スレイヴ
/パソコン音痴のカメイ課長が電脳作家になる物語
[1999.08.21刊行]
著●畑仲哲雄
定価●1600円+税
ISBN4-939015-14-9 C0004/初版2,000部
四六判/224ページ/並製
イラスト●宮島宏
ブックデザイン●沢辺均
在庫有
★この商品は出版社共同企画「期間限定 謝恩価格本フェア」に出品、
50%0FFで販売予定です。(2004/10/15〜12/15まで)
「スレイヴ」ができるまで
●畑仲哲雄
▼ハードディスクのゴミ
この作品の草稿は97年春に仕上がり、殴り書きの状態のものを数人の知人に読んでもらいました。
内容がパソコン業界を揶揄しているため「マイクロソフトに逆らうような本を出版してくれる会社はないぜ」という否定的な意見や、「こんなの小説じゃない。やめろやめろ」という厳しい批判を浴びました。
その後わたしは、あるソフトウエア会社の社長にお目にかかる機会に恵まれました 。 その会社は出版事業もしていて、ひょっとすると、紙の本にしてくれるかな、というスケベ根性がありました。しかし実際に彼にお目にかかったところ、「半可通でパソコン業界をおちょくると怪我のもと。君は小説らしい小説を書くべきだ」と諭されました。
つまり、「スレイヴ」は出版するに値しないという判断を下されたのです。
かくして、この作品は1年近くの間、ハードディスクの片隅に追いやられていました。「本にしてもらえないのなら、インターネットで公開しちゃえ」といってくれる人もいましたが、それは口惜しいと思いました。なぜなら、まるでスレイヴが<プロの編集者の眼鏡にかなわない低レベルの作品>と宣言しているようなものだからです。
しかしわたしの考えは半分間違っていました。
作品の善し悪しを評価するのは、いつも後の世の人です。1つや2つの出版社から 断られたことなど気にせずに、どしどし売り込むと同時に、さっさと自分のホーペー
ジで公表すべきだったのです。
▼フリーウエアのように
突然ですが、パソコンで使用するソフトウエアを考えてみてください。
大手ソフトウエア開発会社が販売するものが必ずしも優秀だとはいえないことを、 わたしたちは経験的に知っています。そして、日曜プログラマが作った秀作が大手メー
カ ーの商品を脅かすことも珍しくなくなりました。プロ対素人のせめぎ合いが続 、プログラムの世界はいつしか、企業のパッケージソフトと、フリーウエアが両立するようになりました。
では文芸の世界はどうでしょうか。
ご存じの通り文芸の世界には文壇ムラがあり、そこでは権威ある作家たちと優秀な 編集者たちが、日本文学の芸術性や純粋性(?)を守っています。むろん、文学新人賞のような登竜門はいくつもありますが、素人作品を評価するのはプロ編集者と作家たちに限られています。彼ら彼女らに「ダメ」の烙印を押された作品は、おそらく多くの人の目にさらされることもなく、机のひきだしのゴミ屑になります。フリーソフトのように
日曜作家が割り込む余地はありません。 いくらインターネットが普及したとはいえ、自分の小説をWEBページで公開しても、「芥川賞受賞」など権威の後ろ盾がないと、素人の作品を読んでやろうという暇な人は多くないでしょう。これがフリーウエアとの大きな違いです。文芸作品は直接的に
パ ソコンユーザーのお役には立てないのです。 私は1年間、プロ編集者から相手にされなかったことを苦にして、スレイヴを机のひきだしならぬハードディスクの隅っこに追いやっていました。
そんな中、わたしは偶然、ある編集者に出会いました。その人は雑誌にコラムの執筆を書くよう依頼してくれたのですが、恥を忍んでスレイヴを見せたところ、意外にも高く評価してくれました。そして、私に自信を持つよう励ますとともに、推敲作業も応援してくれました。草稿がようやく小説らしくなったのも、その編集者のおかげです。
それを知人や新聞社の学芸部デスクに読んでもらい「おもしろい」と太鼓判を押してもらいました。その後まもなく、わたしはポット出版にスレイヴを持ち込む機会を得ました。今度は少々自信がありました。予想通りポットからの手応えもよく、ようやうスレイヴが紙の本になることが決まったのです。
▼著作権フリーで印税なし
もちろん、ポット出版の沢辺社長とはいろんな話し合いをしました。
わたしはある申し出をしました。この作品を紙の本として流通させるだけではなく 電子の本としても流通させる約束を取り付けようとしたのです。つまり、スレイヴを
、パソコンのプログラムと同様、著作権フリーにするという要求です。 なぜそんなことをしようと思い立ったのか。それは、出版界と作家たちの商慣行をあざ笑ってみようと考えたからです。 先ほども書きましたが、文芸の世界はソフトウエア業界のように乱戦模様ではありません。偉い作家と有名企業の編集者が権威を保っています。そして、作家のタマゴたちは彼らが作ったルールに粛々と従っています。そうしなければ、作家になれる可能性はほとんどありません。なぜなら、日曜作家たちの作品は、権威ある人たちに「ボツ」にされたら、それで終わりだからです。
日曜作家たちが書いている作品のなかには、きっと良い作品も含まれているはずです。しかし、新人賞等の関門の場で、権威ある人たちに、ろくすっぽ目も通されず、ミソもクソも一緒に捨てられてしまっては、どうにもなりません。
しかも、文芸誌の新人賞のなかには、本来作者が持っているはずの映画化やドラマ 化などの権利を事実上奪っているものまであります。ほんらい作家のための権利である著作権が、出版社の利益を守るための権利として使われているといえるでしょう。出版社が作者と独占契約をするために、作者が自分の作品を自由に扱えなくなるという不自由も生まれます。
ですから、わたしは今回のスレイヴを、あえて著作権フリーにすることで、出版社の権利を一部奪い取ってやろうと考えたのでした。
▼紙より早くネットで公開
著者が著作権フリーにするというのは、ある意味で捨て身の戦術です。著作権フリーの小説は、いわばフリーソフトウエアと同じ位置づけなため、作家には1円の原稿料(印税)も入ってきません。しかし、スレイヴを出版することができるのは、ポット
版だけではないというスジもできます。
今回の例でいえば、第三の社がさらに素敵な装丁で出版することもできますし、Webデザイナーがカッコイイ電子の本に作って売り物にすることも可能です。
現に、わたしはポット出版から紙の本が出る前に、Web上でテキストファイル版とHTML版の2種類のスレイヴを公開しました。その後、青空文庫の方から、スレイヴをエキスパンドブックにしてもらいました。
つまり、スレイヴは、ポットから出る紙の本+テキスト版+HTML版+エキスパンドブック版の計4種類存在することになったのです。
ただ、誤解していただきたくないのは、わたしはべつにポット出版とケンカをしながら作業を進めてきたのではないということです。むしろ沢辺社長は、わたしの試みを好意的にみてくれて、アドバイスまでしてくれました。さらに本の価格から印税分を差し引き、値段を安くしてくれました。きっと彼も、出版界の古いしきたりについて、わたしと同じような疑問を覚えてくれているのかもしれません。
▼まだ見ぬ日曜作家たちへ
電子時代になって、ワープロやパソコンで作品を書く作家が増えていると聞きます 。しかし、プロの作家たちや大手の編集者たちは、従来の<作家−出版社>の商慣行を守り続け、従来の「権威」と「紙の本」にこだわり続けています。
もちろん、紙の本の世界で鍛えられた編集者たちの力量は、さすが、とうならせる物があります。スレイヴを最初に評価してくれた前述の編集者は、世間では腕っこきと呼ばれているひとではありませんでしたが(失礼)、わたしはその人の力量にすっかり舌を巻きました。
しかし、いやしくも文芸を志す人は、そうした権威ある人たちの敷いたレールの上を粛々と歩いているだけでいいのでしょうか。少なくとも私は単なる原稿料稼ぎのために小説を書いているのではありません。権威がほしいからでもありません。できるだけ多くの人に読んでもらいたい。その欲求が、ペンを握らせ、キーボードをたたかせるのです。
なによりも、そうした権威に逆らうことが、新しい作家たちに求められているのではないでしょうか。世の中のあらゆる権威から一歩距離を置き、あるいはそうした権威を嗤ってみせる。アーティストにはそれくらいの余裕があったほうがいいと、わたしは思うのです。
電子ネットが普及したいま、小説家のタマゴたちは、自作を発表する機会を得ました。それは、まだ従来の紙の本の持つ力にはかないませんが、ネットは文学を志す者にとって、まだ海図もできていない大海原です。「応募作品は未発表に限る」などという理不尽な条件を示した文学賞に毎年のように応募する従順さなどさっさと捨てて、パソコンとフリーウエアを少し勉強して、どしどしネットで公表してはいかがでしょうか。
優秀な作品がネットでどしどし公開され、出版社も無視できなくなるでしょう。ひとつの作品めぐって、複数の出版社が競って良い本(紙も電子も)に作るという競争も活発になるでしょう。そして、パソコンのプログラムの世界で見られたような乱戦時代に突入し、読者も、従来の権威には縛られず、作家のタマゴたちの作品に目を向けるようになるでしょう。そんな希望的な予感をわたしは抱いています。
【関連リンク】
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●「スレイヴ」ができるまで[著書・畑仲哲雄から]――を掲載しています
●「スレイヴ」の仕様(Readme.1st)を読めます
●テキスト版「スレイヴ」Ver.1.37(112K)がダウンロードできます
●「スレイブ」公式サイトに飛びます[HTML版・エキスパンドブック版のダウンロードができます]
●「スレイヴ」出版の際の著者への手紙[ポット出版・沢辺均]を掲載しています
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