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[第6章●本にしてしまえ]
1… 出版コングロマリットごっこ
[2004.09.08登録]

石田豊
ishida@pot.co.jp

前から書こうと予定してはいたのだが、このテーマに関連して面白い経験をしたので、それを契機にちょっと前倒し。


ぼくがこの連載を始めたとき、書こうと思ったことを12のテーマにまとめ「章」という名で「目次」というページにあげておいた。こうでもしないと性格的にどんどん変な方に拡散していくと思ったし、忘れてしまうかもしれないと思ったからだ。現に、その後2「章」を追加しているし、前回書いたものは、もっとまじめにやれとのお叱りを受けてしまった。ま、あれはここの趣旨とまったく関係なかったしね。

ともあれ、最初にあげた12項目の中で手をつけていないもののひとつが第6章「本にしてしまえ」だ。タイトルだけでは何のことやら通じないだろう。

煎じ詰めて言えば、要するにプリントアウトを「本」のかたちにしませんか、という提案だ。

プリントアウトしたものをバチっとホチキスで綴じるんじゃなく、もしくはパンチで穴をあけてバインダーに綴り込むんじゃなく、「製本」し、表紙を付けて本の形にしてみませんかという提案である。

もちろんホチキス綴じに比べて手間がかかることは言うまでもないが、やり方次第では、そう困難な作業ではない(たいへん楽しい)。しあがりは……、びっくりするで、ほんまに。

このテーマに関しては以前単行本を執筆しようと企画をたて、出版社の内諾も得てかなりの量の原稿も書いたのだが、よく似たコンセプトの本がエディターズスクールから先に出されてしまったことと、本一冊のボリュームになると、いまいち商品としてどうか(おもしろいか)というところで自信が持てず、何となく有耶無耶になってしまった。

自分自身でいまいち頭の整理が出来ていなかったのかもしれない。

で、なぜ、ここにきていきなりこの「章」を書き始めてみようと思ったかというと、最近、ある必要にせまられて「本」を作ったからである。正確にいえばこの文章を書いているただいま現在も制作中である。

単行本の原稿を書いていて、ほぼ脱稿状態になったんだけど、著者として最終的な自信がなかった。内容は、ま、プログラミング関係といってもいいだろう。この分野での初心者が想定読者なのだが、ほんとに初めてプログラミングに取り組もうという人に届く内容になっているだろうか、といういわば根本的な懐疑だ。

専門的な分野の入門書を書くのは、難しい。これはどんな分野でも同じだろうが、われわれのジャンルの場合は「動かん」「その通りにならん」という反応に直結する。生け花入門とか分子生物学入門の著者はそのような読者からの反応を受け取ることはきっとないだろうが、ぼくたちはそういうおしかりにいつもさらされている。それでもまだそうしたメールを書いてきていただく読者はありがたいわけで、こちらの反省材料にもなるし、また、対処法のアドバイスを差し上げることも可能だ。でも自分自身の行動を振り返って考えても、著者にメールを出すなんてことは非常に稀なケースだろう。ほとんどの読者は「だめだこりゃ」と捨てて顧みないに違いない。ま、それは売り上げに直結もするだろう。困るんだよね。

入門書の執筆がなぜ困難か、といえば、要するに「こっちが知っていて、相手が知らない」からである。たとえば「炒め物入門」というのを書くと考えてみてほしい。相手は炒め物とは何かを知らない(炒め物をみたこともなければ、作ったことはもちろんない)。結局のところ「炒め物ってのはだなあ、野菜とか肉とか、……、なんでもいいけど、それをジャッジャと炒めちゃうんだよ」となってしまいがちだ。これじゃトートロジーである。

それでは、とばかりに、想定読者を人類の行動や歴史を何も知らない(けれどもなぜか日本語の読解能力はある)宇宙人にして、それを想像しながら書くとどうなるか。もう何もかも知らないというのを前提に書くのだ。たとえば「火とは何か」「ガスレンジの操作」から書き起こす。そんな本は誰も読まないだろうね。ぼくだっていやだ。ウザイ。

だから、どこかでごまかすというか手をうつ必要がある。これくらいは知っているだろうという前提を置くんですね。炒め物って何かということは知っているし、食ったこともなんどもある。作ったことだってあるという想定をするのだ。その場合は正確には炒め物入門じゃなく「あなたが知っているのよりワンレベル上の」炒め物入門ということになる。

つまり、読者との間に共通認識があるという前提を置き、その共通認識ってのはこんなもんだろう、とあたりをつけて書き始めるわけだ。この「あたり」ってのが難しいのだ。なにしろ「こっちは知っていて、相手は知らない」のだから。

プログラミング系で具体的に言えば、「変数」は説明するのか、「半角英数」ってのはどうだ、「ファイル」「ディレクトリ」ってのは? ということ。経験的に言えば、これらは説明しないとダメだ。ウソだよ。オレはプログラムのことなんぞ、なんも知らんが、これらはちゃんと知ってるぞ、と貴兄はおっしゃるやもしれん。でも、違うんだな。だってそれがらみの質問(というか、それさえ押さえていれば遭遇することのないトラブルに起因する質問)は山ほどくるからね。

このへんの(記述分量をふくめた)かねあいが、実に難しい。それは一義的にはぼくがボンクラであるからだろうが、それだけじゃない(と、思いたい)。

いつものことだが、執筆の間じゅう、ぼくはそんな煩悶にさらされ続ける。この煩悶の発生を抑制するクスリがあれば、執筆活動から得る収入は5倍程度にはなるだろうな。

えーっと。なんだか愚痴のようになってしまった。で、そんなわけで、今回も煩悶しとったわけですよ。それでもなんとか脱稿近くまで漕ぎつけた。今回の本は時間的には非常に難産であったんだけれど。そしたら版元側の事情で、出版までに多少の時間的余裕が生じた。ふつうはこんなことはない。脱稿から出版まではジェットコースターのように進むのが普通だ。煩悶なんて高級な(あるいは低俗な)ことをつぶやいているヒマはない。

そこでアイディアがひらめいた。プログラミングに関心はあるが、やったことのない知人に査読してもらおう、と。それをタダでやれというわけにもいかんから(と、言ってその「労働」時間に見合うほどの報酬をひねり出せるほど利益の高い仕事でもないし)、後で「勉強会」をやって、習得をフォローアップする。我ながらいい取引条件だと思う。参加者としては、そこまでの可能性があるなら取り組んでもソンは少ないし、当方とすれば、「参加者がそのモチベーションをもっている」という点で絞り込めることにもなるからだ。

声を掛けてみれば瞬く間に予定人数の方々が手をあげてくださった。ありがたいことだ。

後述するが、ぼくは原稿を書く段階で、ある程度構造化しており、原稿が完成しているということは、機械的な処理でとりあえずの組版は可能になる。正規表現で加工すれば20分ほどで、とりあえず読める状態(見出しやら図版やらの処理ってことです)になる。

問題は「製本」ですね。もちろんPDFかなにかで送って、画面で読め、それがいやなら自分でプリントアウトしろ、というやり方もあろう。でも、ぼくにはそれを押しつける勇気がない。だって優に300頁を超えるのだ。

もちろん片面印刷したものをダブルクリップでとめて送るってことでいいだろう。それが普通のやりかただと思う。しかし、ぼくは両面印刷して表紙をつけて製本する、というやり方を採用した。

なぜか。それが読みやすいから、というのは表向きの理由にすぎない。

この作業そのものが楽しいし、好きなのである、実は。

この作業には土日2日をあてる、とあらかじめ決めていた。現在は日曜日の午前7時だ。起きてすぐにこれを書き始めた。つまり後半戦を前にしたブレイクタイムってことですね。

もちろん作業者はぼくひとりだ。300頁っていっても、20部っていうと6000頁、紙でいうと3000枚を超える。これを両面印刷して、丁合して、糸かがり製本をして、表紙を付けてという作業をおこなっているわけだ。作業場もリビングも工場の様相。猫たちはおどろいて駆け回っている(わが工場で最大の運営上のハードルは、猫を出力物の上に乗せない、ということだ)。

つまり、弊社は現在、執筆編集組版印刷製本発送を一貫作業で行っている出版コングロマリットなのである。講談社小学館といえども、ここまでのことはやれまい。

もっぱら時間的な理由で、計画を当初のカラー印刷からグレースケールに変更したが、それでもそういう「現場合わせ」の変更ーーストップウォッチで出力単位時間を計測し、印刷総時間を算出して、あ、これはアカンと途中で方針変更したのだーーを含め、作業全体が楽しくて楽しくてしょうがない。

こんなに楽しくて、かつ、実用的な意味のあるコトを人に教えるのはちょっと惜しいと思うほどなのである。

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CN編集さんより
ご意見いただきました

[2004.09.08]

あまりのタイムリーさに

以前デジタルカメラでスクラップの話をお送りした者です。
ちょうど友人から預かった芝居の台本を両面コピーして製本したところで、
あまりのタイムリーさに驚きます。
昔の共産圏では、出版を許されなかった本を回し読みしたり、写したりしていたそうですが、そのときの一つの仁義として、本は2部写すというのがあったそうです。
自分だけが地下出版物を読むのではなく、いずれ必要とするであろう他人の分も準備して、
作者に報いるということでした。

拝読した記事のテーマとは大幅に違いますが、いずれそんな時代も来るかもしれません。

____

お久しぶりです。時節柄、ご多忙をきわめてらっしゃるんじゃないかと思っていました。この数日のニュースを読んでいると、最後の1行が現実味をおびて響きます。(石田)

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