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●編集から-03
コーナー編集日誌
文●沢辺 均(ポット出版)kin@pot.co.jp
このコーナーへのメールは okmhg@pot.co.jp
[2001-09-29開始]
[2002-01-27更新]
   

●2002-01-27(日)
椎名編集委員の「転載不可」連絡

1月25日(金)にファックスで返事を送ったら、さっそく同日の21時02分のタイムスタンプで『週刊金曜日』編集部・黒川さん、渡辺さんから返事をもらいました。

「1月25日付けのFAX拝見しました。ちょうど椎名編集委員から「転載不可」という返事が来ましたので、お伝えいたします。なお、著者の方への転載取次に際しては、「虫食い的な転載は望ましくない」という編集部の方針を汲んで対応していただきたいとお伝えしてあります。 最後に、御社の益々のご健勝をお祈りいたします。」といったもの。

これで、椎名誠編集委員の「転載不可」が確定したので、「性と人権」特集の編集委員の記事は、本多勝一さんのものだけになりました。
で、『週刊金曜日』編集部は、編集委員たちに虫食い的な転載は望ましくない、編集部方針を汲んでくれ、と言ってまわったそうです。
それほどまでに嫌がられてしまったんですね。まあ、いいけど。それに、「益々のご健勝」なんて、ちょっとイヤミか皮肉を感じてしまいましたよ。
あ、僕が一月二五日に送ったファックスの最後の「なお、『「伝説のオカマ」は差別か』を発行しましたら寄贈させていただきます。」がイヤミか皮肉だと思われたかな? 自分で自覚できないとこでそんなイヤミ・皮肉な気分になってたのかな? 入っていたかもしれないな。

そんなこと書かずに、ただ寄贈するのがよかったかな、と少々迷いました、ね。

●2002-01-25(金)
『週刊金曜日』からの返事

『週刊金曜日』から返事が来ました。

下にある1月4日付けの僕が送った手紙に対する返事です。
返事をもらったので、僕からも返事を書きました。

こういうことに、なりました。

▼沢辺が送った返事
『週刊金曜日』編集部
編集長・黒川宣之さま
編集長代理・渡辺妙子さま
1月23日付けファックス拝見しました。
ポット出版から送らせてもらったお返事ですね。
お返事に対して、以下の通り了解しました。
1月4日付けで送ったファックスには、次のようなお願いをしたはずですよね。
01●著作権者からポット出版が転載許可をもらっているものは、『週刊金曜日』に「転載許可申請書」を提出しないけれど、それでいいか
02●本多勝一さんを除く、編集委員(落合恵子・佐高信・筑紫哲也・椎名誠・辛淑玉の各氏)の転載許可を本人達にとってください
03●断られましたが、編集部署名の原稿を転載をあらためてお願いしたい

[01]に対しては、「(1)」にあるように、たとえ著者が了承したとしても、本誌の理念にそぐわない形で転載されるのには、異議を申し立てたい。法的な権限があるかどうかは別な問題、著者がどうしても転載したいということなら仕方がない、ということですね。
ポット出版がお返事をお願いしたのは、及川健二・平野広朗・志田陽子・本多勝一の各氏の原稿は、こちらで転載許可を受けているので「転載 許可申請書」を出す意志はないけれども、それでいいか、という確認に関してでした。
どうも、出さないでいいというように読みとれるので、そのように理解することにします。
また、「理念にそぐわない形で転載」されることへの異議という点や、「法的な権限があるかどうかは別」という点、さらには「著者がどうしても」という点などにかんして納得することはできませんが、『週刊金曜日』編集部への直接の手紙というかたちではこれ以上の意見表明はやめておくことにします。

[02]に対しては「(3)」にあるように、佐高、落合、辛、筑紫、椎名氏に確認しましたが、佐高、落合、辛、筑紫氏は認めないと回答。椎名氏は連絡がとれない。「転載ご連絡書」は送らなくていい、ということですね。
転載許可を取次いただいてありがとうです。編集委員の方々の意志はわかりました。どうもお手数をかけてすいませんでした。
ただ、ポット出版から直接連絡をとったときに、ある方が「ポット出版への転載許諾に応じないように」といった意味のコトを編集部にいわれたとおっしゃっていました。いまさら事実を確認するのも面倒ですから、そこまではしませんが、もしそうしたことを連絡したのだとすれば、とっても残念な態度だと思いました。
なお、この項の最後にかかれている「「転載ご連絡書」は送っていただかなくて結構」は、[01]であげた方々の原稿に対してだと理解しておくことにします。

[03]に対しては「(2)」にあるように、虫食い的に転載されると特集の意図が誤解されるおそれがあるので、編集部としては認めないことを決めました、と「(4)」にあるように、この特集はいろいろ議論を呼んだので、転載する場合は誌面に掲載した形のままで再録してほしい。虫食い状態で再録されるぐらいなら、再録されないほうがまし。全容を正確に知りたい方にはバックナンバーを読んでほしい、ということですね。

いろいろ言いたいことはありますが、『週刊金曜日』編集部の意志はわかりました。残念ではありますが、了解です。

お返事ありがとうございました。

なお、『「伝説のオカマ」は差別か』を発行しましたら寄贈させていただきます。

2002年1月25日 金曜日
沢辺 均 kin@pot.co.jp

●2002-01-15(火)
友人の『週刊金曜日』経験

友人からメールが来ました。

その友人が『週刊金曜日』に売買春問題で投書をしたときのやりとりです。
以下、全文を載せます。
それにしても、どこまでわかってないんでしょう。

▼友人からのメール
沢辺さん
ご無沙汰しております。
川添歩です。
ホームページにある『金曜日』とのやりとり、興味深く拝見しております。
あれを拝読していて、自分が『金曜日』とやりとりしたときのことを思い出したのでメールしてます。おととしの四月ぐらいの話です。以前ご覧になっていただいたように、ぼくの投書が載ったことがありました(No.311,2000.4.14号)。
その投書に、「編集部の方へ:肯定の立場にいますので、『買売春』と直さないようにお願いします」とわざわざ注意書きしたのにもかかわらず、ぼくの投書だけわざわざ「売買春」がすべて「買売春」と編集されていたことは前にもお話しました。(他の方の当初では「売買春」となっているものもあったので、何らかの意図で変更したのではなく単純な……しかしちょっと考えられない……ミスです)
その抗議のメールを出したときに、ぼくの投書は自分のホームページに載せますということの連絡もしていました。もちろん許可願いではなくただの連絡です。
そうしたら、たぶん投書欄担当の小林さんという方から

-----------2000.4.17
ひとつ、お願いなのですが、投書者の方のホームページへの公開については、一応転載の手続きが必要になります。
川添様のほうで問題がなければ、私が申請書を会社に出すようにしますので、それでいいかどうかお返事をいただければ幸いです。
-----------

という返事が来てびっくり。
なんで著作権者が自分で公開するのに申請しなきゃならんのか、『金曜日』は何を考えているのかと思いました。どうも著作権のことをまるでわかっていないようだったので、それを説明したり議論?になるのも面倒で、多忙や連休もあって間があいてしまったのですが、その後、正面から書かずに次のように返信しました。

-----------2000.5.8
私が書いた文章の元原稿を自分のホームページにて公開する件ですが、金曜日のホームページでの表記を「売買春」と変えていただいたこともあり、まだ実施しておりません。
しかしながら、近いうちに実施するつもりではおります。やはり自分のホームページ上に自分の書いたものを集めておきたいという気持ちがありますので。
ところでその際、金曜日編集部に「転載の手続き」を取る必要はないと考えております。
私が掲載しようと考えているのは私が書いた原文であり、金曜日編集部が手を入れられた結果、週刊金曜日に掲載されたものではありません。したがって金曜日編集部に編集著作権はなく、また「転載」であろうはずもありません。
認識に違いがあればご指摘ください。
-----------

当時『金曜日』のホームページには投書は全部掲載されており、「売買春」がすべて「買売春」になっている僕の投書もそのまま載っていたので、比較のためにもぼくのホームページには投書した原文を掲載しようと思っていたのですが、ぼくのメールをうけて『金曜日』のホームページの文言は修正されてしまったんですね(まあこれ自体は修正してもらっていいんですが)。
ただいずれにせよその誤編集のことも含めて掲載しようと思っていたので、あえて「転載」じゃないよと書いたのですが、そしたら

-----------2000.5.11
ご指摘のように今回の場合は、金曜日誌上に掲載されたものとホームページ上のものは「別物」なので、転載の必要はないです。
-----------

という返事でした。
これ以上つっこむのもばかばかしく、それ以上返事はださなかったのですが、まああれやこれやで『金曜日』の編集能力にはちょっとかなりびっくりでした。
つまり、黒川さんの言われてる

-----------
ただ弊社としましては、著者の方々への責任を考え、本誌に掲載された記事については「記事転載許可申請書」を出していただき、著者の了解を得たうえで、転載を認めるかどうか判断することにしております。
-----------

ていうのはウソで、著者が自分で転載しようとしても「記事転載許可申請書」を求めていた(いる?)んです。
沢辺さんご指摘のとおり、商店会長にそんな権限はないにもかかわらず既得権益だと勘違いして口出しているようなもんです。
『金曜日』は、あの手の情報を掲載する類似商業誌は皆無なので、その存在はとても貴重なものだと思ってはいるのですが、ちょっとどうしようもない、と思うことも少なくないですね。
でもなくなってほしくはないので、創刊時からずっと応援し続けているものとしては、なんとかがんばってほしいと願うばかりです。
この一連のことも、『金曜日』が正しい理解をしてくれる結果となることを祈ってます。沢辺さんとしては、「なんでこんなことを言わなければならんのか」とむなしいことも多いかと思いますが……。   川添 歩

今、『週刊金曜日』のサイト(「投書・論争」のページ)を見たんですが、【インターネットの掲示板などで、当ホームページに掲載された「投書・論争」を無断で転載し、人権侵害につながるような悪質な取り上げ方をするケースが増えています。 現在、対策を検討中ですが、とりあえず暫定的に「投書・論争」の全文掲載は中止することにしました。】という理由で、掲載が中止されていました。

●2002-01-04(金)
編集部に送った返事

下の12―26の日誌にある「文書で返事」が12月27日に届きました。
『週刊金曜日』編集長 黒川宣之と編集長代理 渡辺妙子さんからです。
この文書には、いくつか納得しかねることがあるので、僕が書いた返事をファックスしました。今日、一月四日に送りました。以下がその全文です。
これを読んでくれたみなさんはどうお考えでしょうか?

(以下が、ファックスで送ったものです)

▼編集部に送ったファックス
『週刊金曜日』
編集長 黒川宣之様
編集長代理 渡辺妙子様
前略
ファックス(2001・12・27付け)ありがとうございました。
後半に書かれていた「転載許可申請書」について、『週刊金曜日』編集部の黒川さん・渡辺さんの考えに同意できないので、意見とお願いをさせてもらいます。

ファックスには次のように書かれていました。

平野広朗氏の記事を編集部に無断でポットのホームページに掲載されているのは、指摘のように転載を拒否する法律的な権限はない。『週刊金曜日』の勘違いでお詫びする。
ただ、著者の方々への責任を考え、本誌に掲載された記事は「記事転載許可申請書」を出していただき、著者の了解を得たうえで、転載を認めるかどうか判断することにしている。これからも、転載許可申請書の提出をお願いしたい、と。

この返事によれば、現在ポット出版のサイトに掲載している平野広朗さんの記事も、発行を準備している『「伝説のオカマ」は差別か』(仮題)に掲載することにしている及川健二さん・本多勝一さん・志田陽子さんの記事も、すべて著作者=著作権者の了解を得ているにもかかわらず、「転載許可申請書」を出すようにとのことですよね。
ポット出版は、これまで、雑誌に掲載された記事を単行本にする場合、掲載誌編集部に「単行本に掲載します」という連絡(挨拶といってもいいと思いますが)は、ほぼ100%してきました。
これは、転載を許可する権限を著作者が持っていて、ポット出版がその許可を得ていてもそうしてきました。
著作権法では、著作権者から許可を受ければまったく問題ないと理解していますが、挨拶は挨拶としてしておいた方が、関係を潤滑にできると考えるからです。ですからポット出版に、そうした連絡をする意志がないというのではありません。
平野さんの記事をサイトに載せるときは、正直に言えば『週刊金曜日』編集部とのトラブルをメンドウだと思って連絡をしませんでした。
著作権法上の問題はなく、連絡をすればむしろ今回のようなクレームを受けると思ったのです。
9月に編集部からおくられてきた、「転載許可申請書」をみていたので、たぶん転載許諾の権限を編集部が持っていると思っている、と感じていたのだろうと思います。
ですが、こうした儀礼的な挨拶をすることと、黒川さん・渡辺さんから送られてファックスにあることを「理解」することはまったく別なことです。
これを「理解」する意志をポット出版は持っていません。その理由は次の点からです。
「著者の了解を得たうえで転載を認めるかどうか判断しております。」は、著作権法に反していると思うからです。
今回の返事に書かれていたように『週刊金曜日』編集部に「転載を拒否する法律的な権限はありません」なのです。ですから、著者の了解を得たならば、それは転載を認めるという結論しかありえないのです。
イヤ、「転載を認める」という表現こそ変ですよね。そもそも認める・認めないという判断の権限を持つのは唯一著作権者だけで、『週刊金曜日』編集部にはなんの権限もないのだからです。
権限のない人に、著作権者の行動を制限することはできません。ポット出版は『週刊金曜日』編集部に転載するというポット出版の行動を制限される気はありません。
「転載を認めるかどうか判断」する根拠として唯一あげているのは、「著者の方々への責任を考えて」ということですが、余計なお世話どころか、他人の権限を奪うことです。編集部が全うすべき責任は、著作権者の了解を受けたらそれを連絡することではないでしょうか。それ以外にどんな責任があるのですか。
結婚を決めた子ども(とりあえず成人の子ども)に、子どもへの責任を考えて認めるかどうか判断すると言う親と、まったく変わらないと思いますよ。

●以上の理由から、『週刊金曜日』掲載原稿で著作権者の転載許可をいただいているものについて、あらためて編集部に「転載許可申請書」を提出する意志はありません。提出しないということを了解していただけるのかどうか、お返事をお願いします。
提出しないことで了解していただけるのなら、「転載ご連絡書」をつくって送ります。

著作権者から転載許可を受けている記事に対して「転載許可申請書」(「転載ご連絡書」ではなく)を提出するのはイヤなんですが、著作権者への転載申請書(そして『週刊金曜日』編集部に送るのはその取次をお願いする)として理解すればいいんだと気がつきました。ですから、著作権者に転載を了解してもらうものとしてあらためて申請書をお送ります。

●以下の『週刊金曜日』掲載原稿は、直接著作権者に転載許可をいただいていません。「転載許可申請書」をお送りしますので、お忙しいところ恐縮ですがそれぞれの著作権者に転載許可をしていただけるかどうかご連絡ください。
○「表現の自由と差別の再生産」……落合恵子さんの署名原稿
○「孤立は恐れないが連帯を求める」……佐高信さんの署名原稿
○「私が言える二、三のこと」……筑紫哲也さんの署名原稿
○「激しい刺激」……椎名誠さんの署名原稿
○「やっとスタートライン」……辛淑玉さんの署名原稿
以上すべて『週刊金曜日』2001・08・24(376号)P21〜24「私はこう考える―編集委員からの意見」

原稿料は次の通りです。
○印税方式・10%・実売計算(掲載ページ数で案分)
○初版の予定部数=2,000〜3,000部 予定定価=1,000から1,600円程度、を予定
また、いただいたファックスの前半で「性と人権」特集の転載のお断りをいただきました。『週刊金曜日』は、企画書をもとに編集会議で転載を検討。その結果、「性と人権」特集全体(P10〜P25)丸ごと掲載できるなら転載を了承する、との結論になった。虫食い的に転載されると、企画意図の誤解のおそれがあるため。で、すこたん企画や連絡のつく編集委員の意向を確かめたら、すこたん企画と一部の編集委員が断ったので、この特集の転載は断る、といことでした。
ポット出版は、まさに全部を掲載することで「すこたん企画の抗議の理由」「それに編集部はどう考えたのか、どう対処したのか」「『週刊金曜日』の編集委員として表紙にも名前を掲載されている方々はそれぞれどのように考えているのか」を総合的に読者に提供したいと考えたのです。
すこたん企画と一部編集委員のかたの転載断りがあったとしても、編集部署名の記事を掲載させていただけないでしょうか(編集委員の方々にはあらためて上記のように「転載許可申請書」をお送りして、お願いします)。
すでにすこたん企画のサイトには本多勝一さんと椎名誠さんという編集委員の方の記事と、編集部署名の「私たちの議論の日々」がない虫食い状態で転載されています(これも「転載許可申請」を受けての掲載だと思います)。
すべてを掲載して『週刊金曜日』編集部の意図をできるかぎり正確に読者に理解して欲しいという考えは充分に共感します(だからこそすべての掲載をお願いしたのですから)が、著作権者に許可を得られない以上、可能な限りの記事を掲載してその意図を読者に理解してもらうようにしてもいいのではないでしょうか。
幸い、すでに本多勝一さんには転載の許可をいただいています。これに編集部署名記事の「私たちの議論の日々」(ともちろん「問われている私たちのこれから」も掲載させていただきたいのです)がこの本に載れば、この本の読者は、この本とすこたん企画のサイトを見れば『週刊金曜日』の特集をすべて見ることができます。
もちろん、バックナンバーの購読方法も告知しますので、ネットにアクセスできない読者でも『週刊金曜日』376号を購入すれば、見ることができます。そもそもバックナンバーを買ってくれればすべてを見ることが可能ですよね。で、バックナンバーを積極的に購読してもらうように「他のこれこれの記事は、『週刊金曜日』バックナンバーを注文してください」としたいのです。
問題は、「すこたん企画の抗議の理由」「それに編集部はどう考えたのか、どう対処したのか」「『週刊金曜日』の編集委員として表紙にも名前を掲載されている方々はそれぞれどのように考えているのか」といったことを読者が理解する方法をできるだけ豊富に提供することだと考えています。
大変申しわけありませんが、もう一度ご検討をお願いします。

2002年1月4日 金曜日
 沢辺 均

追伸
このファックスは全9枚お送りします。
ここまでの手紙が4枚。以降「転載許可申請書」が5枚です。
ナンバーを振っておくので、万一送信もれがあればお忙しいところ恐縮ですが、連絡いただけると助かります。

●2001-12-26(水)
『週刊金曜日』黒川編集長と電話

黒川編集長に電話しました。

12月17日(月)に直接編集部に伺って話した、編集部署名記事の単行本への転載と、「厳重に抗議」を受けた『週刊金曜日』掲載・平野広朗さん原稿のこのサイトへの掲載問題です。
ちょうど「返事を書こうとおもっていたところ」だそうですが、あらためて文書で返事をくれることになりましたが、電話で話してくれた結論は、

○編集部記事の転載は断る
理由↓全部掲載して『週刊金曜日』の考え方の全体を読者に理解してもらえるような掲載がいいのだが、すこたん企画は他の本に掲載する予定なので断ると言っている、編集委員は「2〜3の編集委員」が断ると言っている。だから全部掲載できないので、編集部署名原稿の掲載も断る。

○平野原稿掲載への「厳重な抗議」にかんして
ポットのいうとおり転載許諾権というのはなかった。

これらは、電話で聞いた話なので、文書できたら、あらためて意見を書こうと思ってます。その方が『週刊金曜日』の正確な考えたを踏まえることができると思うからです。

●2001-12-23(日)
担当編集者・山中登志子さんの
単行本が発行されました


このコーナーの発端の記事、「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」の担当編集者の山中登志子さんから、本が送られてきました。
『編集者からの手紙―『週刊金曜日』と8年』。
山中さんが『週刊金曜日』の編集者として、原稿依頼などでくどく手紙や、抗議されたときに書いた返事やお詫びの手紙などをまとめたものです。
いろんなトラブルがあったようで、『買ってはいけない』の著者にあてた印税問題の手紙など、興味深いものがありますよ。やっぱり私は、人のもめ事が好きなんですかね。
で、それはともかく、すこたん企画にあてた手紙、つまり、このサイトで一度公開し、編集部で公開を止められた手紙も入っています。
いま準備している単行本『「伝説のオカマ」は差別か』にも掲載させてもらうことになっているんですが、早く読みたい方はこの本でどうぞ。

『編集者からの手紙―『週刊金曜日』と8年』
著●山中登志子 
発行●現代人文社 電話03―5379―0307
 www.genjin.jp  hanbai@genjin.jp
定価●1700円+税 ISBN4-87798-069-5

直接、現代人文社に注文することもできるようです。

●2001-12-18(火)
黒川編集長と渡辺編集長代理と
話してきました

●2001-12-18(火)
黒川編集長と渡辺編集長代理と話してきました、行ってきました。『週刊金曜日』編集部。17日(月)18時です。
対応してくれたのは、黒川宣之編集長と渡辺妙子編集長代理のお2人です。
テーマは2つでした。単行本『「伝説のオカマ」は差別か』(仮)への編集部記事の転載依頼のことと、平野さん原稿(『週刊金曜日』2001年11月09日号、387号に掲載)のこのサイトへの【無断転載】厳重抗議について話し合うためです。
最初に編集部記事の転載依頼について話しましたが、先に厳重抗議問題のことを書きます。
16日付けの下の日誌に全文載っけてある「ポット出版の考え」をプリントして手渡し、そこに書いたことを、僕の考えとして述べました。(最後のほうですが、著作権法の一部や解説書などの資料も差し上げました)
特に僕が強調したのは、「転載許諾権」ってどこに根拠のあるものなんですかってこと。感想ではありますが、「転載許諾権」の根拠がどこにあるかなどということを考えたことがなかった、という印象を持ちました。なので、何にも具体的な答えをしてもらえませんでした。「調べて、答えます」が返事です。
しかし、『週刊金曜日』はこれまでずーっと、転載申請をださせてたということです。どういう経過でどういう内容だったのかまでは聞きませんでしたが、その転載に際して、お金のやりとりが発生したこともあったそうです(イヤ、これは、ことと次第によってはオッケーだと思ってますよ)。
念押し的に「(すでにこのサイトに掲載している平野さん、及川さんの原稿の)許諾申請はもって来られなかったんですね」と聞かれました。「ハイ」とこたえました。
編集部員や編集委員の著作権が、会社にあるのか、個々人にあるのかは、はっきり教えてもらいました。社員の書いたものは法人著作(職務著作)、編集委員(本多勝一・筑紫哲也さんなどですね)の書いたものの著作権は個人にあるってことでしたよ。
転載許諾権を『週刊金曜日』が主張するってことは、著者の著作権(財産権としての著作権)を「かすめ取ってる」というのが、今の僕の考えです。だって、編集部が転載させたくないって(たとえば、ポット出版などとんでもない出版社だから、悪質に利用されるだけだってな理由で)思って、著者は「少しは金になるんだから複写権を売ってもいいや」って思った場合はどうするんですかね? 売る売らないは著者が決めていいはずです(法律の上でですよ)。著者の前に立ちはだかって、その権利のしきりをするんですから、かすめ取るって感じが僕にはぴったり来ます。
魚屋さんがお客に魚を売ろうって時に、商店街の会長さんが「あいつには売るな」って言ってるみたいです。イヤ、言うのはいいんですよ。親切のつもりなんでしょうし。でもそれはアドバイスにすぎません。
「商店街に販売許可権があるのだから売るな、あいつは刺身で食べられる魚を煮物にしちゃうやつだから」って言われてもねー、ってことデスよ。魚屋さんは商店街に加入するときにそんな約束してませんしね。
で、さらにその会長さんは、お客んとこにファックスして「販売許諾権は商店街にある(ないんだってば、ですが)。まず申請して、どう料理するかなどを聞いてから商店街が許可し、魚屋に売ってもいいよって連絡するのがルール。無断購入だ、厳重に抗議する」って言ってきてる。
たぶん、「悪意」なく転載許諾権が『週刊金曜日』にあると思っているんでしょう。「ポット出版なんて何にもわかってない」とも。ですから、調べて回答してもらって、その答えをマジに受け止めてちゃんと考えていこうと思ってます。
さて、次に単行本への掲載依頼のことです(この話を先にしましたが)。
またまた、下に、持っていった「構成案」を貼り付けておきますね。
黒川編集長が言っていた転載許諾の基準は、

(1)この本がこれ以上、キズを拡大するようなモノでないこと(『週刊金曜日』がそれに協力したくない)
(2)特集などの場合、一部ではなく全部掲載して、『週刊金曜日』の考え方の全体を読者に理解してもらえるような掲載がいい
ということでした。

でも、9月にこのサイトに「性と人権」特集を転載させてほしいというお願いへの断りに、「きわめて広範囲であり、バックナンバー売り上げが経営のひとつ支柱の1つになっている弊社としては、営業上望ましくない」ってことが理由でした(もう1つの理由は、この企画が進行中で一部だけだと見る人に誤解を与える、というもの)。
ポット出版の企画は、サイトでも単行本でも、「全部」でした。
だって、全部を読んでもらった方が、読者はすっきりとするでしょ、わかりやすいでしょ。
ということで、これも返事待ちです。
で、持っていった「構成案」が←です。

▼持っていった構成案

シリーズ●反差別論・更新のために01(仮)
「伝説のオカマ」は差別か(仮)構成
・まだ、交渉中のものが多数あります
・企画変更・追加の可能性があります。

●『週刊金曜日』編集部さまへ
正直、ここまで詳細な構成案を見せる必要があるのかどうか悩みました。
どのような構成で本を作るのか、といういわば編集権に属する事柄でいえば、その細目を一部の著者に見せる必要はないという気持ちからです。
たとえば『週刊金曜日』は、特集の一部の原稿依頼をするときに、著者にその構成を見せているのかしら、とか「見せて」といわれたらハイハイってみせるのかしらん、とも思いました。
一方、自分の書く原稿が、前後の構成のなかで悪意に満ちた取扱をうける可能性を考えたら、「見せて欲しい」という気持ちが湧くのも納得できる。
さらに、あのオウムに放送するビデオを見せたテレビ局へのメディアの非難を思い出したら、やっぱり見せるのはおかしいかな? と。
まして、今回掲載をお願いしているのは、議論になった問題を考える上で欠かせない「資料」でもあります。意識的にこれを外したら、「考える材料は提供しますよ」という姿勢がなかったことにもなってしまいます。
そんなふうにゆれるのです。
しかし、現実はさまざま「具体的対処」がいつも求められます。
今回は、現時点で企画していることをすべてお見せして、前向きな判断をいただきたいと思いました。
2001年12月16日 日曜日
ポット出版

【01 この問題の経過】
【02 関連記事一覧 2001.6.15・367号〜2001.11.16・388号まで】
【03 問題とされた原稿】 
 『伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる』 文・及川健二
【04 シンポジウムの記録】
【05 シンポジウムの感想】
 ○01 感想など……下村健一(東京大学社会情 報研究所客員助教授/キャスター)
 ○02「おかま問題シンポジウム」大入り満員 春日亮二(Japan Gay News)
 ○03 感想文です。 浩史(34歳、会社員)
 ○04 シンポジウムへのメッセージ 田亀源五郎(ゲイ・エロティック・アーティスト)
 ○05 シンポジウムの感想 taka(ゲイの大学生)
【06『「伝説のオカマ」問題を考える】●「性と人権」を考える
 ○誰が誰を恥じるのか 平野広朗(『週刊金曜日』掲載原稿「「性と人権」を考える」)
 ○私がつたえたかったこと 及川健二(『週刊金曜日』掲載原稿「「性と人権」を考える」)
 ○当事者としての言葉とメディアの権力性の両立について 志田陽子(『週刊金曜日』掲載原稿「「性と人権」を考える」)
【07 『週刊金曜日』編集者たちの考え】
 ○渡辺妙子(編集長代理)★断られました
 ○土井伸一郎(副編集著)★断られました
 ○山中登志子(担当編集者)■依頼中
 ○辛淑玉(元・編集委員)■依頼中
 ○落合恵子(編集委員)■依頼中
 ○本多勝一(編集委員)■依頼中
 ○佐高信(編集委員)■依頼中
【08「伝説のオカマ」問題・『週刊金曜日』の記録】
●『週刊金曜日』に掲載されなかった投稿・原稿
 ○1 投稿「謝罪する必要はない」
伏見憲明(クィアジャパン編集長)の投稿[投稿日01.07.18]
 ○2 投稿「「オカマ」の語をどう受け止めるか」
宮崎留美子(高等学校教諭)の投稿[投稿日01.08.08]
●『週刊金曜日』「金曜日から」辛淑玉・本多勝一
●『週刊金曜日』「性と人権」特集
 ○私たちが声をあげたわけ(伊藤 悟/簗瀬 竜太) ★断られました
 ○セクシュアリティの基礎知識(伊藤 悟/簗瀬 竜太) ★断られました
 ○いつも側にいた『金曜日』(高橋 タイガ) ★断られました
 ○私たちの議論の日々(『週刊金曜日』編集部)
 ○問われている私たちのこれから(『週刊金曜日』編集部)
 ○編集委員からの意見 私はこう考える
  ・表現の自由と差別の再生産(落合 恵子)
  ・孤立は恐れないが連帯を求める(佐高 信)
  ・私が言える二、三のこと(筑紫 哲也)
  ・激しい刺激(椎名 誠) 
  ・文脈の問題であり中身の問題(本多 勝一) 
  ・やっとスタートライン(辛 淑玉)
(ここまで)

●2001-12-16(日)

その2です
『週刊金曜日』編集部に明日17日(月)18時に行きます。
編集部の原稿の転載依頼(単行本『「伝説のオカマ」は差別か』(仮))と、平野さんの原稿のこのサイトへの「無断転載」厳重抗議について話し合うためです。(以下に、明日持っていく「ポット出版の考え」を入れておきます)
で、『週刊金曜日』の編集部ですが、「ポット出版なんて何にもわかってないよ」みたいに思ってるんじゃないでしょうか?
僕の妬みでしょうか? これが大手出版社なら、いきなり「厳重抗議」などといった文章をファックスするでしょうか? まずは慎重に顧問弁護士かなにかに相談するんじゃないでしょうか、相手が大手出版社なら。
たしかに、大手出版社なら法務部のような、法的な対処を検討するセクションがあるとおもいます。だから、キチッとした対処をする確率は高い。
でも、やっぱり最後は「人」の問題です。
大きな出版社の法務部だからキチッとやる、という確率は高いが、すべてがそうであるはずはありません。また、零細出版社は、法的な対処を考えるのはそこの社長だったりしますから、やることが多すぎて深く知ることができなかったりはします。でも、なかにはそのジャンルが得意な「人」がいる場合もある。
『週刊金曜日』の発想はしかし、そうした重層的な理解ではなく、単純な発想じゃないかな?
大手出版社=ちゃんとしてる
零細出版社=いい加減
僕はこう考えるようにしています。
大手出版社=ちゃんとしてる確率は高いが、いい加減な人もいる。で、これまでのやり方を金科玉条のように守っている人が多い
零細出版社=大手に較べるとちゃんとしてる確率は低いが、ちゃんとしてる人もいる。で、これまでのやり方を金科玉条のように守っている人が多い
さて、以下が明日持っていくポット出版の考え方です

▼持っていく文書
『週刊金曜日』
編集長 黒川宣之さま
編集長代理 渡辺妙子さま
ポットのウェブサイトの平野原稿掲載への厳重抗議にたいするポット出版の考え
2001年 12月 16日 日曜日
ポット出版(文責・沢辺均)
2001、12、12付けのファックスで、平野広朗さんの原稿「誰が誰を恥じるのか」をポットのウェブサイトに掲載したことに対して【厳重な抗議】を受けました。
そのことに対する【御社のお考えをお聞かせいただきたく】とのことでしたので、ポットの考えを以下に列記します。

●ポット出版の考え
○『週刊金曜日』(2001年11月09日号、387号)に掲載された「誰が誰を恥じるのか?」という著作物の著作者は、平野広朗さんだと思っています。
○平野さんにあらためて(2001年11月14日)確認しましたが、「他の媒体に掲載する権利を『週刊金曜日』に譲る」などの約束はしていな いということでした。ですから、著作権は平野広朗さんにあるものだと思っています。
○掲載する、しないを決めることができるのは著作権者の平野広朗さんだというのがポット出版の考えです。この考えにしたがって、平野さんに掲載をお願いしました。
○それでも一定期間は慣例として『週刊金曜日』が「独占」できる期間があると思ってます。次号が発行されるまでです。
今回の場合ポットで利用したのは11月30日(金)です。
掲載号の発行が11月09日。その後、11月16日号、11月23日号、11月30日号(この発行日にポットのサイトで公開しました)と次々々号の発行日ですから、『週刊金曜日』の「独占」期間はサイトでの掲載を控えたと考えています。
○今後、問題になるかもしれない編集委員の著名原稿についてです。
法人著作(職務著作)であれば、『週刊金曜日』に、そうでないならご本人に許諾をお願いしたいと考えています。ただ、大変申し訳ないんですが、もしご本人に著作権があるのなら、取次だけでもお願いしたいです。

●すいませんが『週刊金曜日』編集部に質問させてください
○いただいたファックスには【転載許諾権は当方が持っておりますので】【筆者の平野氏の了解を得たとは書いてありましたが、当方への申請と、当方の許可がなければ無断転載となります】とありますけど、著作者の了解を得ても無断転載になるような、転載許諾権というのは、どういった法律などにその根拠があるのでしょうか?
○平野さんは、そうした「権」を譲ったことはないと、僕に言っています。
平野さんとはそのような約束をしたのでしょうか? したとすればそれは文書ですか? 口頭ですか? メールですか?

●単行本『「伝説のオカマ」は差別か』(仮)への掲載計画
発行を準備している単行本『「伝説のオカマ」は差別か』(仮)に、『週刊金曜日』掲載原稿から次のものを利用させてもらおうと、現在のところ計画していますのでお伝えしておきます。
○「個に生きる(5)」筆者から[ページ・52―53]私が伝えたかったこと
文・及川健二(2001年11月09日号、387号)
○当事者としての言葉とメディアの権力性の両立について[ページ・54―55]文・志田陽子(2001年11月09日号、387号)

●2001-12-16(日)

前回の01年12月14日(金)付けの日誌に書いたことに追加です。

この前、ポット出版の決算書をどんなスタイルで公開しようか考えるために岩波書店(たびたび引き合いにだしてスンマセンが)などのサイトを探したんですけど、見つけることができませんでした。

と書いたんですけど、当たり前でした。
例の鈴木書店の倒産(破産申請)に対して岩波書店の大塚社長が12月7日(金)に記者会見を開いたそうです。鈴木書店倒産よる経営危機説を否定するためのもののようです。
その会見で【記者からは「財務状況を明らかにすべきだ」との声も挙がったが、大塚社長は「業績を公開しない方針は変わらない。これについては批判を受けても構わない」と拒否した】(『新文化』2433号・2001年12月13日号)ということでした。
それってちょっと違うんじゃないかな。
株式会社はすでに「公(おおやけ)」の存在で、だれかの個人の財布って訳じゃないんだと思うんです。
例えば、倒産すれば連鎖倒産する関係会社もあるわけです。
情報は公開する方向で考えるべきって思うんだけどな(行政にだけ要求するんじゃなくて、自分とこで始めた方がいいですよね)。
で、すこたん企画・簗瀬さんの返事メールに対して腹を立てたこと、の続きなんですが、もうほとんど腹は立たなくなりました。たいしたことじゃないですからね、ポット出版がすこたん企画に「印税も払わない出版社だ」と思われたって、ぜんぜんそんな事実はないんだから。
だもんで、このことはこれにてお終いにします。

●2001-12-14(金)

第2回です

先に日誌を書いてから、いろいろと励まし(?)のメールをもらいました。
嬉しいもんです。
批判はなかなかメールしてもらうことが少なく、励まし・応援のメールの方が多い。僕だって「ガンバッテ、応援してるから」ってメールが一番書きやすい、送りやすいですよ。
建設的な批判のメールは、メンドウだし、誤解される可能性が高いしで、なかなか書く気にもならないし、送る気にもならない。
たぶん、すこたん企画も同じじゃないかな。
で、自分の置かれてる状況を誤解してるんじゃないかなって思うんです。
それにしても、励ましのメールは嬉しいもんです。ホントにありがとう、です。
あ、批判もぜひ送ってください。まってます。

さあ、前回の続きです。

●「経営基盤の不明瞭な出版社からではなく」について
このとんでもないアホ部分は、ポット出版のことを直接さしているのではないようです。「余談」ですし「私どもが企画している書籍の出版」をポット出版は計画もしていないし、相談も、連絡も受けていないからです。
でも、こんな「余談」をわざわざ書くぐらいです。その文章を読んだみなさんも感じたと思いますが、ポット出版を揶揄するために書いてきたとしか思えません。
僕がいいたいことの第一は、たしかに、「不払い・滞納の可能性のない出版社」であることはまったくもって当然だということです。この点では簗瀬さんの書いているとおりです。
実際僕も、印税を支払ってない出版社の噂を聞いたことがあります。その噂にでた出版社の数などを勘案すると、まあまあそうした出版社が存在しているのだろうと推測してます。
で、これは大手出版社(大資本?!)よりも、中小出版社の方が多いようです。

(1)確かに、運転資金の計画的確保などの経営基盤がしっかりしてること。その専属の担当者をおけるのも、大きな会社だからでしょう。だってポット出版なんて八人だから、僕はひとりで社長も秘書も経理部長も法務部(著作権処理担当含む、『週刊金曜日』からの厳重抗議への返事も僕が書いてますから)もウェブサイト編集も、全部やるんです(ホントはもっとやってますよ。でも、いろんなことをやれることは魅力でもあるんですが)。

(2)寅さんちの裏の印刷工場のタコ社長じゃないんだから、支払い待ってくれとか、あそこは1月とぼけよう、なんてことは大会社ではやりにくい。伝票が廻ったらシステム的に処理しなきゃその組織はまわらんですよ。それにそんなコトしたら一斉に「信用不安」。直ちに債権者が駆けつけるんじゃないかな。

(3)ただ、大出版社でも時々聞くのは、「担当者が事務処理能力がなくって、請求書を渡しても経理に廻さずに机のなかにしまい込んでいて、催促を何度もしないと支払われない」って話です。
結局最後は人ですから、たとえ大出版社でも。

(4)契約書などなしに仕事をやってることに問題があるという意見もあります。
これには半分賛成、半分は?です。契約書までつくるのは煩雑だし印紙税という無意味としか思えない税金を毎回払わなければなりません。印紙って、その契約書の正当性をまったく保証してないンですってよ、知ってました? みなさん。箇条書きでもなんでもお金のことを文書やメールにしておけばいいんじゃないかな?って思います。ハンコが押されてなくっても、裁判で証拠にはできるって聞いてますよ。
それに、契約書になるとキチッとやらなきゃならないんで、例えば「○月○日までに原稿を引き渡す」みたいな書き手側の責任も明記することになります。それを守らなければ違約金をいただくってことです。これ、松沢さんとも話していたんですけど、「あと3日まって」ってのは通用しないですよ(ちなみにポット出版はその著者の最初の本の契約書はつくってますよ。松沢さんの本の契約はサボってるな、「前回同様の条件でいいでしょ」ってことなんで。それに、『売る売らないはワタシが決める』みたいな十何人も書き手がいるときは、支払い計算書程度のもので済ませることもある。「原稿引き渡し」条項は、違約金とかを取らないようにしてます)。
ポット出版も、支払いのいい加減なとことつき合ってしまったことが少しありまして、支払いの大切さは、ほんと大事だって思ってます(で、さらに一応書いときますけど、印税はもちろん、給料、印刷屋などの支払いを十数年間1度も遅らせずに、すべて期日通りに支払ってきたことがポットの自慢なんですよ。請求書がまぎれてしまったっていうボンミスが2回か3回くらいはあったと思いますが)。

第二に、でも経営基盤て何なんですかね。自社ビルとかを持ってるってことですかね。
僕は、簗瀬さんのメールを読んで、簗瀬さんはそのことをとっても感覚的に、抽象的にしか考えていないって思うんですよ。
僕が考える経営基盤っていうのは、事業の大きさ(例えば年商とか)との比較で資本金がそこそこあるってことと、「社員」っていう人間、そしてそういうキチッとした仕事をできる人間を増やしたり育てたりする内実の三点だと思いますよ。
朝日新聞などでも破産申請が大きく報じられた鈴木書店という取次(本の問屋)の資本金は、なんと1,200万円で、ポット出版とまったく同額ですよ。売り上げが手元の決算書では半期で59億、1年分にすると118億(ちなみにポットの年間売り上げは約1億円)。それなのに1,200万円の資本金しかない。株式会社の最低の資本金額が1,000万円ですから、ほとんどその条件をクリアするぎりぎりのものしかないんです。資本金は借入と違って返済する必要のない、事業の元手です。それがある程度ないとどうしても借金に依存します。これは確かに経営基盤にかかわる。
まあ、人間の問題は省きますが、簗瀬さんの指摘には、こうしたリアリズムが全くないんです。

第三に、簗瀬さんはポットの経営基盤をどうやって調べたんでしょう。あるいは、すこたん企画で本を出すときに、その出版社の経営基盤をどの様に調べて、どの様に判断してるんでしょうか?
鈴木書店の破産申請にともなって「岩波書店が9億円の負債で危ない」と噂されてます。新聞にも、影響が心配される程度のコトが書かれていたはずです。すこたん企画は岩波書店から単行本の執筆とか編集の依頼が来たら、断るんですかね。
で、この岩波書店の話は僕もその具体的な内実は知りません。
ホント、噂にしかすぎません。
正直いって、ポット出版も今は決算書をサイトで公開するってコトしてません。まあ、「こんなことがあったからだしたんだろう」なんて勘ぐられそうだから、タイミングはあんまり良くないですが、この前の9月末締めの2001年度決算は11月末にまとめられたんで、今年からこのサイトで公開しようとは思ってました。でも、そうやって決算書を公開してる出版社ってどのくらいあるんですかね。
この前、ポット出版の決算書をどんなスタイルで公開しようか考えるために岩波書店(たびたび引き合いにだしてスンマセンが)などのサイトを探したんですけど、見つけることができませんでした。
この、どうやって調べたんですかってことは、「能力のあるプロの編集者がおり印税の支払いに関しても原稿の執筆をお願いする方々に迷惑がかからぬよう不払い・滞納の可能性のない出版社」って書いてある、編集者問題・不払い問題でも同じことです。
いったい、ウチの編集者のだれが能力のないアマチュアだっていうんですかね? いつ不払いをしたっていうんですかね。こっちは、約束の期日通りに請求書をださないフリーの尻拭いに無駄な時間を使ってる位なんですよ。
編集者に能力がないっていうなら、ホントに指摘してもらった方が嬉しいですよ、ホントに。
そして、クビにするなり叱るなりします。
さてさて、実はこんなことはどうでもいいのことかもしれません。一番むかっ腹のたったことは、簗瀬さんが、

○出版社の現実の内容・内実よりも、簗瀬さんのイメージにある「ブランド」だとか「ランク」だとか、だ・け・を大切にしていること(これが権威主義じゃなくて何なんでしょ)。
○その簗瀬さんのイメージは、実は今の日本社会のなかに漂ってるイメージをただただ流用しているだけ
○大きいとか有名とかの出版社がいい出版社といったときの、このグループ化が、差別を生み出す大きなポイントなんだと、僕は考えてるってこと何です。

続きはまた後日。

●2001-12-14(金)

連日、いろんなことがおきてます。

このコーナーの「コーナー・その5 この問題を考えた『誰が誰を恥じるのか』(『週刊金曜日』掲載原稿)平野広朗」の掲載は「転載申請を受けて」ないので「厳重に抗議いたします」というファックスを、『週刊金曜日』編集長・黒川宣之さんと、編集長代理・渡辺妙子さんから送られてしまいました。
で「この件について、御社のお考えをお聞かせ」ください、と。
『「伝説のオカマ」は差別か』の単行本に、「性と人権」特集・編集部原稿の掲載をお願いしたことへの返事でした。12日(水)の20時34分のタイムスタンプが入ってます。
掲載・転載そのものは、「全体構成や企画内容がわからないので、さらに詳細な企画書」送ってくれ、それで「検討したいと思います」ということで、前回のこのサイトへの掲載依頼をしたときの返事より前向きに考えてもらっているようで嬉しいですが……。
で、そのファックスの最後に厳重抗議、です。
13日(木)の夕方に渡辺さんに電話して、来週直接、構成案と平野さん原稿掲載の考えを書いてうかがうことにしました(日程は明日、イヤ今日14日(金)に連絡もらうことになってます。たぶん17日(月)になると思うんですが)
すこたん企画・簗瀬さんからの返事メールにつづいて、なので、ちょっとねーって気分です。

●2001-12-11(火)

この日誌の結論から書きます。
すこたん企画は、なんというゴーマン集団のでしょう。いや、なんという権威主義なのでしょうか、それもガキのような単純で分かりやすい権威主義。
最低ですね。
今日まで、すこたん企画の考えに異論はあったものの、「最低」などという風には考えずにきました。でも、今日からは変えました。「最低」だと思うようになりました。

この「伝説のオカマ」をめぐる議論を本にします。シリーズにしようとしています。
第1回目の本は9月30日に行われたシンポジウムの記録です。
このシンポジウムは、たぶん日本で初めて「差別の判定を被差別者の特権にしない」といったコトを被差別者の側から発信された画期的なシンポジウムだったと思いました。で、このシンポを中心にしながら、

○発端となった及川さんの「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」
○このサイトに送ってもらったり掲載させてもらったシンポへの感想
○『週刊金曜日』の「性と人権」特集
○『週刊金曜日』の「『性と人権』特集を考える」特集
○『週刊金曜日』の編集者の意見をあらたに書き下ろしてもらうもの
を載せたいと考えてます。

『週刊金曜日』の「性と人権」特集には、すこたん企画の伊藤さん・簗瀬さん・高橋さんが書いています。12月4日(火)にその掲載許諾の依頼をメールしました(下に僕が送ったメールを全文載せてあります)。
その返事を10日(月)にすこたん企画の簗瀬さんからいただきました。
差出人は「すこたん企画 プロデューサー 簗瀬竜太」さんです。
まず、平素より格別のお引き立てを賜わり誠に有難うございます、といった時候の挨拶ではじまり、次に、掲載のお願いは、貴社の「絶対化を越えることの必要性・可能性を探っていく」とする出版物への原稿の掲載はお断り。マイノリティ、社会学、フェミニズム、ジェンダー、セクシュアリティ、レズビアン&ゲイ・スタディーズなど、多様な論客が考察した差別表現に関する書籍を計画していて、「私たちが声をあげたわけ」「いつも側にいた金曜日」をそれに掲載する予定だから、だそうです。
そして、イチバンむかっ腹のたったのが、余談として書かれた部分。すこたん企画が書籍を出すなら、経営基盤の不明瞭な出版社からではなく、能力のあるプロの編集者がいて、印税の支払い不払い・滞納の可能性のない出版社がいいと。
とうぜん、僕がむかっ腹を立ててしまったのが「余談」の部分ですよ(こんなコトにむかっ腹立ててるようじゃ、人間まだまだ成長しておらんなと思わないでもないですがね)。

●転載を断られたことについて
もちろん、原稿の転載依頼を断ることは、著作権者の権利です。すこたん企画の権利であることに間違いはありません。で、断るにあたって理由も不必要と思います。僕が勝手にお願いしたんですから、いちいち理由をいう必要はないのです。僕だって、ポット出版の社員募集への応募に返事を書くときは、いちいち理由を書かないことにしてます。
これが基本です。
その上で第一に、しかし「オカマをタイトルにすること」に異議を挟んだのはすこたん企画なのです。その抗議の内容を『週刊金曜日』に掲載した以上、たんに個人的に抗議したのではなく、広く社会的に公開したのです。「私たちが声をあげたわけ」(以下、掲載原稿)は著作物であると同時に、抗議文でもあるのです。もしこの掲載原稿以前に抗議文を公表していたなら若干事情は変わってきます。抗議文を読むこと、それを転載することで、抗議の内容・理由を僕らは知ることができるからです。
この問題がなぜ、どの様に起きたかを知らせる責任は、抗議したすこたん企画にあると考えるのです。したがって、正直この「お断り」は、抗議した責任を果たしてないと思うんです。
第二に、他の本に掲載することを理由にあげてくれていますが、掲載原稿の分量では単行本の一部にしかならないので、この本に掲載することがその本の販売などに影響するとは思えません。
さてこの日誌、まだまだ続きます。
明日以降、この続きを書きます。イチバン、むかっ腹のたった部分にです。
年末でバタバタ、明日は今年唯一の忘年会(主催者の一員で準備もあり)。明日という約束がしづらいので申し訳ありませんが。

▼すこたん企画に12月4日(火)におくったメール
すこたん企画さんへ
先日は、原稿掲載のことでいろいろお世話になりました。
現在、ポット出版では『週刊金曜日』に掲載された「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」をめぐる問題をテーマにした単行本を制作しています。
中心の読み物は、9月30日に新宿のロフトプラスワンで行われたシンポジウムの記録です。
このシンポジウムで語られた多くの問題提起を、読者に具体的に理解してもらうためには、すこたん企画さんが、どのような理由で抗議されたのかを知ってもらうことが大切だと考えて、掲載のお願いをすることにしました。
今回の単行本の企画主旨をご理解のうえぜひ、ご了解いただきたいと思っています。
下に、企画案などを入れておきますので、よろしくご検討をお願いします。
また、お時間を取っていただけるようでしたら、直接お目にかかってお願いをさせていただきたいともおもっています。
当然出向きますので、お話させていただけませんでしょうか。

【ここから企画案】
反差別論・更新のために●一(仮)
『「伝説のオカマ」は差別か』(仮)の企画案
●テーマ
藤田敬一さんは1987年に発行された『同和はこわい考』で、【ある言動が差別にあたるかどうかは、その痛みを知っている被差別者にしかわからない】【日常部落に生起する、部落にとって、部落民にとっての不利益な問題は一切差別である】という2つのテーゼに(たぶん)はじめて異論をとなえた。
その後、柴谷篤弘さんなどがそうした藤田さんの異論を補強する意見を公表。そして2001年、『週刊金曜日』に掲載された「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」(及川健二・文)のタイトルに使われた「オカマ」への抗議をめぐって、ゲイのなか(つまりマイノリティーの側)から、被差別者が差別かどうかの判断をすることに異論が表明された。
差別をへらすためには、初めに藤田氏が提起した2つのテーゼの克服が必要なのではないか。資格と差別の絶対化を越えた対処が求められているのではないだろうか。
このシリーズでは、「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」のタイトルをめぐる議論を契機に、絶対化を越えることの必要性・可能性を探っていく。
●シリーズの構成
○Vol.1
『「伝説のオカマ」は差別かシンポジウム』の記録
【主な構成】
(1)「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」文・及川健二[約10ページ程度]
(2)シンポジウムの記録 話・伏見憲明・野口勝三・及川健二・松沢呉一・黒川宣之・山中登志子[約九〇ページ]
(3)さまざまなひとの意見[約五〇ページ]
 ・『週刊金曜日』でボツにされた投稿
 ・シンポジウムの感想や意見
他、『週刊金曜日』掲載関連記事の掲載(交渉次第ですが)
○Vol.2
野口さんの差別論・メディア論を中心にした書き下ろし
著・野口勝三
○Vol.3
オカマ表現を考える
ポットサイト/ウロコの部屋/オカマ表現を考えるの原稿を中心に
著・松沢呉一
○Vol.4
絶対化を越える反差別論(仮)について
著・角岡伸彦
●原稿料
○印税方式・10%・実売計算(掲載ページ数で案分)
○初版の予定部数=2,000〜3,000部 予定定価=1,000から1,600円程度

●2001-12-03(月)

9月30日のシンポジウムの記録を公開しました。前半部分だけです。
来月(来年)1月の発刊をめざして、シンポジウムの記録を中心にした、この「伝説のオカマ」問題の単行本をつくってます。これまでの反差別論を更新するような議論のシリーズにしようと考えてます。
従来の「差別を判定するのは被差別者」「被差別者の不利益はすべて差別」といった反差別論の公式をリセットして、新たな反差別論を考えようというものです。(といっても、その問題提起はすでに一九八七年六月に『同和はこわい考』で藤田敬一さんがしていますし、さらに柴谷篤弘さんが『反差別論』をはじめに展開しています)
今回は、ゲイという被差別者(と簡単にくくることに抵抗はあるんですが)側から、具体的な「差別表現事件」を通して、当事者判定者論を批判するものです。
すべての差別事件を知っている訳ではないんですが、僕の認識では当事者が当事者判定論を否定した初めてのコトが、この「オカマ問題」ですし、9月30日のシンポジウムだったと思います。
このシンポジウム[前半]を読んだら、ぜひご意見をお寄せ下さい。
この問題を深めていくためにも。

●2001-11-30(金)

平野広朗さんの『週刊金曜日』掲載の「誰が誰を恥じるのか」をこのサイトで公開しました。
ムチャクチャよかったです。あんまりよかったんで、今『〈性の自己決定〉原論 援助交際・売買春・子どもの性』(紀伊國屋書店、1998年)を読み直し始めましたよ。

●2001-11-27(火)

今、9月30日に伏見憲明さんが主催したロフトプラスワン(新宿・歌舞伎町)でのシンポジウムの記録を公開するための作業をしてます。テープ起こし・原稿整理(これは伏見さんがやりました)・参加者の校正がほぼ終わって、1つにまとめているところ。
公開するのは、前半の主に[事実経過]に関するもの。『週刊金曜日』の黒川宣之編集長(兼社長)が参加している部分です。
黒川さんは、あらかじめ前半だけの参加ということだったそうです。
今、夜中の4時半。となりで、11月に入社したばかりの岡田が作業しています。
昨日公開した、松沢さんの「H氏への回答(5)」読みました?
僕も、「傷つけること」がいけない・「傷つけること」が差別だ、といったことにおおいに異議があります。9月30日のシンポジウムで野口勝三さんに挨拶したときに、思わず口走ったのですが、傷つけちゃうのは、僕たち人間が共通に持っている、しょうがないものだと思っているんです。いや、ある意味ではむしろ必要なコトだったりすると思うんです。
まさに、松沢さんの言うとおり、傷つけることがいけないことだとすると、「交際相手」を振ることもできないです よね。僕は、他の女に走って離婚したコトがあります。そのときは、元妻をだいぶ傷つけてしまいました。でも、申し訳ないけど、それはしょうがないことだと思ってます。惚れた腫れたはちょっとコントロール不可能なことだと思うし、ひょっとしたら僕がその立場だったかもしれない。
子どもの時に傷つくことは「成長」にとって必要なんじゃないかな。
そう思ってると「傷ついた」ってことを被害の証明のように言われると白けちゃうんですね。
長らくこの日誌をサボってしまいました。ゴメンナサイ。

●2001-10-23(火)

すこたん企画にメールしました。

▼送ったメール
すこたん企画さんへ
先日はリンクのことなど、ありがとうございました。
さて先日お知らせしたとおり、ポットのサイトで『「伝説のオカマ」は差別か』というコーナーをつくってます。
このコーナーは、「伝説のオカマ」という表現やメディアにかんする意見は、匿名でない限り掲載しようという方針です。
そのため、投稿してもらったさまざまな意見のなかには、すこたん企画さんや伊藤悟さんにたいする異論や批判などもあります。
すこたん企画さんや伊藤悟さんに反論の意志があるようでしたら、当然、すぐに掲載しますので、その際は遠慮なくご連絡ください。
突然のメールで失礼しました。今後もよろしくお願いします。

●2001-10-07(日)

すこたん企画のサイトにリンクを張りました。
原稿そのものの転載を断られたときに、リンクはオッケーといわれていたので、このサイトを見てくれた人に、すこたん企画の主張を読んでもらえるようにしたのです。(でも、ほとんどの人はすこたん企画のサイトを見ていると思いますが)

●2001-10-02(火)

9月25日にメールですこたん企画にお願いした、「性と人権」(『週刊金曜日』2001年8月24日号、376号)のなかの三人の原稿の掲載依頼への返事がメールで届いた。「3人で話し合いました結果、お断りさせていただくことに致しました」ということでした。
同じ日に、『週刊金曜日』編集部からも「転載お断り」のファックスを受け取った。
「(1)転載の範囲が特集およびその関連記事と、きわめて広範囲であり、バックナンバー売り上げが経営のひとつの支柱になっている弊社としては、営業上望ましくないこと (2)この企画はまだ進行中のことなので、今の段階だけを切り取って転載されると、見る人に誤解を与えるおそれがあること、など」という理由でした。

●2001-09-30(日)

ロフトプラスワンでシンポジウム。かなり画期的なシンポでした。

●2001-09-29(土)

及川さんが、「OIKENの部屋」(その後、「伊藤悟」研究の部屋に変更)コーナーの開設依頼をメールでくれる。
サイトをつくる作業に。
『「伝説のオカマ」は差別か』コーナーの中に、「編集から」コーナーを作る。

●2001-09-27(木)

『週刊金曜日』編集部・渡辺さんからファックス。
「記事転載許可申請書」を書いて送ってもらうことになっているので、書いておくって欲しい、ということだった。

▼ポットの日誌から
[2001-09-26(水)]

今日、『週刊金曜日』の編集者・山中登志子さんからメールをもらいました。
山中さんは、「オカマ」という表現をめぐって議論されている、東郷健さんをルポした「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」(著者・及川健二)の担当編集者。
すこたん企画から抗議されたときに担当として出した手紙を公開して、議論の材料を提供してくれたのでした。で、ポットのサイトの『「伝説のオカマ」は差別か』のコーナーに掲載させてもらってました。
ところが、『週刊金曜日』編集部のなかで掲載の是非をめぐって議論になったようで、最終的に「削除してください」というメールが来たのです。

僕は、この手紙の公開がとっても意味のあることだと思っていました。

第1に、情報公開ってとっても大切だと思ってるから。
これは、官と民、メディアにかかわらず、やって行かなくちゃならないことだと思ってます。

第2に今回のように、ある表現をめぐって抗議を受けた場合などは、その過程で編集部と編集者がどの様に判断したのか、どう考えていたのか、といったことを明らかにすることが大切だと思うのです。(あたりまえすぎますよね)
それで、明らかにする相手は、抗議した人に対してだけでなく、読者に対してすべきだって思う。
最後の判断は読者一人ひとりがすることだと思うからです。
「こんなくだらないヤツが編集してるんじゃ、もう買うもんか」とか「あー、なるほどそう考えていたんだ、じゃまた買って応援してやるか」とか。

第3に、一人の編集者として名前を名乗って、自分の考えたこと(この場合は抗議した人に出した手紙)を公開するってことは、その自分の考えたことへの批判を、とりあえず自分一人で受け止めるってコトだと思うんです。で、実はもっともっとこの「一人で受け止める」ってことが行われるべきじゃないかって考えてます。
本や雑誌の企画とかって、何人もの人の意見をうまくまとめて作るもんじゃないでしょ。村のどこに橋を架ければ、より多くの人が便利になるかってこと考えるんじゃない。こんな意味のないとこに、こんな橋が架かってたら見た人がビックリして面白がってくれるんじゃないかって考えることだと思うんです。で、そん時は、合議でなくて、一人で決めるってことですよね。
たとえば、ポットでは「一人でも、絶対やりたい人がいる企画」は編集会議でもドンドン通そうって決めてます(でも、僕以外にこれを活用している人は今のところ、いないんですけどね)。

てことで、とっても残念ですが、「削除」しました。

●2001-09-26(水)

山中さんから「手紙」の削除依頼がメールで届く。削除する。このことについての感想を沢辺が「ポットの日誌」に書く。

●2001-09-25(火)

●2001-09-25(火)
すこたん企画の伊藤悟さん・簗瀬竜太さん・高橋タイガさんにメール。
『週刊金曜日』に掲載された「性と人権」コーナーのなかの三人の原稿をこのサイトに掲載させてほしいと依頼。
同じ日に、これもメールで『週刊金曜日』編集部に、編集委員(落合恵子さん・佐高信さん・椎名誠さん・辛淑玉さん・筑紫哲也さん・本多勝一さん)と編集部の関連記事のサイトへの掲載許諾依頼をそれぞれの筆者にしたいので、連絡を依頼した。

●2001-09-19(水)

山中さんから「手紙」がメールで送られてきた。さっそくアップする。

●2001-09-18(火)

及川健二さんに、問題となった「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」の原稿掲載を許諾してもらう。『週刊金曜日』の了解も、及川さんがとってくれた。さっそくアップする。
『週刊金曜日』の編集者で「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」の担当だった山中登志子さんからメールをもらう。
担当編集者としてすこたん企画にだした手紙をこのサイトで公開してくれるということ。
もちろん了解、と返事をする。

●2001-09-14(金)

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