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ポット出版欠歯生活
第7回苦肉の策

書き手北尾トロ
[2003-04-21公開]

 振動とともに医師も患者も息を止めて作業に集中。10秒後、大きな吐息。その繰り返し。メスネジのヤマをつぶしては意味がないため慎重に掘り進む----
 掘削作業2回目。機械の圧力と振動にも少しは慣れたが、進行状況は必ずしも順調ではないようだ。幅2ミリほどの管を掘るのだが、やはりコンクリ固めが障害となっていて思うようには掘り進めないのである。
 そりゃそうだ。いくら途中で折れたネジの除去専用マシンだといっても、コンクリで壁にへばりついていることまでは想定されていない。この機械は目で確認するのが困難なメス管を垂直に掘り進めるためのもの。ネジヤマを傷つけずにネジを粉砕できるのがメリットである。コンクリで固められていなければ、ネジヤマに食い込んでいた部分も振動で除去できる理屈なのだ。
 ところが、ぼくの場合はネジヤマ食い込み部分が、壁にへばりついたまま掘り進むことになってしまう。医師は振動によってコンクリが剥がれることを期待しながら掘っているのだが、うまくいく兆候は見られないようだった。
 管にはあと1.5ミリ程度の折れネジが残っていて、作業を続けていけば最深部に到達はできるのだが、残骸が除去できなければメスネジのヤマがコンクリで埋もれたままになってしまい、新たなオスネジを装着することが困難だ。
 できることはやっている。それが通用しないとなると、振り出しに戻るしかないのだろうか。専用マシンを使っても事態は解決しないとなると、状況は絶望的ではないのか。10年前の軽率(あえてそう言わせてもらう)な処置が、いまさらながらうらめしくなってくる。
 20分ほど経過したところで医師が大きなため息をついた。
「どうもムズカシそうですねぇ‥‥」
 思ったとおり、医師の見解はこのまま掘り進んでも仕方がないというものだった。
 メスネジの再利用をあきらめて、新たなインプラントを作るしかないのだろうか。隣の歯も欠歯なのだから、2本をインプラントにするとざっと70万円かかる計算だ。げ。しかし選択の余地はない。いや、あるにはある。入れ歯である。入れ歯には強い抵抗感があり理屈抜きでイヤなのだが、だからといって70万円の出費は痛い。この際そんなことも言っていられないかもしれない。
 いやいや、入れ歯は最後の手段。選択肢があるかぎり無理をしてでもインプラントにするのがいいのでは。どうなんだ銀行口座の残高は。70万ならどうにかならないか。ならなければ借金という手もあるだろう。
 しかし、ぼくはインプラントが折れたことに端を発した今回の治療で、自分の歯を総合的にチェックし、今後少なくても10年か20年は大きなトラブルに見舞われないようにしたい。そういう大きな見地に立って考えるとだな、治療はこれだけでは済まないと思われる。左側の歯にもいくつか問題があり、そのうち1本は抜く可能性が大アリなのだ。
 つまり、なんだかんだで100万はかかるのではないかと。
 こういう予測があるからこそ、メスネジの交換による骨などのダメージだけではなく、なるべくコストのかからない方法を模索してきたのだ。
 医師は、ぼくが結論を口にするのを待っているようだ。どうする。ここはいったん保留して次回に持ち越すのが正解か。
 と、ここで医師から思いがけない提案。もっと大きな穴を開けて新たなメスネジを装着するのはリスクもあるし、せっかく骨とうまく癒着している現在のメスネジを抜くのは惜しいというのである。除去を中断し、メスネジも抜かずにインプラントを安上がりに済ませる方法がひとつだけあるというのである。
「コンクリを流し込んで、今回折れた深さのところまでオスネジを差し込んで固めるんです。オスネジが短い分、強度は弱くなりますが、経済的にもそちらの方がラクでしょうし、隣の歯をインプラントにできるなら、上ものを2本連結させることで、ある程度の強度は保てるでしょう。技工士さんに相談してみないとわかりませんが、短いオスネジを作るのは可能だと思います」
 コンクリにはコンクリで。なるほど、その手があったか!
 かなり強引ではあるけれど、贅沢は言えないと思った。よし、それで行こう。
 次回までに技工士の見解を聞き、可能であればさっそく治療に入る。ぼくは医師とスケジュールを相談し、久しぶりに明るい気持ちで帰宅した。
 何事もなく時間が過ぎ、明日は予約日という午後、欠歯の奥にある仮歯(最奥歯)にかすかな疼きを感じたがさして気にしなかった。そして当日、仕事の関係でどうしても病院に行けなくなり、予約変更の電話をすると、技工士からOKがでたとのこと。今回は治療より相談がメインのはずだったので、電話で話をして次回の予約を6日先の水曜に取る。
 ところが、金曜になると仮歯の疼きが痛みに変わってきたではないか。なぜだ。ここも弱っているとはいえ、すでに治療済み。欠歯の奥に1本きりだから、負担をかけないように噛むのは左側である。おかしい、原因が分からない。
 金曜の夜には断続的な痛みに襲われるようになってきたが、薬局で鎮痛剤を買って飲むとおさまった。やれやれ、一段落だ。次回にきっちり治療してもらおう。インプラントはそのつぎでいい。
 呑気なことを考えている場合ではなかった。金曜の晩は痛みで何度か目が覚め、土曜になると歯茎が腫れてきたのだ。少しでも上歯が触れるとガーンと響き、刺激に連動するように、ドクン、ドクンと激痛が襲いかかってくる。
 地獄の週末が始まった。

第6回●光が見えた日 第8回●奥歯が砕ける
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