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[第1章●机と椅子と机の上の環境]
1… JISは自分にとって適切か
[2003.08.13登録]

石田豊
ishida@pot.co.jp

仕事といってもいろんな形態がある。イラクの市街地を装甲車で終日パトロールする仕事もあれば、ベッドに横になった客の体のツボに針を打つ仕事もある。私はそのような仕事の「技術」を語ることはできない。何も知らないからだ。

唯一かろうじて知っているのはほとんどの時間を机の前に座って作業をする仕事のそれだけだ。自分自身の日常がそうだからね。私自身の感覚では事務職というより坐業というほうがぴったりくる。

坐業における仕事の技術となれば、やはり最大のテーマのひとつが机と椅子ということになるのは避けられない。能率の向上を考えるにしても、作業と健康の関係を反省するにしても、机と椅子がどうあるべきなのかは大きなテーマだ。

ということで、机と椅子。

事務用デスクも最近ではいろいろなバリエーションがある。事務機メーカーのショールームを覗くと、機能的でモダンなデスクが並んでいる。しかし、多くの会社ではいわゆる「事務机」を使っているのが現状だろう。

他のさまざまな工業製品とおなじように、事務用デスクにもJIS規格が定められている。現在のJIS規格では事務用机の天板の高さは70cmと67cmの2種類とされているそうだ。しかし、市販されているのはたいてい70cmだ。このJIS規格は実は1971年に改訂されており、改定前の規格はなんと74cmだった。これは進駐軍の規格をそのまま持ってきたからである由。30年前はいまより平均身長は低かったろう。それなのに74cmはあまりにむちゃだ。

JISの改正は日本人の体形にあわせたということなのだろうが、そもそも机の高さを2種類に限定すること自体に不満がある。

人の体格はそれぞれ異なる。成人であっても、背の高い人と低い人では50cmほどの差がある。そのようないろんな身長の人が使う机が何cmと固定的に定められるのは、どう考えてもおかしい。

デスクワークのための机の天板の高さはどれくらいが適正なのだろう。

昨今のデスクワークはキーボードを打つというのが作業の大部分を占めると考えてもいいだろう。少なくとも私はそうだ。キーボードを打つ場合の望ましい環境は図のような姿勢が保てることであるらしい。ポイントは床にぺったり足の裏の全面が付くこと、肘を90度に曲げた高さにキーボード面が付くことである。

Macintosh IIcxのマニュアルに記載されていた机と姿勢の関係図

この図は1985年発売のMacintosh IIという機種以降数年間の歴代Macのマニュアルに記載されていたもので、その後のマニュアルにはない(というより昨今、紙のマニュアルはどのコンピュータもほとんどついてないしね)。実はこの図を見たことが、私の机の天板への関心のきっかけになった。肩凝りの原因はココかも、と直感したからだ。

こうした姿勢がいいと推奨されている文献は、私にとってはこのアップルのマニュアルが一番最初だったのだが、注意していると同じ考え方の図はいろんなところにある。そしてそれは現在もまだ有効な考え方であるようだ。たとえば早稲田大学のVDTGuideline。

こういう姿勢を取った時、天板の高さが70cmだと、高すぎませんか? もちろんジャストぴったりという人もあろうが、私は背が低いため、これじゃ高すぎる。わたしは男性としては背が低いほうだが、女性ではわたしより低い人の方が普通だ。わたしには70cmが高すぎるということは、多くの女性でもそうだということである。現に、いろんな事務所に行くと、女性は床の上に足置き台を置き、その上に足を乗せている。疲れない姿勢を取ろうとすると、足が地面に付かないからだ。足をぶらぶらさせているより、足置き台にちゃんと乗せた方がましだが、そんなもん、使わないに越したことはない。

逆に背の高い人にはもしかするとこの天板は低すぎるという場合もあるだろう。

しかもその上、「ありがちな事務用デスク」はもう30年以上前の規格の74cm天板を採用しているのである。大手事務機メーカーが出しているスチールでグレーの、あの例の事務用デスクの多くは天板高が74cmなのだ。

通販カタログカウネットより引用



とにかく、さまざまな体格の人が使う机の高さを固定的に考えること自体がおかしいわけだ。

旧帝国陸軍では軍服軍靴をはじめとする装備品のほうに体をあわす、というふうに強制されたそうだが、これも同じ発想だ。机の高さに人があわせなさい。

理不尽な考え方だ。わたしはこのような考え方を「工場−学校モデル」と呼んでいる。20世紀型のモデル。もはや古くさいでしょう。

だから、天板の高さは可変であるべきなのだ。最近の事務用デスクの中にはこうした機能を取り入れたものもある。しかしまだまだ少数のようだ。

思うに、机の高さを一定にするという根拠はふたつあるんじゃなかろうか。ひとつはもちろんコスト。高さ可変の机はコストが高く付くのは当然だ。会社はそんな高い机は買いたがらない。しかし、問題はコストだけだろうか。そうじゃないようにわたしは思う。何となれば、多くの会社が「ちょっと高い目の事務用デスク」を採用しているからだ。カタログを見るまでもなく、「それより安い」事務用デスクは存在している。価格だけで決めているわけじゃないのだ。

オフィス内に並ぶ机の高さをビシっと統一したいのでしょう。その方がかっこいいと思う感性があるのでしょう。女子社員に制服を着せたがったり、ネクタイの色調を統一したがったり、決まった時間にラジオ体操を一斉にさせたがったりするのと同根の感性。

それならそれでいいんです。別にそういう感性そのものが悪いと言っているわけじゃない。でも、そのセンで行くなら、他のこともそのセンでまとめておくべきだ。年功序列でキチンキチンとベアがあり、リストラはなく、何があっても会社はキミを守るぞ、というスタイルなら、机の高さを揃えてもいいんだけどさ。一方で能力給だとかクリエイティビリティとかリストラだとか言いながら、そういうことするのはコズルい。イノベーションとか起業マインドとか言いながら机の高さを揃えようとしたり制服に固執したりする経営者がいるとしたら、そいつは頭がおかしいか、労働者をだまそうとしているかのどちらかだ(両方かもしれん)。

とにかく、快適な作業環境を作る第一歩は机の高さを自分に合わせる、ということなのだ。

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