2008-11-09

伊藤文学『「薔薇族」のひとびと』


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● 伊藤文学『「『薔薇族』の人びと その素顔と舞台裏』(河出書房新社)

先日とある公園で高校生らによって同性愛者の男性が襲われ、現金を奪われる事件が起こった。少年たちは同性愛者なら通報しないと思ってやった、と自供したという。

この件は、まだまだ社会に同性愛者への差別意識が根深いことを物語っている。一方で、被害者が警察に通報したことは、時代状況の進展も示しているだろう。かつてだったら同性愛者だということで被害に遇っても、それを知られないよう泣き寝入りせざるをえなかったからだ。

そんな時代のことを伊藤文学著『『薔薇族』の人びと』は証言している。著者は昭和46年に日本で初めてゲイ向けの雑誌「薔薇族」を創刊した元編集長。自身は同性愛者ではないながら、雑誌を通じて同性愛者が暮らしやすい社会を実現するために長年奔走してきた。

この本の中で伊藤氏は「三五年の歴史の中で、忘れることができない悲しい出来事」を紹介している。それは1983年に、宮崎県のデパートの書店で起こった事件。「薔薇族」を万引きした少年が、親に同性愛者だと知られてしまったことにショックを受け、飛び降り自殺を図ったという。ついこの間まで、ゲイ雑誌を読むと知られただけで、死を考えなければならないような時代だったのだ。

本書は一つの商業誌の発行を通じて時代と格闘した人々の物語だ。その過程で生まれたエピソードの一つ一つは、新しい時代に光を呼び込もうと奮闘する人間の姿そのものであり、感動的だ。そしてどこかユーモラス。

この本の他にない魅力は、伊藤氏の人間を断罪しようとしない態度に裏打ちされている。例えば、昨今では犯罪者としか語られない少年愛の人についても、氏はそれを頭から否定するのではなく、どこまでもその人の生の生きがたさに寄り添おうとする。そのまなざしは宗教者のようでもあり、お名前の通り文学のような奥行きも感じさせる。

振り返ると、伊藤文学氏もまた、昭和の異人の一人だと断言できる。

*初出/時事通信→茨城新聞(2006.8.20)ほか