2010-11-24
女をこじらせてその1・職業 AVライター
私は、なんでまたこうなったのか、女のくせにAVライターという仕事をしています。仕事を訊かれて「AVライターなんです」と答えると、だいたい「へぇ〜! 見えないねぇ!(AVライターに見える外見ってどんなんだ)」「スゴイですねぇ!(何がどうスゴイんだ)」「そうなんですか……?(AVとライターという言葉が結びつかずに苦戦している表情)」「あ、AV……(出てるの? と訊いていいのか迷っている様子)」みたいな感じの反応をされることが多いです。まぁ、このような反応から一般的に見て「AVライター」という職業も、それを女がやってるということも、めずらしい変わったことなのだろう、と判断せざるを得ないし、そうなんだろうなーという自覚はいちおう、あります。
あるんだけど、別に私は好き好んで「変わった」人になりたかったわけではないんですよね。思春期の不思議ちゃんじゃあるまいし、いい年こいて「私、人から変わってるってよく言われるんです〜」なんてアピールをする気もないし、そりゃ10代20代にはちょこっとだけ変わった人や変わった職業に憧れたサブカル暗黒期の思い出もないではないけれど、そのしっぽをひきずって一生の仕事を「変わってるんです☆ミャハ」アピールのために選ぶなどといういったい何が人生の目的なのかわかんない感じで決めちゃったわけでも、ない。いや、人生の目的がいったいなんなのかは今もよくわからないですけど……。ただ他人へのアピールのためにこの仕事を選んだわけじゃないのはたしかです。
「AVライター? 何それ?」という初耳の方にご説明してみると、AVライターというのは、例えば音楽ライターがアルバムや新曲のレビューを書いたり、ライブレポートを書いたりするように、新作AVのレビューや、撮影現場レポートを書いたり、女優さんや監督さんに取材したりする仕事です。音楽ライターの例を出すとなんか自分の仕事がカッコいい感じのような気がしてきますが、そんな気がするだけでカッコいいはずがないのでだまされないでください。あくまでも書く対象は「AV」。人の裸見て、セックス見て、ときにはナマで目の前で見て、それらについて「書く」仕事、それがAVライター。しかもけっこうまじめに「今作では彼女本来の痴女の才能が遺憾なく発揮されて、時にはイタズラっぽく、時には容赦なくM男を襲って食っちゃう姿にはゾクッとさせられる」とか、そういう、ほとんどの人にとってはどうでもいいであろう情報を気合い入れて書いてるわけで、音楽ライターや映画ライターなら「この感動を伝えなければ!」とか「この素晴らしさを発信しなければ!」という使命感に燃えててもカッコがつくけど、それがAVライターになると「AVライター(苦笑)」という感じになってしまうのが、この職業のなんか哀愁ただようところだったりもします。
まーそんなことをくどくどと説明してみたところで、女の人のほとんどはAVライターになんてならないし、それ以前にAVとの接点がない。よってそんな職業があることすら知らないというのが現実だと思います。じゃあ、なんで私はAVとの接点があって、そういう職業があることを知って、その仕事を選んだのか? ということを、自己紹介がわりにちょっとお話してみたいと思います。
私が初めてAVを観たのは、大学受験で上京し、ひとりでホテルに泊まったときでした。ホテルのペイチャンネルで観たわけですね。それまで観たことがないもんだから、そりゃもう興奮したどころの騒ぎじゃなくて、えんえん繰り返し放映されるそれのタイムスケジュールも把握し、何時ごろに自分の好きなシーン(=抜きどころ)が放映されるかしっかり頭の中に入れて、滞在中は赤本すら開かずにとても人には言えないような行為に没頭してました。第一志望にはもちろん落ちました。そりゃ勉強してないからしょうがないよね! こうしてAVのせいで私はまず人生の第一歩を踏み外します。
その後、大学に入って、卒業してフリーターをやってた頃に『アダルトビデオジェネレーション』(東良美季)という、AV業界の女優、男優、監督へのインタビューが収められた分厚い本に出会い、私の興味はAVに向かいました。その本ではAVの世界のことを、本当に真剣に書いてあったんです。面白くて、ここまで熱意を持って書かれる対象である「AV」を、ちゃんと観たいと思いました。
という、性欲と文化面のダブルの方面からAVに興味を持ったわけですが、こんな説明されて「へ〜、だからAVライターになったんですね!」と納得する人がいるんだろうか。いや、いるかもしれないけど……。性欲と文化面の興味だけで人生棒に振るような決断、人はあんまりしないですよね。趣味として楽しむという道もあったわけだし、何も仕事にしなくても……。そんな声が耳をすませば聴こえてきそうですが、正直私もそう思います。
じゃあなんで、仕事にするほどAVに深入りしてしまったのか。それはひとえに私が「女をこじらせて」いたから、と言えるでしょう。どういうふうにこじらせていたのか、詳細はおいおい語ってゆきたいと思いますが、AVに興味を持ったとき、私は自分が「女である」ことに自信もなかったし、だからAVに出ている女の人たちがまぶしくてまぶしくてたまらなかった。「同じ女」でありながら、かたや世間の男たちに欲情されるアイコンのような存在であるAV女優、かたや処女でときたま男に間違えられるような見た目の自分。そのへだたりは堪え難いほどつらいものでした。
私は、女であることに自信はなかったけど、決して「男になりたい」わけではなかったし、できることなら自分もAV女優みたいにキレイでやらしくて男の心を虜にするような存在になりたかった。当時はAVを観てると、興奮もしたけど、ときどきつらくて泣けました。世間では花ざかりっぽい年齢の20歳なのに、援助交際で稼ぎまくってるコもいるのに、自分は部屋にこもってAV観て1日8回とかオナニーして寝落ちして日が暮れてるんですから、そりゃ泣きますよね。泣くっつーの!
泣きながらも、私は、憧れすぎてでも手が届かなすぎて、観ているだけで苦しくなる「AV女優」という存在から目をそらしてはいけない感じがずっとしてました。ここで目を背けたら、自分は一生、女として自信のないまま、わけのわからない負い目やコンプレックスを抱え込んだまま生きていくしかないんだという確信のようなものがありました。
自分のコンプレックスや、AVを観て「痛い」と感じる部分の正体はいったいなんなのか、それをちゃんと理解しないことには、人生をちゃんとはじめられない気がしたのです。もちろん、仕事にしてからは対象に真摯に向き合うようにはしてきたつもりです。ただ、私がAVの世界に深入りしようとした最初の動機は、女をこじらせた自分をなんとかしたい、という非常に利己的なものであって、とてもほめられたものではないと思います。
では、私はどんなふうに「女」を「こじらせ」てしまっていたのか。次回から、AVに出会う前の私の女こじらせ半生をちょっと振り返ってみようと思います。あんま振り返りたくないですけど……。
[...] 続きは「セックスをこじらせて─女をこじらせてその1・職業 AVライター」で。 [...]