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[第2章●強靱なリファレンス環境の探求] 12… 理科年表は必携だ |
[2005.02.25登録] |
石田豊 |
ライターという特殊事情であるのかもしれないが、ぼくがシゴトの友としているリファレンスブックのひとつに「理科年表」がある。これは東京天文台の編集で、毎年1回丸善から年刊の形で発行が続けられているもので、2005年版は78冊目となる。価格は1,400円で文庫判1,000ページを超える大冊である。 これは好奇心のドツボのような本で理科に関するじつにさまざまなデータが掲載されている。従って理科系の研究者にとっては必携であって、そういうひとたちは必ず仕事場に備えているのだろうと思う。しかし理科系でなくても、これはいろんなところに役に立つ。 先日、ある原稿の中で鉢植えにして4ヶ月育てたライムギの根の総延長(根の回りに生えるヒゲのような根毛も含めて、だが)が11,200kmになる(この数字の出典は中公新書「ふしぎの植物学」田中修)ということを書いた。11,200キロなんていってもピンとこない。文章内で数値をあげる時のテクニックのひとつとして、その数値を別の何かと比較するという手法がある。陳腐な例では「東京ドーム何個分」ってやつですね。 この場合も、その長さがどれほどのものかというタトエを書きたかった。思いつくのは都市間の距離だ。東京大阪間は約500キロだから11,200キロといえば、海外のどこかの都市までになる。地球1周は4万kmだから地球と比べるには短すぎる。 だとすると、たとえば東京から11,200km程度離れていて、なおかつ誰もが知っているような都市はどこかということになる。主要都市間の距離の一覧が欲しいわけです。 いまやインターネット万能時代である。ググれば何かでてくるだろう。そう思うのは早計であって、少なくともこのようなデータがヒットすることは少ないのですね。現に気になって確かめてみたが、少なくとも日本語では見当たらなかった。唯一、国土地理院が二点の緯度経度を指定するとその間の距離を計算するというサービスをおこなっている程度。 この国土地理院のサービスそのものはすばらしい。「関ヶ原はここ大阪城から直線距離で〓キロ離れている。秀頼は何を考えていたのであろうか」なんて文章を書こうと思った時にはぜひ思い出していただきたい。ただ、このサービスを使うためには、東京はさておき、主要都市の緯度経度のデータが必要になり、もしそれを入手し得たとしても、それを片っ端から入力して試していかなければならない。 こういう時にはまず理科年表。なんかあるだろうと探してみると、どんぴしゃ「おもな首都間の距離」という表が掲載されている。 この表によると、東京から北京までが2,104km、ジャカルタで5,317km、モスクワ7,502km。まだまだだ。ロンドンで9,585km、カイロで9,587km。だんだん近づいてきた。 ここで、おやカイロとロンドンって2kmしか違わないの? しかもカイロが遠いっておかしいんじゃない? だって、カイロの向こうにイタリアがありフランスがあり、やっとこさロンドンだよ、なんて思う人は地図イメージに刷り込まれ過ぎ。地球が丸いということを失念していらっしゃる。もちろんこれは北周りの距離である。つまり、なまはんかな地図帳でも2点間の距離というのはわからないということでもある。 求める11,200kmにおおよそ同じなのはアルジェ10,823km、ワシントン10,925km、ナイロビ11,266kmあたりとなる。ぼく自身の趣味としてはアルジェあるいはナイロビを採用したいところだし、ここから(数字のばっちりした裏付けは表にないものの)、「東京からだとチンブクツーへの直線距離より長いのだ」なんて文章にしたいのだが、それはやり過ぎというものだろう(編集段階で赤字が入るのは必定)。さもなければチンブクツーが「世界の果て」の象徴として用いられているということを縷々説明しなければならない。横道入り過ぎ。 まあ、ここはワシントン(もしくはニューヨークと書き換えても可か)を採用するのが順当なところだろう。 こういう話の本筋からはずれるちょっとした情報を探し出すタネ本、もしくは他に類をみないリファレンスとして「理科年表」ほどいいものはあまりない。値段も実に安い。専門家ならまだしも、ぼくのような利用法だと、数年に一度買い替えれば十分である。 しかも、ここにあるデータは(特にこのように毎号流用で掲載されているようなデータは)正確なものと考えてもいい。少なくともぼくはウラ取りなしに使っている。ネット上の情報はなかなかこうはいかない。ウラを取らなきゃ、怖くて使えない。話の本筋ではないからこそ、よけいに神経を使っておく必要があるからだ。 理科年表には百科事典や国語辞典、あるいは各種の専門事典にない角度での情報が掲載されている。百科事典的な情報はWebに適しているため、インターネット上にも多数ある(ウラ取りは必要なものの)が、理科年表的切り口はあまりないのだ。 たとえばイルクーツクという街を想像しなくちゃならない場合。もちろんそれは百科事典を見れば掲載されている。小学館の日本大百科全書にはこういう記載がある。 Иркутск/Irkutsk ソ連、ロシア共和国中部、イルクーツク州の州都。東シベリアのもっとも重要な経済中心地の一つ。バイカル湖の西方66キロ、アンガラ川とイルクート川の合流点に位置する。人口56万8000(1981)。シベリア鉄道の重要駅、アンガラ川運輸の河港、自動車道の交点、重要な空港であるなど、交通の要地。付近に古い炭鉱、製油所、市内に水力発電所(66万キロワット)があって工業が発達している。重機械類、工作機、金・ダイヤモンド採取用の浚渫機、溶鉱装置、選鉱機、自在回転軸、旋盤などの機械製造業、雲母加工(無線、電機用)、建設資材、鉄筋コンクリート製品などの製造業、軽工業(縫製、家具、履き物、メリヤス、皮革、フェルト製長靴)、食料品(茶、マカロニ、菓子、肉、乳業、製粉、総合飼料)の工業がある。市内にはソ連科学アカデミー・シベリア支部の諸研究所、総合・単科諸大学、美術館、博物館、劇場などがあって、学術、文化の中心地でもある。 これを読むとなんとなくイメージが形成されてくる。これをもとにWebで検索を行う(英語綴りもわかったわけだし)ことで、ここで得たイメージを立体化させることができる。 いっぽう理科年表には、この地の気象データが月別(平年値)で掲載されている。気温は最低の1月がマイナス18.2℃、最高の7月でも18,2℃であることがわかるし、相対湿度の表により、けっこう湿度の高い街であることも想像できる。降水量は年間通じて低いが、特に冬場は低い(1月は12.2mm)ので降雪はあまりないということもわかる。 地理的な例が続いたが、もちろん他の分野の情報も多い。先日、11,200キロを確かめるために理科年表を引っ張りだしてきた時に偶然開いたページで思わず熟視してしまったのが脊椎動物の寿命という表。51種類の脊椎動物に関して記録された最長の寿命が記されている。どれも漠然と想像していたものより長い。牛30年、ラクダ50年というのはカラダの大きさからみてもこんなもんかなと思うが、犬29年6ヶ月、リス23年7ヶ月、ニワトリ30年、ヒキガエル36年、コイ47年、ウナギ88年、チョウザメ152年なんて見ていくと、じつにワクワクしてくる。 なにがコイとウナギ(あるいはチョウザメ)の間に横たわる寿命差の原因であるのか。さっきとは逆にここから百科事典へと探索を進めたくなる。まずコイ。 「野外では20年以上に達するのはまれであるが、飼育条件下の寿命は50〜60年に達する。岐阜県下のニシキゴイで鱗の年輪から210年以上と判定されたものがある」 うーむなるほど。 つづいてウナギ。これは養殖法などの説明は豊富だが、肝腎の寿命についての記載はない。残念。あまりペットとして飼われたりすることがない魚であるせいだろうか。知りたいなあ。ウナギの寿命(ネットで調べても芳しい結果は見つからなかった)。 チョウザメ。これは少しは掲載されている。「この類の最大のものはヨーロッパ産のフーソー・フーソーHuso husoで記録され、体長8.5メートル、体重1.3トンで、100歳以上であった」 うむ。理科年表で得たコイ<ウナギ<チョウザメ序列はにわかに信じられないようになってきた。俄然興味がわいてくる。理科年表の件の表の下の注記により、寿命ってのがLife spansと英語では言うのらしいということもわかったことだから、今後の研究課題だな。 あれ、シゴトの友としての理科年表ってコンセプトのはずであったのだが、なんだか逆、シゴトの敵のようになってきたぞ。これじゃシゴトになりませんがな。 |
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社会科教師さんより [2005-07-28] |
ライ麦の根の総延長 は、よく言われていることですが、シベリア鉄道の全長とほぼ同じです。 ____ なるほど。しかし、この場合の「シベリア鉄道の全長」は「ウラジオストクからモスクワ」までの長さではなく、各支線の長さをふくめた「総延長」ですよね。 ふつう「シベリア鉄道の長さ」といえば、ウラジオ・モスクワ間を想起するのではないでしょうか。それは9000キロほどですから、ライムギの根よりずいぶん短くなります。また、シベリア鉄道の東の起点はチェリャビンスクだそうですから、チェリャビンスク・ウラジオストク間なら7400キロほどしかないってことになります。 このたとえをつかうことでかえってイメージがつかめなくなるのではないでしょうか。 どなたがいいだしっぺか知りませんが、どっか不親切でミスリードなたとえじゃないでしょうか。 生意気な言い方になるかもしれませんが、このたとえを思いつかれた方は、ライ麦の根の長さの数字と、どっかの表にあったシベリア鉄道の総延長の数字が似ているのを見つけて 「ライ麦の根の長さはシベリア鉄道と等しい」 なんてことを言い出したんじゃないでしょうか。つまり、その後のクロスチェックをされていない。 もしくは、シベリア鉄道の総延長っていえば、即座にバイカル迂回線などの支線の存在が想起できる鉄道マニアであるか。 いずれにしても、ヘンなたとえだとぼくは思います。そして、そんな「いまいち」なたとえが世間に流布することも変だ、と。ま、このことにとどまりませんが。(石田) |
須田さんより [2005-08-22] |
地図上の距離感覚 ライムギの根の総延長は個体差が大きいでしょうからウラジオ・モスクワ間9000kmを想定したとしても、そんなに大きな誤差ともおもえません。 しかし、モスクワやヨーロッパなどの北のほうを比喩に使うのは、メルカトル図法の地図が頭にはいってしまっている平均的日本人にとって、ミスリードになりかねません。 5000km以上の距離は、地球が球形であることを想起させつつ南北方向で示したほうが、正しい距離感覚に近づくのではないでしょうか(メートル法の由来に敬意を表して、ということもあります)。 東京からワシントンも「飛行機で○○時間」という実感に訴えかける利点がありますが、私のように海外に出る機会がほとんどなく、何時間かかるかよくわからん人間もいます。 11200kmは北極起点で南緯10度強、南極起点で北緯10度強までの距離です。南半球は明確に緯度をイメージできそうなところが少ないので、「南極から赤道を越えてベトナムのサイゴンまで」というたとえを提案してみます。一定より上の世代の人なら北緯17度線も想起してもらえそうですし。 |
石田 豊さんより [2005-08-30] |
おもしろいです 須田さん、コメントありがとうございます。 なんだか発想がむちゃくちゃおもしろいと思いました(失礼)。 ま、元記事そのものは、11200kmをどうするかということではなく、「理科年表」を使うという発想で書いているので、なんなんですが、南極起点というお考えには、おもわず声をあげて笑ってしまいました。 たとえば、そういう原稿を書いたとしたら、編集者がどう反応するかということを想像するだに、おもしろい。どっかで使ってみようとも思いました。 |
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