ず・ぼん9 ●タコシェ店主、中山亜弓が選ぶ 野鳥についての本

文●中山亜弓
なかやま・あゆみ●東京・中野の自主制作の本やCD、アート作品などを扱う書店・タコシェ店主。版元ドットコムにて、本の紹介もしている。

●中山さんのお店 TACO che(タコシェ)

東京都中野区中野5-52-15中野ブロードウェイ3F
tel 03(5343)3010
営業時間 12:00〜20:00(年中無休)
最寄り駅:JR・地下鉄東西線、中野駅徒歩4分。
タコシェURL http://www.tacoche.com/

 青々と繁っていた木の葉が色づき散ってゆく秋はバードウォッチングの季節です。来るべき冬に備えて、木の実から実へと飛びまわる鳥たちの姿が、葉を落とした枝々の間に観察しやすくなるからです。また、子育てを終えて寒い冬が来る前に南へ発つ鳥もいれば、反対に極寒の地から越冬のために日本を訪れる鳥もいて、夏鳥の見納めと冬鳥の到来が重なる鳥密度の濃い季節でもあるわけです。そんなわけで鳥に関する本をいくつかご紹介しましょう。

大都会を生きる野鳥たち 著●川内博
1997年3月発行/地人書館/2000円+税/四六判248ページ/ISBN4-8052-0554-7

 バードウォッチングと聞いて、お年寄りの趣味といったイメージをお持ちではありませんか? あるいは東京二三区内での野鳥観察なんてたかが知れてる、とお考えではありませか? かく言う私も何年か前までは野鳥に興味がなく、見分けのつく鳥といえば、カラスとハトとスズメ程度でした。
 ところが、実家を離れて、一人暮らしを始めたのをきっかけに、精神的にも時間的にも余裕ができて、買い物がてら近所のお寺や公園を歩くようになると、俄然、鳥や草木が目に入ってきたのです。実家にいた頃は、みっともないから昼間からブラブラと近所をあまり歩くなという母のリクエストが強かったもので…。

 それはさておき、下町の住宅街でも注意してみると、マンションの植え込みにビニール紐などを編みこんだヒヨドリの巣があったり、建物の外に出た換気扇のフードと軒の隙間にツバメの巣があったり。あるいは駿河台の交差点わきにすっくと一本生えた樹木の上にクリーニング店のハンガーなどを巧みにアレンジしたカラスの巣が設けられていたり、騒々しい駅前の銀行の看板をセキレイたちがねぐらとしていたり、と我々の生活空間の中に野鳥たちがずいぶんと食い込んでいるのでした。
 この本の中にも、都会でたくましく生活する鳥たちの例がたくさん出ています。例えば、ツバメは昔から人家の軒先に巣を作って子育てをすることで知られていますが、近年、巣材となる泥や餌となる虫が減り、住宅難、食料難に見舞われています。そのかわりに、建物のビル化により、本来、そりたった険しい岸壁に巣を作っていたイワツバメが都市に進出中で、ツバメ類の中の勢力図が塗り替えられつつあるとか。また、枯れ木のウロに住む、白と茶のボーダー柄がかわいいキツツキ・コゲラは、炭や薪が燃料に使われていた時代には、東京は手入れの行き届いた雑木林ばかりで棲み処がありませんでした。ところが燃料が石油に変わってから雑木林が放置され都市に枯れ木が増えたので都心部でも見られるようなりました。私もお花見で賑わう外堀の桜の枝にコゲラをみつけたりしました。それにしても、我々人間の住宅事情やエネルギー問題がこんなにもダイレクトに鳥たちに影響を与えているとは意外でしょう!?
 愛鳥家にとって、鳥たちが都市環境に逞しく適応して生活したり、種類によっては彼ら本来の生活環境に都市が近づいたために山奥から進出してきたりというのはうれしい反面、手放しに喜んでばかりはいられません。カラスが増えているのは、われわれが出す生ゴミのせいで、自然現象とはいいかねます。聞けば、カラスは、早朝、銀座に出動し、前夜に飲食店が出したグルメなゴミをたらふく食べ、人々が出勤する頃には一仕事を終えて、余暇を楽しんでいるそうです。公園の滑り台で遊んだり、電線で鉄棒をしたり、光るものなどを拾い集めてコレクションを作っている多才な生活ぶりが報告もされています。また、ヒヨドリのように森の中でしかお目にかかれなかった鳥が都会で市民権を得ている一方で、これまで町中で身近にいた鳥が静かに姿を消していっているのも事実です。
 この本では主に、東京やその周辺に住まう鳥たちの興亡を描いていますが、世界的にみると、ヨーロッパにしか生息していなかったイエスズメがシベリア鉄道に沿ってどんどんアジアに進出しており、スズメたちのユーラシア大陸制覇も時間の問題と目されています。こんなところにも人間の交通事情が大きくかかわっているんですね。人間世界におとらず野鳥の世界にもグローバリゼーションの波が押し寄せているわけです。
 これは人間の歴史でいえば、ゲルマン民族大移動とかローマ帝国やモンゴルの進攻に匹敵する大変動ではありませんか? しかも彼らの変動はすべて人間の資源問題、交通事情、住宅問題などと連動したものなのです。そう思うと二一世紀の鳥世界ってダイナミックでしょう。
 都市の鳥を見るというのは、限られた自然の中での鳥の営みを愛でる一方で、人間の所業を考えさせられる社会科の時間でもあるのです。

鳥の生態図鑑 大自然のふしぎ 著●日高敏隆・柚木修
1996年1月発行/学習研究社/2920円+税/310×230・160ページ/ISBN4-05-200135-4

 旅に出たくとも、資金と体力に自信がなく、思いきりに欠ける私は、結局のところ、旅に出ずじまいで、もっぱら紀行文や冒険ものを読んで、気持ちを盛り上げていますが、その中でも特に印象に残っているのは植村直己さんの『青春を山に賭けて』です。大学の山岳部に入った植村さんが、先輩たちから“どんぐり”と呼ばれながら愚鈍なまでに鍛練を積んでエベレストに登頂するまでの記録です。山に関して素人の私は、垂直距離にして八キロちょっとの高さを登るのがなぜそんなに難しいのか?と常々疑問を抱いていました。しかし、この本を読むと、薄れゆく酸素に喘ぎながら、岸壁に宙づり状態で風雪と空腹に絶えて休んでは登り続ける、死と隣合わせの極限状態で頂上を目指すことがわかって、登山家を尊敬せずにいられなくなりました。
 ところが、この図鑑を繰っていて驚きました。モンゴルの高原にいるアネハヅルは、毎年、冬になる前にヒマラヤ山脈を越えてインドに渡っているというではありませんか。人間の世界では限られた冒険家だけが体力と知力を尽くして到達できるかどうかという臨界点を、このツルたちときたら老いも若きもそろって飛び越えているというのです。これを知ったときは、人間は無理せずにエベレストはツルに任せておけばいいんじゃない…、という気になったものです。そして、鳥は人間の尺度があてはまらない全く別の才能だということを悟ったのです。小さな体で、どんなパイロットよりも飛行の術に長けた天才、鳥とはそういうものです。

 そして、その才能を科学的にわかりやすく図でもって説明してくれているのが児童用の学習図鑑です。お子様向けに、やさしく説明してくれているので、私の知的レベルにはマッチしています。特に、この「鳥の生態図鑑」は、見開き単位で、なぜ鳥が渡りの進路を間違えないのか、なぜ托卵が成功するのかなど興味深いテーマが設定されていて、「そういえばどうしてだろう? 知りたい!」という気持ちになってどんどん読んでしまいます。
 ほかにも、なぜ鳥はあんなに細い脚と小さな体なのに真冬の池で凍死しないのか、どうして酸素の薄いエベレスト上空を渡ることができるのか、ハゲワシはなぜハゲているのか、など鳥に関する疑問と回答が出ています。ね、答えを知りたいでしょう。でも教えない。知りたい人はこの本で調べるべし!

あなたもバードウォッチング案内人 自然解説・環境教育の実践
著●日本野鳥の会レンジャー

1984年12月発行/(財)日本野鳥の会/1262円+税/B6判・204ページ/ISBN4-931150-16-0

 野鳥初心者にいきなり指導者用テキスト? とお思いかもしれませんが心配いりません。これは初心者にいかに野鳥に興味を持たせ、理解させるかに心を砕き、様々な状況を例に挙げて具体的な指導を書いた本なので実質的には入門書になっているからです。小学校の野外観察を思い出させる、自然観察の手引き書といったかんじで、読んでみると鳥へのアプローチ法がたくさん挙げられていて観察のポイントやヒントがいっぱいで、実際に見て確かめたいとい気持ちになってきます。
 たとえば鳥が飛ぶことを実感するために——明治神宮などカラスのねぐらの多い公園によく落ちている彼らの翼の大きな風切り羽を拾って強く扇いでみると…。風は羽弁の幅の広い方に強くおこるのが、手のひらから感じるとることができます。つまり風が強いところと弱いところがあるから鳥は上下に羽ばたきながら前進できるわけです。ね、こういうことを聞くと、今まではゴミ同然だった抜け羽なのに、公園に落ちてないかなぁと思っちゃうでしょ。
 それから本の中には各都道府県の鳥一覧表が出ていますが、これも県民性と鳥の特徴を突き合わせて見てみると面白いです。例えば大阪の鳥はモズですが、モズは漢字で百舌と書くようにいろいろな鳥の鳴き声を真似できるおしゃべり?な鳥です。しかも“はやにえ”といってつかまえたバッタやカエルを木の小枝などに突き刺す手荒な習性を持つドツキ・ツッコミ型ですから、いかにも大阪らしい。あるいは東京の鳥・ユリカモメは、在原業平に「名にしをわばいざこととわむ都鳥」と詠まれた白いボデイに青灰と黒の羽、赤のクチバシと足が映える美しい鳥です。が、実際はかなりの悪食で、いい風情で隅田川の波間に揺れている彼らも、食事どきには夢の島にひとっ飛びして都民のゴミを漁っているのです。みかけの美しさに反した食生活。これもまた東京らしい鳥といえましょう。(もっとも、業平の時代には夢の島もなかったので、都鳥の名にふさわしい生活をしていたことでしょう。都民の生活にあわせた結果がこれなのです)。こんな風にこの本と野鳥図鑑とを併せて読んで想像しているだけの机上バードウォッチング?ができるので書斎派の方にもおすすめです。
 しかし、たくさんの観察例を提出しながら、この本が一番言おうとしているのは、「知識や理解よりも体感して感動することが大切、バードウォッチングを楽しみなさい」ということ。どうです、すてきでじゃありません?

愛鳥自伝(上・下) 著●中西悟堂

平凡社/1456円+税/HL判/上ISBN4-582-76028-7、下ISBN4-582-76029-5

 最近では近所にイヌワシの営巣が確認されたために海上の森の博覧会の規模が大幅に縮小されたり、渡り鳥の中継地としてしられる千葉県の三番瀬の埋め立ての見直しを主張した堂本さんが千葉県知事に当選したりと、多くの市民の関心が自然保護に集まっています。しかし、東京にも自然が当たり前にあった六五年前に、〈日本野鳥の会〉をおこし、今日の状況を予見したかのように自然保護運動を展開した人がいました。この本の著者、中西悟堂です。中西悟堂は、その人徳や教養から人々の尊敬を集める一方で、奇人変人の誉れも高く、〈野鳥の会〉を始める前は木食生活と称して、千歳烏山あたりの田園に籠もって、生の蕎麦粉と大根と野草だけを食べて仙人のように三年以上を過ごしたり、野鳥観察の途中で池を見るや素っ裸になって泳いたなど、数々のエピソードを残しています。
 しかし、この本の面白いところはそうした奇人ぶりばかりでなく、幼い頃からの仏門修行、若き日の失明体験(その後、視力は回復)、木食生活…、といった彼独自の体験がその身体を形成するのと同時に思想をも形成してゆくダイナミズムが記録されている点にあります。
 虚弱体質で四歳まで立つこともできなかった中西は、養父の荒療治で、幼くして山寺に預けられ、粗食や断食を続けながら座禅を組んだり、腹に苔がはえるまで滝に打たれるうちに遠くの出来事が見えたり聞こえる能力、いわゆる千里眼を呼び覚まします。また、身体を解放して自発動きを引き出すことで体の歪みを矯正したり気の流れを通すオリジナルな身体訓練法や高速歩行法なる歩き方を編み出し、当時の文化人に伝授したり、生蕎麦粉を主食とする木食生活をしてみたりと、まるで仙人修行みたいなことを誰に教わるとなく実践するのです。
 およそ現代の健康法や栄養学の観点からすれば突飛な暮らしをしながら、中西は仏門に学んだあと、文学を志しますが、高い理想と文壇という現実のギャップに違和感を覚え、ついに世間や文学界から離れて木食生活を始めます。そうした時期に在野の昆虫観察家に出会い、アカデミズムとは一線を画した動植物の観察や研究を行う一方で、同時代に活躍していたガンジーやタゴールの非暴力思想に触発されてモラトリアムに終止符を打ち、社会に帰ってゆくのです。
 と大筋だけ述べれば崇高な魂の彷徨に聞こえますが、三〇半ばの男が蛇を部屋に放し飼いにしながら暮らしたり、ミジンコを大量に捕獲するために瓶をもって野良着で東京中をさまよったり、先輩アマチュア観察家の「蜂に見つかっても集中攻撃を避けるためには微動だにするな」の教えを守って蜂の群れの中でやせ我慢をしながら観察をする様は笑いを誘います。

 こうした自然観察を行ううちに、野鳥を捕まえて飼ったり食料にすることが一般的だった当時にあって、「鳥は野にいて美しい」と謳いあげ、野鳥という造語を打ち出し、鳥を本来の生態の中で愛でる観察方法と保護運動を展開します。敵を作らず戦わないこの運動には仏教の教えとともにガンジーやタゴールの影響をみてとれましょう。
 中西の活動には多くの文化人も加わり協賛者を増やしてゆきますが、今日と違って、オゾンホールや温暖化の概念もなく、危機感がなかった当時にあっては、大多数の人にとっては、理解しがたい悠長な活動に見えたのではなかろうかと推察します。
 しかし、今日の自然保護運動や問題意識が中西と志を同じくするかと言えばそうとも言えない気がします。私たちの「自然を大切に」という標語や警鐘の裏には、人間が自分たちに必要な自然資源や環境を確保せねばというご都合主義が見え隠れしています。現在の環境保護の声は会議場や研究室から聞こえてくるのに対して、中西のそれは涼しい木陰や野原のせせらぎのそばから生まれてくる詩のように響きます。
 環境問題が深刻化する今、六〇年以上前に、野の草を食し、自然の中で文学を愛し、四〇歳になろうというときによくやく行き着いた中西の自然保護の思想と運動を辿るとき、彼が築いたものの偉大さと、現代人が失ったものの大きさとを知る思いがします。

フィールドガイド 日本の野鳥(増補版) 著●高野伸二

1997年8月発行/(財)日本野鳥の会/3204円+税/B6変形・344ページ/ISBN4-931159-13-6

 バードウォッチャーの定番となっている野鳥のガイドブックで、これまでに日本で観察された鳥を網羅したもの。コンパクトなので携帯して鳥を調べるのに便利。鳥の種類ごとに分布地域図と図、特徴や鳴き声、習性、類似種、見分けポイントなどの説明がついています。写真を収録したガイドブックだとその個体の特徴が目立ったり、体全体をうまく見ることができないのに対して、この本は図を採用しているので、一般的な特徴をふまえた見分けポイントが図示されており、雌雄で違うものは雄雌両方、また夏冬で羽の色が異なるものも両方、必要に応じて若鳥も描かれていて実用的。ビギナーからベテランまでが愛用しています。

おすすめスポット

都会で野鳥のさえずりに憩いたい方に

 もしかしてお読みの方の中に丸の内のオフィス街でお仕事している方がいらしたら耳よりなお知らせです。

 東京国際フォーラム裏手のオフィスビルの中に「丸の内さえずり館」という一室があって、野鳥のビデオや鳥に関する絵や写真などの展覧会(月替わり)、グッズなどを入場料無料で楽しむことができます。応対にはボランティアの方があたってくださり、「身近に観察できる野鳥のビデオを見たいです」などと言えば、たくさんある中から適当なものを選んでくれますし、紅茶会社との提携があってセルフサービスでお茶も無料でいただくことができます。お茶の用意をしてソファに座って野鳥のビデオを見てくつろいで…。お昼どきにサラリーマンがしばし仕事を忘れビデオを見てリフレッシュしているのを見たこともあります。最近では利用者も増えて、丸の内近辺での探鳥ツアーも行われているようです。
●丸の内さえずり館
千代田区丸の内3-4-1新国際ビルヂング1階  03(5220)3389
営業時間11:00〜17:00(月〜金) 13:00〜17:00(土) ※日祝祭日は休館。

野鳥関係の本を手に入れたい場合

 野鳥の会の事務所に併設されたバードショップには野鳥関係の本と観察に必要な双眼鏡やアウトドアグッズ、鳥をモチーフにした文具や衣類、アクセサリーなどなどもあります。鳥に関する研究の世界では、大学はもちろん、自然保護機関などにも研究者は多いし、広範にわたっての生態を把握するために在野の観察家が欠かせないために、さまざまなレポートが提出されています。その中には生物の専門的な知識がなくとも理解できるものも少なからずあります。このショップではそうした論文(一般書店では流通していない)も取り扱っています。
●バードショップ
東京都渋谷区初台1-47-1小田急西新宿ビル1F  03(5358)3584
営業時間12:00〜19:00(日祝祭休み)

初心者におすすめ 冬の探鳥スポット

 私のいちおしは明治神宮。特に代々木側の入り口から入って、すぐに右折してしばらく行くと池があるのですが、冬になると必ずオシドリの群れがいるのです。オシドリは水鳥ですが、餌はどんぐりなどのため、木々に囲まれ枝が水面に垂れ込めた池にいて、地上にあがっては食事をしています。池のある公園は多くてもオシドリ好みのロケーションは意外に少ないので、都心での観察ポイントは少なく、ここはたいへん貴重な場所です。有名だけど実際にはなかなか見ることができないこの鳥を眺めればその美しさに感激することでしょう。また双眼鏡を持たなくてもすぐ近くで観察できるのもオススメする理由です。もちろん近くの木立ではシジュウカラやヤマガラも忙しげに動いていますよ。