今年(二〇〇二年)三月七日付けの『新文化』(新文化通信社)に、「図書館の新刊貸出し増に懸念」というタイトルの記事が掲載された。
内容は、神奈川トーハン会の第三〇回定例総会の模様を伝えるもので、同会の嶋崎欽也会長(川崎市・文教堂)が、書店の売上げ減の要因のひとつに、公共図書館による新刊本貸出しの増加があること、また、不用新刊本が新古書店に売られている、などの発言をしたと報じられている。この記事を発端に、『新文化』編集部と『ず・ぼん』編集部が合同で図書館員による座談会を企画した。すでに『新文化』では六月六日付けの一面と八面を使って座談会を掲載。『ず・ぼん』では座談会のフルバージョンをお届けする。
小形 亮●東京都練馬区立光が丘図書館
斎藤誠一●東京都立川市中央図書館
手嶋孝典●東京都町田市立中央図書館
堀 渡●東京都国分寺市立恋ヶ窪図書館
沢辺 均 司会●ポット出版
手嶋孝典
でじま・たかのり●町田市立中央図書館勤務、副館長。図書館歴は20年。1945年生まれ。ず・ぼん編集委員。
町田市立中央図書館●小田急線町田駅から徒歩約12分、JR町田駅から徒歩約5分の距離にある。通勤あるいは通学で町田駅を利用する人、乗り換えで通る人、あるいは買い物客などの横浜市民・川崎市民にも多く利用されている。ただ貸出は、在勤・在学と相模原市民以外は認めていないため、貸出をしてほしいという要望がたくさん寄せられている。
斎藤誠一
さいとう・せいいち●立川市中央図書館勤務、調査資料係長。図書館歴は21年。1953年生まれ。ず・ぼん編集委員。
立川中央図書館●立川駅から徒歩で約6分の繁華街にある図書館。利用者は子どもからビジネスマン、お年寄りまで幅広い年齢層。市外からの利用者も多い。
小形 亮
おがた・りょう●練馬区立光が丘図書館勤務、一般書収集担当。図書館歴は21年。1954年生まれ。ず・ぼん編集委員。
練馬区立光が丘図書館●練馬区11館の中の一つで、中央館的機能を持つ図書館。周辺は高層団地が林立し人口密度が非常に高い。それに応じて貸出も多く、23区内ではトップ。東京都内でも町田市立中央図書館に次ぐ二番目という、たいへん貸出の多い図書館。
堀 渡
ほり・わたる●国分寺市立恋ヶ窪図書館勤務、館長。図書館歴は27年。1951年生まれ。ず・ぼん編集委員。
国分寺市立恋ヶ窪図書館●大きい図書館をつくるよりも、中学校1校ずつに地域図書館をつくり、地域ごとに自立していこうというのが市の図書館政策だった。その第1号として1975年につくった住宅街の中にある図書館。
沢辺 均
さわべ・きん●ポット出版勤務、代表取締役。1956年生まれ。ず・ぼん編集委員。
記事を読んでどんな感想を持ったのか?
沢辺……『新文化』という新聞は出版業界紙なんですが、「図書館が悪い」といったような話が多くて、図書館の人の意見が直接載ることは比較的少ないんですね。出版界と図書館界は広い意味では同じ業界なんで、意見交流したほうがいいんじゃないかということで、この座談会を企画しました。今回は図書館の側からこのような記事をどう思うのか、どう理解して、どう考えてるのかということを中心にやらせていただきたいと思います。
まずは、いちばん話題の複本問題からいきましょう。作家や出版社から、「図書館は複本いっぱい買いすぎ」って常に言われるじゃないですか。問題点はあとで整理するとして、まずは、そう言われることに対する感想をお願いします。
斎藤……複本問題については、ベストセラーに特化して語られている部分がありますよね。一冊しか買ってない本もたくさんありますので、複本率というのが、今ここでキャンペーン的にやられているような複本率ではないような気はしています。
堀……複本の問題は、図書館の内部で考えるべき問題と、図書館の外部から言われるものに対しての対話の問題と、両方あるだろうなという気がしています。それから全蔵書に占める複本の割合は、数を挙げてもいいけど、それほど多くはないはずだと。複本が図書費を相当に食ってるかっていうと、そんなことはない。複本を図書館が買うことで、例えば出版社や著作権者の利益を圧迫してるのかっていったら、大ざっぱにいってそういうレベルのものではないだろう。その辺のことに関しては、やっぱりきちっと反論する必要があると思います。あともう一ついうと、著者の方も出版社の方も、図書館をやり玉に挙げる代替物にしてるみたいな気がして、たたくべき相手を間違ってるというか、ピンぼけだなという感じを持ってます。
図書館の内部の問題でいえば、図書館の経営とか蔵書構成とかのコンセプトをどう作るかっていうところで、やはり議論したほうがいい部分はあるとは思ってます。新刊の数か月の間に特定の話題の本に非常に集中してリクエストがくるというような盛り上がり方は、ここ五年、十年の間に非常に高くなったと思う。そういう傾斜性っていうのがすごい強くなったというのは事実だと思います。図書館運営の内部のコンセプトの問題として、選書の問題としてその辺のことをどう考えるかっていうのは、内部の議論課題としては相当にあるはずだという気はしてますけれど、それは書店や出版社の方との対話とはちょっと違うところで、僕は議論したいなとは思う。
小形……複本はいろいろ内部の問題、外部の問題とそれぞれあるとは思うんですけど、一応今回は外部からの批判という観点で考えると、例えばそれで実際に本が売れないという現象と、図書館の貸出が伸びてるということについての実証的な証明っていうか、研究っていうのはないような気がするんですよね。例えば、図書館の近くの本屋さんが閉店したとか、そういうような話は聞いたことがない。売上についての相関関係みたいなことを証明してるというような研究も見たことがない。そういう意味では、実証的な批判になってないと。
はっきりいうと、出版のほうの内部の問題をどこか外へ転嫁してるんじゃないか。公共図書館が、ブックオフみたいな新古書店なんかとともに、やり玉に挙げられてるものの一つになってるんじゃないかなという気がいたします。
それと、それは複本だけの問題ということではなくて、われわれ図書館の中でも、例えばマンガを入れるとき、それからCDを入れるだの、いろいろな段階で同じような批判というのは常にあったわけです。図書館のあり方、特に一九七〇年以降、『市民の図書館』(日本図書館協会・初版一九七〇)以降ですね、公共図書館が取ってきたあり方についての批判だという受け取り方を私はしています。ですから複本問題が、すべてこの複本の問題だけで片付くようなことではないんじゃないだろうかと思ってます。
沢辺……ちょっと白本さん(『新文化』編集部)に伺っていいですか。白本さんは、書店や出版社を取材してるわけですよね。今、小形さんの話にあった、図書館が近くにできたからつぶれちゃった本屋のうわさとかを取材過程で聞いたことはありますか?
白本……それは全く聞いたことないですね。
沢辺……聞いたことがないということと、ないということが証明できることとは違うとは思うんですが、少なくともそういう具体的な話はなかったということですね。
白本……ないですね。
沢辺……分かりました。じゃあ、次に手嶋さんどうぞ。
手嶋……そうですね、かなり感情的なやり取りというか、一方的な図書館に対する言いがかりっていうと語弊があるかもしれないですけど、そんな感じがしますね。未曾有の出版不況の中でそれだけ危機的な状況にあるんだっていうことは分かりますけれども、それを一方的に、図書館や新古書店のせいにするっていうのは、ちょっと違うんじゃないかなというのが感想ですね。
二月に「日本ペンクラブ」からアンケート調査がきました。それからこの四月には、「出版社十一社の会」から、やはりアンケート調査がきてます。それだけ著者もあるいは出版社も、要するに公立図書館が無料で大量に貸出す、複本を購入してどんどん貸出すから本が売れないんだということを言いたいんでしょうけれども、それは小形さんが言ったとおり、説得力ないなと。
図書館の利用者もいろいろなタイプがあって、まずはざっと見るだけは図書館で見たいと。じっくり読みたいのは自分で購入するとか、手元に置いておきたい本は自分で購入するとか、そういういろんなパターンがあります。逆に図書館の利用者は本は買わないのかというと、決してそんなことはないんですよね。むしろ本を読む人が増えてかない限り、本は売れないっていうのははっきりしてますから、それは子供の読書習慣をつけるだとか、そういったことも含めて図書館の役割を果たしていくということで、いわゆる出版文化っていうのは、逆に共存共栄できるんだというふうに私は思っておりますけれども。
沢辺……三つぐらい問題が出てたと思うんです。一つは言い方は悪いですけど「なんだよ、おまえら、いい加減にしろよ。図書館のせいにするなよ」っていうような感情があるよということですね。二つ目は、「もうちょっとリアルな数字に基づいた検討をしたほうがいいんじゃない?」っていうこと。三つ目は「内部でどう考えるべきか」ということ。
新古書店への流出疑惑は本当か?
沢辺……先に感情をやっつけておきませんか? それにいちばんいい相手は神奈川トーハン会会長の発言、そもそもこの座談会の発端になった記事ですね。みんなやさしく言ってたけど、「不況だからって、図書館のせいにするなよ」ってことなのかな。
堀……というより、僕はレベル低いなと思いましたよ。これは講演をする人も、それから聴衆としている人たちも、いわばこういうデマゴギーが成り立つ場そのものがすごくレベル低いなって感じがしましたよ。
沢辺……耳が痛いだろうけど、これを新聞に載せちゃった人もね。この座談会は、そのフォローをするためでもあるんです。
堀……つまり批判的なコメントを入れないで、新聞に載せるということも含めてですけれども、場のレベル低いなって思う。参加してた聴衆を含めて、「これは浮わついた議論じゃないのか」っていうふうな話にならなかったのかという意味では、僕は文化を売る書店というところの状況認識や世間知のレベルというのが「こんなもんなの?」っていう感じはちょっとしましたねえ。
小形……タイトルが「図書館新刊貸出し増に懸念」でしょう。その話自体の主旨がそうだったのか、そういう部分が話の中にあっただけぐらいのものなのかどうなのか。これはちょっと読み取れないですよね、はっきりいうとね。ですから、この方もかなりとんでもない発言をしてるのかもしれないけど、特にこの記事の扱い方というのがそれをそそるような、あおるような感じに見えるという感じがいたしますが。
沢辺……あとくされなく、あとは冷静な議論ができるように、みなさん先に感情を爆発させてください。
手嶋……「不用新刊、新古書店へ流れる」なんていうのは、現実にあり得ないと思うんですよ。新古書店というのはきれいな本を扱ってるわけですよ。
図書館でいわゆるベストセラーでいらなくなった本というのは、町田でいうと、買ってから一年以上たたないと出てこない。そうすると、もうぼろぼろになっちゃってるんです。だからそれが新古書店に流れるなんていうことはあり得ないんですよね。
小形……新古書店に売られてるって現実はあるんですかね。私の知ってる範囲では聞いたことがない。それにだいたい図書館の本ってカバーとかラベルとか張っちゃってるからね。そういうのはまず……。
堀……二〇年前、三〇年前だと、大学図書館などから、価値のある本が蔵書印にバッテンを押して早稲田や神田の古本屋に出てたというようなことはあったかもしれないです。でも、今のように装備をしてるものっていうのは、売り物にはどうしてもなりにくいものだろうと思うんですよ。
一方、除籍しなきゃいけなくなった本を、どういうふうに処分するかっていうのは、今の公共図書館は非常に苦慮してるところがあって、フィルムを貼ってあると有毒ガスが発生するから焼却もできない。本当に「どこでそういううまいことをやってるんですか」というのは、揶揄とともに聞いてみたい話ですね。
斎藤……この記事を読んだときに、「えっ、そんなこと、本当にこの会長さんは信じてるの?だったら勉強不足だよなあ。図書館のこと何も知らないんじゃないの」という気はしましたよね。
沢辺……みなさんが「図書館の本が流れるはずがない」と言っているのは、「ブックカバーやマークや判子をあそこまでしてある本を買ってくれる新古書店があるのかよ」っていうことが最大の論証ですか。
手嶋……それと、もう古くなってるはずですからね。不要新刊といったって……。
斎藤……こういうものだと利用が多いものになりますよね。そうすると相当汚れてきてるし。新古書店の本って、きれいじゃない?
沢辺……装備の問題が一つ。それから、それだけ人気のある、複本を買うほどの本は、逆にぐるぐる回っているから汚いよと。そんなに新しいものを出せるわけがないと。
小形……あと図書館で不要になるころは、やっぱり書店でも売れなくなってるんじゃないのかなと。
斎藤……それから、「一般書店に入荷しないうちに何回転も貸出ししている」ということも書いてあるのだけれども……。
沢辺……そうそう、それもいこう。
書店より早く納品されているのか?
斎藤……図書館に入ってくるほうが遅いですよ。書店に平積みされているものの中から、リクエストの分を抜き取ってくるみたいな状況があるんだから。一般書店に入荷してないうちに、何回転もさせるというようなことがあるとは思えない。ただ、小さな書店さんで、その本が入っていないというのはあるかもしれないけど。
小形……零細な書店ではね。なかなか来ないっていうところではそうでしょうけど。
斎藤……それはそちらの物流の問題でしょ。
沢辺……だれか図書館の標準的な新刊の入る日程っていうのを簡単に説明してくれませんか。
堀……二つあると思うんです。一つは「新刊見計らい」で、返品可能条件でなるべく広く納品してもらって、そこから本を選ぶ方法があります。納品してもらってから一週間から一〇日ぐらいの間で、その中から買うものと買わないものを職員の会議にかけて、買わないものは返すという流れです。「新刊見計らい」は、新しい本をなるべく早く入手しなければいけないために編み出した、この間の経験知なんですね。「新刊見計らい」がなかったときには、世の中に出回ったあとで短冊注文して、かなり売れちゃったあとになって、やっと図書館に入ってくるという流れだったんですね。図書館にもよりますけれども、今でも新刊見計らいで買えている本のパーセンテージはそれほど高くはないんです。
もう一つは、世の中に出回っちゃったあとで取次の発行する新刊リストなどで選定して発注するという流れがあります。
沢辺……見計らいのほうが早いということ?
堀……見計らいは早いです。
手嶋……町田の場合だと、前の週に出たのが、月曜日には見計らいの棚に入ってきます。
斎藤……それは書店と同じルートでくるわけですよね。
沢辺……版元の側から言うと、ある月曜日に、取次に何冊ずつか見本を出すわけですね。その後、最高早くて中二日あけて、木曜日に千部とか五百部とかを取次に搬入するわけだ。そうすると都内の大型書店で当日の木曜日に本が届くところがまれにあり、多くは翌日着。関西だと翌々日みたいになって、土、日がからんで輸送がずれたりすると、見本を取次に持って行ってから書店に届くまで最高一週間ぐらいはかかるのね。国会図書館は別にして、見本の中に特別に図書館用の本ってないわけですよ。木曜日に取次に入ったものが、都内の大型店にも行くし、地方にも行くし、図書館にも行くわけですね。
斎藤……ただ、TRCさんのストックブックは、早いか。
沢辺……いやいや、それも出してる版元からいうと、特別に早く前に持ってってないですよ。TRCからストックブックで二〇〇部注文が来たら、さっきの例で言えば木曜日にその分を取次に持ってくだけなんです。
斎藤……新潮とか、買い上げちゃうのがあるじゃない。うちTRCじゃないから、よく分からないけど。
沢辺……ベルね。買い上げちゃうやつ。
斎藤……そう、ベル。契約している図書館は確実に買うんだから、そのままストレートに装備して、流しちゃったら早いんじゃない。
沢辺……おれ、売れてる出版社じゃないので分からないんですけど、想像するに、ベルっていうのは本当に定番の本なんですよね。だから『ハリー・ポッター』とかは、ベルに入らないって思ってんだけど。
堀……うんうん。
沢辺……例えば『差別ナントカシリーズ』とか、『ナントカ学全集』とか、図書館には確実に入るだろうなってジャンルのものがベルになってる。それから、ベルが特別な経路を通ってるとは思えないし、通ってても部数的にはものすごく少ないんですよ。
小形……そうですね。見計らいにしたって、そんなに一度に、これは売れるからって、一〇冊とかそういう単位でくるわけじゃない。せいぜいうちあたりだって、二、三冊ですよね。
斎藤……一応敬意を表して、これだけ断定的に言ってるんだから、何かあるんじゃないかと思って、一所懸命考えてあげたけど……。
沢辺……零細のポット出版が納品しているサイクルとやり方と、見計らいという最高に早いシステムを重ね合わせて考えてみたって、本屋さんに本が並ぶ前に見計らいで届いてる可能性は極めて少ないよね。ましてや何回転もなんていうことは……。
斎藤……何回転もなんていうのはないよねB
堀……図書館の中で集団で本を選ぶという選定会議を経て、館長で決裁して買うってことがあるわけです。それに一定の時間がかかるんですよ。本屋さんだったら、これは売れ線だと思ったら、もう来たその場で担当者が本棚に並べるっていう行為がありますけども、図書館では「今日この作家が死んじゃったから」とか、「今日、この本のことが朝のテレビでやってたから」といって、手続きを早められるかというと、そうはしてないですから。
手嶋……町田はもう即日納品やっちゃってんの。見計らいで選定会議っていうのがあるんですけど、そのときにはもう購入しちゃうの。だから、今までだと、まとめて決裁上げてっていうのをやって、翌週納品だったんですが、その週のうちに、もう棚に並んでるものから入れてっちゃう。だから購入しなかったものはもちろん返しますけど、それにしたって書店より早いっていうことはないですね。
堀……それはうちも同じなの。だからそこは見計らいのさばき方として、選定会議をしたあとに、それを……。
沢辺……ごめん、あまり見計らいの細かい話に入っていくと、たぶん今度は『新文化』の読者層に対してちょっと専門的すぎるかなと思うので、とりあえず今日はその辺はサラッと流して、感情的なところにケリつけません?
堀……そこでいうと、この記事にある講演の場の中で、この辺の発言がどのぐらいの重みを持ったのか分からないですけれども、生産的でないなと思う。
小形……例えば図書館で新刊みたいなものを一切貸さないようにしたら、本当に売上が伸びるんですかね、書店や出版社の。
沢辺……ということで、じゃ実際、複本の実態たるや、どういうことになっているのかという数字的なことを、事前に調べてきてもらったことも含めてお話ししてもらいましょうか。たぶん、さっき堀さんがまとめてくれたことが、いちばん分かりやすいと思うんです。一つは「蔵書に占める割合は少ないぞ」ということです。堀さんが言ったんだよね。
堀……うん。
複本ばっかり買っているのか?
沢辺……まず複本っていうのの内容からいきましょうよ。四〇何冊とか二〇冊とか、そういうのばっかり注目されてるけど、二冊っていう複本もあるんじゃないのかって思うのよ。その二冊って、けっこう図書館経営的にやってるんじゃないのって気がしてんだけど、それを十把一からげに売上減少の複本だといわれていいのかということが出てくると思うのね。少ない複本ってないんですか?
手嶋……ありますよ。
沢辺……例えばどういうタイトルをどういう意味で、二冊買ったりするんですか。
手嶋……町田には図書館が六館あって、いちばん大きいのは中央図書館で、それに次ぐ中規模の地域館が二館あるんですよ。ある程度専門的というか、これは全館で一冊あればいいなというのは一冊しか買わないですけど、これは中規模館にはあったほうがいいなっていうのは二冊ないし三冊は買うということです。あとは、みんなから利用される、多く利用が期待される本というのは全館で買う。移動図書館もありますから、さらに買う。あるいは地域資料だからもっと買うとか、そういう買い方ですよね。
沢辺……ほかの意味で二冊買うとかっていうことはないんですか。
小形……基本的に予約数がどのぐらいかというところで、だいたい判断をするという方法をとってます。それは二冊だろうが二〇冊だろうがね。練馬区の場合だと、厳格に守ってるわけじゃないけど、だいたい五件の予約がついたらもう一冊買うことにしています。予約ですので、だいたい貸出期間は三週間が上限ですけど、平均二週間ぐらいとして、複本がないと三か月ぐらいは一人の利用者を待たせることになっちゃうわけですね。その辺を基準にして、それぞれその予約の数によって買い足していくという方法を取るのがいちばん端的ですね。
沢辺……僕は、例えばこの本は町田の地域資料なんで一冊は貸出用に買って、もう一冊は保存用に取っておくみたいなことがあるのかなと想像したんだけど。
小形……あっ、それは当然やってます。
手嶋……地域資料は特にそうですね。
斎藤……それから白書なんかでも、例えばレファレンスブック用に貸出ししないように置いておくもの、こっちは貸出用に置くものみたいな形で、二冊買うこともある。ただ最近は、予算がないからそれも難しくなってきてるね。
沢辺……「レファレンス用」にということは?
斎藤……館内で見てもらう用のものです。
沢辺……利用者がカウンターに来て、「すみません、こんなことを調べてるんだけど、何かいいデータが載ってるものってないんでしょうか」というときの資料集みたいな。
斎藤……そう。借りられちゃったら見られないので、これは貸出さないで「中で見てください。調べ物用ですよ」ということで取っておく本と、同じ本を買って、こっちは貸出用で、「どうぞ、借りて利用してください」ということで二冊買うことはありますね。
沢辺……ジャンルは地域資料、白書のようなデータとか、事典・辞書類、地図帳とか、そういうもの?
斎藤……そうですね。
堀……国分寺は、基本的には各館選定が今まではベースだったので、市内の各館には一冊ずつはあるというようなレベルのときには、今までは複本とは考えていないな。
沢辺……そういう意味では町田と温度差があるわけですね。
堀……個々の館で一冊だけなら、ほとんど複本だという認識は今まではなかった。その上で、じゃ八万なり一〇万冊の蔵書の規模の館でも、二冊持つものってどんなものかっていうと、ベストセラー以外でいうと、例えばちょうど今ごろからなんですが、市内の小学校で日光の修学旅行が始まるんですね。そうすると、本当に季節物なんですが、奥日光の自然観察であるとか文化財であるとか、何か小学生の日光の調べ物のための毎年毎年動く定番の本。夏になれば、普段はあまり動かなくても『黒い雨』は毎年請求されるとか、そうすると『黒い雨』の文庫本は何冊か買っとこうとかというようなレベルのものはあって。
それは図書館の中でもいろいろ批判の対象になる複本と同じという意識はないですけども、司会の方から言われたので、違うレベルの複本もあるだろうということでいえば、そういうふうな最低の配慮として、季節物であったり、定番的に時期によって調べ物に来るものに対しての配慮というのはやっぱりありますよ。
沢辺……だいたい皆さんのところでもそういうのはある?
小形……夏目漱石の『それから』とか、『こころ』とか。あと、児童書のロングセラーっていうか、古典なんかだとけっこう複本でそろえてますよね。
沢辺……『ちびくろサンボ』とか。
小形……『ちびくろサンボ』はちょっと前ですよね。『エルマーの冒険』とかそういうものですと、児童書は絶対数が、やっぱりタイトル数全体が少ないというのもあるから、当然かなり複本でそろえないと、書架がいっぱいにならないというようなこともあります。
ただ、ここのところやっぱり予算が厳しいんで、なかなかできなくなってるところなんですけどね。
ベストセラーの複本購入費の割合は?
沢辺……複本にもいろいろあるぞと。攻撃の対象じゃないでしょうというジャンルの複本。とりあえず、これは少なくともそうだよねってジャンルがあるぞという話の上で、いよいよ本物のあれですよ、『ハリー・ポッター』四〇何冊とか、そういう話ですよね。手嶋さんのほうからいきましょうか。蔵書に占めるベストセラーの割合っていうのは、だいたいざっとどんなもんなんですか。
手嶋……約九〇万冊、町田で蔵書があるとして、その中の複本というと最高七九冊なんですよ。これは町田のシステム上、機械上八〇冊までしか入らないから、複本でいうと七九冊。
沢辺……最高七九冊というのは、町田の場合はちょっと例外だよね。約一〇館程度を込みで七九冊と言ってるんですか。
手嶋……そうです。六館と移動図書館三台を含めて。
沢辺……町田市の六プラス車全部で、七九持ってる持ち方ですよね。
手嶋……最高に多い複本でね。最近は財政的に厳しいんで、七九冊めいっぱい買うっていうのは、ちょっとないですね。六〇数冊とか。
堀……七九冊買ったとして、それで利用者を何か月ぐらい待たせることになるの。
手嶋……やっぱり半年は待たせちゃいますよね。今ですと、『模倣犯』とか典型ですけどリクエストが二六〇前後あるんですよ、上下それぞれ。
沢辺……今二六〇人の人が申し込み書を出して待っていると。
手嶋……そうですね。ちなみに上下巻各六四冊買ってるんですね、『模倣犯』は。
沢辺……一冊につき、一人何日ぐらい借りてるもんなんですか。
手嶋……一応二週間ということになってるんですけれども。
沢辺……感じとして平均値は?
手嶋……ちょっとそこまで調べてないですけど、申し込みをしている人には「リクエストの用意ができました」とはがきを出します。で、やっぱり二週間は取り置きするんですよ。
沢辺……そうすると、連絡して取りに来る間と貸してから帰って来る期間を込みにすると、二週間から四週間の間ぐらい。中を取って三週間だとして、二一日ですよね。二六〇人を六四冊で割ると四・〇六人。それに二一を掛けると八五・二六日間待つ。
手嶋……そうすると三か月近いんだけど、実際にはそういうふうには動いてないわけで。というのは、普通は上下セットで貸すんですよ。だけど『模倣犯』は厚いし、上と下を分けて貸してるの、町田がね。そういう使い分けはするんですよ。やっぱり効率よく読んでもらうためには。
沢辺……ひいき目に見た数字でも三か月ぐらいは、現時点でたまってるということですね。
手嶋……そうですね。だから実際には、やっぱり六か月近く待たせちゃうというのが普通ですね、ベストセラーになると。
沢辺……ごめんなさい、一つ質問なんですけど、二六〇人のひとが待ってますよね。だいたいとぼける人って、何割ぐらいですか。
堀……取りに来ないっていうこと?
沢辺……取りに来ないとか、連絡したら「もう私はいいです」とか。そういうふうに言われることってあるんですか?
一同……多いですよ。
小形……特に待たせてると「もう買っちゃって、読んじゃいました」とかね。
手嶋……いろいろなパターンがあって、親切な人はこちらが「用意できました」って言う前に、「もう手に入ったから、いいです」とか、キャンセルを言ってくれる。もう一つは、連絡すると、「実はもう読んじゃって、ごめんなさいね」というパターン。最悪なのは、あんまり最悪なんて言っちゃいけないけど、連絡しても取りに来ないで、自然に流れちゃう場合。
沢辺……二週間置いておく。
小形……それがけっこうあるかなって感じはしますね。
沢辺……自然に流れる人と連絡ちゃんとする人を含めて、数十パーセントのケタにいくぐらいの感じか、それとも数パーセントですか?
手嶋……一〇パーセントはいかないでしょう。
堀……ただそのほんの数パーセントだけど、一人のところで詰まって長くなることはあるということなんですよね。
小形……だからはっきりいうと、急ぐ人にとっては、図書館は向かないと思いますよ。
堀……ベストセラーに関してはね。
手嶋……パッといちばんにリクエストすれば、すぐに借りられるというのはあるけど。
小形……それはたまたまでしょ。宮部みゆきの新作なんかかが出るという情報が、例えば広告なんかが出る以前から流れたりすると、かなり前から予約がきたりするわけで。
手嶋……本が入ってきたときは、何十件も予約が入ってるというのはざらですよね。
小形……そうそう。広告なんか出た日には、もうその日にドッと何件も来るというような状況ですよね。
沢辺……ところで、蔵書における複本の比率ってどのくらいなんですか?
堀……タイトル数ね。
沢辺……いや、タイトル数と、それから……。
小形……出してみたことはないけど、練馬の場合、毎週百タイトルぐらい本を買うとして、最終的に複本になるものは一タイトルか二タイトル程度だと思うんですよ。
沢辺……そういうことが聞きたかったんです。だって、この批難の勢いだと、図書館は複本ばっかりそろえてて、ほかの本は買ってないじゃないかって気がする、極論だけど。
堀……図書館の入れるべき本の多様性を切り捨ててでも、いわば貸出の営業成績を上げるように経営的にも流れてるんではないかとかという誤解もあるだろうけれども、そこまでして貸出を伸ばそうとしている図書館はたぶんないだろうと思うんですよね。
沢辺……いっぱい買ってるなって感じを持つのは、複本五冊ぐらい、一館につき? それとも一〇冊ぐらい?
堀……規模によりますね。
小形……五冊になれば多いでしょうね。三冊だって多いかなと私は思うけど。
沢辺……例えば百タイトル購入するとしたら、何タイトルぐらいが三冊以上?
小形……三冊なんてなったら、一タイトルもないと思いますよ。三冊なんてなったら千に何冊ですよね、ほんとに。
沢辺……例えば光が丘規模で。
小形……ええ。
沢辺……光が丘は、構造からいって複本が多そうじゃないですか。
小形……多いですよ。さっきの町田の数字より、はっきりいって多いです、ずっと。予約だって六〇〇件、七〇〇件なんていうのはざらにあるし、複本だって八〇冊以上あるものはいくつもある。
沢辺……『模倣犯』の複本数を一回り聞いてみましょうか。
斎藤……『模倣犯』だと二五冊、全体でね。九館全体で二五冊。
沢辺……そんなもんなの!
小形……少ないですね。
堀……それはかなり政策的に抑制してるって感じ?
沢辺……少ないよね。リクエスト数ってわかる?
斎藤……『模倣犯』は、今わからないけど『ハリー・ポッターと賢者の石』だと、うちで今、四七冊持ってるんですよ、全体でね。
沢辺……九館でね。
斎藤……そう。中央が一四冊、地区館で小規模な館二館が各三冊、中規模な館六館が四から五冊くらいですね。
沢辺……で、予約者数では。
斎藤……ごめん、ちゃんと把握してこなかったけど、五〇何人とか、そんなレベルかな。
沢辺……堀さんのところの『模倣犯』は?
堀……国分寺は人口一一万人、小学校一〇校、中学校五校の小さな市で、市内全体で五〇万強冊の蔵書です。その中で『模倣犯』が上と下で各二六冊、ハリー・ポッターは『賢者の石』で二六冊、『秘密の部屋』が四三冊、『アズガバンの囚人』が二六冊です。リクエストの数は、今日僕は出勤してないので、調べてない。
沢辺……体感数字というのはどんな感じ?
堀……うちはもともとわりと分散型だったというか、やっぱり百のリクエストが殺到するっていうのは体験的にないですね。いちばん待たせてるときでも、やっぱり三〇数人ですね。四〇いくことはごくまれですね。
沢辺……それは国分寺市全体で?
堀……市全体五つの図書館の順番です。
沢辺……ねえねえ、年間図書購入予算の中で、複本ってだいたいいくらぐらい買ってるっていうのを調べたことってないですか?
小形……ないな。
沢辺……これはどなたか数字を出せないですかヒ。
小形……調べれば分かりますよ。ただ、いくら複本に使ってるかって複本だけのデータっていうのが、ちょっと割り出しづらいですよね。しかも、その時点でいつ購入したかとか、そういうことになっちゃうと、複本だけ別に買ってるわけじゃないですから、新刊と一緒に買ってるわけだから、それだけにいくら使ったかって、簡単には出ないでしょう。
もし、総図書費の一パーセントを複本のために割いてる図書館があったら、それはかなりすごいんじゃないかなと私は思いますけど。
堀……だよね。
沢辺……いろんな前提をつけないと、こういう形で数字を出すっていうのは難しいと思うんですよ、僕も。
さっき言ったように、「複本といってもいろいろある」ということが、まずありますよね。それから、堀さんが言った一番目としては「蔵書に占める割合はそんなに多くないんじゃないのか」。たぶんそれは言い方を変えると、「図書購入費に占める売れ線ねらいの複本の購入費っていうのは、一パーセントいかないぐらいなんじゃなかろうか」。この辺は数字的に出してあげたほうが親切かなと思うんです。つまり『模倣犯』にどの程度金を使ってんの、『ハリー・ポッター』にいくら金を使ってるかを見てみる。
堀……それはできるんですよね。特定のタイトルを決めて、それの予算の中で占める割合は出せる。
手嶋……非常に簡単ですよね。
沢辺……方法は最後にもう一回考えるとして。一応、堀さんも小形さんも、数字を出して冷静な研究や何かをしたほうがいいという意見を持っている以上、図書館側もチャレンジはしたほうがいいかなと思って。
図書館内部での検討課題は何か?
沢辺……じゃあ次に、内部、図書館として複本問題にどう対処していくのかについてのご意見をいただけないでしょうか。
小形……かなり深い問題になるかもしれないけど、貸出至上主義というと言いすぎなのかもしれないけど、いかに住民の求めるあらゆる資料を提供していこうかというところで、図書館は進んできてるわけです。その中でいろんなジャンルの垣根を越えてきたと思うんですよ。かつてはマンガなんか図書館に置くのは非常識と思われてたけど、今は量の差はあれ、たいていの図書館で置いてるわけですよね。CDなんかも同じですね。
複本にしても、利用者を待たせないようにして利用層を拡大してくるとともに、図書館に対する信頼というものを作ってきたというところがあるわけです。それはたぶん好景気であれば続けていけたのかなと思う。でも、今は非常に厳しい。市の予算もどんどん減ってる状況があるわけです。そういう中で図書館は何をしていくべきかっていう選択を迫られてきてる部分があるわけですよ。
以前のように、ベストセラーも買える、マンガも買える、専門書も買えるという状況ではなくなった今、なにを先に買わなくなっちゃうかというと、専門書部分だと私は思う。高価だしあんまり回転はしないんで、棚ざらしになっちゃうような懸念もあるというようなところで、どんどん減少してきてる。専門書なんかを出してる出版社あたりから、「もっと図書館で買ってくれないと、もうわれわれは立ち行かなくなる。本が出せなくなる」っていうような声も出てますよね。むしろそちらのほうが私は今図書館にとっては大きな問題じゃないかなと。
沢辺……でも、専門書の出版社からの「図書館で必ず一冊買ってくださいよ。そうすればこういう本を出せるんですよ」っていう要求に応えたりしたら、なんか指定席の公共事業みたいな感じがしません? 護送船団方式というかさ。
手嶋……それは思います。でも、実際にある館ではそういう買い方をしてるんですよ。
小形……未來社を全点収集とかね。
手嶋……私はそういう買い方っていうのは、おかしいと思ってるんですよね。
沢辺……そうでしょう。うちも『図書館の近代』なんて堅い本を出しているわけだけど、そのときに、未來社や岩波が指定席をボンと持ってると、うちの本が入る門が狭くなるわけじゃないですか、お金っていう範囲で言うと。そんなのやだよ、おれ。
手嶋……これは名前を出してもいいと思いますけど、浦安図書館の前の館長さん、あの方はそれをやってるわけですよね。そして、彼はベストセラーを大量購入することには反対なんですよ。私はベストセラーだって、程度はもちろんありますけれども、複本を購入するのは公立図書館として当たり前だと。直接ではないですけど、市民の税金によって運営されてるわけですから、それは当然だと思います。でも一方では、いわゆる専門書とか、小さな出版社が出してる本とか、書店ではなかなか手に入りにくい本を、公立図書館としてはそろえておく使命というか、役割っていうのはあるんだと思うんです。仮に需要は少数であったとしてもね。だから私自身は中間的な立場だと思うんです。
沢辺……昔、町田に住んでたころに、いちばん最初にポットで出した『外国人が公務員になったっていいじゃないかっていう本』を、わざわざサルビア図書館(町田市立)に行って、リクエストして入れたのよ。で、借りたのよ。その一、二年後に娘と図書館行ったついでに、何人ぐらい借りてるかななんて、カード見たらおれが借りた記録しかないのよ。やっぱりショックだったよね。それと、図書館の人はどう思っちゃうんだろうって不安があるんだけど。つまり、「なんだよ、ポット出版の本っていうのは、全然利用されねえじゃないか」なんていうふうに思って、仮にポット出版を覚えてくれてたとしたら、逆に排除されちゃうんじゃないかって怖さがあったんだけど。
小形……あくまで図書は利用するためにあるというのが前提になるんだけど、じゃあ利用が少ないからそれはいらないのかとか、そういうことではないと思うね。図書館というのは、商業、利潤でやってるわけじゃないわけだから。例えばこれは非常に利用が少なくても、これを置いておくことによって、特定の人が利用していくんだというものがあれば、きちんとそろえていくっていうことは必要だと思うし。
斎藤……でも今、やっぱり売れるもの、利用されるものというようなことで買っている雰囲気というのはあると思う。でも、その中でも利用は少なくても、それで何か役に立つ、読んだ人に大きな影響を与える本だってあるし、それを見極める目みたいなものは必要なんだろうというふうに思うんですよね。
沢辺……そういう目、ムードっていうのかな、それは図書館には相変わらずあるんですか。それとも「ちょっと最近、正直いってやばいよな」と思っているんですか。
堀……僕はやばいなあと思いますね。
小形……やばいです。
手嶋……私は特にやばいっていうふうには思ってないですね。
沢辺……斎藤さんはどう?
斎藤……やばいというふうには思っていなくて、反対に今の状況がこれだけいろんなところからたたかれ始めてきてますので、それが意外と刺激になっている。
昔は、「貸出をとにかく伸ばすんだ」「貸出がもっとも重要だ」と言ってた人たちが、「それだけじゃなくて、もうちょっと違う視点で見ないといけないんじゃない?」とか、あるいは「レファレンスみたいのも考えなきゃいけないんじゃない?」みたいなことを言い始めてきてるので、その意味としては昔とは変わってきてる、今はね。だから、やばくはないというふうに思ってますけど。
沢辺……じゃあ、たたかれるのはいいんじゃない。林望さんに「もっとたたいてくれ」って言わなきゃ。
斎藤……いいことですよ。僕はそう思ってますよ。林望さんが言ってる話というのは、ベストセラーに特化した話だから、ストレートに受け入れることはできないけれども、ああいう批判というのはきちっとされて、議論されたほうがいいと思うし、林望さんは図書館のために言っているんだというふうには思ってます。
手嶋……確かにそういう面がないとは言わないけれども、私はやはりあの議論っていうのはちょっと偏ってると思ってますけどね。
斎藤……いや、一石を投じていることは確かであってね。
手嶋……そりゃ、まあね。
沢辺……貸出を一所懸命がんばって、みんなに読まれるような本を入れて、貸出を強めようっていうことは、効果はあったんですか?
つまり、利用者はそれなりに増えたよとか、昔は一部の人しか図書館を使わなかったけど、利用層が増えてる実感があるのか、ないのか。それとも変わらないのか。
斎藤……貸出をやってきたことがマイナスだったというふうには、基本的には思ってないんですよ。情報提供をする図書館であれば、その方法論の一つとして、やはり貸出というのは重要だし、これからもきちっと貸出をしていくべきだと思ってるんです。
沢辺……もうちょっと俗っぽい言い方すると、『ハリー・ポッター』目当てに、足を運んでくれる人も含めて利用者は増えたから、それはそれでよかった。ただし、そのことだけに向いてるわけじゃないよと。
小形……そうそう、そういうことです。
斎藤……図書館員自体が、貸出だけに目を向けちゃったから、それはやっぱり違うんじゃないかというアンチテーゼみたいのが、今出てきているんだけど、そんなことは昔から言ってる話なんですよね。貸出が多い図書館はいい図書館なんだっていう評価に対しては、僕自身も、「えー、それって違うんじゃないの? もうちょっと違う部分があるんじゃないの?」って言ってきたわけです。具体的にはレファレンスみたいなものを、もっときちっとやっていくことをやっぱりしないと、バランスは取れないですよねっていうことを言ってきた。
小形……貸出重視をやった結果に見えてきたと言ったほうがいいんじゃないかな。
堀……そうですね。
小形……たぶんそれもやってこないところには何も見えてこなかったんじゃないのかな。
沢辺……手嶋さんに異論ありそうですね。
手嶋……私はまず貸出至上主義という言い方っていうのはちょっとおかしいなって思ってるんですね。
沢辺……批判的だよね。
手嶋……現状を貸出至上主義といったって、例えば町田の場合、図書館の利用者というのは、三年間のうちに一回以上利用した人が、住民の三〇パーセント弱にすぎないんですよ。それから、年間の平均貸出点数は一人一〇点。これは赤ちゃんからお年寄りまで含めての数ですから、それで貸出が、いわゆる貸出至上主義なんていわれるほど貸出してるなんていうふうにはとても思えないんですよ。ましてや多摩地域、あるいは二三区も含めて、東京都の図書館というのは、そういう意味では全国的にも貸出の水準が高いほうだと思うし、そうじゃない図書館っていっぱいあるんですよ。
斎藤……それは相対的な話だから、基本的にね。つまり要は、昔はそんなに図書館が利用されなかったけれど、徐々に徐々には増えてきてるわけですよね。その過程の中にあるんですよ、今は。昔から比べれば今はもっと増えてるという結果は出るんですよ。
手嶋……確かにそうですよね。だけどそれが、じゃもう十分だと。もう貸出はいいんだという議論は、私は違うと思う。
斎藤……いやいや、貸出はいらないんだというふうに僕は言ってるんじゃなくて、貸出をやっていればいいんだという考え方自体が間違っていてね……。
手嶋……それはそうですよ。
斎藤……それを貸出至上主義という言い方をするんだけれども、「貸出だけをやっていれば図書館はよくなるんです。いい図書館になるんです」というような考え方を持ってることが違うというふうに言ってるんです。
手嶋……ただ、そういう考えでやってるところって、そんなにないと思うんですけどね。
斎藤……いや、それは昔からありましたよ。だからレファレンスだって組織的に位置づけられてこなかったんですよ。
沢辺……つまりこれは、実は図書館業界の中では昔からずっと深く語られてた話なんだ。
小形……ある意味ではね。
手嶋……だけど、貸出至上主義って言い方は、違和感あるな。
斎藤……貸出至上主義という言い方は適切ではないかもしれません。「至上主義」という意味合いがどういうものかというのは、やっぱりいろいろ議論が出てきちゃうから。でも、「貸出だけを伸ばしていけば、それはいい図書館になるんです」っていうような考え方で運営されていた図書館は多くて、だからそれは「レファレンスも貸出の副産物として考えればいい、地域資料なんかほうっておいてもいい」みたいな形で進められてきたのが、「中小レポート」(『中小都市における公共図書館の運営』の通称。日本図書館協会・一九六三)であったわけですよね。
沢辺……その「中小レポート」って、図書館業界ではかなり有名な画期的なレポートですね。それが今、例えば林望さんが批判している「ベストセラーの複本をいっぱい買う」っていう図書館の根拠になってると、皆さんは思ってるんですか。
小形……少なくとも、「そう買え」とは書いてないけれど、その精神は流れてると思います。
沢辺……堀さんも流れてると思う?
堀……と思いますよね。それがベースだけれども、あともう一つは、やっぱり状況的に出版界が大量生産・大量消費型産業をなぞり、お客が話題の新刊にはとりあえずツバをつけるみたいな、そういう社会になったというのかな。そうなったときに、図書館で第一に目を向けるのが、リクエストが殺到する本にいかにどう対応するかというのが、最大のというか、目前の関心になったということではないだろうかと思う。
沢辺……分かりました。これ以上今日は突っ込むのは無理だと思うので、ほかにいくつか問題意識の点検だけをして、おしまいにしようと思います。
資料費削減によってどんな変化が図書館に起こるのか?
沢辺……問題意識の点検をしたほうがいいなと思うのは、資料費削減について。これは出版業界がみんな関心を持ってる面もあるんですよ。ただこれもちょっとスケベなにおいだなって感じはするけど。もう一つは著作権問題にも触れておきたいと思います。
じゃあ斎藤さんから、資料費削減って、どの程度削減されてますか。
斎藤……毎年五パーセント以上ぐらいずつ削減されてっている。
沢辺……約何年間ぐらい?
斎藤……二、三年という感じですね。今年が全館で五五〇〇万円。
沢辺……例えば本が二〇〇〇円平均だとすると、二万七五〇〇冊。
小形……二〇〇〇円はなかなかないと思いますよ。もう一〇〇〇円台になってる。
沢辺……三万以上か、それで。三万ということは、年間に新しく出る新刊が六万数千点ですよね。
斎藤……児童書なんかも入るから、平均単価はもっと下がってくる。
沢辺……五五〇〇万円には雑誌も入ってるの?
斎藤……雑誌は入ってない。
沢辺……その予算で十分図書館経営できるよっていう感じなんですか。それともだめなんですか?
無謀な聞き方かな?
小形……経営の仕方が変わってくるといったほうがいいのかもしれないけどね。
手嶋……資料費が減りつづければ、やっぱり複本を抑えるほうに回りますよね、当然。
沢辺……この四館の人たちの間では、どちらを抑えるかというと、やや複本を抑える度合いが強くなる感じ?
小形……うちは高い本を買わない傾向が強いですよ。さっき言ったように、専門書が買えなくなりつつある状況。
斎藤……うちもそうですよね。
小形……複本は予約を考えるとどうしても買わざるを得ないという状況がありますよね。それにベストセラーの本はそんなに高い本じゃないでしょ。五〇〇〇円なんて本はないですよね、ほとんど。
堀……国分寺は、この間役割の違う大きい図書館を作れなかったということが大きく影響すると思う。工夫はしてるけどレファレンスとか、マイナーなものもいろいろ幅広く展示し、ある事をあてにされるような図書館の内部の仕組みを作れなかったので、予算が抑えられたときは、利用の少ないもの、要するに高い本、専門的な本をどんどん切って、それでもとりあえずは成り立つみたいになっちゃう恐れがある。
手嶋……町田は、二〇〇〇年度に図書購入費が一億円に下がったのですが、そのときもその年のうちに五〇〇万円の補正を組んで、なんとかしのいだ。それ以降、一億円ちょっとということで、横ばいですね。ただ、本の単価は上がってますから、購入冊数としては減ってますね、数字を見ると。
沢辺……何冊ぐらい?
手嶋……二〇〇一年度を見ると六万四七九七冊。一九九九年度は、金森図書館が翌年開館したのでピークだったのですが七万五六六九冊。
沢辺……すごいね。新刊全部買ってるってことだよね。
手嶋……でも複本が入るからね。
小形……練馬は一億九〇〇〇万円ぐらいあります。
斎藤……比較する単位としては、人口一人当たりの図書費みたいな形を取らないと、多い少ないっていうのはいえないと思うんですよね。だからうちは五〇〇〇万円で、町田が一億円だったら、「一億すごいよね」っていう話になるけど、じゃあ人口で割り返したとき、どうなのとかいうふうになると、だいたい同じぐらいになっていく。
手嶋……いや、町田のほうが低いですよ。だって、そちらが一六万人でしょう。町田は、三九万人だから。八王子はちょっと例外だけど、傾向として、人口が多いところは、どうしても人口一人当りの単価は低くなっちゃいますよね。
小形……練馬は全体で、二億一〇〇〇万円ぐらい資料費あったのですが、今は一億九〇〇〇万円ぐらい。下がってきてますね。人口はだいたい六四万人だから、一人にするといくらになるのかな。三〇〇円ぐらいになっちゃうのかな。二三区の中では低いほうですけどね。
沢辺……資料費削減っていう問題は、図書館がそれで経営できるのかどうかっていうことが一つですよね。それについては、「やり方が変わるなあ」という言葉が出ましたけど、ほかに何か印象としてある? 点描しておいたほうがいいなということは?
小形……教養主義と大衆主義みたいなものが、せめぎ合ってずっとやってきたところであると思うんですけどね。結局、どっちかが勝ったとかそういう問題でも決してないと思うんだけれど、それが現実的にお金が減ることにおいて、どうしても教養主義的な部分が削られざるを得なくなってると思う。それははっきりいうと、図書館の多様性が確保できなくなってきてることだと思うんですよ。
斎藤……僕も、今の問題はそこだと思う。
図書館に出版文化を支える役割があるのか?
沢辺……出版業界は図書費削減反対っていうふうにぶち上げてるわけですよ。それは、図書館の役割の中に「出版という文化を支える」「業界を支える」って言ったらいいのかな、そういう役割もあるって考えているんだと思うんですよ。それに対して、皆さんはどう考えますか?
斎藤……われわれが向いているのは出版界じゃなくて、利用者ですから。利用者にとっての情報提供として必要だから、「これは買いましょう」っていうふうになるかどうかですよね。五〇〇〇円の本でも、「この本なら使えるぞ。じゃあ、小説やめて買っとくか」みたいなね。ということがひいては出版文化を支えるということになってるかもしれないけど、じゃ出版文化を支えるために、「特定の出版社の本は全部買うんだ」みたいなことではないなという気が私はする。
沢辺……じゃ、業界見回して、図書館が一般文化を支えているんだというムードってあるんですか?
手嶋……少なくとも私の館ではないですよね。
斎藤……見る目がある図書館員がいるのであれば、僕がそうだとは言わないけど、マイナーの本だって「使えるぞ」と思ったら、やっぱり買っていくということになるんだと思うんですよね。それが結果として出版文化を支えていることになってる。
手嶋……結果としてね。
沢辺……間接的に支えることになるかもしれないが、おれたちはおまえらのために存在してるわけじゃないと。
手嶋……あくまで利用者のためですよね。
小形……利用されるのが図書館ですから。
沢辺……ということは、出版業界に言いたいのは、資料費を節減するなとか、もっと本を買えとかいう運動をやってるぐらいだったら……。
堀……まもとな本を出してよ。
斎藤……ただ問閧ネのは、そういう本だと図書館員が見極められるかどうかというような、そこの何ていうのかな、選書眼というか図書館のスキルみたいな何かが、今本当にあるのかなというのが、僕は気になるところです。自分も含めて……。
堀……例えば、今ベストセラーの複本問題の翻弄を除いたところで、自分たちの内部で本を選べるようなポリシーなり選書の目っていうのを、個人の司書でもいいですし、集団でもいいですけど、どこまで持ち続けられるかどうか。これは内部の危機だなって思う。もう一つ、やっぱり出版界の問題として、出版タイトルは多くなってるけれども、持続して長期的に売ろうという発想自身がないんじゃないか。非常に単価の安い、ズバッと短いスパンでしか売ろうとしないような出版形態になっちゃってますよね。それは、ある面非常に図書館としてはやりにくいんですよね。もう少し豪華版とはいわないまでも、せめてハードカバー中心の出版形態でないと、ちょっと図書館という一つ一つ蔵書として受け入れてっていうシステムにはやりにくいところがあるから。というのは、教養書が新書でしか出ないようになってしまうと、長期的に蔵書として使い回すんだというシステムの施設には、なかなかそぐわない。これだけ新書がたくさんの出版社から出て、しかもそれが中堅人文出版社の中心出版物をなしてるっていうのは、どうも図書館というシステムとはかみ合わないみたいなところがあります。
あと文学関係も含めて、ほんの数年後には文庫本になるという事態は、それは出版社の経営のあり方で仕方がない話かもしれないんだけれども、これも図書館というシステムとうまく折り合わないところがある。そういう意味では、こういう出版形態、新書や数年後には文庫本というようなことを、出版界そのものがやってる中で、いくら図書費を上げていただいても、その運動をやっていただいても、図書館はそれにうまくかみ合っていけない、図書館というシステム自身が。
手嶋……ちょっとそこは異論があるな。もちろんすべてだとは思わないけれども、利用者からもそういう希望ってかなりあるんですよ。例えば文庫なんかは、通勤の電車の中でも読みやすいとか、ハンドバッグに入れられるとか。町田でいうと、特に文庫の需要っていうのはすごく大きいですね。だから、堀さんが言ってることも分かんないわけじゃないけれども、そういったことも一つは、こちらは選定する場合はやっぱり重視するべきだと思う。利用者のニーズっていう意味でね。
堀……単純に文庫本を買いたくないって言ってるわけじゃないんだ。長く蔵書として使えるかな、と高い金出してハードカバー買ったのに、数年後には文庫化されて、客も文庫で出ているんだから文庫でなきゃいやだみたいなことは、正直ちょっと困ったなっていう感じがあるんだよね。
沢辺……長く売れる本がないっていう、つまり足が早くなってるっていうのは、みんな言ってるわけですよ。数字はわかんないんだけど、そう言ってるのね。それから、ある意味では、本というものから教養がはがされて、雑誌か本なんだかわかんないものが多くなっている。例えば岩波の新しい新書だって、その線をねらってるわけじゃないですか。
堀……そうですね。『大往生』から始まってね。永六輔からですよね、あのころから。
沢辺……あれはもう実用書なんだか岩波新書なんだか分からないみたいなさ。
斎藤……だったら、複本がどうのこうのなんて、ちっちゃなことを言わずに、「この本は苦労して作ったんですけど、いいんですよ」「もっと図書館で買ってくださいよ」という運動をしたほうが、僕はもっと生産性が出てくると思う。
沢辺……むしろ「おまえらは複本のことをガンガン言ってるけど、自分自身のやってる商売のやり方そのものが、そっち方向に行ってるだろう」と。
小形……そうそう。そういった出版物ばかり増やしてね。
手嶋……それは大きなところですよね。自分たちでそういう出版物を生み出しながら、一方ではベストセラーを買うな。でも図書館は本を買えということですよね。資料購入費を減らすなっていうことを要求するということは。それはもう最大の矛盾ですよね。
斎藤……自分たちで作った本がいいものだったらば、図書館にもっともっと売り込んできて、「図書館どんどん買ってよ」「そのためのお金つけてよ」っていう話なら分かるけども、ただ氷山の一角をワーワー言って、「ベストセラーをたくさん買って、ただで貸しているから売上を圧迫してんだ」みたいな話というのはちょっと違うぞというふうに思いますよね。
沢辺……図書館もやっぱり新刊のベストセラーの複本中心主義にいってる、ややそこにいきかけてることにみんなも危惧を持ってるでしょ。つまり本は、そっちのほうが優先になってる、社会がそうなってると。古い本はなかなか借りられないと。それは全く出版界も同じような話が年中出てきますよね。これは日本の社会の動きがそうなっちゃってるんで、それを出版界と図書館界で争ってていいのかよってことかな。
斎藤……そうですよ。もっと大局的なところで考えないといけないよね。図書館でいえば、貸出うんぬんということじゃなくて、量よりも質みたいなところをどう確保していくかを議論をすべきだと思う。今からね。
著作権使用料に関して検討すべきことは何か?
沢辺……そろそろ、著作権使用料についていきましょうか。ご存じのとおり、出版社は印税という形で著者に支払ってる場合が多いと。まあ払ってないところがあったりするんだけどさ。そういう例外はともかくとして、今まで図書館は著作権使用料に関しては、買うっていうだけの責任を負うだけで済ませてきた。しかし、諸外国にも違う考え方があるように、この問題についてはさまざまな考え方が成立すると思うんですよ。「本を買ったところで著作権使用料払ってるんだよ」というところから、貸出の回数ごとに金を払うとかいうのだってあり得るかもしれない。図書館用には何割か値段を高くして別な造本にという意見もあったりとか、さまざまな意見があると思う。今日は時間がないから、とりあえず現時点では、どのゾーンが検討課題ですか。検討範囲かなと思ってます?
堀……勉強不足ですけど、今日話してた範囲のことでいえば、日本の出版産業の大きさと図書館がそれを買ってる比率でいえば、まだその議論の段階じゃないんじゃないのという気はしますけどね。
手嶋……私も同様です。いわゆる図書館先進国っていわれるような国が購入する比率っていうんですか、それと日本のを比較したら、全然違うと思うんですよね。いわゆる公貸権(公共貸与権)を入れろっていうことを主張してる方々がどれだけ、数字を出しているのか。その辺を詰めていかないと議論しにくいんじゃないかと思います。仮にそうなったとしても、例えば自治体が負担するなんていうことになっちゃえば、その分、本が買えなくなっちゃうわけですね、ますます。そういうジレンマに陥っちゃうというのはありますよね。
ただ、逆のことをいうようですけれども、ビデオなんかはそういう著作権処理をしたものを上乗せした価格で購入してるわけですよね。CDは違いますけど。だからやり方は、いろいろ考えられるかもしれません。だけど、そこまで今本当に差し迫って、著作権を圧迫してるのかとどうかというところがよくわからない。そこから議論していかないと。
沢辺……ちょっと疑問があるなと。
手嶋……ええ、まだまだ。
沢辺……ちなみに、年間の貸出冊数って何冊でしたっけ、町田は?
手嶋……全館で三九〇万冊、AVも含めてね。だから市民一人当たり一〇冊なんですよ。本でいうと三五五万五四三〇冊。
沢辺……三五五万冊で、さっきざっくりと年間に買ったのが六万冊って言ってたじゃないですか。
手嶋……六万五〇〇〇冊近くですね。そして翌年の二〇〇一年度は六万四七四七冊。
沢辺……ということは、一冊の本が平均六〇回転してるってこと?
小形……そんなにしないでしょう、いくらなんでも。回転数というのは、貸出数割る蔵書数だから。
堀……蔵書数が例えば九〇万冊あれば、九〇万冊で三百五〇万冊を回転してるってことだから。
沢辺……約四回転?
小形……だいたい四回転が平均的じゃないかと思うんですけど。
沢辺……耐用年数って何年ぐらいあるの? 何年ぐらいで捨てちゃうの?
手嶋……ものによります。例えば旅行ガイドなんかはせいぜい二年か三年ですよ。中央館で二年、地域館で三年ぐらいかな。
沢辺……一〇年のもあるってこと?
手嶋……ありますね。
小形……蔵書全部が購入冊数によって入れ替わるところをだいたい出せばいいんだけど、練馬あたりは七、八年ぐらいかかるんですよ。
手嶋……理想でいうと、六年ぐらいなんでしょうけど。
小形……五、六年といわれるけどね。
沢辺……そうすると、年四回、全蔵書数で回転してるとしたら、四×七=二八。二八回転ってことで計算できるの? そんなに借りられてるとは思えないね、平均値でね。
小形……そんなに借りられてない。二〇回なんて年に借りられる本はまれですよ。だってさっきのベストセラーの予約でいったって、年に二〇回、回らないですよ。
沢辺……小形さんは著作権使用料どう考えていますか。
小形……公貸権は、やっぱり必要な議論だと思うんですけど、ここでそれを素直に認めちゃうということは図書館を一つの貸し本屋とみなすという思想そのものを肯定しちゃってるように思うんです。これだけ払ってるんだから、逆に「いくらでも貸出をしてもいいだろう。ベストセラーいくら入れてもいいだろう。だれにも文句は言わせない」という世界に入ってっちゃうこと自体が、図書館としてどうなんだろうという危惧があります。
それから、やっぱり実際ビデオ並みの、例えば三倍なんて値段をつけられたら、今の資料費じゃそれこそ買える本が三分の一とかになっちゃう。
沢辺……ビデオは三倍?
小形……確かそのぐらいですよね。
手嶋……ものによりますけどね。だいたい二倍ぐらいかな。
斎藤……ほとんど定価の二倍で買ってますよね。
小形……それからさっき言ったように、図書館にやっぱり置いておいてほしいという出版社もあるわけじゃないですか。そういう出版社でも、同じように付加していくことに賛成なのかどうなのか。例えばもし文化みたいな側面で考えるんだったら、この議論はちょっと成り立っていかないんじゃないのか。貸し本にいって、あくまで割り切りのあるところで成り立つ議論じゃないかなっていう気がするんですけど。
沢辺……個人的にいうと、うちの本が二倍だったら「ポットのこの本はいらないよ」ってはじかれちゃうほうが多いかなと思って、ちょっとビビるな。正直いって。
小形……そうなると思う。
手嶋……だって二倍になったら、単純に予算が、買える本は半分ということでしょ。ちょっとビデオと同一視できるかどうかは別ですけど、二倍まで上乗せしたら成り立たないでしょう。
沢辺……著作権者の思いっていうのは分からないので、そのことを抜きにして話してますが、斎藤さんはどうですか。
斎藤……公貸権については整理をしたいので言うんですけど、公貸権っていうのものをどういうふうに位置づけるかという問題があるんですよ。受益者負担という言い方と公貸権っていうのは、ちょっと違う。イギリスなんかは国がお金を出して公貸権を保障している。受益者負担っていうと、今度は利用者が出すというようなことになります。その辺の基本的な整理はやっぱりどこかではしたほうがいいだろうと思う。
それから貸出の回数で著作権料を払うみたいな形にしたときに、本当に著者に利益がいくのか? ベストセラー作家は膨大に利益は得るけれども、それ以外の人ってそんなに益を受ける話じゃない。反対に、本代にお金を上乗せされるとか、受益者負担になるみたいになったら、たぶん利用は減るし、うちも買わなくなるだろうと思うんだよね。
だからその意味では、著者にとって、著作権料を取る、図書館の貸出で取るような形になったときに、本当に利益になるのかどうかを、ちゃんと考えないといけないと思います。
沢辺……例えば、本の奥付のページあたりに複写権センターって出てるじゃないですか。あれ、著者にはお金がいっていないと思うんですよ、僕の認識では。複写権センターに参加している書協っていうところがボーンと受け取って、それから梓会とか、出版業界団体にお金がいく。コピー機屋さんからあらかじめ売るときに一台につきいくらとかといって、金を取ったりとかしてるわけですよ。だけど、これは著者に行ってないなあって、思ってて。実は出版流通対策協議会ていう団体で、出版著作権センターに加盟して、自分たちも分け前をもらいたいという作戦を考えたことがあったけど、これ著者にいかないもん。例えばポットなんかに分けたって一〇〇〇円ぐらいなんですよ。そしたらうちの著者に分けられないもんね。
斎藤……そこの問題だと思いますよ。どっちが得なのか。損して得取れみたいなのだってあるわけでしょ。あるいは、僕は本を書いてる人は、ストックの部分、将来まで残したいという気持ちもあると思う。「図書館に入れておいてもらいたいよ」みたいな人だっているわけで、それを制約されるようなシステムを作るのがいいのかどうかということも冷静に考えたほうがいいと思いますけどね。
沢辺……著作権者は果たしてどう考えているのでしょうかね。
手嶋……それは人によるんでしょうね。
斎藤……ベストセラー作家は、「著作権料が入ってくるからいいや」みたいに思うかもしれないけど。
沢辺……そして、その人たちは配分できるんですよ。
堀……そういうこと。
斎藤……ただ、僕も矛盾しててさ、『ず・ぼん』が出て、図書館の人に売ろうとするじゃない。すると「いいよ、図書館で読むから」って言われてさ。ムッとするよね(笑)。
堀……はははっ。いいね、いい話ですね。
斎藤……だから著者の気持ちっていうのは、分かんなくはないなという気はするけどね。
これからの理想の図書館像は?
沢辺……白本さん、追加で質問ありますか。
白本……皆さんの考える理想的な図書館のあり方っていうところを、一人ずつ伺えればと思います。この座談会は、出版界との図書館界の誤解、溝があるというところから始まったんですけど、出版不況というこの状況の中で、溝を埋めるために、出版界と共闘できることがあるか、その辺も合わせてお聞きしたいのですが。
斎藤……図書館も、今の状況のままやっていけるというふうには、基本的には思ってないんですね。切る所は切り、残す所は残して充実させる。それをきちっと図書館側から出していかないと、今のような状態でいけば、確実に図書館は不要になってくるだろうと、個人的には思ってますよね。その部分が何か。それは量の問題よりも、僕のところでは質の部分をいかに取っていくのか。質の部分を行政としてやっていく。NPOとか、PFIとかってあり得るというふうには思いますけども、やっぱり質の部分を行政がきちっと対応していくところでしか、生き残ってはいけないだろうと思います。
だからその意味で質を高めていけば、さっき言ったような出版界でいい本を出してもらえれば、それを図書館が買って、利用者に提供し、それを将来に残していくことができるだろうと。なおかつ、あまり使われない本をもっともっと使ってもらえるような形にするための図書館員が必要で、本を使って、利用者とコミュニケーションができるような人をきちっと育て、配置していく。そこを核として取っていくことでしか図書館は生き残れないだろうなという気がします。
特に IT化、デジタル化していきますので、通常のベストセラーなんていうのは、図書館で見なくたって、いくらでも、ちょっと金を出せば、見られてしまうみたいな状況になるかもしれない。そのときに図書館は何をやるのかなということを今から考えていかないと、たぶん図書館はなくなっても構わないという話になると思います。非常に抽象的な話ですが。
手嶋……私は守旧派といわれてるんですけれども、おそらくね。斎藤さんとはちょっと逆なんですね。やっぱりあくまで利用者が求める資料・情報を提供するというのが図書館の役割だというのは変わっていかないと思うんですね。ただ、もちろん単に要求があるものだけをそろえてればいいというふうには思ってませんけれども、やはりスタンスはそこに置くべきだというのが、私の個人的な考えです。
小形……私は利用者の要求を基本としつつも、多様性といったものを確保していくことが図書館の役割であると思います。それを実際どう実現させていくかですよね。やはり斎藤さんが言われたような、質の問題とか、特にレファレンスとか、ビジネス支援とか、図書館はこれだけ役に立つんだというようなことを訴えていかなきゃならないし、実際そういう図書館でなくちゃならないだろうと。単に量を誇るだけっていうことでは説得力がなくなってきてんじゃないのかなと思います。
あと、経営的な問題からいうと、ある意味ではあぐらをかいてきたのかもしれない。図書館の予算のうちの六、七割といったらいいのかな、人件費がかなり占めてる。それは、公務員で、年配の職員とかが多いということもあるんですけれど、その辺をほうっておいたままで、資料費が少ないだ何だといっても、これからは通る話じゃないんじゃない。といって、安い非常勤職員にすればいいのか、委託化すればいいのか。現にそういう傾向が現れていますが、それで済む問題では決してないと思います。このあたりのことも考えていかないと、これから非常に厳しい状態になってくると思ってます。
手嶋……ちょっといいですか。多様性を保障するという意味では私も賛成なんですよ。ただ、こういう資料に価値があるんだということを図書館があんまり言ってっちゃうと、逆に思想善導じゃないですけれども、いつか来た道になりかねないと思ってる。そこはやっぱりちゃんと心してやらないといけない。
斎藤……手嶋さんが心配するのは、利用者不在の場合ですよね。僕が言いたいのは、利用者がいての話なんですよ。利用者が求めているものの中で、その質をどう高めて提供していくのかという意味。
手嶋……「質を高めて」っていうところが、ちょっと私は引っかかっちゃうんですね。
沢辺……そうそう、おれもさっき、斎藤さんが「いい本」言ったときに、ちょっと引っかかった。斎藤さんが言ってる「いい本」というのは、いわゆる良書ナントカとか、そういうことではないのは理解できるんだけど、この「いい本」をどうセグメントしていくのか、どれをいい本というのかということが、例えば利用者という目だけでいいのかとか、いろいろあって……。
斎藤……利用者が求めて役に立つかどうかという話だから、そこにどう図書館がかかわるかでいうと、要はレファレンスみたいなところで、「ああ、この本で、のどにつかえてたものが落ちました」みたいなものを、いかにそろえておくのか、そういう本を見つけ出せるのかということ。それがその利用者にとって「いい本」だという意味です。
手嶋……そこには、斎藤さんにも利用者の目線は密接不可分にあるわけよね。
斎藤……それがなかったらできない。きちっと利用者と話をして、利用者が求めているものを出す経験やスキルを、図書館員はもっともっともたなければいけないと思う。貸出の手続きだけをやってるから、それができなくなっちゃっているんじゃないか。
手嶋……ただ、そこも貸出というのを、どこをとらえて貸出っていうのかというのがありますよね。例えば、機械に置き換えられるから、機械でやりゃあいいっていう議論もあるわけですよ、自動貸出機ね。だけどそれはあくまで貸出という一つの、例えばバーコードをなぞって手渡す。そこの部分だけを貸出というふうに私は思ってないんですよ。やっぱり図書館員として、利用者にいかに向き合うかっていうところでの貸出というふうに思ってるから。
斎藤……絶対にそんなことはない。それはやっぱり図書館員の思い込みだと思いますよ。例えば僕がそう思ったのが……。
手嶋……自動貸出機だったら、少なくとも利用者から、図書館員に話しかけるなんてことはあり得ないですよね。
斎藤……でも自動化してるほうがいいっていう利用者だっている。「なんで図書館員に自分が借りる本を見られなきゃならないんだよ」っていうような話だって、僕はあると思うんだよね。だから、利用者が「こういう本が欲しいんだ」とか何か探しているときに、きちっと話ができるようなところを設けておくほうが……。
手嶋……そういうところを特設コーナーみたいにしちゃったら、逆に利用者は行きにくいんだと思う。だから……。
沢辺……(手嶋の発言をさえぎって)ごめん、待った! そろそろ時間がないので、無理やり止めさせてもらいます。最後に堀さん、どうですか。
堀……今日はそういうネタにならないだろうなと思ってたんですけども、やはり根っこの話が出てきてしまったな、という感想を持ちました。どの図書館も状況は一緒なんだなという意味で、おもしろかったというか、またやりましょうという感じです。
自分なりの感じでいえば、貸出を大事にしましょうというところで何かが壊され図書館が変わってきたという積極的な側面はあると思うし、「教養主義的な価値ある本」というような評価が世の中で一回壊されてきたということもやっぱり意味があると思う。客受けすることの敏感さっていうことで図書館が変わってきたという、むしろ積極的ないい面もあると思うんだけれども、今もう一回、それで図書館が大事に確認するものは何なのかみたいなことが問われていると思う。状況的には、ベストセラーの複本の問題とか、いろいろ忙しくなってる中で、図書館の核みたいなものが希薄になってるんじゃないかなという感じがして、そこは改めて作んなきゃいけない、もう一回整理しなきゃいけないという感じはしています。特に若い職員なんかと、「これリクエストが何件になったから、また一冊買いましょうか」というところだけが、共同で議論できるネタなってしまっているという難しい状況があります。
ただ、いちばん素朴なところで、やっぱり図書館で客とやり取りしてる、あるいはカウンターでやり取りしてることは、思いがけなくおもしろいことですね。それは自分なんかにとっては図書館員になってみて初めて分かった世界です。
沢辺……残念ながら、そのおもしろさまでを話す時間がなくなりました。続きは、また別の機会をつくってということで、今日は終わりにさせてもらいます。ありがとうございました。
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