていけない。

そういうことではないか、と思った。

で、次の問題。

では、もうオトナになっちまっている自分自身の教育はどのような方法でやるといいのか。もしくはライターとしてオトナご同輩の諸兄にどのように伝えていけばいいのか。

昨日書いたのはそういうことでもある。

これが正直、よくわからない。

「MySQL入門以前」なんかで用いた方法は、とりあえず、ハードルをめちゃくちゃ低くして(というか、ホンスジでないところで迷わないですむシンプルな「流れ」を作っておいて)ひととおり経験してもらう。大げさにいえば、何も考えないで、ともかくひとまわりしてもらう、というやり方である。

これは最高の方法ではないことはわかっているが、(じゃあ、最高の方法って何、と聞かれるとこたえられないんだから)「次善の策」的に採用しても悪くないメソッドだと思っている。だからこそ書いたわけだが、こんなまだるっこしいやり方よりも、もっとスマートで、もっと効果的な「オトナの勉強法」っていうのがあるんじゃないかなあと思うのだ。

ぼくらがみんなコドモのころの(けっこうハードな)学習体験を持っている。コドモの頃の学習体験は、誰にとっても多くの成功をもたらしている(だってとてつもなくたくさんのことを覚え、できるようになったわけでしょ。九九をはじめ)。だからついつい、コドモの頃と同じやり方を思い浮かべるのであるが、そこから離れなきゃダメなんだ。だってもはや「学習本能」はハカイされちまってるんだから。

どういうやり方をすればいいんでしょうかね。

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