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これまでの経緯を説明すると、医師は軽く頷き、X線写真を見ながら力強い言葉を口にした。途中で折れているのはやっかいだが、骨と癒着した部分に異常はないから取れなくはないと言うのである。
う〜ん、わかりにくいか。インプラントの構造は、骨に癒着しているメスの管がまずあって、そこにオスのネジを装着するようになっている。昔は他の形式もあったが、いまはほとんどすべてがこのタイプだ。オスとメスが合体して、強度のある柱となるのである。そして、管の上からセラミックなどの人口歯を被せるわけだ。
折れた部分は、オスのほう。メスは無傷で問題がない。骨との癒着もガッチリしているし、歯茎も健康。だから、オスを取り除くことができればメスはいじらなくていいからず、大手術の必要がなくなり、オスの交換による部品代(という言い方もヘンだが)と上物のセラミック料金で済むので予算的にも安くできる。ただ、オスがメスの中で折れているため、取り出すためにはドライバーが使えるよう、折れた箇所を平に削り、新たにメジを切る必要があるとの説明だった。
「このメーカーならまだ部品があるし、除去さえできればいいんですけどね」
かなり特殊な技術なのかと尋ねると、そうでもないとのこと。超音波で振動を与えてネジを緩める方法にトライするという。赤坂ではそんな話はまったくでなかったと言ったら苦笑いしていた。
ただし、仮にうまくいったとしても、それですべてOKってことにはならないこともわかった。これまでぼくの奥歯は手前から自前-インプラント-歯なし-自前となっており、それを連結することによって3本で4本分をカバーしていたのだが、その方法ではまずいというのである。同じことの繰り返し、つまり再び10年くらいしたらインプラントが折れる危険性があるらしいのだ。
歯というのはよくできていて、大きなショックを吸収・分散できるようなクッション性を備えている。これに対しインプラントは強引に骨にくっつけているためクッション性がない。それを連結すると、片方はクッション性があり、片方はないということになり、とてもバランスが悪いのだ。3本で4本をカバーするだけでも負担なのに、アンバランスではインプラントに負荷がかかりすぎることになり、積もり積もるとポキリといってしまう。
だから、こういう連結法はよくないというのが業界の常識になっている。10年前だってそうだったらしい。
かつて、ぼくが最新技術だと信じて受けたインプラント手術は、その当時すでに「だめ」の烙印を押されていたものだったわけだ。壊れるべくして壊れたということか。ショックである。
無事に取れても、歯のないところにインプラントを立て、計2本態勢にするのが望ましいと医師は言う。それに伴う経済的負担なども馬鹿にならないが、1時間ほどかけて説明してくれたことに気をよくし、次回予約を取って帰宅した。希望が見えてきたというのだろうか。やはり赤坂を止め、ここにきて良かった。医師の説明はわかりやすかったし、質問にも明快に答えてくれる。引き続き治療を受けるかどうかわからない患者にも時間をたっぷりかけるあたりは、大学病院の強さだろう。
だが、過去のインプラント手術が常識破りだったのは、連結方法だけじゃなかった。次の治療時、超音波で揺さぶりをかけ始めた医師が「あれ?」と声を上げたのである。目をつぶり、口をあんぐり開けているぼくに表情は窺えないが、予想外の発見に首を傾げている気配。「これはちょっと」とか「まずいな」と呟いているのがわかる。
たちまちわき起こる不安感。どうしたのだ、何がまずいのだ。超音波の威力で締め付けられたネジを緩めるはずではなかったのか。
医師は手を休め、今度は先の尖った金属棒でカリカリとやりだした。そして、様子を見にきた同僚にこう言った。
「コンクリで接着してるみたい」
何、コンクリってどういうことなんだ。うがいを指示されたので、慌てて尋ねる。
「ネジを絞める際に、コンクリート状のものを流し込んで固めてあるみたいなんですよ。これはちょっと、取れないかもしれない」
医師にとっても予想外の展開。ということは、またまた常識破りなのか。聞くと、こういうケースもないではないらしい。いまは一般的でないということのようだった。
「とにかく全力を尽くしてくださいよ」
なおも30分近く超音波で刺激したが、ビクともしない。悪戦苦闘ぶりを見てやってきた偉そうな医師も見てくれたが、「これは無理かもしれないね」と言い残して去ってしまった。
がーん。だが、そんなに早くあきらめてもらっては困るのだ。まだ使える“部品”をみすみす抜き、新しいのに取り替えるなんて非効率的すぎる。しかも、そうなった場合には治療費がふくらむ一方なのだ。
ぼくは、たったこれだけのトライであきらめるのか、他に方法はないのかと激しく医師を問いつめ、なんとか再トライする約束をもぎとったが、さっきまで成功率80%と踏んでいた折れ部分除去の可能性が、いまでは20%程度に減ったことは確かだった。
同時に、赤坂の歯科医がハズレであったことも間違いないと思った。なぜならコンクリートで固めるのは、ネジの緩みを防止する目的だと考えられるからだ。耐久力に不安のある連結型の上物を使いながら、折れることなどまるで想定していなかったのである。
前回とは打って変わり、寒風に吹かれ重い足取りで家路を急いだ。スカスカになった“4連結跡地”をまさぐると、わずかにメスネジの尖端が舌先に触れた。
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