2010-04-16

談話室沢辺 ゲスト:飯田泰之 実践派エコノミストが提案するベーシック・インカム

実践派エコノミストが提案するベーシック・インカム

近著『経済成長って何で必要なんだろう?』で実務家の経済学者としての立場から経済成長の必要性を説き、「では、そのためになにが必要なのか」を3つのシンプルな方法─〈競争〉〈再分配〉〈安定化〉─で提案した飯田泰之さん。
統計、データを実証したうえで描かれる、日本の社会保障システムと税システムの改革デザインをうかがった。
(このインタビューは、2010年3月24日に収録しました)

プロフィール

●飯田泰之(いいだ やすゆき)
1975年、東京生まれ。エコノミスト、エッセイスト。東京大学経済学部卒業、同大学大学院博士課程単位取得中退。現在、駒澤大学経済学部准教授。財務総合政策研究所客員研究員。著書に『世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ! 日頃の疑問からデフレまで』(2010年、エンターブレイン)、『考える技術としての統計学─生活・ビジネス・投資に生かす』(2007年、NHKブックス)、『歴史が教えるマネーの理論』(2007年、ダイヤモンド社)、『ダメな議論─論理思考で見抜く』(2006年、ちくま新書)、『経済学思考の技術─論理・経済理論・データを使って考える』(2003年、ダイヤモンド社)、共著に『日本経済復活一番かんたんな方法』(2010年、光文社新書)、『経済成長って何で必要なんだろう?』(2009年、光文社)、『日本を変える「知」─「21世紀の教養」を身に付ける』(2009年、光文社)など多数。ブログ「こら!たまには研究しろ!!」

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●経済学者の役割は政策立案の実務だ

沢辺 僕は、シノドス(飯田氏が所属する「知」の生産と流通を目的として活動しているグループ。セミナー、レクチャーの開催、メールマガジンの発行、出版を行なっている)は面白い活動をやってるなと思って見ていました。その中で、『経済成長って何で必要なんだろう?』(2009年、光文社)を読んで、飯田さんの話が抜群に面白くて、こんなすごい人がいるんだってビックリしたんです。それは考え方が正しいか正しくないかっていう前に、きちっと実証的に議論をされているところがものすごく珍しいように思えたからです。
で、今日はベーシック・インカムについてお話いただきたいと事前にお願いしましたが、それも半分ぐらいは口実です(笑)。どこかできちっとインタビューさせていただきたいと思っていました。

飯田 シノドスでは政策提言がある人を、論者を選ぶ際の一つの基準にしています。文芸批評や現代思想なんかが典型ですけれども、結論がないんです。で、結局何すればいいんですかって聞くと、「なんか色々」なんですよね。
やっぱり結論がないとディベートも出来ないし、答も出せない。結論を出して、「それは違う」とか「こうじゃないか」と議論していってこそ答がでるものでしょう。
これまでの論壇における経済学というのは、伝統的に言葉と戯れるというか、知的ゲームをやってるというノリが本当に強かったんです。『日本を変える「知」』(2009年、光文社)にもちょっと書きましたが、これには理由があります。日本の場合は発展途上国、中進国くらいだったこともあり、アメリカ様かイギリス様かドイツ様の横文字を、官僚が一生懸命翻訳すればそれが政策になってしまっていた。そのせいで日本人は最近まで独自の政策を考える必要がなかったんです。で、実際、横のものを縦にしただけの法律、政策立案で突き進んできた。実際それで経済成長もしちゃってる。
このような現実の中で論壇の使命というか、インテリって失われゆく過去を記録しようとか残そうという、前に進む社会に対してこぼれ落ちたものを拾っていくという役割を担ってきた。
しかし、1970年代の末から80年代のはじめには、横のものを縦にすればいい経済環境ではなくなってしまった。にかかわらずインテリは変われなかったわけです。80年代のころの論壇が典型だと思うんですが、まー何いってるか解らない。僕は柄谷行人や岩井克人が大好きでして、読んでると確かに楽しい。でも、そこから何か出るかって言ったら何も出ないんです。論理は緻密ですし、パズルの美しさを楽しむというか芸術品を見ているみたい。しかし、それでは今の論壇は回らない。
論壇に限らず、日本の場合、伝統的に大学では純粋理論をやる。貨幣とは何か、とか考える。で、実際のアメリカ型の経済学は官僚が研究所でやる。具体的には経済企画庁経済研究所だけで行なわれるのが伝統だったんですけど、もうそういう時代ではなくなってしまった。
実際、実証分析は経済学の場合大体データになるんですけれども、データ分析の蓄積が遅れている。よく官僚で海外の論文を出してる人がなにをしているかと言うと、海外でやった研究をデータだけ日本に入れ替えて、「~~~~ in Japan」としている。「in Japan」だけで結構な業績になる。でも学者がみんなそういう仕事をやらないんです。
今やっと30代ぐらいのエコノミストから雰囲気が変わりだしてると思います。政治学の世界もそうだし、社会学の世界もそう。だいぶ風向きが変わっているというか、むしろそれが出来ないんだったら学者って何してる人なんですか、と僕は思います。

沢辺 仰る通りですね。

飯田 日本の場合、一時期学会が実際の知見をやる人は下で、「中世ドイツのなんとか制度」とか役に立たなければ立たないほどいい、みたいな様式美のような世界になっていたんです。
すごいですよ日本って。イギリスの人口の専門家がイギリス本国より多いんじゃないかとか、意味の解らないことが起きてる。
大学が大衆化する中で、大学に求められていることは変わってきたと思うんです。昔は大学は趣味で楽しいことをやってればよかったんです。だけれども、現在のように5~6割が大学に行ってしまう社会だと、大学に普通の子がくるんですよね。当然学問には興味がなく、勤め人になっていく。そういう人たちにとって役に立つ知識を与えられないなら、なんの面目があって授業料もらってるんだろうと思います。

沢辺 本当ですよね。

飯田 僕は、去年の今頃はのんびり大学人として過ごそうと思っていたんですけど、このリフレムーブメント、経済成長、ベーシック・インカムで一気に論壇寄りになってしまいました。
日本って、びっくりするぐらい人間(ひと)がいないんです。政策論といわゆる政策立案指導ができる学者はほとんどいない。はっきり言って僕は研究業績にたいしたものはないんですよ。だけれども、もっと研究業績がある人はすごい理論的なことをやっているので、実際の政策立案指導って出来ない。だから僕ばっかりに仕事が回ってくる。
これは危機的で、はっきり言って、僕は海外、アメリカに行ったら専門家としての仕事があるかどうか怪しい。僕の能力じゃ少なくともメジャーな大学とか、あと財務省やアメリカのFRB(Federal Reserve Bank/連邦準備銀行)のエコノミストになんか絶対なれないです。アメリカだと学者のかなりの割合が政策立案系なので、質もものすごく高いんです。それに比べると日本には人材が全然いない。

●ベーシック・インカムが目指すのは「とりあえず生きられる」保障

沢辺 なるほど。では、本題のベーシック・インカムについて聞かせてください。まず、「ベーシック・インカムとは何か」を確認させてください。

飯田 ベーシック・インカムっていうのは、一つは、取得するために制限をつけないで行なわれる社会給付です。
ベーシック・インカム推進論の中心には二つの核があります。一つがいわゆる左翼運動の中で、社会民主主義的な意味での給付として行なう、というグループ。
もう一つは新自由主義的な考えを持つグループで、政府が公的なものを立てたり、用意するのは必ず無駄が生じる、政府の失敗が起きるから、むしろお金で渡した方がいいんだよというもの。この二つのムーブメントです。
やや特徴があるとすれば、給付額が違うこと。社会的な意味での給付を推進しているグループは15万円程度、一方新自由主義グループは月5~6万円だと主張しています。僕自身は後者に近くてよく7万円と言っています。その根拠は老齢基礎年金が7万円だから。
分類としては僕は新自由主義寄りということになるんでしょうが、新自由主義という言い方は嫌いで、旧自由主義とか自由主義型と呼んで欲しいんです。そのベーシック・インカム論は急場をしのげるとか、ゲタになるっていうのを重要視するんです。たとえば月5万円のベーシック・インカムがあり、さらにアルバイトすればなんとかなるじゃないかと。だからベーシック・インカムだけで生活させるビジョンは少なくとも僕にはないんです。ベーシック・インカムで生活出来てしまったらマジで働かないと思いますもん。
むしろ不幸にも非正規雇用とか、不十分な所得しか得られなくなってしまったときに、労働環境の悪いアルバイトを週に3日すればベーシック・インカムと合わせて生存は出来るぐらいの感じを目指しているんですね。

●生活保護制度はもらいにくい

飯田 現在の生活保護制度は大きな問題を抱えています。その一つが生活保護のスティグマ性です。
本当に困っていても生活保護だけはもらいたくないと思っている人が多い。周りから「あいつは俺たちの税金でズルして暮らしてる人」とみなされ、イジメられるからという感じです。

沢辺 ほー。

飯田 生活保護をうけるためには資力テストが必要です。本当に生活保護が必要かという資格審査というわけ。ただこのテストの基準がものすごく恣意的なんです。自治体によって基準が全然違ったり、あとはなんらかの仲介や後押しがあると楽々クリアなのに、自分一人でいってもなかなか許可されないとか。
この不明確な審査が生活保護受給者への「色眼鏡」の原因でもある。だからこれはもうやめよう。資力調査なしで、ただ配るようにしましょう。ここから導かれる提案が日本国民全員に配るというベーシックインカムなわけです。
実はこれについては、僕自身は最終的には「給付付き税額控除」、「負の所得税」という形が落としどころと考えています。
その理由は、完全なベーシック・インカムだと国経由で動くお金があまりにも大きくなりすぎるから。そんなでかい金を国が扱えるのかな、と。日本国民全員、一億人に年間80万円配るとすると、80兆円。でも、それをやると老齢基礎年金は廃止できます。これでマイナス15兆円。事実上、追加で必要な額は65兆円ですね。それでも、まあ、デカすぎでしょう。一般会計予算の7割規模ですから。

沢辺 消費税でいうと……。消費税って1%あたりの歳入予定額はいくらぐらいでしたっけ。

飯田 1%で2兆円です。65兆円だと約30数%ですね。それはどうしたって無理ですよ。給付付き税額控除にすると、だいぶ必要額が減ります。これは正確な試算が必要ではありますが、高齢者分を除くと10兆円台にはなるんではないかと。

沢辺 今までの話を確認しておくと、飯田さんは自由主義経済のポジションでのベーシック・インカム推進派で、もっと正確に言うと、「給付付き税額控除」、負の所得税というかたちでのベーシック・インカムを推進している。

飯田 そうです。整理すると、ベーシック・インカムが必要なのは、現在の生活保護法式はすでに機能していない。なぜなら生活保護をもらうということ自体に抵抗感もあるし、そこが不平等感を生んでいることによってなおさら生活保護を受けたらおしまいだ、という感覚がある。そういうことを変えるために、とにかく調査をしない形の社会保障給付が必要である、と。

沢辺 社会主義的な、つまり国はすべてを保証しろ的なベーシック・インカム推進派もいるけど……。

飯田 意見はやっぱり、そちらとは違います。でも、協調出来るところは協調しなきゃいけない。

沢辺 それが『経済成長って何で必要なんだろう?』には出ていますよね。飯田さんと湯浅誠(自立生活サポートセンター・もやい事務局長。2008年末から2009年年始に「年越し派遣村」を村長として運営。著書に『反貧困─「すべり台社会」からの脱出』2008年、岩波新書 など)さんとの議論はどうなるのかなと楽しみにしたんですけど、飯田さんはかなり徹底して協調出来るところは上手く協調しようとしてるなと思いました。

飯田 そうなんですよ。

沢辺 「内ゲバ」しててもしょうがないもんね。

飯田 そう。途中まで一緒なら途中までは協力して戦うべきなんです。内藤朝雄(社会学者、明治大学文学部准教授)さんの分析によると、日本の論者というのは、たとえば天皇制反対ならば、太平洋戦争は日本が悪かった、教科書検定も反対で、法人税増税は賛成となる、それ一本なんですよね。そこはまたいじゃいけない。こっちとあっちで線引きをして「お前は敵」と言って喧嘩をする。それが伝統的な日本の論壇のあり方なんですけど、全く馬鹿げていると思います。

沢辺 たとえどんな主張・背景があっても、結果的に政策が実現できればいいと。

飯田 そうです。その視点がなかったので、日本は全然政策立案が進まなかったんじゃないでしょうか。今でも自民党案だから反対、民主党案だから反対みたいなことをやっていますけど、それではいけない。協調出来るところは何でも協調、野合すればいいと思うんですよね。

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●負の所得税とは

沢辺 で、その負の所得税ですが、現状の所得税には基礎控除とかいろんなことがあるじゃないですか。負の所得税をもうちょっと具体的に言うとどんなイメージですか?

飯田 まず負の所得税方式では控除システムは単純化されます。

沢辺 基礎控除とか社会保険控除とか。

飯田 そう。とにかくその種の複雑な控除システムはやめる。で、年間の所得が、たとえば0円の人に対しては、100万円あげる。税金って普通はとるだけですよね。負の所得税は所得が低い人にはあげる。今想定しているのは、たとえば年収300万円までは何らかの形で税金の割戻しをする。割戻しっていうのは払ってもない税金の割戻しですね。で、年収300万円を超えたあたりから税金を納めるようになる。僕はそういうシステムがいいと思っています。

沢辺 例えば一人100万円で、僕は今年は10万円しか稼げなかったから、90万円貰えると。俺は95万円稼げたんだよって言うと、5万円くれると。でも、もうちょっとそれは段階的にしないと……。

飯田 そうなんです。で、僕が考えているのはこういう図です。

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*2010.04.19 グラフ修正

飯田 横軸が実収入。縦軸が給付額と実収入を合わせた手取額です。これをどうするかと言いますと……。納める税金もなければ給付もないと仮定すると、実収入と手取りが同じになる。このグラフでいうと下の点線です。負の所得税は、実収入が0円の場合は100万円が給付される。で、実収入が300万円くらいまで段階的に給付がある。これが上の実線。実線と点線の差が給付額となります。

沢辺 なるほど。じゃあたとえば、100万円の実収入があったとしたら……。

飯田 100万円だったら1/3だから33 66万円もらえる、と。

沢辺 満額の100万円までは届かない。でも、実収入の100万+33 66万円給付して貰えるから、働いたほうが得だということですね。

飯田 そう。で、これと子ども手当を組み合わせる。僕は子ども手当はベーシック・インカム型でいいと思うんです。全員に月額2万6,000円の子ども手当と、成人には負の所得税のシステムを導入する。成人全員というのが大変であれば、たとえば25歳以上から支給でもいいでしょう。そうすると15歳~25歳くらいまでは厳しくなるんですけど、まあまあそこは何とかしてくれやと。体力もありますし。
で、そういった形を組み合わせると、たとえば夫婦と子ども一人の3人家族だったら、最低でも230万円の収入があるんですね。それはなんとかなるんじゃないかな、と。つまり、お父さん働いてない、お母さん働いてない、それぞれが100万円ずつもらえて、子どもは子ども手当で計230万円。

沢辺 これは世帯という考え方は一切なく、個人にすると。

飯田 そうです。そのほうがいいですね。
日本の所得税における世帯の考え方には、一般的ではない世帯、たとえば母子家庭であったり、養子をとっていたりすると、急に制度が複雑になってしまうというまずいところがあるんです。で、子ども手当っていうのが一つ光を与えるのは、扶養者に給付するっていう形にすると……。

沢辺 里親になるのでもいいわけだ。

飯田 その通りです。現在はほとんど篤志家によって運営されている子ども施設に、公的なお金が一人当り月額2万6,000円入る。今まではDVにあったり、両親に捨てられたりした子の養護施設はどうしても寄付に依存せざるをえなかった。だけれども、こんなに景気が悪いと大きい額を寄付してくれる篤志家がいない。そのうえ篤志家も年をとって代替わりをし始めてるんですよ。そうすると何が起こるかと言うと、よくあるのが、相続対策のために株式会社にする。すると二代目の社長はサラリーマンの雇われ社長だから、自分の意志だけでお金を使うことはできなくなる。
だから子ども施設はだんだんと篤志家依存から行政のお金で運営する、って形にしないといけない。そうなるとすぐ国立または市町村立の子ども園を作ればいいっていう意見が出るんですけど、そんなことしても、ろくなことにならないと思いますよ。

沢辺 うん。ろくなことにならない。

飯田 県の上級職出身の理事長が来て、市の職員出身の副理事長と事務長がいて、そいつらが年収1,000万円(笑)。その次にその施設の職員の管理に公立保育園からの天下りが来たりと、下手すりゃ働いてる人が半分以下になる。

沢辺 公務員準拠の給料を貰える人が2、3割で、残りは時給900円のアルバイトっていう介護保険状態になるわけですよね。

飯田 で、公務員並み待遇の人は一切仕事をせずっていうね。

沢辺 ひどい世界。

飯田 そうですよね。それだったら自発的に、ビジネスって言うと変な言い方ですけど、NPOとして組織が運営出来るための原資を社会的に与えるのがいいと思うんですよね。やっぱり、これからのキーって「いかに市場の力を正しく使うか」ってことだと思うんですよ。

沢辺 この前、橋爪大三郎さんと竹田青嗣さんが、朝日カルチャーセンターが主催する講演会で「核兵器のない世界平和は可能か」というテーマで対論をやったんですけど、その時出てきたのが社会政策としては動機づけを作らなくてはいけないっていうこと。だから今言われたのはビジネスとして成立しなきゃいけないとか、お金の、市場っていう言い方だったけど、別の言い方すれば、これをやると得するよねとか、インセンティブが必要だ、と。

飯田 コミュニティの問題を考えると、社会参加したいとか町おこしに参加したいっていう現役世代は沢山いるんです。でもそんなことやってたら暮らせないわけじゃないですか。別にがっつりお金が欲しいとは思ってないんですよ。夫婦と子どもの面倒見るぐらいの金は必要で、それ以上はガツガツ稼ぐよりもという人は結構いる。それを満たしてあげられるような、お金が回る仕組みは作ってやらなきゃいけない。現在だと行政からの補助金がほとんどを占めているんですが、行政からの補助金っていうとどうしても使い勝手が悪いんですよね。

沢辺 報告書をいっぱい書かなきゃいけないし、使い方にいちいち縛りがある。

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●現行の福祉施策とどう折り合いをつけるか

沢辺 では、飯田さんのベーシック・インカムについて、ツッコミをいくつか考えたんですけど、まず、他の福祉施策との連動はどうするのか。

飯田 そう。それが一番難しいんですけども。

沢辺 ひとつひとつ具体的にいきましょう。まず、年金は?

飯田 老齢基礎年金は廃止して、ベーシック・インカム型に一本化します。これで15兆円浮きます。

沢辺 話が少し脇道にそれますが、僕は以前、渋谷区役所で年金課の公務員をやっていました。そのとき年金課の職員が30人くらいいたんですよ。

飯田 あの業務、事務手続きが大変ですよね。

沢辺 公務員が僕も含めて怠けてたっていう説ももちろんあるんだろうけど(笑)、当時の職員の平均年収が500万円だとしたって、1億5,000万円から2億円くらい。渋谷区の当時の住民数は20万人だったんですね。

飯田 けっこうな額かけてますよね(笑)。

沢辺 たぶんそのうち国民年金加入者は数万くらいでしょう。2万人としたら年間1万円。それに対して当時の国民年金保険料は月4,000円くらいで年額で5万円。5万円集めるのに1万円とか5,000円とか使ってたかもしれない。この人件費だけ年金に回した方がよっぽど楽じゃないかって思うんですけどね。

飯田 何よりも年金ってなんのためにあるのかを、みんな見失ってると思うんですよね。年金って老後の生活保障のためにあるんであって、金持ちにも配ってることの意味が分からないんですよ。
たとえばですね、子ども手当の予算は5兆6,000億円です。とんでもない財源になってるんですよね。でも、いわゆる高齢者向けの社会保障給付はだいたい20兆~30兆円。これは高いって言わない。
現在、日本人の平均年齢はだいたい44~45歳と言われています。だからすごい高齢者目線になってしまっている。
僕は「子どもに選挙権を与えよう」とよく言っちゃってます。実際に子どもに選挙権を与えても判断することはできませんが、子どもがいる人には、たとえば夫婦二人で子ども二人だったら、その世帯には選挙権4票にしたらどうかって。これは日本国憲法の原則から言って出来ないんですけれども、僕はそれもいいと思うんですよね。

沢辺 それはつまり、高齢者は自分たちの不利益にならないように投票行動するっていう話ですよね。でも、僕が甘いのかもしれないけど、そんなにひどいのかな?と思います。例えば日本航空だって企業年金の減額に最後は賛成したじゃないですか。僕、ちゃんと年寄りに向かって説明すれば可能性もあると思うし、それから年寄りが意地汚いから若いヤツが困ってるって言われる世の中ってどうよと言う前に、真正面から向かって年寄りに説得した人がいないのがおかしいと思うんですよ。

飯田 そうなんですよ。オバマ大統領は選挙キャンペーンのときに、ネットで大学生にとりあえず実家に行ってお祖父さんとお祖母さんを説得してこい、というキャンペーンをやって、それは大成功をおさめたんですよね。社会保障の再構成なので、高齢者はあまり喜んでいない。だから、それをマスキャンペーンでなんとかするのは不可能だ、と。だから若者はとりあえず、自分の親とじいさんばあさんを直接説得してこい、というキャンペーンです。

沢辺 なるほど。実存を使うわけですね。知らない若者からお金をもらっちゃってるって感覚だと後ろめたさは少ないけど。

飯田 おじいちゃん、僕から税金を持ってってるんです、と。

沢辺 素晴らしいアイデアだね。

飯田 変な話、収入のある日本の高齢者が我慢してくれるだけで、社会保障の危機は劇的に回避できるんですよね。

沢辺 それともうひとつ高齢者も死ぬまで働いてくださいよ、ということもありますよね。

飯田 そうなんですよ。

沢辺 ただし、60歳以上は法定労働は週30時間、70歳を超えたら20時間といった制限は必要だと思うけど。

飯田 そう、そう。実際、60歳定年制が一般化したのは、昭和50年代なんですよね。その頃から比べても平均寿命が10年くらい伸びていますから。たとえば今の60歳代と昔の60歳代は全然ちがうじゃないですか。昭和30年代の60歳代といまの60歳代では何もかも違うんですよ。それを昔ながらの方法で捌いているというのが失敗の元だと思うんです。

沢辺 僕の親父は88歳なんだけど、30歳くらいから小学校の教員をやっていて、60歳で定年して、それから28年間、年金を月25万円ずつもらっているわけですよ。ならせば給料を倍もらっているようなもので、道義的にみてもこれは許されないよな、と思います。

飯田 年金については、積み立てに変更するというのが一番リーズナブルな案なんです。積み立てというのは何かというと、自分が現役世代に払ったものに金利をつけて老後に返してもらうシステム。平均寿命まで生きたら金利分だけ。平均寿命より長生きしたら得で早めに死んだら損、というシステムを作ればいい。いまは若者から集めたお金で年金給付を行なっているんですね。これは賦課方式というものですが、人口成長率がけっこうな数字でなければ維持できないシステムなんです。日本は、完全に維持できないことがわかっているのに、若者からの徴収を増やしてなんとか帳尻を合わせようとしている。これはもう現時点で無理が出てきていて、団塊の世代が65歳を超えたら本当に危機的状況になりますよ。それを改革するという案がどこの党からも出てこない。

沢辺 相変わらず、基礎年金7万円全員保障とかね。

飯田 財源をどうするんだ、と。僕が社会保障について思っているのは、一時的な特例公債、年金国債みたいなものを発行し、それによって年金改革をしてしまう。システム改変のために出す一回限りの国債です。
具体的にどうやるかというと、現在50歳以上までの人は現行の方式を守り、50歳未満の人は自分が払った年金を金利つきで受けとるという形にする。そうすると、人口構成の関係がなくなる。自分が貯めたお金を老後に受け取っているだけなので。
その方針に移行するというのが、唯一日本の社会保障をもたせる原案です。社会保障をもたせるために、子どもが増えればいいといいますが、今日いきなり子どもが増えたとしてもその子たちが主力の納税者になるには30年後。その頃には年金制度は完全に崩壊していますから、そういう無理なことを言うのはやめよう、と。人口の変化と年金・社会保障はリンクしないように、切断されなければいけない、というのが、重要な提言だと思うんです。
学習院大学の鈴木亘(経済学者。学習院大学経済学部教授)さんという方がかなり具体的な数値計算をやられています。こうやって年金について、改革を行なうのが本筋だと思うんですね。人口減少はしょうがない。起きることになっている。なのでそれに対する対策を立てなければならない。

沢辺 ここまでを整理すると、負の所得税にすることによって、現行の基礎年金は廃止していいじゃないかと。それがなくなれば基礎年金にかかわる給付費用なども、現状の所得税のシステムの中に組み込まれて制度のため費用を削減できる。そして、いわゆる厚生年金にあたる職域での年金に関しては、積立方式にすると。

飯田 つまり、厚生年金に関しては払わなかった人は払ってなかったからもらえない。以上、終わり、としたい。その上で、最終的にはその役割は民営化すべきだと思っていますが、当面は国がやるっていうのも一手でしょう。

沢辺 医療保険、厚生年金は若い人ほど厚生年金に入ると掛け金が増えるんですよね。

飯田 そう。社会保険に支払う額が何によって決まっているかというと、単純に言えば、いまいくら高齢者に払わなければいけないか、という基準で決まっていて、納税者の経済能力があんまり関係なくなっちゃっているんですね。これは是正していかなければいけない。自分で掛け金をかけて、貯金と同じですよね。強制貯金という方式にすればいい。老齢基礎年金の7万円の部分はベーシック・インカム型。年寄りになって、大家だったり、配当収入があったりする人は、「基礎年金はご遠慮ください。だってあなたたち金持ちなんだもん」という形にしていくことができればいい。

沢辺 健康保険についてはどうですか? これは単独の制度で残しておくということでいいのかな。

飯田 そうです。日本の健康保険はきわめて優秀なシステムで、一人あたりの国民医療費の負担額は、公的負担も含めて先進国の中で最低なんです。なぜかというと、早期発見早期治療ができるので、逆にお金もかからない。逆にアメリカは、一人当たりの国民医療費が先進国中トップなんです。それは多少体調が悪くてもぎりぎりまでがまんするから。病院に行くときには重病なんです。
じゃあ、その最低限の医療支出で、パフォーマンスがどうかといえば、世界でいちばんの長寿国なわけです。もちろん日本や韓国は食べ物の影響もあるらしいですが、それにしても優秀です。これは維持しなければいけない。
そういう意味でいうと、いわゆる社会保険のなかで医療と介護については切り離し、別の制度にする。

沢辺 日本の医者の給料がアメリカより断然安いという説もあるけどね(笑)。では、各種福祉手当てに関してはどう考えておられますか?

飯田 障害者手当てと母子加算だけは維持すべきだと思います。場合によっては、母子家庭は子ども手当てを増やしてもいいと思う。
たとえば子ども手当てを2倍にする。親がベーシック・インカムで月7万円。子ども手当てを倍額支給で5万2,000円(2万6,000円×2)で12万2,000円ですね。現行の生活保護より少し減るけど、そのかわり、母子家庭であるというだけでもらえる。そこから働きに出てもいいし。今の生活保護の厳しさは、働いちゃうと支給されなくなってしまうという恐怖があるわけですが、それがないわけですよね。

沢辺 生活保護は、月に10万円稼いだとしたら、その10万円分の支給が減るわけですよね。

飯田 つまりは、働いても働かなくてもおんなじですよね、それだと、ゲタの部分がない。

沢辺 だから100万円稼ぐことができても、ベーシック・インカムとして33万円をさらにもらえるようにしよう、ということですよね。

飯田 障害手当ては残し、母子加算は子ども手当てのほうにのっけたほうがいいのではないか、と思います。

沢辺 簡素化するためにね。

飯田 そうです。制度は簡単なら簡単なほど運用できるんです。複雑になれば複雑になるほど元の意図とは違うものができあがっていくんですよね。

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●日本の財政改革の本丸は相続税

沢辺 では次に、それらを実現するための財源について、飯田さんはどのようにお考えですか?

飯田 財源は、相続税を一律20%に上げる。控除をつけない。これで8兆円出てきます。将来的には死ぬ人が増えるので10兆円出てくることになるでしょう。さらに景気回復で5年で10兆円。所得税の累進をもとに戻すことでだいたい3兆円出てきます。それでどうしても足りないなら消費税を5%上げれば10兆円出てきます。これで十分です。
実をいうと、僕は、日本の財政改革の本丸は相続税だと思っているんですね。相続税をあげると日本が崩壊する、みたいな言い方がよくなされるのですが、これはまったく間違っている。いわば、1,000万円の財産を200万円で買う権利を一生に一回もらえる、これはすばらしいお得な話じゃないかと。さらにいえば、1,000万円の土地を担保にして200万円貸してくださいと銀行に言えば、もう二つ返事ではいよ、と貸してくれますよ。相続税があると土地を売らざるをえなくなるというのはウソなんですね。
ちなみに相続財産のうち不動産の部分は、日本の場合相続税路線価で決めているので、実質より安いんですよ。それに2割かけるというだけで、みんな反対する。それはおかしい。なんでそんなに金持ちを優遇しなければいけないんですか。

沢辺 生まれの差を……

飯田 なんとか維持しようということですよね。リバタリアンという無政府主義に近い自由主義があるんですが、その代表である一橋大学の森村進(法学者。一橋大学教授。著書に『自由はどこまで可能か─リバタリアニズム入門』、2001年、講談社現代新書 など)先生は、相続税は100%にすべきだ、と言ってます。理論上はその通り。相続税というのは、決して自由主義に抵触しない。個人が稼いだお金は個人のもの。死んじゃったら人間じゃなくなるんだから、その人の財産をなぜ子孫が継ぐことになっているのかわからんわけです。第一にその人が稼げたのは、日本のおかげであり、社会のおかげであり、あとは運でしょう。僕は過激派ではないので、相続税100%とは言いませんが、そのうち20%を国に納入してください、と。その上でたとえば1億円を超えたら30%とかね。それだけで8兆から10兆円出てくるという事実を、もうちょっとみんな考えてくれよと思うんです。
上手に遺産分割をすれば1億近い財産をほぼ無税で相続できてしまったりする。これはもう許されざることだと思いますよ。生まれによって、宝くじ一回分くらい差別をつけられたうえで闘えといわれているようなものですよ。一流大卒と高卒で生涯賃金で1億円の差はつかないですから。いまは、親が金持ちかどうかだけでほぼ人生決まっちゃってる。
また、僕は子ども手当についての討論会に出席したとき、所得制限反対だと言いました。なぜならば同じ所得300万円でも、たとえば継げる家がある年収300万円は悠々自適かもしれない。そのいっぽうで継げる家がまったくない、相続財産ゼロであることがわかっている年収300万円はカツカツですよ。だからもう所得で切るのはやめよう、と。所得で切るのはベーシック・インカムのところだけでいいじゃないか。そんな話をしました。相続税が一番期待できる財源だと思います。

●法人税はいびつな税制だ

飯田 逆に、僕は法人税については減税派です。

沢辺 へェ~。でも諸外国も法人税そのものはあるじゃないですか。

飯田 諸外国は、法人税を残さざるを得ない理由をわかってる。それは、法人税は脱税が難しいので取りやすいからという理由です。
法人税の存在は、あくまで徴税上の利便性、と言い方をしますけど、楽だから法人税があるんですよ。本当はやめたいんです。ですから、国民背番号制を導入して、あるいは租税の捕捉効率がよくなるに従って下げていきたいという大前提がある。いまは法人税を取ってますが、これは本当は取りたくないけれどもしょうがないから取っているんですよ、という前提で話がすすんでいるので、たとえば技術がよくなったり、徴税効率がよくなればいつでも下げる準備ができている。

沢辺 ご存知だと思うけど、会社をやっていると利益が出ますよね。その配分の際、従業員への決算賞与なら法人税の課税対象からはずされるけれども、役員への賞与だと課税対象なんですよね。確かにお手盛りという可能性がある。それで抑止するのはわかるけど、お手盛り抑止の基本は役員給料の公開だろう、と思うんです。
それから株主配当。特に日本の中小企業の配当ってものすごくインチキになっている。

飯田 法人税は二重に課税してることになるんですよね。法人税をとって配当されて配当所得に課税されるっておかしい。

沢辺 いびつだよね。
情報公開とからめて社会的に監視されるというところでやるべきで、税務署にがたがたいわれるのは変だと思います。僕たちは税務署のために帳簿をつけてるんじゃなくて、自分たちのためにつけているんだから。

飯田 次に、消費税について言うと、理論上、消費税はそんなにいい税金じゃないんですよ。ですが、消費税は、システムがシンプルだという、ものすごいいい魅力がある。所得税だと、ごまかしているんじゃないか、とかあるので、なんとなく好かれるのは消費税。

沢辺 細かい話で恐縮だけど、所得税には消費税がかからないから、業種による労働分配率の差によって実質消費税負担って違うんですよね。

飯田 それを防ぐために厳密な付加価値税方式にすべきなんですけどね。そういうわけで理論を重んじる人は消費税を嫌うんですよ。ただ実務肌の学者は消費税を推す。それは消費税の捕捉のラクさを知ってるから。

沢辺 付加価値総額から5パーセント、だから一番簡単な計算だよね。

●まずグランドデザインを描くべき

飯田 でかい話になりますけど、日本はまず社会保障システムと税システムの理想のデザインを、有識者が膝を寄せ合ってで一年かけてつくったらいいのではないかと思います。それに向かって前進的にシステムを改革していく。いままで日本は改革の際に、グランドデザインを描かないで一つひとつ場当たり的にやってきた。これはひどい話です。社会保障、財政再建まで含めた税制改革、財政社会保障大綱を数値で作って、じゃあそれに向かって国債発行がいくら必要になるのか、とデザインをしなきゃいけないのに、なんでかそこにすごく政治の介入があり、たとえば社会保険庁の仕事がなくなるようなのはだめだとか、本当に八方塞がりになってしまっている。
政治主導をやりたければ政治側がグランドデザインを描いてしまえばいいんですね。一つずつ細かいところばっかりやろうとしたら、それは実務の人は抵抗しますよ。
また、税制について僕が思うのは、とにかく日本の税制は難しすぎるということ。これは税理士さんには申し訳ないんですが、税理士はないに越したことはない職業だと思うんです。なぜなら、税金が誰にでも理解できるくらい簡潔だったらば、税理士という役割は存在しないはずなんですね。そこに、会計の知識もあるビジネスが出来る人が税理士という仕事に投下されている、これは世界的な資源の無駄なんです。税理士が最小限になる社会を目指して税制を変えなければならない。

とにかく現在の日本の財政は危機的であり、社会保障に至っては、危機的の向こう、もう事実上だめというところまできているわけですから、いつかはやらなきゃならない。もう先送りできないです。
改革はここ5年が山場だと僕は言っていますが、それには理由がありまして、ひとつは日本最大の人口コーホートである、団塊の世代が年金になだれ込んだら、もうもたないから、です。
もうひとつは世論形成の話で、団塊の世代の次のこぶは団塊ジュニア世代、70年から75年生まれですね。僕が、団塊ジュニア末尾なんですけど、この世代が年をとって逃げ切りたくなってきはじめたら、もう何も変えられないですよ。団塊ジュニア以降、ほんとに子どもの数が減っていくので、僕がいま35歳、いちばん上の世代は41、2歳です。
この人たちが40歳代後半になったら、そろそろシステム改革をいやがりはじめるんですよ。自分の世代までは逃げ切れるんじゃないか、と。こうなっちゃったらもう何もできなくなるので、団塊ジュニア世代が40歳代後半になるまでに改革できなければ日本はアウトだと思うんです。
人間って50歳を境にけっこう保守化するんで、特にサラリーマンだったりすると、このままダラっとなんとなく老後まで行こうというノリになってきちゃったら、政治的に通らない。
団塊ジュニアが若くて改革しなければやばいという意識をもっているうちに改革してほしい。だからタイミングはあと5年です。

沢辺 そこには個人的に二点異論があります。
ひとつはグランドデザインの必要性はよくわかるんですが、とはいえ、グランドデザインを認めろといっても、現実的には複数のグランドデザインが並立するわけだから、あんまりそこは原理的にならなくてもいいんじゃないか、ということ。
もうひとつは社会に対する甘い夢なのかもしれないですが、僕も、おやじやおふくろに「60歳すぎても働けよ」と言い続けてきたんだけど、実際にはいやで働かなかった。だから説得できないということも確かにわかるんだけど、いっぽうでは、でも人間そんなに捨てたもんじゃないから、自分たちが逃げ切れればいいやとほんとうに思えますか?というと、そこにはもうちょっと期待感はある。

飯田 そこがすごくむずかしいのは、なぜか人間って自分にとって得な言説を支持してしまう傾向があるんですね。あんた逃げ切りですよ、とちゃんと説得できたら社会は変えられると思うんですが、必ずそこで、いや飯田が出しているグランドデザインは実はこういう問題もあって確実なものではないんだ、みたいな言い逃れを供給されるんですね。そのときその言い逃れに勝つ力があるかどうかについては、けっこう僕は悲観派なので、なるべく早いうちにと思うんです。

沢辺 なんでそんな話をしたかというと、とはいえ、これらは大きな実験だと思うから。もしも飯田さんの描くグランドデザインが大間違いだったとしたら、後戻りするのはたいへんなものですね。だからもうちょっと国レベルで、仮説→実験の過程をしていったらいいんじゃないかと思う。いまの議論って、みんなこれで絶対解決するという保障を出さなければならないというふうになっていて、1ミリも動けなくなっている。

飯田 それについては中島岳志(北海道大学公共政策大学院准教授)という人が面白いことを言っています。いわゆる仮説実験でだめだったら後戻りする、それが正しい意味での保守主義。僕もその意味において保守主義者なので、グランドデザイン一発で全部一気に改革というのはいやで、ある程度の目標をもちながら、一つずつ変えていくべきだと思う。僕が子ども手当に賛成しているのは、とりあえずやってみようよ、と。だめだったらなんとかもとにもどろうよ、という意味での賛成です。

沢辺 僕は飯田さんの言う、負の所得税のようなグランドデザインの上に、仮説→実験の過程でここは撤退する、という部分を入れたほうがいいと思う。現状は正しさだけが議論されてしまっているように思います。

●経済成長は大手術のための麻酔だ

飯田 まったくそのとおりで、年金改革にしたって、年齢ごとにステップを変えていくという鈴木亘さんの説もそうなんですが、それだと後戻りできるといえばできる。
税制については、将来増税が必要なのは間違いない。最近の僕のテーマである「経済成長には2%の持続的な成長が必要」な理由は、多少ほころびが出ても2%成長していれば動けるから。2%成長は先進各国どこの国でも達成しているので出来ない相談じゃないだろう、と。2%成長プラス、2%インフレ、4%成長だと、栄養ドリンク飲みながら、改革が行なえる状態。なんでも改革を行ないながら、一回か二回失敗して後戻りしてもちゃんと財源がもつ。
勝間和代さんが最近好んで「デフレ対策は日本の問題解決のボーリングの一番ピン」だという言い方をしていますね。これはなかなか示唆的です。景気回復そのものが最終目的ではない。景気回復したっていろいろ解決しない問題だらけ。でも、それはそうなんですけれども、少なくとも景気回復しなければ別のことを考えられないでしょというわけです。

沢辺 いまおなかが痛いんだよ、ということですよね。

飯田 そう。とりあえず麻酔打ってから考えようぜっていう話で。
石橋湛山(ジャーナリスト、政治家。第55代内閣総理大臣)が昔、「根本主義者の誤り」というきわめてすぐれた小論文を書いてます。昭和恐慌のときに、日本経済は根本的に変えなきゃいけないという論に対して、そうかもしれない、だけど根本問題の治癒はたぶん無理だよ、なんとかだましだましで、根本問題によって生じる問題を緩和しながら、やれる改革はやったらどうだ、と。だから石橋湛山は常に景気拡大論者なんですよね。景気が拡大していると、根本問題から上手に目をそらしながら改革ができる。僕が「景気回復はできる、経済成長でふっとばせ」というと、よく「根本的な問題から目をそらしている」と言われるんですね。その通りなんです。根本問題から上手に目をそらせるくらいにしとかないと、根本問題は解決しないと思うんですね。逆説的なんですけれど。

沢辺 そうだね。僕の大好きな竹田青嗣さんの言い方でいえば、あらかじめ理念を先におく思想は間違っている、ということかな。僕の理解だけど、たかが人間ごときがこういうふうにすれば社会はすべてうまくいくなどという理念をつくれるわけじゃない。我々は「去年やったあれは成功したね」と事後的に妥当性を確認している。
彼は在日朝鮮人なんだけど、在日朝鮮人の民族のアイデンティティを守ろうというのも、理念を先に置いているという意味で批判している。もっと言えば、マルクス主義とか、これをすることによってすべて解決だよというものへの根底的な批判だと思うんだけど。

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●まずは相続税の増税と、法人税の減税

飯田 そういった理念的なグランドデザインに比べて、税制を変えるグランドデザインは、だいぶちっちゃい具体的な話なんですよね。
税制の中でいまやれることはなにかというと、いま景気が悪いじゃないですか、だから景気をディプレスするような税制改革は待つべきです。
そして景気に対して影響がない改革といったら、相続税の改革なんです。なぜなら相続税があがると、生前に使おうとか、消費が加速するんですよね。景気に対してプラスな増税なんです。
あともうひとつ、これは冗談ですけど、鳩山政権だからこそ相続増税ってできると思いますよ。日本屈指の額の相続税を払うことになりそうな人が相続税改革をする、と(笑)。その意味で第一歩は相続税ですね。

沢辺 鳩山さんがやれば「相続への怨念」とか「ねたみ」とは思われない。

飯田 そうそう、僕がやったらたぶん怨念になっちゃう(笑)。

沢辺 親からお金をもらっているという現在の批判にも有効だよね。ごめんなさい! 相続税改革します! 最高税率40%です、と。

飯田 相続税でおさめさせていただきます。とにかくへんな控除はなくします、と。拍手喝采だと思います。
続いて、法人減税だと思っています。各国は、あくまで徴税上の利便性によるものなんだと意識したうえでの法人税。日本みたいに大企業が儲けてけしからんからといって税金をとる法人税とは根本発想が違う。
僕もやりますけど、みんなで啓蒙していきたいのが、法人税はおかしい税なんだよ、と。しょうがないからやってるんで、できれば減らしていきたいというビジョンです。
最近、シンガポール政府は日本企業の誘致に乗り出し始めているそうです。「法人税が安いので本社を日本からシンガポールに移しませんか」という具合です。それにのっかる企業がどんどん出始めたら、日本はなんだかわからない国になってしまいます。日本企業なのに本社は全部シンガポール。さすがにナショナルフラッグ、トヨタやパナソニックなどは基盤が大きくてできないでしょうけど、中堅企業はやるところがいつか出ると思いますよ。従業員2~300人で顧客が海外という企業は、別に本社が日本にある必要はないかもしれない。この流れを押しとどめるためにも法人税は引き下げないといけない。いきなり下げるのはなしなんですが、なぜ法人税を取るのかについてしっかりした認識が必要。
もうひとつ、実は法人税って税収面で非常に欠陥を抱えている。なぜかというと、利益がでなかったら法人税はゼロですよね。そうすると、景気によって税収がとんでもなくぶれるので怖い。やっぱり安定的な財政を行なうためには、安定的な財源が必要なのに、こんなに景気に動くのをあてにして財政運営していたら危険といえば危険なんですよ。

沢辺 人間は、所得は一定程度ないと暮らしていけないけどね。現に鳩山政権だって、こんだけ苦しんでるのは法人税がすっとんでいるからですよね。

飯田 直近のピーク、2000年代頭からいえば、10兆くらい下がっているはずですね。

沢辺 じゃあ、最後に。よく言われるんですが、モラルハザード問題をどう考えられますか?

飯田 モラルハザードについては非常に大きな誤解があります。もともとモラルハザードとは、契約後に観察立証できないことによって生じる問題のことを指すんですね。
でも、たとえば社会保障のモラルハザードといったときに例としてあげられるのは、生活保護を一回もらっちゃえば、決して生活保護をはずされることはないので、裏でバイトしちゃう、とか。それはモラルハザードとは呼べるのですけれども、この場合、一回あげちゃっているので、正確な意味でモラルハザードは起きない。
生活保護制度に関して考えられるモラルハザードは、お金を持ったら働かなくなるんじゃないの、という、社会保障中毒みたいな話です。それが、ベーシック・インカムの額を7万円、もしくはもうちょっと低いくらいに押さえろ、と僕が主張する理由のひとつなんですね。
いくらなんでも7万円もらったらもう仕事はしない、という人はいないんじゃないかな、というのが僕のモラルハザード論への答です。

沢辺 つまりモラルハザードは起こりうる、と。ただしそれは金額のたかや働いた分だけタダになっちゃうとかっていうシステムの問題に予防策がひそんでいるんじゃないかということですよね。

飯田 そうですね。ですからモラルハザードに考慮したベーシック・インカム論の推進派には5万円という人が多いんですね。

沢辺 もうひとつ、さっきちらっと出たんだけど、社会保障システムと税システムの改革に、国民総背番号制は密接不可分ですよね。

飯田 完全不可分です。やるべきことは、税制番号、相続税、あと法人税についての将来の道筋。これは正しくない税金だということをわからせる。そこから順次進んでいくのが一番いいのかなと思っていて、この中で一番政治的な実現ハードルが低いのがまずは国民総背番号制ですね。相続税は政治のハードルが異様に高いんですよ。だけれどもこれはやるしかないんだよ、ということをわからせたほうがいい。よく相続税をあげると海外に資産が逃げるというんですけど、それはあり得ない。なぜならば日本の場合、ほとんどの相続財産は不動産なんです。渋谷区の不動産をもってアメリカに逃げることはできない(笑)。それはもともと杞憂なんですよね。

沢辺 ところで、いま地方税すら、2009年の1月1日から12月31日までのものを翌年3月に計算して、5月くらいからの徴収になってますよね。これに国民健康保険が連動しているわけです。でも、失業したときにベーシック・インカムがもらえるというふうにすると、これは即払われないとだめですよね。

飯田 つまり即払われなければならないというのは、前年度の税額計算で給付付き税額控除だと問題だ、と。そこはなかなかむずかしいんですが、失業した場合は自己申告するという手があると思うんですね。自己申告して仮給付。そして働いてたら、年度の終わりに年度末調整をする。あれを全国的にやる。
なかなか制度ってむずかしいんですよね。たとえば飲食店で働いてるフリーターで源泉徴収の10%を取り戻している人ってほんと少ないんですよ。全然制度をわかってない。そう考えると理想はベーシック・インカムなんですけどね。だけどそれだと動く額がでかすぎてどうやって達成していいかわかんないという大問題があるので、そういう意味でいうと折衷案が給付付き税額控除。それでいけるんだったら徐々に純粋ベーシック・インカムっていうのが手だと僕は思います。(了)