辛淑玉さんは、ゲイのことを真剣に考えていませんし、詳しくもありません。といって、とやかくいうつもりはありませんが。
"オカマ"という言葉の意味もよく理解していないし、オカマと自称する人がいる、という事実すら知りませんでした。オカマに「会ってくださいね」といったのですが、会っていないようだし。「東郷さんの記事には、ゲイがいま抱えている問題が書かれていない」といいながら、「ゲイがいま抱えている問題」がなんであるのかをご自身が分かっていないし、知ろうともしない。無知をとやかくいうつもりはない、といいながらとやかくいってしまいましたが、男性同士の性愛に対する知識のなさを、私は責めようとは思いません。
無知なのにも関わらず、コトの本質を悟っているかのように振る舞い、「これは差別です!」と断定してしまうことが問題なのでしょう。
辛さんのゲイに関する認識ってどの程度か、彼女の著作を読めば分かりますよ。思いこみだけで書いとる、お粗末な代物です。
『強きを助け、弱気をくじく男たち!』(00年6月発行)の中には、「ゲイは許せてもレズは」という小タイトルのもと、こんなことが書かれています(女性同性性愛者に対する蔑称としても遣われる"レズ"という言葉を、タイトルにつけていることは、とりあえずおいときます。ちなみに、伊藤悟さんは、"レズ"は女性同性性愛者への蔑称といっていますが)。
「今、テレビの世界では、多少の反発はあろうともゲイの評論家が出たり、お笑い番組に出演したりと、市民権を得たかのようにその世界は広がっている」(35頁)
「男は、同性愛でも異性愛でも許されるが、女は男しか愛し合うことを許されない」(36頁)
あんた同性愛者っていったってさァ、男なんだろう。男である以上は差別者なんだよ、女の苦労に比べたらたいしたことナイナイ、ねえそうだろ?という辛さんの本音が聞こえてきそうな文章でしょう。
ゲイとの比較において、レズビアンのほうが生きづらいという意見には賛同するかたもいるでしょうが、だからといって、ゲイは社会的に許されている、というのは暴論でしょう。
「人権感覚」を「最も傷つく人を基準にして考える」想像力と定義したのは、すこたん企画ですが、辛さんにその感覚があるのか、甚だ疑問に思います。「人は誰でも失敗をする。差別してしまうこともある。私も無批判に差別語を使ったことがある。大切なのは、間違いを犯したら謝るということだ」と語る辛さんが、間違いを指摘された場合にどういう態度をとるのか、私はとても関心を持っています。
(以下、次回)
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