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ポット出版ず・ぼん全文記事ず・ぼん5

[わたしの図書館宇宙5]中堅図書館員の栄光と悲哀

新海きよみ
[1998-10-24]

文◎新海きよみ
しんかいきよみ●立川市図書館レファレンス・地域行政資料担当。
引退したらあの窓ぎわのキャレルで終日好きな本を読み暮らしたい。


 申し訳ないが、疲れてる。
 前にも言ったとおり、わたしは図書館の仕事がとても好きなのだけど、それでも時々、脳味噌がおからになってしまう。
 すかすか。
 なんだかなー、っていう感じ。
 今回ははなっからしょぼい話ですいません。でもねー、10年くらい図書館員やってる人って、結構みんな疲れてるみたい。
 どうしてなんだろう。
 すぐに思い付くのは、図書館の仕事って、とにかくいつも積み残しが多いでしょう。慢性的人手不足、なんて言ったらまた「この不況下に何言ってんの。だから図書館の人は世間知らずだって言われるんだよ。儲けにもならないこんな仕事に人が張り付けられてるだけでもありがたいと思わなくちゃ。」とか、「人の生き死ににも、世の中の損得にも関わらない人は気楽でいいよね。」とかって声がすぐに聞こえてきそうだけど。(こういうお外からの批判がすぐに想定できてしまう経験知ってヤツも疲れを倍増させる原因かもね。)
 でもある程度仕事に習熟すると、出来てないこと、力が及ばないことがいっぱい見えてきちゃうことも事実。
 わたし自身はけして働き者でもバリバリでもないが、一般的に見て10年選手くらいになると、そこそここなせるから仕事はいろいろ集まってくるし、あちこち目は配らなきゃならんし、若い人は育てたいと思うし、なまじ好きな仕事だったりするもんだから、頼まれもしないのに「図書館サービスの今後は」とか、「日本の司書職の専門性はなぜ社会的に認識されないか」とかよけいなことまで考えたりしちゃってね。そんでもってかえってそのクソ真面目さが一般事務職系の方々からは煙ったがられたりして。まったくもってご苦労さま。
 おまけにわたしなんか、好きなこの仕事いつまで続けられるのか、なんの保証も無かったりするわけだし。
 なんてね。考え出すとやたら愚痴っぽくなりますわね、時々。
 そんなこんなでちょっと元気を無くしていた今日この頃、感動モノの本をみつけました。
 『現代フランス語辞典――キーワードで読むフランス社会――』(大修館書店・1998年5月刊)がそれ。著者の草場安子さんは在日フランス大使館広報部資料室に23年間勤務された方だそう(ほかにもご著書があるようですが、不勉強でお名前を存じ上げませんでした。)で、本編のリアルタイムの情報にももちろん恐れ入るのですが、(もっともまだ実戦のレファレンスで使いこなしてる訳じゃないので、詳しくは語れません。あしからず。)何と言ってもカンドーしたのは「まえがき」です。
 長年のお仕事の内容は、本国政府からの資料をもとにフランスについて広報するものだったとのことですが、「それとは別にフランスについて知りたいと思う人々からの問い合わせにも応対していた。」(おおーっ、レファレンスの専門情報機関だ。)「問い合わせ頻度の高いものについては「問い合わせ虎ノ巻」といったものを準備していたが…(中略)…情報の鮮度は日に日に変わり、また要求される情報内容も時代を反映する。…問い合わせは変化に富んだものだった。それらにできる限り答えたい一念からこの虎ノ巻も項目が徐々に増えていった。」(すごいなー、自館作成資料だ。しかもデータをちゃんと更新してる )
 そして、そしてである。「この本により、一つでも調べたいと思っていたことが分かった、と思って下さる方がいれば著者の“documentaliste a vie”としての喜びはこれに尽きる。」
そう。やっぱりこれなんですよね。これぞまさしくレファレンスに携わる人間の真骨頂。どこにでもえらい人はいるもんだなあ。とにかく、擦り切れも燃え尽きもせず23年間誠意ある対応を続けてこられて、その蓄積をこういった目に見える成果としてまとめられたのはホントにすごい。
 好きなことでも、いや、好きなことだからこそ、思うようにならないときにはがっかりしたり傷ついたりする。それでもなお想いと志を持続するのって、ものすごくエネルギーのいることだよね。
 それに比べて自分はどうか。
そのままお仕事に使いますってレファレンスには「これでお金儲けするんならそれなりにペイすれば。」と思ったり、横柄な態度のおっさんにむかついたり、レポートのテーマ書いたプリントそのまま突き出す学生さんに「ちったあ自分で努力しろよな。」と憤慨したり。ま、その感じ方はまちがっていないにしても、だ。そういった日々の些細なイライラと、本質的な理不尽や問題点をゴッタ煮にして、爽やかで気持ちのいいレファレンス魂を少しづつ磨り減らしてたのかもしれない。
 偉大な先輩たちのパワーや知識の蓄積に圧倒され、新進気鋭の若者達のフットワークにあおられ。回りはみんな優秀に見えて焦ってしまう。
 やらなきゃ、なことはてんこ盛りなのに実際の仕事は遅々として進まず、そのくせ些細なことも見て見ぬ振りが出来なくて、ついついよけいな口出し。しちまったあとでしまった、と思ったところで残るのは空しい自己嫌悪ばかり。
 でもでもしかし。
 それでも自分の仕事に誇りを持って、「これが好きです」と言えるわたしは、日本のサラリーマン社会ではとんでもなくしあわせ者だと思う。ラッキー。
 だからこそ日々の実践場面では、今の自分が持てる知識と能力を総動員して利用者の情報要求に応えようと努力する。たとえそれがイヤなお客の時でもね。自分の図書館員としての実力を少しづつでも向上させたいという意欲もまだ失くしてない。だったらそんなに捨てたもんでもないか?
 わたしのしたお仕事で、知りたいと思ってたことがひとつでも解決したと利用者に喜んでもらえたら、それこそがレファレンス・ライブラリアンの秘やかな栄光であります。そのときは誰に認められなくても自分で自分を褒めてあげよう。頑張ったこと、出来たことを自分できちんと評価することは、驕りや独りよがりとは違うはず。
 「好きこそものの上手なれ」って、昔の人も言ってるし。ね。
 それでね、同じお給金くださるなら、こういう人間は図書館で働かせておいた方がかなりお得だと思うんですけど。いかが。

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