知らない人は少ないんじゃないかと思うこの絵本。
きょうびの幼稚園や保育園には必ずあるし、どんなに気の利かない本屋でも、絵本のコーナーがあるならば一応置くであろう究極の定番だ。
もともとは北欧の民話で、再話マーシャ・ブラウン、翻訳は瀬田貞二大先生。
瀬田貞二は、映画「ロード・オブ・ザ・リング」で人気再燃した「指輪物語」の訳者でもある。
わたし自身は、この絵本に接したのは大人になって本屋の店員となってからだ。
お話そのものは、小学生のときに、朗読テープを聞いたのが最初だった。
「むかし、三びきのやぎがいました。なまえは、どれも がらがらどん といいました」
ってアンタ。
三匹いるなら名前は別々のものにしろよと、給食を食べながら小学生タカクラは思ったのだった。
じゃ、あれかな、わたしは兄弟4人だけど、がらがらどん流にすると、みんな美恵か。
どうやって呼ぶんだ、4人とも振り返るけど不便じゃないのか。
と、最初の一行で疑問爆裂。
いったい誰がつけたんだ、そんな名前。(注 瀬田貞二先生です)
大人になって、これがあの「がらがらどん」か
と、絵本を読んでみたときは、おそろしくリズムのよい文章だなあ、
だけど、随分と乱暴な絵だなあと思った。
長男が1歳を過ぎた頃に買った最初の絵本がこれだ。
同居人(夫)などは、
「この絵でいけるんなら俺でも描けるな」
と誰でもが言いそうな軽薄な言葉を吐く始末。
なら、描いてみなさいよ。
買ってから、じっくりと読んでみて、改めて思ったのは
「がらがらどん」って誰が考えたんだ?
ってこと。
(だから瀬田貞二先生だってば)
北欧の民話なわけだから、元の名前が「がらがらどん」ってことは無いだろうと踏み
原作ではどうなっているんだろうと、調べてみたらあーた。
原題は
「三匹の荒々しい(あるいはドラ声の、しわがれ声の)雄ヤギ」
というものであった。
THE THREE BILLY GOATS GRUFF
BILLY GOATS で「雄ヤギ」
GRUFFは形容詞で「荒々しい、どら声の、しわがれ声の」という意味だそう。
これは瀬田のおっちゃんに一本やられましたなと。
がらがらどん を思いついた時に、おっちゃん
「もらった!」
と叫んだに違いない。
何をもらったかは知らないが。
お話は、その3匹が山に草を食べに行こうとし、そのために通らなければならない橋の下に
怪物トロルがいる。さて。と始まる。
「小さいヤギのがらがらどん」が橋を通ろうとすると、トロルが、おまえを食うぞーと言い、小さいヤギは
あとからもっと大きいのが来るからそっちの方がいいですよ、などと言って、脳みその小さそうな
トロルをやり過ごし無事に橋を渡る。
次は「2番目やぎのがらがらどん」でもこやつも、次に来るヤギのほうがもっと大きいよ、と言って橋を通る。
そして最後に来た「大きいやぎのがらがらどん」が、トロルをやっつけて(ぶち殺して)橋を渡り、3匹揃って
山で草を食べておなかいっぱいになりました。ちゃんちゃん。
こんな話だ。
最初に通るのは一番小さいヤギで荒々しくともなんともない。
むしろ、か弱い。軟弱。ずるい。
だって
「ああ、どうか たべないでください。ぼくは こんなに
ちいさいんだもの」
「すこし まてば、二ばんめやぎの がらがらどんが やってきます。
ぼくより ずっと、おおきいですよ」
などと仲間を平気で売るし。
おいおいそれはないだろう。
もしかしてこれは、1匹の荒々しい雄ヤギと2匹の小ずるい雄ヤギの話なのか。
絵本やお話というと、よい人がいて悪い人がいて、よい人が悪い人のせいで辛い立場に陥ったりし、でも最終的には、よい人が一発逆転しあわせになり、悪い人は地獄に落ちるほど辛い目にあうか、死にました。
というものだと思っていた。
このお話は、何か違う。
ちょうどその頃、小学校5年生のワタクシは、
「よのなか」ってえのは、そうわかりやすくもなく、納得できないことにまみれているのかもしれない、と真剣に考え始めていたので、よけいに「しっくり」きたのかもしれない。
絵本のようにいかないことも多いのだと。
例えば、「せんせい」というのはどうやら
「すごく偉くてなんでもお見通しの一段上の人」
ということでは無いらしい。
ときには、えこひいきなどもしたりするし、ずるかったりせこかったりもする、
どこにでもいる大人と変わりない。
クラスで「頭が良くて可愛くてやさしい」と、人気のある女の子がいた。
A子ちゃんとしよう。
彼女とB子ちゃんとタカクラと3人で一緒に帰ろうと
下駄箱で待ち合わせをしていた時、B子ちゃんが来るのがちょっと遅かった。
その時、A子ちゃんが
「ね、いまのうちに帰っちゃおう」
と言ったのだ。
びっくりして、え、そんなことしたら、B子ちゃんがかわいそうじゃ?
と思ったのだけれど、人気者のA子ちゃんに「嫌われるのが怖くて」
う、うんそうだね。と、うなづいて、B子ちゃんを置き去りにして帰った。
一番目のヤギより2番目ヤギよりずるいのは、自分だった。
3匹目のヤギのがらがらどんに、本当はなりたかった。
じつのところは、そんな「よのなか」や「じぶん」を
許してくれる気がして、心に残ったのかもしれない。
いまでは、自分が、ずるくてせこくてひきょうな人間だという自覚が十分にあって、
それは今さらどうしようもないので、
「それで人に迷惑をかけることは、なるべく避ける」
「ずるくない人ならどうするか、と考えつつ行動する」
という風に対処している。
そんな、おおげさに人生を語らせてしまう、この絵本。
トロルがそんなに悪いヤツにみえないので、
やつざきにするより他に解決方法はなかったのか、
と、昨今の世界の状況にまで思いを馳せさせる1冊です。
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