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食卓で会いましょう
[1999.10.08刊行]
著●岩松了
定価●1900円+税
ISBN4-939015-22-X C0095/初版3,000部
A5変型判/272ページ/並製
カバーデザイン・画●日比野光希子
在庫有
【立ち読みコーナー】※本書所収原稿の一部を紹介
岩松了さんが喫茶店でけむりをもくもくとはきながら書いたおもしろいエッセイがぎっしりつまっています。そのおもしろさを伝えるためにほんの2つのエッセイを公開します。ああ、もっと読んでみたいと思ったら、ぜひご注文ください。
エッセイ01
五万円と二百円
パチンコで五万円負けることはある。確かに腹立たしい。が、レンタルビデオで延滞金と称して、二百円とられることに比べれば、何のことはない。「いいじゃないか、一日ぐらい」と言えば、「いいえ、規則ですから」とレンタルビデオ屋の店員は言うだろう。それを想像するだけで頭に血がのぼる。だから言わないで二百円払う。「ああ、何なのだ。この夢も希望もない二百円は!」
二百円、何なのそれは、何の意味があるの、その二百円には……アスファルトをけるようにして私は店を離れる。オレは何も返さないって言ってるわけじゃない。昨日は仕事の都合で帰りが遅くなり、返しに来れなかっただけなのだ。くそっ、二百円、二百円……あきらめきれない二百円……!
例えばそれでパチンコ屋。私は負ける。あっと言う間に、一万、二万、三万円……私はこのパチンコにつぎ込む金は納得出来る、でもさっきの二百円にはガマン出来ないぞ、ということを誰かに訴えでもするように、平気で負ける。しかしもちろん、そんな訴えは誰にも伝わりはしない。ただ、お金が減ったという事実が残されただけだ。
私は家に帰り、妻に言う。
「延滞金て言葉が問題だよ。援助金ならまだわかる。お金をもうけたいから、出来ればお客様に二、三日ビデオを返し忘れてもらって、その二、三日分を、経営の援助金として、二百円、四百円……という風にしていただきたいのです、というのならまだわかる。それを延滞金とは何事だ!」
居間では、子供たちがビデオで『ドラえもん』をみている。
「何だ、それは。レンタルか?」
テレビを録画したものらしい。
「ならいいけどな、おまえら、レンタルビデオを、無自覚にみてんじゃないぞ。援助だよ! 援助! わかるか」
すでに親でも何でもありゃしない。
†『神戸新聞』一九九六年十月七日付夕刊
エッセイ02
誰も決めることは出来ない
私の仕事場は喫茶店だ。この原稿も喫茶店で書いている。適度な音楽とざわめきが筆をすすめてくれる。喫茶店で聞いた音楽に触発されて戯曲を書いたこともある。書きながら聞こえてきた音楽を、「これ、使える」と思い劇中で使ったこともある。隣りの席で話している人たちの会話をノートに書きとめておいて、あとでつかったこともある。
仕事以外で喫茶店に入ることはあまりない。
もう何年も前の話になるが、一月一日に年中無休の喫茶店に入ったことがあった。中央線の大久保駅の近くだった。私がすわった席のななめ前あたり、その窓際にふたりの労務者風の男が向かい合ってすわっていた。ふたりとも作業着のようなものを着てマンガ本を読んでいた。普段なら別に何でもない光景なのだが、その日は元旦だった。着飾った人たちが右往左往している日だったのだ。私はふたりのことを、おそらく出かせぎの人たちだろうと想像した。ふたりとも年は五十歳前後のようだったから。
ふたりは言葉も交わさずマンガを読みつづけていたが、ひとりがふと顔をあげ、「どうだ、映画でもみにいくか」と言った。
「映画ね……」
「いくか?」
「ああ」
こんな会話だった。
その時、私の中に何の感情もわかなかったわけではない。全くのところ、感動したといっていいだろう。つまり、生きるということは、こういうことなのだ。このふたりが外を着飾って歩いている人たちに比べて不幸なわけでもかわいそうなわけでもない。そう決めてしまう人間がいるだけのことだ。
傲慢にもそう決めてしまった人間は、人間の幸不幸に明確な線を引きたがり、仮に自らが不幸と名ざすものの中にいる時、なぜ人は救いの手をさしのべないのか、と救いようのない歌をうたいだすのだ。
無縁であることの輝きとでも言おうか、手をさしのべようとする者を見返す力がその会話にはかくされているのだ。近づく人間を「何?」と見返す力が。
私は、人がそうやって生きているのだと確認するために演劇をやっている。
†『デイリー・アン』火曜日コラム一九九三年
【目次】
1章●口びるのすきま
ヘビースモーカーとパチンコ
・タバコとパチンコ
・タバコといえば思い出す
・タバコ供養の日
・ヘビースモーカー
・ヘビースモーカーへの一通の手紙
・ハイライトを喫う女
・五万円と二百円
・嗚呼パチンコ
・五万円負けた日のこと
あの頃ぼくは若かった
・あの頃ぼくは若かった
・スズメと牛と恋
・手紙をくれた女
・ロールスロイスの運転手
・あとひとり
・四谷美談
・結婚した?
・外人の友だち
・私を救った男
ムキにならないで
・ムキにならないで
・普通免許持ってます?
・天気待ち
・D.ボウイの『スターマン』
・その一枚サービスしとくよ
・名前いろいろ
・電車の中はクイズだらけ
・不眠症の夜明け
・「秀吉」の暗躍
・とんだ冗談いやあ参ったの巻
・さまよえる不動産業者
・或るお父さんの夜の生態
・父親を知らぬ娘?
途方に暮れて
・「伝える」ということ
・「わからない」ということ
・ 年の瀬の情緒不安定
・わがままも時には感動を誘う
・舞台袖という舞台
・万歩メーター
・風呂場でションベン
・募金箱をかかえた人々
・或る借金の風景
・「死」とは「ビジョン」のようなもの
・尾行、その正体―96 その職業に意味あり
・演劇という職業について
・私が「探偵」になって言ってみたいセリフ
・人間の基本「ウェイター」
・教師という職業について
・歌手という職業について
・モノマネは不滅の職業か
・鴨川に浮かんだ女
2章●毛皮のコート
その女に罪はない
・その女に罪はない
・ 地獄の主婦A
・ 乳房への道
・ 忘れじの人妻、あの千円
・ 銀杏を掃く女
・ 結びつかぬ女たち
・ 少年ジャンプの女
・ 自堕落な色気
物語の女
・年の瀬の官能
・ 演劇へのドアノブ
・ つかまれた手
・ A子のしあわせ
・ 夜行列車の女
・ マタニティな女
・ とても大事なこと
・ 飲み屋に行けば
・ 踊る女と背広の男
・ ここに幸あれ
3章●器量が悪くても
演劇にまつわる私話
・誰も決めることはできない
・ ちょっとした自叙
・ 劇作家であり演出家であること
・ 姫錦と握手した
・私はどういうことを考えながら演劇をやっているかということ
・絶望あれこれ
・修行について
・中途半端という王道
物語ときいて思うこと
・物語ときいて思うこと
・「演劇」の「映画」に対する一方的言い分
・チェーホフの現代的魅力―244
あとがき……想像力という言葉をめぐって
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