|
「あ、折れてますね」
フィルムケースに入れたインプラントの残骸を差し出すと、歯科医は平然と言った。そう折れている。そんなことはわかっている。ぼくが聞きたいのは、復元にどれくらいの費用と時間がかかるかだ。
責任をとってもらうつもりなどなかった。インプラントにしたのは10年半ほど前。確かそのとき、医者は「これで10年は大丈夫です」と言っていたからだ。10年たったらお約束のように壊れたのはいまいましいが、何年かに一度はメンテナンスするようにと注意されていたのに仕事場の変更で足が遠のいたのはこちらの責任である。突っ込まれると返す言葉もないので、うだうだゴネずに現実的に行こうと思っていた。
しかし、レントゲン写真を見ながら医者は首をヒネった。
「これは、ちょっと取れないですよ」
取れないとは、どういうことだろう。予想外の答えに、ぼくはうろたえる。
「意味がよくわからないんですが。インプラントは、こういうケースを想定せずに作られているわけじゃないでしょう」
「それはそうですが、管の途中で折れてしまっているので技術的に難しいんですよ。とりあえず、手術時の記録を調べ、執刀医の先生と相談してみますので」
それから医者は、取れた4連結歯を眺めながら喋り始めた。曰く、奥歯部分(銀を被せてある)の削れ方が不自然。他の歯の治療をしているときに誤って横側を削ったのか、人工的な破損が見られる。こうしたバランスの崩れで、インプラントの支柱に圧力がかかり、ネジが緩み、積もり積もって“金属疲労”のように折れたのでは。言いたいのは、何の原因もなくインプラントが折れるわけはなく、原因を作ったのはぼくであり、クリニック側のミスで起きた事態ではないということらしかった。
「歯ぎしりはしますか?」
「寝言は言いますけど歯ぎしりを指摘されたことはないです」
「でも、犬歯のすり減り方を見ると、無意識にやっているようですね。歯ぎしりは直接歯と歯をこすり合わせるため、食物を噛むより負荷がかかるんです。そういうことも一因になっているかもしれません」
理屈としてはわかる。でも納得はしがたい。インプラントにしたときは歯ぎしりの兆候がなく、それ以後激しくなった自覚はまったくないからだ。だいいち、そうしたことは装着時に入念にチェックすべきことじゃないのだろうか。どうも言い訳にしか聞こえない。希望を見いだせないまま、次回の予約をして相談は終わった。
翌週も何の進展もなかった。医者はぼくのカルテを見ており、院長に相談したようだが、核心に触れる説明はしてくれない。できないのだ。なぜなら、この医者はインプラント手術をしたことがないから‥‥なんだよこれは。どうやらこのクリニック、いまではインプラント部門を赤坂の本店(なんと呼べばいいのだ)だけでやるようになっているという。それなら、どうして最初に電話したとき、赤坂に行けと言ってくれなかったのか理解に苦しむ。
「そういうことなので、赤坂のほうで院長と相談してもらえますか」
「はぁ」
今日のぼくは何のためにここにきたのだろう。虚しさがこみあげ、このクリニックに対する信頼感が急速に失われていく。
それでも選択の余地はない。翌週、赤坂にあるクリニックを訪問。院長の診断を受けることになった。院長は表情こそにこやかだが、油断ならない感じの人物。クリニックへの警戒心を強めていたぼくにはそう見えた。
ま、それはいいとしよう。少なくてもインプラントの話はできる。元通りになるかどうかはわからないにしても、納得のゆく説明は聞かせてもらえるはずだ。それを聞き、治療法について即答するのは避けて、一晩じっくり考える。
しかし、またしても期待は裏切られる。いや、説明はあった。明快すぎるほどはっきりした説明だった。医者は口内をちらりと覗くなり、結論を告げたのだ。
「取れないから抜くしかないですね」
折れたところを取り除いて交換するのではなく、柱ごとブチ抜く。最悪はそうなると考えていたが、いきなり再生不能宣告だ。
ちょっと待って欲しい。2週間も無駄な時間を過ごさせておいて、その突き放した言い方はないだろう。少しは他の可能性にトライしてから言ってほしいと思ったが、うまく言葉にならない。ぼくの動揺を無視し、院長はそれが当然のように、ブチ抜いた後の処置について解説を始める。
そして、あれよあれよという間に、折れたインプラントを復元するはずだった治療は、考えもしない方向へとエスカレートするのだった。
|