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[第12章●パーソナル“なんでも”データベースのすすめ]
2… J.レモンに教えてもらった
[2003.09.04登録]

石田豊
ishida@pot.co.jp

私にとって住所録は電話をかけようと思った時にチカっと引いて電話番号を調べるというニーズが一番多い。ファックス番号を引くというのも同じ範疇だろう。

前回述べたように、年賀状を出す相手は住所録に含まれている相手のほんの数パーセントに過ぎない。だいたい前回送ったり受け取ったりした相手にしか出さないのだ。別にデータベースを引っ張り出すほどの仕事でもない。

そんな私だが、パソコンで日本語が取り扱えるようになって、はじめてやったことのひとつが「住所録データベース」の作成であった。ということは我が国でも有数の「パソコンで住所録データベース」歴を誇る男であると豪語しても許されるだろう。しかし、始めたのは古いが、辞めたのも早かった。なにしろ面倒くさい。

電話をかける際にわざわざソフト(しかもそれはえてして起動に時間がかかる)を立ち上げなければならないのも面倒なら、住所をいちいち登録しなければならないのも面倒だ。欄がいっぱいある割りには必要な欄がなかったりする。姓、名が別フィールドになっている場合、ジンジャー・タリー(という友人がいるんですが)のジンジャーはどっちに書くんだろうと迷うし、李さんの通称は大山氏であるが、通称とか別名の欄はないしなあ。

で、そうそうにデータベースソフトによる住所録管理をやめた(もう少し正確にいうと、その後も新しいソフトがでるたびに使ってみたりしたのだが、結局はどれもダメだった)。なにも、こんな形である必要はないんだ。「すっぱいブドウ」ではないが、そんなふうに考えていた。

友人知人の住所情報を管理するために「住所録」的フォーマットを使う必要はない、というか、使わない方がスマートだ、と考えた背景にはふたつの源流があった。

高校生の時、名画座で「アパートの鍵貸します」という映画を見た。マトモな頃のシャーリー・マクレーンは非常に可憐であったし、ジャック・レモンもかっこいい。シビれました。その映画の中で、ジャック・レモンは受話器を肩にはさみながらローロデックスをぐるぐるまわして電話番号を検索していた。これがまたカッコよかった。

フリーランスになって最初にやったことのひとつがローロデックスを買うことだった。20代の小僧だったからそれまでは会社の机の上には置く勇気がなかったんだろうな。で、それ以来住所の管理はローロデックスを使っていた(だから別段デジタル化する必然性はなかったのかも)。ローロデックスは白紙のカードであるから、住所データ以外、いろんな情報を記したカードもOKだ。たとえば銀行の口座番号だとか、キャッシュカードの暗唱番号(「セキュリティ」を考え「安城くん」というカードを作って、そこにニセ電話番号を書いた。局番は無視で、下4桁が暗唱番号だ。セコいね)、主な規格用紙のサイズなんかも書いてはさんでいた。非常に便利だった。

このローロデックスみたいなものがコンピュータの中にあればいいのだ、という発想。

ローロデックスはいまだに使っている。
たとえば弟の電話番号はここにしか記されていない


あとひとつの源流は梅棹忠夫の「知的生産の技術」。その中の例の「京大式カード」。これについては多言は要すまい。ご存知ないむきは原典をあたって欲しい。今でも読んでソンはない本だ。

要するにB6サイズのカードに1枚1内容で「なんでも書き込む」というやり方。大学生の頃、同じ下宿に棲息していた先輩がいれこんで、無謀にも数万枚を印刷(彼は印刷やさんの倅であった。彼は現在静岡で子ども向けの本屋をやっている)し、その一部を私に押し付け、使用を強要したのであった。

「知的生産の技術」所収の京大型カードのイメージ図を引用。
「無地」のカードは使いやすい


私には「書くことがなく」って、結局は使いこなせなかったが、考え方そのものには非常に共感した。カードは使えなかったが、梅棹忠夫という人物にはそれを機会に関心をもち、以来、非常に大きな影響を受けた(受けつつある)。

このふたつの「源流」があったものだから、私は意気揚々と住所録ソフトを捨てた。住所録ソフトなんか使っているヤツはバカだ、とひとりごちながら。

考えると、非常に傲慢な態度である。

ローロデックスにしても京大型カードにしても、最大の魅力は「無地」というところにある。なにをどう書いても構わない。もちろん住所録につかってもよい。その場合は、通称欄がないとか、電話番号の欄が足りないとかといったくだらない悩みからも解放される。

住所以外の情報を書き込むこともできる。料理のレシピを書いておいてもいいし、ソフトのID/パスワードをメモしておいてもいい。

要は、何でも書き込めて、あとから検索ができればいいのだ。

以来、いろんなソフトで京大式カードないしローロデックスもどきのデータベースを作成し、使った。

しかし(はしなくも「いろんなソフト」と書いたことでもバレているように)もひとつうまくはいかなかった。

最大のデメリットに気がついたのは、当時使っていたソフトが「もはや存在していない」ということに気がついた時だった。OSのバージョンが変わったので、データのバックアップを取り、OSを入れ替え、そのデータベースソフトをインストールした。動かないのだ。新しいOSには対応していなかったのだ。で、あわてて調べてみると、そのソフトの開発元はすでに倒産。あわてましたよ。

なんとか奔走して事無きをえたが、その時、「人生は長く、ソフトははかない」という定理に気がついたのだ。特定のアプリケーションに頼り切った生活をしていると、いつか痛い目にあう。

その問題を別にしても、この新方式も面倒であるという点は前とかわらなかった。電話をかけようとするたびに、いちいちそのソフトを起動しなければならない。けっこう時間がかかるんだ。カードシステムにメモしておいたほうがいいことがあっても、起動が面倒で後回しにする。そういうのは必ず後で忘れてしまう。

そんなこんなでたどりついたのが「テキストデータベース」という考え方だった。日本語エディタは(職業柄もあるが)常時起動している。メールも原稿もメモも全部そこで書くからだ。だったら、データベースソフトではなく、日本語エディタに書けばいいんだ。

検索や抽出はgrep検索を使えばよい。grep検索とはここでは「複数のファイルから指定した文字列を含む行を抽出する」という機能だと考えていただけばいいだろう。

grepという名のソフトがあるわけではなく、grep機能をサポートしているいろんなソフトがある。そういうのを使うわけだ。grep検索専門のソフトもあるし、perlといったそのあたりに卓越した機能をもつプログラム言語を用いてもよい(grep検索をやるだけなら何も難しくない)。

ただ「行を抽出する」という性格上、ひとつの情報は1行にまとめなければならない。

2000.04.12◆井上徹◆〒233-0011横浜市港南区東永谷1-1◆045-112-1122◆F045112-1123◆inoue@hoge.hog

2000.04.12◆雷に撃たれて死にたい◆『我数年酒を好み、或は鬱を散らしめあるは寒暑を凌ぎて、酒の恩を受る事報ずるに所なし。然るに我何病にて死すとも、自害して死するとも、酒故也と、子弟は勿論酒に科を負せなん。恩は報ひずとも、酒に悪名付ん事心憂けれ。雷に打れ死なば其愁なし。是に依て願ふ也』◆茶屋四郎次郎家来◆「耳嚢 下」P139

というように、どんな長い情報でも1行で書く。「◆」は改行記号のかわり。天声人語方式である。

形こそまったく違うが、これはテキストファイルによる(電子的な検索が可能な)京大型カードだ。クセはあるけど、効果は絶大。

私はそれを単行本(「Macintoshデータ活用術」)にも書いたし、雑誌連載でも何度か紹介した(97年頃)。このやり方は一部の人にはストンと胸に落ちるところがあったようで、いまだに「テキストデータベースを活用しています」というメールをいただくことがあるほどだ。

人さまをあおっておいて、こう言うのもなんだが、私自身はこのやり方を放棄してしまった。テキストデータベース以外の形の情報をためこんでいることに気がついたからである。

テキストデータベースには、なんでも入れられる。逆をかえせば、「何でも」入っていないと、使い物にならない。しかし、実際にはまとまった調べものをしたら、その結果のファイルをいくつも作って、フォルダにまとめ、そのファイル/フォルダの形で保存してしまっている。

絵や図もはいらない。写真も同じく。

メモしておきたい情報をWebページやメールから引用するにも、複数行にわたるものは、すべて改行を◆に置き換えるという作業が発生する。機械的に置換するだけではおさまらないことも多いので、時間がかかる。

その上、結果が(だらだらと長い1行のテキストであるから)非常に読みにくい。

何年か使っているうちに、私のテキストデータベースは非常に信頼性の低いものになりさがってしまった。バックアップから元へ戻す(リストアという)際に致命的な(初歩的な)ミスのせいで、データを失うという事故を契機に、テキストデータベースへの情熱はすっかり醒めてしまった。

以来1年半ほど、くよくよ思い悩みながらも、解決の糸口が掴めずにいた。

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