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真実・篠田博之の部屋9 [2000年10月20日]
真実・篠田博之の部屋9  篠田氏による「松沢呉一さんの攻撃について」「松沢呉一さんとの一件について4」(3は不在です)がUPされたわけですが、実は、これらとは別に、篠田氏からの申し入れ(というか提案というか何というか)がありました。せっかく過去の文書を公開して、第三者が判断を下せるようになったというのに、なんでまた新たに読者が見えないところで事を進めようとするのかと困惑してます。すべて公開でやっていただけることを改めて申し入れます。
 私としては、公開された表現物に関してのやりとりは公開が原則と思っていて、今回の申し入れに対する回答を既に文書で送っており、篠田氏の方法についても、その内容についても、私は批判するに足ると考えているため、当方の文書は追って公開するつもりです。ただし、篠田氏は公開を前提で申し入れてきたわけではなく、かつ私の手元に文書が届いているわけでもなく、何をどこまでどう出していいのかもよくわからないため、一定の合意が出るまで、あるいは完全決裂が決定するまで、この事情を説明するのを控えます。
 また、間に入っているポット出版の沢辺さんから新たな提案が私と篠田氏になされ、私はこれを受諾します。
 このことによって、現在、読者が経緯を見られる部分と、そうではない部分との二重構造になってしまっていて、そのうち、篠田氏が公開で出してきた二つの文書については別途論ずべきであり、既にその文書もほぼ完成しているのですが、これ自体、今後の展開次第ではインターネットではない別の場に移してやっていくことになるかもしれないため、ともあれ様子を見るしかない状態ですので、11月に入るまでお待ちください。
            *
 今回は、まずこちらの謝りを認め、訂正文を出します。
謝罪と訂正  篠田氏が書いているように、篠田氏が「風俗ユニオン」について最初に触れたのは、連載終了の通告をしてきた文書でした。こちらの確認不足です。申し訳ない。今後はさらに確認をして文書を書くことをお約束し、該当箇所を以下のように訂正します。
 まず原文です。
[「風俗ユニオン」について私が最初に書いた時点で、篠田氏はこんなことを言ってきてません。篠田氏が「風俗ユニオン」を取材したいと言い出したのは、1月26日の連載終了を通告するFAXでもなく、これは2月19日のことです。「朝日新聞」夕刊に「風俗ユニオン」が紹介されたのが2月16日のことですから、取材したくなったのは、「朝日新聞」がきっかけとしか思えないわけです。私の連載で一貫して一番やって欲しかったのなら、最初に私が紹介した時点で取材したいと言っていたはずであり、連載終了を通告してしばらくしてから言うことですか。実際にどうかは知りませんけど、ここで述べられた篠田氏の論理と、私が知る事実を照らし合わせると、それまで関心などなかったということになります]
 以下、訂正済みの文章。
[「風俗ユニオン」について私が最初に書いた時点で、篠田氏はこんなことを言ってきてません。篠田氏が「風俗ユニオン」を取材したいと言い出したのは、1月26日の連載終了を通告するFAXです。私が篠田氏に「風俗ユニオン」のことを知らせたのは、昨年10月のことであり、その時点では、取材をしたいなどと言っておらず、実際にどうかは知りませんけど、ここで述べられた篠田氏の論理と、私が知る事実を照らし合わせると、連載終了決定まで「風俗ユニオン」に関心などなかったということになります]
 「青山の集会」とやらについて問い合わせてきたのは、「風俗ユニオン」が「朝日新聞」に出る3カ月ほど前のことですけど、あのシンポは「風俗ユニオン」とは何ら関係がありません。たぶん、私が書いた文書から、篠田氏は誤解しているのでしょう(詳しくは10月21日付の文書をお読みください)
            *
 続いて、以下に、これまでの私が書いてきたことに関わりがある篠田氏宛ての文書、および今後触れていくことになろう篠田氏宛ての文書を出しておきます。細かいものまでを全部出す意味はないでしょうから、昨年の7月までのものは、意味があると思われるものだけを出します。それ以外については、必要があったら適宜出すことにしましょう。
 わかりにくものも多いため、それぞれの文章に簡単な解説をつけておきます。送った日がはっきりしているもの以外はデータとして残っていた日付で、実際に送った日付や篠田氏の手元に届いた日付とは、数日ズレているものがあるかもしれません。
 また、名前は手書きで書くことが多いため、データとして保存されていませんが、すべて「松沢」または「松沢呉一」との署名が原文には入っていたはずです。伏せ字は×で表示します(特記ない限り、ここに出しているのは、その文書の全文であり、行替え、文字表記など、すべて原文ママで、誤字の類いもそのまま出しておきます)
1997年9月10日付文書 篠田様

 第一回目は予告編的な内容にしました。ちょうど十枚です。ビジュアルを入れるとすると、風俗情報誌がズラリと並んでいるようなものですかね。次号から具体的な話になるわけですが、どこかの店で、イメージ写真的なものを撮らせてもらいましょうか。写真協力として店名を入れないとならないかもしれませんが。
 実は次号分も既にだいたい書き上がっているのですが、改めて取材するわけではないので、ちょっと文章が平坦な印象があって、内容に深みを加えるため、また、彩りを加えるため、情報源にしている風俗嬢の一人に毎回登場してもらおうとも思っています。彼女は××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××今はカタギの仕事もやっています。とにかく、この世界にやたらと詳しく、ずば抜けて面白いキャラクターの持ち主でもあります。
 彼女が文章を書けば、きっと面白いものになると私は睨んでいるのですが、彼女はその気が全くなく、自分が情報を提供するので、それを利用してくれればいいと言ってくれており、私としては、今回の連載で、情報源として彼女を利用するだけじゃなく、なんとか彼女のキャラクターや考え、生き方みたいなものを出していければと考えてます(身元がバレるような話は一切書けないのですが)。一人のトルコ嬢をひたすらインタビューした小沢昭一の『ドキュメント綾さん』という本が私は大好きなのですが、ちょっとそれに近づけたいなと。
 できれば彼女に謝礼を払ってやって欲しいのですが、前に謝礼を払おうとしたら、メシをおごってくれるだけでいいと言っていたので、今回もメシ代で済むかもしれません。
以上

解説:連載一回目の原稿に添付したもので、篠田氏に対して最初に送ったFAXかもしれません。私自身、これまで、この時期の文書を確認していなかったのですが、写真の掲載について今後論じていく際の重要な資料になるでしょう。この時点で連載のヴィジュアルをどうするかまだ決まっていなかったようで、一回目から私がこのような提案をしているわけです。
 なお、伏せ字部分は竹子ちゃんの個人的事情を説明した部分です。このように、連載の内容についてはマメに報告していましたが、「こんな方向でやってはどうか」といったアドバイスめいたものは、例の電話に至るまで、ほとんどありませんでした。古いものを見直して思い出しましたが、一度、「竹子ちゃんのファンがいる」といった文書を送ってきたか、電話で言ってきたことがありました。それがほとんど唯一の例外ではないでしょうか。

1997年11月20日付文書 篠田様

 留守電聞きました。前回渡した写真は何回分かのつもりだったのですが。もし、パソコンに既に取り込んでいたりするなら、前回の写真の中から使っていただけないでしょうか。
 特に内容を説明するために入れている写真ではなく、そのために、毎回撮りに行かなければならないのはキツいし、意味がわかりません。原稿のために取材に手間をかけるのは厭いませんが、私はカメラマンではなく、カメラマンのギャラをいただけるわけでもないのに、また、原稿はとっくに入れているのに、どうして写真で締め切りに追われなければいけないのか、どうしても解せません。前回のようなものなら、3カ月に1回くらいついでに撮っておくこともできますけど。
 前回撮った写真は懇意の店で撮らせてもらったのと、他の取材のついでに撮ったものですが、店にとっては何のメリットもないので、毎月毎月撮らせてもらうわけにもいきません(店名や電話番号、サービス内容まで入れるなら別ですが)
 ちょうど明日またよく知っている店で取材があるので、店や女の子のOKが出ればついでに何か撮っておきますけど、店名などを出すか、モデル料を払わないと、女の子の顔を出すことは難しい。女の子に直接頼めば、裸はだいたいOKですし、他の写真を流用することもできますけど、店によってはクレームをつけてくることがあるかもしれないので、できれば避けたいところです。結果、前回と同じようなものにしかまずなりません。
 どうしても毎回、新規に撮った写真を出さなければならないのでしたら、すいませんけど、今後に関しては風俗関係のカメラマンに頼んでいただけないでしょうか。

解説:10月の時点で、私が撮った写真を使用するということになって、何点か郵送したところ、11月になったら、また催促の電話があったために、何を言っているんだと、私は腹を立てているわけです(文面からすると、どうやら10月に送った写真はあちらから送り返してきたようです)。しかも、この時の口調が「写真はどうなっているの」みたいな、如何にもこっちに非があるかのような言い方だったために、少しばかり私はキレてます。今となってはこれも重要なことであり、篠田氏はこの時点で私が写真を用意するのだと認識していたことになります。
 この私の文書によって、篠田氏の方から女性のカメラマンを使いたいとの提案がなされたのだと思います。
 ここで[カメラマンのギャラをいただけるわけでもないのに]というのは、写真のギャラをもらえないと言っていのるでなく、「カメラマン並の」という意味であり、写真のギャラについての話は一度もなかったかと思います。ただし、ギャラの振り込みを見ると、一度だけ写真のギャラ込みとも思われる金額になっている回があります。ギャラの未払いの検討の際に、もう一回あちらのデータとこっちのデータの照らし合わせをするとしましょう。

1997年12月18日付文書 篠田様

 SPA!の連載も「ヤンナイ」の連載もなくなったたため、今年の年末進行は実に楽ちんです(書ける原稿はどんどん先に書いてしまうため、「創」を含め、連載のうち5本は来春入稿分以降まで既に書いてあり、改めて取材しなければならないもののみ締め切りに追われる)。そのため、竹子ちゃんにさらに話を聞いたりして、「創」の連載は再来年の6月入稿分まで出来てます。少なくともそれまでは連載を続けさせてください。
(このあと、別の雑誌の話と、原稿の直しについて書いていますが、どうでもいい話なので、400文字ほど省略)
 竹子ちゃんに掲載誌を送ってください(これまでの分を含め、今後毎号)
×××××××××××× ××××××××× ××××
 これが本名なのですが、他の仕事もやっているため、絶対に外に漏れないようにしてください。

解説:伏せ字部分は竹子ちゃんの住所と名前です。ラスト部分で強く彼女の情報を守秘して欲しいと書いていることに注目しておいてください。

1998年3月9日付文書 篠田様

 FAX拝見しました。そちらで出していただけるのなら、何の問題もありません。もとはと言えば、「創」の連載ですし。
「風俗バンザイ」は、コアマガジンが検討したいと言っていたのですが、コアマガジンが出したいと言っている別の本(風俗誌「ヤンナイ」の連載)の話も、ここ2カ月ばかり何も進まず、このままいつものようにボツる可能性が大と思われるため、まだ、「風俗バンザイ」は渡してません。
 17部ほど、見本を渡しているのですが、竹子ちゃんや南さんを筆頭に、風俗嬢と従業員は非常に面白がってくれていて、一方、出版関係者の反応はほぼゼロと、見事に反応が分かれてまして、恐らく関係者以外にとっては深入りし過ぎの内容であり、面接やら講習、個室待機がどうしたこうしたなんて話は、どうでもいいんでしょう。このことからすると、さして売れる本にはなりそうにありませんが、風俗経験者と風俗志願者を入れれば、全国に百万単位の仮想読者がおりますし、今後、風俗を語る際の基礎的な資料にはなりましょうから、赤字にはならないでしょう。
 風俗店という場のシステムはだいたいわかってしまったため、今後は店以外の場(街娼やホテトル、愛人クラブ、サークル的もの)なところに興味が移りつつあり、昨日は上野で立ちん坊をしているオカマさん2人にじっくり話を聞いてきたところです。きれいきれいな渋谷、新宿、歌舞伎町とまったく違っていて、上野は面白いですわ。近々、そのオカマのおねえさんに案内してもらって、主婦売春、高校生売春の現場、マニアの集まる溜まり場、ゲイのハッテン場を見物する予定。やはり昨日、話をしたピンサロの従業員に「そっちの世界は危ないから、深入りしない方がいいよ」と言われましたが、もはや後戻りできず(この辺の話は「BUBKA」やワニマガジンのムックでやっていく予定)
 次の原稿もできてますので、今週中に送っておきます。

解説:篠田氏からの『風俗バンザイ』の単行本を出さないかとの申し出についての返事です。「風俗バンザイ」としてあるのは、「ショー松」版「風俗バンザイ」のことです。篠田氏はこれで合意が成立したと思ったのかもしれませんが、これ以降しばらくは進展が何もなく、私は合意しているものとは思っていないことはこの次の文書を見ていただければおかわりになるでしょう。
 また、コアマガジンから「ヤンナイ」の連載を本にする話は何ひとつ進まず、結局、青弓社から出すことになりました。
 後半は単にこちらの近況めいたもので、こういうものも一方的に私はお知らせしてました。原稿を送る際にも一文加えることがよくあって、時節の挨拶みたいなものです。

1998年3月26日付文書 篠田様

 写真は大丈夫でしたでしょうか。それと、昨日FAXした直しの箇所はわかりましたでしょうか。
 ここしばらく、まるで本の話が決まらなかったのに、どういうもんだか、ここに至って、急激に単行本の話が増えています。5月にロフトブックスから新刊が出ることが決まり(ほとんど著者の作業は終了)、これがペイラインに達したら、ロフトブックスからあと何冊かエッセイものを出す計画があります。それ以外に、2冊単行本の話が来ていて(「風俗バンザイ」は含まず)、ロフトブックス以外はまだ最終決定はしていないのですが、スケジュール調整をしつつ断るものは断らないと混乱しそうです。どうしてこうもまとめて来るんでしょう。
 どうせなら、まだ自分にとって新鮮さの残っている「風俗バンザイ」を早く出してしまいたく、貴社で出せるの否か(ダメならダメでももちろんかまいません)、出せるとしたらいつかをはっきりさせたく思ってます。今号の作業が終わったあとでかまいませんが、打合せをさせてください。

解説:冒頭の写真の件は、郵送した写真が間に合ったかどうかを確認しているものです。
 ここにあるように、私は創出版との間に、『風俗バンザイ』の出版について、正式な合意が成立しているとは思っておりません。

1998年4月7日付文書 篠田様

「ショー松」は発売1週間で完売し、保存用しか残ってませんので、先程、フロッピーディスクを送っておきました。これをプリントアウトしてください。量が多いので、大変かと思いますが。いつものことですが、「ショー松」は、一度もプリントアウトしての校正をやっていないため、非常に誤植が多く、意味が違ってしまっている間違いもあって、すでに原文には直しを入れてあります。ただし、加筆したり、前後を入れ替えたりしたところもあるため、新たな誤植が発生している可能性も大。

 著作は以下の通り。

○『エロ街道をゆく』(同文書院/1994)
 「宝島」「小説CLUB」などの連載をまとめたもので、ほとんど全編エロ取材もの。 確か初版8千部か9千部。1年ほど前に聞いたところでは残部千部で、不思議とまだ少しずつ売れ続けているとのこと。
○『新宗教の素敵な神々』(マガジンハウス/1995)
 「ポパイ」の連載。宗教取材もの。マグブックスだかなんだかという新書のシリーズで出た。初版2万。
○『鬼と蠅叩き』(翔泳社/1995)
 「SPA!」の連載の第一弾。初版5千部で2千部増刷。2冊目を出す直前に、翔泳社の事情で中止、以降、未刊。
○『魔羅の肖像』(翔泳社/1996)
 「アサヤン」の連載を大幅加筆して「ショー松」で出し、さらに、さるすべりからフロッピーディスクで出たもの。初版4千部。

 すべて中野タコシェに揃ってます。これ以外に編著が2冊ありますが、すでに絶版。また、さるすべりから、『魔羅の肖像』以外に2種フロッピーディスクが出ましたが、これも絶版。
『風俗バンザイ』を作る上で、あまり今までのものは参考にならないかと思いますが、文章のスタイルとして『魔羅の肖像』が一番近いかも。もっとも売れなかったんですけど。
 なお、『エロ街道をゆく』の続編とも言える『エロ街道五十三次』が6月くらいに青弓社から出ることが決まりました。その前に(5月14日だったかな)ロフトブックスから、メタル雑誌「BURRN!」の連載が『ぐろぐろ』というタイトルで出ます。そのあと、ロフトブックスからも、青弓社からも、さらに数冊出すことになりそうです。といった事情なので、早くスケジュールを組みたいと思ってます。

解説:この前日、『風俗バンザイ』のミーティングをやることがようやく決まり、一カ月近く何も連絡がなかったのに、この時に急に「ショー松」をもう一部送って欲しい、過去の著作を教えて欲しいと、慌ただしく要望が届いたのです。このことが、それまで本気で出す気などなかったのだろうと判断する要因になっているわけです。そうじゃないというのなら、私は「はい、そうですか」というしかありませんが、だとしても、単行本の枚数指定さえしてくれなかった事実には何ら変化はありません。

1998年4月7日付文書 篠田様

 今、「創」最新号を見ていたのですが、ゲラを見た段階では原文通りになっていたと記憶している箇所が何故か直されています。私の記憶違いで、ゲラの段階で直っていたのかもしれませんが。
 152P下段左から4行目「心情に理会することなど」が「心情を理解することなど」になっています。「〜に理会する」という言葉は日本語にないのですが、竹中労が連発していたもので、このフレーズを「〜を理解する」と勝手に直されたことを怒る原稿を竹中労が書いていたこともあります。自分で意味を説明していたのかどうか覚えてませんが、「頭で理解するのでなく、体で理解する」意味と私なりに解釈しています。
 このせいで、どこが一体竹中労お得意の文体なのかわからなくなって、オマヌケです。
 たいしたこっちゃないのですが、念のため。

解説:引用文内の「理会」と「理解」の下にアンダーラインがあります。
 上の文章の直後にFAXした文書です。これまで書いてきたことの中には触れていない話です。
 ムッとはしてましたが、確かに[たいしたことじゃない]とも言えるような話でもあります。篠田氏はこれに対して、ゲラチェックのあとで直したものだと認めていて、誤字だと思い込んだらしい。こちらがチェックしたあとのものですから、電話一本入れて確認して欲しかったところです。私が要求したわけではないのに、篠田氏は次号の「創」誌面で謝罪を出していて、たかが言葉遣いでさえ勝手に直してはいけないものであり、謝罪に相当すると認識していることがわかります。
 また、世の中には、編集部に原稿をどう直されても平気な人がいますし、私もものによっては平気ですけど、場合によってはそうではないということは、このことでもわかっていたはずです。

1998年4月24日付文書 篠田様&久保田様

 原稿は大丈夫でしたでしょうか。南さんのインタビューは、もっとコンパクトにまとめた方がいいんでしょうが、もったいなくて言葉を削れず、長いものになってしまいました。彼女に十分語らせるメディアはさほどなく(やっぱり風俗嬢というところが障害になるんだと思いますが、そんじょそこらの風俗ライターよりもずっと冷徹に男や女のことは見抜いている人です)、今回のインタビューは彼女が言いたいことはおおよそ入れ込めたと思ってます。実は私の連載を読むために「創」を読んでくれている風俗嬢がけっこういて、南さんのインタビューは彼女らにも共感されるはずです。
 それはいいとして、「第一部」をせっかく葬ったというのに、早くも今年いっぱい分の原稿が溜まってしまっていて、こんなことでは「第二部」の原稿も葬らなければならなくなるかも。本当にこういうスタンスで風俗を扱わせてくれるメディアがなくて困ってしまいます。
 で、写真ですが、今回は「創」で撮った写真を使ってください。次回は、本ができていれば本の表紙、できてなければ、斎藤綾子さんと一緒に南さんや私がロフトプラスワンに、出たときの写真がありますので、それを使いましょう。もう一回はそのうちどっかで撮っておきます。

『エロ街道五十三次』は原稿をまとめ終わりましたので、明日あたりから『風俗バンザイ』にとりかかるつもりなのですが、さて、どの程度削ればいいんでしょう。ざっと数えてみたところ、現段階でやはり700枚くらいあります。
 私としては特に希望はないのですが、売れない本になってもいいのなら、永沢さんの『AV女優』や『風俗の人々』あるいは『魔羅の肖像』くらいの厚さの本にしたいとも思ってます。あの厚さなら、ちょうど入ります。それだと作業が楽というだけですが。
 あと、削る場合、どういったところを削った方がいいのかのアドバイスもいただけると助かります。読みやすいので松竹対談はできるだけ残した方がいいとか、竹子ちゃんに限らず生の声は残した方がいいとか、「講習」の部分が長すぎるとか、冒頭の「積極派風俗嬢、消極派風俗嬢」の話がど頭としてはまどろっこしいので全部削ってもいいとか(自分でそう思ったんですけど)
 それから、こういう場合、竹子ちゃんへのギャラはどうすればいいんでしょうね。喫茶店で2度ほど長時間話を聞いて、あとは時折電話で補足してもらっているだけで、実際には彼女以外の風俗嬢に聞いた話を彼女の話として入れ込んでいたりもしますが、どういう形であれ、改めて謝礼は払いたいと思ってます。個人的に払ってもいいですけど。
 以上ご検討ください。

解説:この文書の一部は前に出していますが、ここでは、写真の指定を私がしていることを見ておいてください。南さんの写真を編集部が撮っていたので、それを使って欲しい、つまりいつものようには、こちらからは送らないという確認をしているわけです。

1998年4月28日付文書 篠田様&久保田様

 連絡をいただけなかったので、『風俗バンザイ』の削る作業にさっさと入っていて、章ごと削ったり、エピソードごと削ったりして、現在、550枚です(あとがきを除く)。「風俗嬢の性欲処理」「男子従業員と風俗嬢」「風俗嬢の支出」「本番できる店」「ヒモ」などの章を9章分すべて削り、風俗店の利益、風俗嬢に対する偏見、明治時代の妾の話なども丸ごと削ってしまいました。話としてはそれぞれ最も面白い部分のような気もするのですが、今回は、風俗嬢の「仕事」という部分のみに絞り、かつ例外的な話を除外することにし、また、偏見云々といった現在の「創」とダブル部分は、今後もっと詳しく連載でやっていくことにしました。
 流れの悪いところ、話が幾分重複しているところなども直し済みで、あとはひたすら枚数に合わせて削るだけです。ここまでは比較的簡単に削れたのですが、このあとは難航しそう。
 で、先日もFAXしたように、どのくらいに削ればいいんでしょうか。次の単行本の作業に入りたいので早く済ませてしまいたいのですが。いったんそちらに入ると、頭を戻すのが面倒です。ここ2日、3日のうちにやってしまいたいと思っておりますので、早めに指定していただけますでしょうか。とりあえずは500枚をメドに削っておきます。

解説:以前全文を紹介してますが、見直す際にわかりやすいよう、ここにも出しておきます。

1998年4月30日付文書 篠田様&久保田様

 意図したわけではないのに、ものの見事に面白いところを狙い撃ちして削ってしまうことになってしまいました。直接仕事と関係のない部分(「風俗嬢の下半身」「男子従業員と風俗嬢」「ヒモ」「風俗嬢の支出」など)、ここ最近の一部風俗嬢の現象(「本番できる店」「本番事情」など)、私個人の倫理観が色濃く出ている箇所(「風俗嬢その後」「いつでも戻っておいで」など)がなくなって、どう見ても原文より、つまらなくなってしまったようです。こうならないように、アドバイスをいただきたかったんですけど。
 とはいえ、私の頭の中では、すっかりこの原稿は終わってしまいまして、「これ以上、もう読みたくない」という気持ちですので、まだ長ければ、お好きなところを削ってください。残るは、あとがきを書いて、ゲラを見るだけでけっこうです。
 写真は「すぃーとらぶエンジェル」と「すぃーとらぶデビル」で撮らせてもらおうと思っています。カメラマンはこっちで手配してもかまいません。SPA!を一緒にやっていた天満君がたぶん暇ですので。あと、天満君は以前、何点かSPA!で風俗嬢の写真を撮っているので、そのまま流用できるものもあります(先日、満里奈ちゃんに聞いたら、単行本でも、そのまま写真を掲載していいと言ってまして、満里奈ちゃんの写真も天満君は撮ってます)

解説:原稿をまとめたフロッピーに添付した文章です。実際に送ったのは、5月に入ってからだと記憶します。「篠田博之の部屋8」で[私は約束どおりゴールデンウィーク明けに、自分の判断で500枚程度に削って、フロッピーで郵送しました]とありますが、「ゴールデンウィーク明けに届くように」と訂正します。特に論点になっているわけではないので、謝罪するほどの間違いではないでしょう。
 最後に出てくる写真というのは、単行本用の写真のことで、結局、「すぃーとらぶエンジェル」「すぃーとらぶデビル」では撮影しませんでした。また、満里奈ちゃんは『風俗バンザイ』の文中に出てくる風俗嬢で、結局、彼女を含めた風俗嬢たちの写真を撮り下ろして掲載したわけです。

1998年7月24日付文書 久保田様

 中森明夫とはまるっきり仲良くありません。仲良くないので、いやがらせに書いてみたわけです。もともとは特に好きでも嫌いでもない存在だったのですが、一連のSPA!をめぐる騒動の中で嫌いになりました。さらに、ライターの金井覚に対する藤井良樹、中森明夫らによる抗議を通して、いよいよ嫌いになりました。
 これで中森明夫が抗議してきたらしてきたで面白いので、私としてはそのまま残していただいてかまいませんが、創出版として、このような個人に対する中傷(私としては単なる事実を述べただけですけど)は好ましくないというのなら、削っていただいてもかまいません。『風俗バンザイ』は自分の中ですっかり終わってしまっている本なので、どうでもいいというのが正直なところです。私に黙って削ったところで、本が出来ても中を見ないでしょうから、どうせ気づきません(原稿を書いて時間が経つと、ホント、どうでもよくなって、原稿に対する愛情もなくなってしまうんですよ)。すべてお任せします。

解説:唐突な印象の文章で始まるのは、久保田氏の文章を受けたためです。
『風俗バンザイ』の原文には、中森明夫氏が年齢詐称をしていることに触れた箇所があります。風俗嬢が年齢をごまかすことについて、物書きでもそういうのがいるのだから、とやかく言うべきものでもないだろうと書いたまでで、これ自体を批判したものではありません。これに対し、個人に対する中傷は書かないで欲しいという申し入れが久保田氏よりありました。本人が如何に嫌がろうとも、公然と名前を出している物書きが年齢詐称をしている事実を書いてもいいと私は思いますし、中傷と呼ぶようなものでもない。場合によっては断固削除するなとこだわったのでしょうが、どうでもよかったので、削除に同意しました。このことも、個人を批判することをこの会社が好まないのだろうと判断する一因になっています。

1998年9月30日付文書 篠田様

 昨日、久々に竹子ちゃんと話したのですが、これまで創出版からは一度も振り込まれたことがないとのことでした。謝礼って払わなくていいということになっていたんでしたっけ? 本の印税に含まれているということでもかまわないとは思いますが。

 次号とその次は、以下に送ってください。

 ××区××××××××××× ××××

 ゆいちゃんです。謝礼振り込み先はまた聞いておきます。

解説:伏せ字の部分は住所と本名です。私の記憶では、連載に関しては、謝礼と常識的範囲内の取材経費は支払ってもらえるということでした。連載が始まって間もなく、一回のみ領収書を送ったことがあると思うのですが、端数のある振り込みがないため、経費は払われないらしいと判断して、以降はたぶん一度も送っていないのではないかと思います。
 連載での竹子ちゃんの謝礼についてどういう話になっていたのか、どうもよくわからず、最初はメシをおごるだけでいいという話になっていたのに、毎号毎号、あれほど登場させるのだから、どこかの段階で、やはり払って欲しいと申し入れたような気もしていてます。そうではなかったのだとしても、この文書に対しての篠田氏からの回答はなく、私はてっきりこれ以降は支払われていると思ってました。
 また、ゆいちゃんの振り込み先は、10月11日にFAXしています。事情により、彼女がそれを確認するのが面倒なため、どうもはっきりしないのですが、彼女が確認できた範囲では、支払われていないかもしれないとのことです。唯ちゃん以外にも、通帳を見る限り、支払われていないようだと言っているのがいます。創出版の方で調べる方が確実で早いので、謝礼は誰にいつ支払っているのかをお知らせいただきたいと思っています。この回答は公開していただいてかまいませんが、本名に関しては伏せてください。

1998年11月17日付文書 久保田様

 ゆいちゃんから掲載誌が届いていないとの電話がありました。前回同様、二冊送ってください。雑誌に出ることを楽しみにしている人もいますので、掲載誌は忘れずに送ってください。

解説:ここで再度郵送先を書いています。小さいことですけど、こういう蓄積がずっとあったことを理解しておいてください。

1999年3月14日付文書 篠田様

 ×さんの件ですが、篠田さんも私もすっ飛ばして、そのパーティを主催しているグループのメンバーから、直接、彼女に連絡させるという形にしたいのですが。まだ、そのグループの実質代表をやっている人物と連絡をとっていないのですが、会う以上は、×さんに事情をあれこれ説明しなければならず、そこに部外者がいることはまずいと判断すると思われます。たぶん×さんには、すぐに関与してもらうというよりも、次のパーティに来てもらって、様子を見てもらうということになるでしょうが、すべて両者にお任せということが一番いいかと。
 彼らがどうしてそこまで警戒するのか実感としてわからないと思いますし、私も時にイライラしますが、面倒を避け、自分らを守るたためには、今のところ、そうせざるを得ないんですよ。理解してやってください。
 性労働者が職場以外のところで、外部との接点を持つのは、いらぬトラブルを非常に容易に招いてしまうところがあって、数日前も、ある雑誌(一般誌です)の記者を知り合いの風俗嬢に紹介したところ、彼女が不快な思いをし、取材途中で我慢できずに怒りだし、延々説教したそうです。本来はそういう趣旨の取材ではないという話だったのに、どんな家庭で、なぜその仕事を始めて、何を目的にしているか、といったことまで聞かれ、それらが整合性を持つことをも求められることに対して腹立ちです。
 よく聞くことですが、「目的は?」「貯金」「貯金は何に使うの?」「別に」「別にということはないでしょ」といったように、風俗嬢が貯金することにさえ、何か特別の目的がなければならないんですね。他の職種だったら、目的なく貯金したところで責められたりはしないのに、風俗嬢はここまで語らされ、語れないと、「何も考えてない」と言われてしまう。ライターだって何も考えてないですけどね。
 しかもこの取材では、約束違反の内容を書かれてしまいました。こういったこと自体を公にして抗議すればいいのですが、今度はまた別のリスクを負うことになりかねず、なんで風俗嬢というだけで、こうまで不快な目に遭わなければならないのかと彼女は落ち込み気味。
 というのを一例として、どうしても、外部と内部との間に一線を引かざるを得ず、ロフトプラスワンに関しても、このグループがやるとしたら、すべて自分たちでコントロールできるやり方でしかやらないと思うので、篠田さんは篠田さんで進めてください。せっかく今回のようなことがあったのだから、性にまつわる労働が、メディアでどう扱われるのかの検証をやると面白いかも。
 なお、UNIDOSのメンバーには公開の場で語れる人間は何人かいます。もともと、世間様に意見を言うためにできたグループですから。性労働者もそうでない人もいて、私はメンバーじゃないので誰がどうなのかよく知らないんですけど(そういう部分に踏み込まない約束があったりもします)。風俗嬢ということで客寄せをすること自体いやらしいので別にどっちでもよく、東京メンバーで最も語れるのは佐藤君という、一部フェミニストが蛇蝎の如く嫌っている人物です。フェミニスト関連のものを一通り把握しているだけに、議論となったら、まず負けないでしょう。いっそ「買春をしない男たちの会」のようなところのヤツらと我々の徹底論争でもいいし。
 以上

解説:この文書は、いずれ詳しく取り上げる予定です。伏せ字にしてあるのは、篠田氏のところにコンタクトしてきたストリッパーの名前です。以来、篠田氏は彼女と何度か飲みに行っていて、面白い人物なので、性労働者たちのネットワークに紹介したい、ついては篠田氏と私も加わって、そういった性労働者グループと彼女を引き合わせたいと言ってきます。私は篠田氏が信用できる人と思っていなかったので、篠田氏や私が間に入る必要はなく、彼女らが直接やりとりすればいいだろうと申し入れたわけです。篠田氏自身を私が警戒していることをやんわり伝え、再度彼女らの事情を認識するよう促したつもりの文章です。
 また、このあと予定されていたロフトプラスワンのイベントで、私はUNIDOSの佐藤君を出したいとの希望を述べています。

1994年5月3日付文書 篠田様

 昨日、UNIDOSのメンバー(佐藤君ではない)に会っていたのですが、宮台さんのホームページに今度のロフトプラスワンの告知が出ていて、そこに「他風俗嬢多数出演」みたいなことが書かれていたそうで、「どういうイベントなのか、一体誰が出るのか」と聞かれました。「こっちは何も知らないし、風俗嬢との出演交渉も一切していない。編集部から送られてきた告知にもそんなことは一行も書かれていなかった。そもそも今回はそういう場だと認識さえしていない」と答えておきました。で、本日、送られてきた「創」のロフトプラスワンの広告にそういうことが書かれていて、私としては、南さんが代弁し切れない男の性労働者を代表する意味で、売り専ボーイの知り合いを呼んで発言してもらうつもりはありましたが、なんでこうなるのかなというところです。
 風俗嬢が主役となってオッパイ出して、それを目的にした客を呼ぶイベントはもちろんあっていいし、それを「創」がやってもかまわないと思いますが、今回はそういう場ではないでしょう。こういう客寄せのフレーズを書くのは、風俗嬢に対しても、客に対しても失礼です。客寄せの意味をしっかり納得した上で出てくれる存在がいるのなら、事前に「風俗嬢多数」に交渉して我々と同じ扱いで出てもらえばいいのですが、前回のように当日になって突然「壇上に上がってもらおう」なんてことを篠田さんに言い出されてはたまったものではありません(篠田さんがそう言った時に私は腹を立てて「本人に確認もしないで出てもらうわけにはいかない」と言ったかと思います)
 あの時出てくれた美波りょうちゃんは、雑誌のみならずテレビにも出てますから、あのような形でも問題なく出てくれましたが、ああいう存在は例外中の例外であり、南さんやりょうちゃんの存在で風俗嬢総体を判断するのは大きな間違い。また、りょうちゃんにしても、当日になって引っ張り出すのはよくなかったと思ってます。せっかく発言してくれたのに、誌面では一切フォローはなく、あれでは正に人寄せパンダです(今回はお気楽話じゃなく、相当込み入った話になりましょうから、りょうちゃんは最初から呼ぶつもりもありませんけど)。また、その様子を見ていた風俗嬢は、自分も引っ張り出されるのではないかと脅えたことでしょう。
『風俗バンザイ』で書いたように、多数派の風俗嬢は公然と顔を出しておりません。ましてロフトプラスワンのような場所で不特定多数に顔を晒すようなことはしません。富久町時代のロフトプラスワンに竹子ちゃんを連れて行ったら、客の嫌っている客がよりによって来ていて、皆で彼女を隠しながら店を出たこともありました。ストーカーめいたヤツがあとをつけたり、こっそり写真を撮ってインターネットで公開したら、こちらも責任を取れません。
 客向けではなく、よりリアルに自分らの労働を語ってくれ、肯定してくれる場を求めている性労働者はたくさんいて、だからこそ様々なネットワーク作りが始まっているわけで、私としては彼女ら彼らにこそ来て欲しいと思っているのに、「風俗嬢多数出演」などと告知をすることで、風俗嬢と仲良くなりたいなんて思っている客が来るであろうことが予測でき、自分が見られる対象になりかねないと察知して、皆さん敬遠しかねない。近々、UNIDOSのメンバーに紹介することになっている風俗嬢がいて、彼女もまた長らく孤立していて、UNIDOSやうらん組などなどとの活動があることを知って感激し、ロフトに是非来たいと言っていたのですが、風俗嬢を人寄せの道具としてしかとらえていない場所には安心して呼ぶことができません。今のところ、うらん組以外のすべてのセックスワーカーグループや、ワーカーグループではありませんがUNIDOSもマスコミを警戒し、グループ名すら公言しないことになっているのは、まさにこのような見方、利用のされ方が続いていることの結果です。内部から、「店による搾取よりもマスコミによる搾取の方が悪質ではないのか」という意見が出ているのももっともでしょう。風俗嬢と仲良くなりたい人は店に行けばいいだけであって、今回は、そんな人達の顔を見て話をしようと思っておらず、今回はこういったマスコミの風俗嬢の扱い方もまたひとつのテーマにしようと思っているのに、その場がこれでは。
 それから佐藤君が事前の打合せをしたがってます。佐藤君は、ゴリゴリの活動家でありますから、壇上で糾弾モードに入られても困りますし。
 以上

解説:まず訂正。[グループ名すら公言しないことになっているのは]の部分を「中にはグループ名すら公言しないグループがあるのは」に直してください。UNIDOSは堂々名前を出してます。
 どうも篠田氏は、風俗嬢が置かれた場を理解しておらず、非常に無神経な言動をする人であるとの認識が既にあり、そのことを再確認するような出来事があって、篠田氏に「もっと考えて行動してくれ」と言っている文章です。
 1998年7月1日、1999年5月13日にロフトプラスワンで行われたトークイベントのそれぞれで、私は篠田氏に対する不信感を強めています。1999年5月のイベントでは、3月からUNIDOSの佐藤君を出そうと提案しているのに篠田氏はまるで興味がなさそうで、ようやく出演が決まったかと思ったら、今度はロフトの広告に佐藤君の名前も入れず、その代わりに「風俗嬢多数」と銘打っていたのです。私の何ら関与しないところで、前出の×さんというストリッパーやその仲間の出演を篠田氏は決めていて、これが「風俗嬢多数」いう表現になったとの回答がありました。×さん自身、これに出ると思っていたようで、そのような告知をインターネットで行っていました。
 篠田氏は、当日の進行表を事前に出すという話になっていたのですが、これも最後まで作られず、何をどう話すのか私にもまるでわからず、事前の打ち合わせを申し入れているのに、結局これも無視します。しかし、一方では×さんの出演を勝手に進めていたわけです。飲みに行っている暇があるなら、やることやって欲しいです。

1999年5月13日付文書 5/13(木)
 ロフトプラスワンへ。集合時間は聞いてなかったが、打合せくらいやるのだろうと思って6時前に行く。まだ誰も来ていない。
(直接関係のないロフトプラスワンをめぐる話や風俗店の話を約700字削除)
 いろいろありまして、この日記ではおなじみのうらんちゃんを急遽ロフトプラスワンに呼んで、彼女がやっているネットワーク「うらん組」について語ってもらう予定になっていたのに全然連絡が取れない。うらんちゃんは、待合せの類いがとことん苦手で、遅刻は当たり前、すっぽかしも当たり前。今日もどこかまで迎えに行こうとも思っていたが、ダメかもしれない(結局連絡もないまま来なかった)。
 出演者が皆さん揃ったのは7時過ぎ。7時過ぎでいいと「創」の篠田編集長が伝えたそうで、当日の打合せさえなしで本番突入ということらしい。宮台さんは私に「今日はどういう進行で」と聞いてくる。私の仕切りじゃないんだけどな。皆さんに本日使う資料を事前に目を通してもらいたかったのだが、それも叶わず。
 会場は超満員。話が込み入ることが予想され、売防法くらいは目を通しておいてもらわないとついていけなくなるため、開演前に、売防法を読んだことのない人はUNIDOSの「資料集」を買うように壇上から勧める。そのため、あっという間に30冊ほどあったパンフが売り切れになる。この様子だと50冊あってもまだ足りなかったかもしれない。
 売買春否定派の文章を見せながら、それぞれが否定するというやり方をするつもりで準備をしていて、話が始まってすぐに資料をプロジェクターで映したら、司会の篠田さんが「最初に一通り資料を見せた方がいいんじゃないか」などと言うものだからブチ切れる。こちらは話がどう流れてもいいように大量の資料をもってきていて、それを全部説明していたのでは議論する時間がなくなる。そもそも打合せすらないために、こういう資料を私が用意せざるを得なくなったのであって、本番が始まってから一体何を言っているのか。だったらせめて1時間前に集まって、進行を決めて、皆で資料に目を通せばよかったではないか。
「だから打合せをしようと言ったじゃないですか」と壇上で篠田さんに怒ってしまう。実は去年の出版イベントの際にも篠田さんの無神経な発言に怒ったことがある。
 しかし、さすがに宮台さんはどんなテーマでも敏速に対応でき、論理的なのはもちろん、自分が実際に体験をしているだけに発言に説得力がある。笑いも豊富で、たいした人である。司会がいなくても私と宮台さんで十分進行できる。その宮台さんは休憩時に「松沢さんは本当に原稿をたくさん書きますよね。今、一番書いているライターじゃないですか」などと言うが、まさか膨大な未発表原稿があるとは知るまい。
 後半は売り専ボーイのアキラ君とニューハーフヘルスをやっている、とまとちゃんにも壇上で発言してもらう。会場には、私がわかった範囲でも、ヘルス嬢、イメクラ嬢、SM嬢、ストリッパー、ヌードダンサー、AV男優らが来ていて、各種性労働者たちに集まって発言してもらう会をやっても面白そう。宮淑子さんを筆頭にフェミニストもチラホラいたし、レズビアンAV監督の吹雪あんなさん、斎藤綾子、伏見憲明、麻姑仙女らもいて、セクシャリティやジャンダーもいろいろ。なんちゅう豪華な客席か。
 まあまあ、ぼちぼち、言うべきことは言ったが、話がとっちらかってしまい、いくつかの重要な指摘を忘れてしまったのが悔やまれる。いずれも、『熟女の旅』『日本街娼史』、「ボツ劇場」で発表する予定の原稿で触れている話なので、まあいいや。
 トークのあとで、会場に来ていた2名の単行本編集者が声をかけてくれる。資料に裏付けられた、売防法の意味についての分析に興味を抱いてくれたよう。『日本街娼史』『エロの系譜』が遅れているため、そういえばここまでほとんど資料に基づいた歴史的分析を発表しておらず、ようやく「この男、マンコをなめているだけじゃないんだな」と理解してもらえたよう。マンコをなめながらも、売買春の歴史や意義についての思考を続けているのである。
 でも、本日一番皆さんが驚いたのは、宮台さんにあげるために持ってきた「援助交際大はやり」という見出しが出ている1953年(昭和28年)の新聞記事じゃないでしょうかね。かつて私は「援助交際」という言葉は70年代から出ていた「交際新聞」が始まりなのではないかと雑誌「フラッシュ」でコメントしたことがあって、これが別のところにも引用されて定説になりつつあるようなのだが、全くの間違いであった。この記事は、2カ月ほど前に、膨大な新聞の切り抜きの中から発見したもので、私自身、これには驚いた。宮台さんは「売春を楽しむのは昔からいた。今の時代の特性はそれが家庭の中に入ってきたことだ」と今日も指摘していて、今出ている「ダ・カーポ」で私も同様の指摘をしており、まさにそれを裏付けるものだろう(なお、この新聞記事は『熟女の旅』でも紹介しております)
 会場にいた人達に感想を聞く。概ね好評のようだが、一部内容が難しすぎたという意見や、売買春と言っても範囲が広すぎ、また、話の展開が早く、ついていけなかったとの意見もあった。売買春の問題は、性全体、男と女のあらゆる関係に及ぶため、語れば語るほど話が野放図に広がることはやむを得ない。売買春のうちのある部分にテーマを絞ったところで、どうしても話は拡大するのだ。また、それこそ多くの売買春否定派がそうであるように、自己のモラルを信じ切り、それのみで判断できると思い込んでいるため、知識を広げないまま、わかった気になっている傾向がある。基礎体力がなく、売防法のなんたるかさえわかっていない人にとっては、「非犯罪化」と言われてもピンと来ないわな。議論に入る前に、講義をやる必要があるのかもしれない。
 それともうひとつ、篠田さんの司会に対する不満の声が非常に多く、この問題に関しては篠田さんが話をコントロールできず、悪気がないまま話の流れを分断してしまったり、いまさら壇上で聞くべきではないことを聞いたりで、茶々を入れているように見えたよう。ただでさえ篠田さんは誤解を招きがちな話し方をするところがありますからね。
 また、会場からの質問に対して身元を明らかにするよう求めたりと、性労働者に対してのデリカシーがなさすぎ、「怒鳴ろうと思った」と強い怒りを口にする人もいた。篠田さんがこの発言をした時に、私とサトサトがほぼ同時に「そんなの言わなくていいよ」と反発し、篠田さんは「言いたくない人はどこの誰か言わなくていい」とも付け加えていたが、だったら最初から何も身分を求める必要はないのだし、あんな言い方をしたのでは、あえて身分を言わないことによって、いらぬ憶測をされてしまうのだから、性労働者たちは発言を控えることになる。性労働者たちがストーカーにつきまとわれたり、身元を調べられて脅迫されたり、親バレのために実家に引き戻されたり、就職ができなくなったり、といった出来事が頻繁に起きていることを篠田さんは実感していないフシがあると以前から感じていたが、篠田さん向けの学習会もやる必要がありそう。
 なお、以上の例は、すべて私の知っている範囲で実際に起きていて、中には、頭のいかれた客に駅のホームから突き落とされ、それがきっかけで本職の勤め先にバレてクビになったソープ嬢までいる。だからこそ性労働は非犯罪化されなければいけないという主張が出てきているのだ。
 ポット出版の沢辺社長、UNIDOSとも近いところにいるノイズミージシャンであり、現役性労働者でもある日野繭子さん、UNIDOSの要ちゃんと麻姑仙女、サトサトらと反省会。というよりも、今後、何をどうすべきかを話し合う。売買春の討論を「創」主催で今後も継続してやって欲しいのだが、このままのやり方ではストレスが溜まる一方。我々自身で主催してもいいのだが、雑誌で告知してくれ、トークの内容を採録して、より広く読めるようにした方がいいので、どこかの雑誌が共催してくれないものか。条件は最低一回の打合せをやらせてくれることのみ。
 しかし、よくよく考えてみれば、こんだけ世の中には雑誌があるのに、あのような連載をやらせてくれているのは「創」のみであり、まして、こんなイベントを共催する雑誌などありはしまい。性労働についての討論を誌面でやろうという話を某月刊誌に提案したが、反応ゼロ。「週刊金曜日」はやる気ゼロ。
 関心もあって、やる気もあって、能力もあってなんてことを現況の出版界に望むのが無理ってことなのだろう。中に入れず帰った人がいるほど関心が高まっているが、それを感じ取れるほど敏感な編集者っていないってことさね。いたとしても面倒なことはやらないってことさね。
 その点、敏感であり、面倒を厭わないことだけでも「創」は評価されてしかるべき、私は感謝してしかるべきであって、やっぱり篠田さんを教育して、今後も一緒にやっていくのが最善なんだろうなあ。
 また、以前から計画のある性労働者対象のセミナーも早急にやりたい。あらゆる局面に対抗できるよう、我々自身もっともっと体力をつけないとね。そして、UNIDOS名義の本を早急に出すべきではないかという話にもなる。我が陣営、切れ者はたくさんいるのだが、やりたいこと、やらねばならぬことの量に比すと、人の数があまりに少なすぎる。もっともっと人材が欲しい。かといって、単に風俗嬢と仲良くなりたいというだけの人が来てもトラブルが増えるばかりなので、募集するわけにもいかず、人との接点の中で見いだしていくしかない。

解説:訂正。「吹雪あんな」は「風吹曇名」の間違い。
 以前、ポット出版のウェブでやっていた「ボツ劇場」に出した日記の一部。記憶する限り、公に篠田氏について批判的に書いたのはこれが初めて。篠田氏も読むかもしれないことを考えて、これでもずいぶん穏やかな書き方をし、評価するところは評価したつもり。ちゅうか、篠田氏にも読んでいただいて深く反省して欲しいと考えていました。この日の準備段階でのこと、当日のこと、会場にいた人の怒りの声、私自身の怒りの声(笑)については、いずれ詳しく書きます。私が間接的に言葉を紹介するのでなく、非常に不愉快だったと語る人物に、直接ここで語ってもらうか、原稿を書いてもらおうとも思っています。
[いろいろありまして]というのは、篠田氏が「風俗嬢多数出演」と出してしまったために、会場に呼んでいた風俗嬢のうち、顔を晒すことを覚悟しておらず、ガードができないだろうと思われる人達には、こちらも責任がとれなくなってしまうため、「この日は来ない方がいい」と伝え、一方で、うらんちゃんのように顔を晒して語れる風俗嬢を急遽呼ぶことにしたのです。篠田氏は勝手に「風俗嬢多数出演」と銘打っておきながら、風俗嬢たちを呼ぶ作業なんてしておらず、×さんやその仲間は会場に来ていましたが、ステージには上がらず。篠田氏と彼女の間で、どんな話になっていたのか、今でも私はよくわかりません。本人に聞いてみてもいいんですけどね。

1999年7月13日付文書 篠田様

 遅くなりました。
 最初に確認しておきますが、「売買春はもういい」という言葉は、篠田さんが口にした言葉通りのものであって、私が受けた印象を私の言葉で書いたものではありません(「売買春はもういいんじゃないかな」といったような言い方ではありましたが、篠田さんははっきりそう言いましたし、電話の直後、私はその言葉を日記に書き付けておきました)
 その中身については、ある程度理解したつもりですが、今回のFAXを見ると、正直、何をどうしたいのか理解できなくなりました。
 売買春否定派が反論してこないのは、反論する自信がないというのは事実でしょう。しかし、力を失っているのではなく、今だって本屋に行けば、彼らの言論が幅をきかせていて、上野さんだって訂正を加えることなく、堂々『発情装置』は増刷され続けているわけです。大阪弁護士会のシンポジウムでも、松井さんには延々基調報告させ、まとめの発言もさせ、対して我々の側の発言は「勝手に発言しないで欲しい」ということで封殺されそうになりました(会場からのヤジがとんで初めて司会の弁護士も事態の重大さを理解した瞬間もありました)。さらに2、3日前に入ってきた情報によると、大阪弁護士会は、売買春否定派を講師に読んでの学習会を続けている様子です。今に至るまで、働く側の意見を述べる場はあまりに少ないのが現状であって、性労働の非犯罪化についてもまだほとんど理解されてはいないでしょう。
 こちらの言うことを理解して、本に改定を加える、謝罪する、発言を控える、あるいは具体的に売防法廃止の動きが出て来て彼らが追い込まれているというのなら、負け犬に飛礫を投げ付けるようなことはしません。追い打ちをかけられたくないのなら自分の発言を訂正するなり撤回するなりすればよく、それをしないまま時を過ぎるのを待ったり、どちらに事態が転ぶかの様子見をしているような人達を容赦する気はありませんし、だからこそ『売る売らないはワタシが決める』という本を現在作っているわけです。ここでは上野さんも松井さんもはっきり敵であり、差別者でしかないと位置づけています。
 仮に、篠田さんが彼らに対する恩情を示しているのなら、その何倍もの力をこめて、常に職場を奪われるかもしれない性労働者への恩情を示すべきであって、事態は何ひとつ進展していないのに、彼らへの抑圧を進める側に恩情をかけられるのは、結局のところ、性労働者が置かれた場所の不安定さをわかっていないのではないでしょうか。ロフトプラスワンに来ていたイメクラ嬢の店も先月摘発されました。彼女はその日、出勤じゃなかったので、参考人として呼ばれることはありませんでしたけど。人種差別でも、障害者差別でも何でもいいのですが、差別者たちに対する批判に反論がないからといって、どうして差別者に恩情をかけなければならないのでしょう。
 あの場で紹介したように、70年代のリブの中で売防法を批判する意見があったにもかかわらず、それがフェミニズムの中で継承されていないように、こんなもん、ほっとけばあっという間に忘れられ、何もなかったかのように彼らは「売春すると、心がボロボロになる」と言い続けるに決まっていますから、彼らが無視できなくなるくらいにしつこくやっていくしかない。
 話が複雑になって、雑誌の連載として、読者が理解できないようなものになってしまっては困るというのなら理解できます。電話ではそういった趣意のことを篠田さんは言っていたので、この部分は理解したつもりでしたが、今回のFAXにはそういったことは書かれておらず、全然納得できなくなりました。
 まず、「単なるオヤジの居直りで言っているだけととられる」というのがよくわかりません。もし議論をもり立てるのならば、単なるオヤジ的居直りと思われた方がずっとよく、そうであるなら、あちらもとっとと反論してくることでしょう。実際には、そうじゃないことがわかっているからこそ、彼らは反論できなくなっていて、特に私の場合は、実際に働いている人間たちが背後にいることが見え隠れするため、彼ら彼女らを敵にする形での議論はしにくく、安易には出られないことになっているのだと思います。
 今回、読者欄に投稿していた西村さんという女性は、SPA!経由で一度手紙をくれた女性だったと記憶しますが、彼女がしっかり理解してくれているように、この問題は、篠田さんが言うほど難しい問題ではありません。難しくしようとしている売買春反対派の人たちがいるだけです。
 今号の読者欄で、もうひとりの正にオヤジの投稿がその象徴ですが、座談会であれだけ念入りに説明しても、やっぱりああいったレベルの理解しかできないままにイチャモンをつけてくる人がいて、これは文章量の問題ではあり得ません。まして具体的に性労働肯定の文章を添えずに、単に現場のことを書くのなら、どこまでもどこまでも誤読をしてくることでしょう。
 そもそもどうして連載が今の路線になったのかというと、最初の頃のような仕事としての性労働を紹介するというやり方こそが、特に何も考えないまま、風俗ライターが性労働を肯定する意図でやっているものでしかなく、差別を助長するものだという見られ方をすることに気づき、その前に、どうして性労働は肯定され得るのかを説明した方がいいと考えたのです。たぶん覚えてらっしゃらないでしょうが、方向転換する際に、このことは連載原稿で書いています。篠田さんに言われたわけではないのですが、まさに篠田さんの意向通りに内容がここまでスライドしてきたということになります。
 ある程度の分量で丁寧に論じないといけないというのなら、この段階で言っていただくべきで、この路線になってかれこれ1年半も経ってから言われてもなあ、というのが正直な感想です。
 私としては、彼らの誤解、悪意、詐術をひとつひとつほぐしていく作業を一貫してやってきたつもりで、『風俗バンザイ』は風俗誌が書かない、書きにくいテーマを掘り下げたものではあっても、篠田さんが書くように、実態を歪めているのが風俗誌だという認識はまったくの誤解です。最終的には風俗誌を支えているものをも批判する時が来ましょうが、直接の、かつ悪質な敵ははっきり売買春否定派であり、実態を歪めている張本人は彼らです。
『売る売らないはワタシが決める』でも取り上げている文章ですが、ある人が書いた文章を雑誌で読み、悔しくて涙が出たと語っていたソープ嬢がいます。しかし、彼女が風俗誌を読んで悔しくて泣いたことはないと思いますよ。風俗誌をしっかり読んでいただければわかりますが、悪質な店や悪質な客の排除の方向で多くの雑誌は作られていて、本番強要をした客の顔写真を目線も入れずに掲載した風俗誌まであります。風俗嬢たちの声を最も出しているのも風俗誌です。少なくとも性労働を肯定し、客の教育をやっているという点では一般誌より遥かにマシでしょう。「週刊宝石」などで連載している風俗嬢ライターの菜摘ひかるのように、「今時の客は、雑誌を見て、いい客になろうとしすぎる」という意見を言うのまでいるくらいで(いい客が増えることは歓迎すべきですが、彼女はMなんで、ついそういうことを言ってしまいがち)、労働環境の向上という点において、風俗誌の貢献は多大なものがあります。口だけで性労働者のことを考えているかのようなことを言い、アジア各国で巻き起こっている性労働の権利を主張する者たちとの共闘を拒む松井やよりのような偽善的な人間より、あるいは宗教団体(矯風会のことです)による「一夫一婦制保持」のお先棒を担ぐ「週刊金曜日」よりも遥かに風俗情報誌や風俗求人誌の存在は性労働者にとって重要です。
 今になって、こんな齟齬が生じるのもヘンな話ですが、最初から私の主たるターゲットは彼らであって、風俗誌ではありません(問題がないと言っているのではないですよ)。『風俗バンザイ』も、彼らとの議論の土台になるものを提出したつもりです。まったく相手にしてくれてないわけですが。従って、最大の敵に恩情をかける気などまったくなく、篠田さんは、何をいまさら「気が進まない」などと書くのだろう、逆に風俗誌に対してはなぜこうも批判的な見方をするのだろうと根底から疑問を抱きました。
 また、「オヤジ的な居直りととられる」ことを避けることと、「本来のテーマに戻す」ことがどうつながるかもわかりません。基本となることは一通り『風俗バンザイ』で出してしまい、その後の変化みたいなものは、それこそ細部に入り込むしかない。例えば最も一見さん狙いだった歌舞伎町の風俗店が、常連重視にスライドしてきているなんて話をやっても、風俗産業における歌舞伎町の位置がわかっていないと理解できないでしょうし、理解したところで、「創」読者には特にどうってことない(因にこの話は、「月刊ドンドン」に書きましたが、あの雑誌の読者は風俗通が多いので十分理解できることでしょう)。タイムリーな話で言うと、風営法改正によって、出張風俗が認可されるようになって、デリヘル(デリバリー・ヘルス)が脚光を浴びてますが、この話はどこの風俗雑誌でも特集を組んでいるものですから、間違いなく客向けの情報にしか見られないことでしょう。
 上に述べたように、それなりには丁寧にこちらの立場を説明し、だからこそ反論をしてこないのだと私は考えているのですが、篠田さんが、これとは全く逆に、今の路線はオヤジの居直りととらえられかねず、元の路線に戻ればそう思われないと判断することが理解できないのです。
「性労働を肯定する風俗嬢のインタビューに興味がない」と私が判断したのは、以下の理由からです。今回から、久々にインタビューをやる旨を、前回の原稿とともに久保田さんには伝えてありました。その上で、篠田さんが「インタビューをやると前に言っていたよね」といったことを言うので、「今までにも南さんやゆいちゃんのインタビューをやっていたではないか」という話をしたら、「ああ、ああいうのか」と、実に興味がなさそうに篠田さんは言いました。そこで、性労働肯定のためのインタビューを望んではおらず、今回のインタビューも篠田さんが望んでいないものなのだなと判断したわけです。
「じゃ、ああいうものではないインタビューって何だ」と考えると、例えば、今年の頭から、「Dr.ピカソ」で、各店のナンバーワン風俗嬢にインタビューをして、よくある生い立ちだの風俗業に就いたきっかけだのは、あえてほとんど触れないで、職能としての風俗嬢のノウハウだけを聞き出すということをやっています。背景には性労働肯定の考えがはっきりありながら、そういった話には全く触れないエロ本向けのスチャラカなインタビューです。このような内容の連載にとっては、エロい要素さえ入れておけば、いまさら性労働云々なんて話に触れずに、さらに一歩先に進んだ内容を書けるエロ雑誌が最適なメディアです。今までの常識で言えば客向けのガイドではなく、興ざめするようなビジネスライクな話も出てくるので受けが悪いかと思っていたのですが、意外にも好評で、最近の風俗ファンは相当意識が変わってきていることがわかります。インタビューをされる側にも好評で、自分のことが初めて全面的に肯定されたことで思い切り泣いたと長文の手紙をくれたヘルス嬢もいました。斎藤綾子は、こういった仕事こそが必要なのだと言ってくれていて、大変心強く思ってます。
 篠田さんから「読者がわかりにくいものになると困る」といった話があっただけに、確かにこういうものなら、何の知識もいらず、突然「創」を手にした人でも軽く読めるものであり、連載にはうってつけだなと理解したわけです。これが「スチャラカなインタビュー」の意味です。しかし、こういう連載は現にエロ雑誌でやっていますから、私としては「創」でやりたいとは思わないのも久保田さんに書いた通り。「Dr.ピカソ」の連載を踏まえてさらにエロ度を強めた連載の企画も温めてますが、とても「創」には向かないですし。
 今現在の路線は気に入らず、性労働肯定のためのインタビューに対して「ああ、ああいうのか」と言い、「オヤジの居直りで言っているととられるもの」を否定し、エロ雑誌仕様のインタビューも違うとなったら、篠田さんが一体何を望んでいるのかまったくわかりません。
 テーマやコンセプトに関わることについて、編集部として感想を言ったり、口出しすることに問題があるわけがないのですが、果たして、こちらからかけた電話のついでに言うべきことなんでしょうか。弁明はFAXで送ってくるのに、連載の行方を決める感想はついでの電話とはこれいかに。
 こちらもついでに言わせてもらうと、「創」は書き手とのコミュニケーションが相当薄い雑誌だと判断しています。例えば、『風俗バンザイ』のモデル代を払って欲しいという話を二度にわたってFAXしてますが、これに対しては全くの無視で、結局私が自腹を切ってます。その後確認してませんが、連載時から竹子ちゃんに対する謝礼を払って欲しいというお願いをしていたのに払われていませんでした(単行本の謝礼が払われていたことは確認しました)。あの本を作る過程でも、ゴールデンウィーク明けには原稿を渡すということになっていたのに、ゴールデンウィークに入っても枚数の指定をしてくれず、こっちがさっさ作業を進めたら、あとになって「そんなに削らなくてもよかったのに」などという。だったら最初に言ってくれればいいって話です。郵便物は、昨年のものが、先月、転送されてきました(その間に何度か編集部に行っているのに、どうして渡してくれないのか意味がわかりません)。今回、出張があるため、二週間近く前に原稿を入れ、早めにゲラを送って欲しいと頼みましたが、今のところ届いてません。来週、札幌に行くため、その間に送られてきても私は知りません。ロフトプラスワンでのイベントにしても、打合せもなく、当日ぶっつけということ自体はいいとして、現場で進行をひっくりがえすことを言われることに対しては腹が立ちます。
 今まで、一度として連載の感想を言われたこともなく、ここまでずっと勝手にやってきたわけで、その方がこちらとしてはやりやすく、このやり方で全然問題はないのですが、本来は1年くらい前にでも話しておくべきことを今になってついでに言われ、それに対するこちらの解釈に対してだけは念入りに弁明することについては、やっぱり妙な気がします。しかもその内容たるや、こちらの解釈が一方的に間違っているかのようです。以上、私自身がこれまで編集部に対して不満に思ってきたことも全部念入りに弁明していただきたくなりました。
 いつものように、そちらの同意をとることもなく、こちらの判断でインタビューを掲載すべく取材を終わらせ、その旨を担当編集者に伝えてあって(考えてみれば、求められてもいないのに、内容を通告しておく私は随分礼儀正しい書き手かと)、その上で言われたのですから、こちらがやろうとしていた今までの路線のインタビューを否定しているのだと判断するのは当然でしょう(仮に篠田さんにこれが伝わっていなかったのだとしたら、編集部内の問題でしかありません)
 実はこちらとしては、さっさと先のことを考えていて、だからこそ、このあとしばらくインタビューをやっておこうと思ったのです。今年いっぱいは、新たにインタビューするものと、とっくに取材し終わってそのままになっていたものとを掲載し、来年からはまったく違う内容にしようと計画してます(連載が続けば、ですけど)。以前の路線は連載時に感想を言ってくれた人はほとんどなかったのですが(実際に掲載されたのはほんの数回だったためでもありましょうが)、今の路線になってからは、接待の話や西村伊作の話が面白かったと何人かの編集者に言われ、電話番号が入ってないのに、ゆいちゃんのところにも南さんのところにも、客が来たそうです。南さんからは「もっともっとうちの前にウンコし続けてくれ」と先日言われ、このまま続けてもいいと思わないではないのですが、売買春否定論者への批判は『売る売らないはワタシが決める』で一通りやりますし、未掲載原稿を含めて「創」の連載はポット出版から出す『すべての家庭を売春宿に(仮)』にぶち込んで、ほとんどはこれらで書き切ってしまうため、何か展開がない限り、書くことがもうないんですよ。
 で、いくつかアイデアがある中で、一番やりたいのは街娼についての取材です。来年早々、ポット出版から『日本街娼史』を出す予定で、ほとんど原稿はできているのですが、一部の原稿をうっかり消してしまい、ここ数カ月、復帰する気力が起きないでいます。こちらは文献から拾い集めた歴史編で、続く現代編を取材したいなと。今までも、機会をとらえてはいろいろなメディアで取材を続けていて、ホテルで声をかけるタイプの街娼(彼女は20代)、上野の男娼2人、上野の最年少の街娼(23歳だったかな。彼女はその後辞めたよう)、京都の男娼のインタビューなどは既に発表していますが、オカマや50代、60代ではエロ雑誌は歓迎せず、なかなか書ける場がありません。この春、名古屋で50代の街娼にインタビューしたものは未発表のままですし、京都で今も仕事をしている68歳の街娼の取材も「アクションカメラ」の連載で数行のみ触れただけで、長い長いインタビューのほとんどは未発表になってます。
 最低でも売春料金と同じだけは出さないと承諾してくれないので、5千円の謝礼というわけにはいかず、領収書ももらえませんので、経費は自腹を切ります。ただでさえ取材を嫌がる上に、場所によってはヤクザがうるさいため、そう簡単には交渉が成立せず、連載を始めるには準備期間が必要で、そのためにしばらく現行の路線のインタビューをやっておこうと考えたわけです。
 なぜ街娼かという事情は、『日本街娼史』に詳しく書いてますが、管理されにくく、相手も選べ、出勤も本人が決められるという意味で、最も自由な売春の形態だからです。管理されるのがいけないなら街娼を推奨すればよく、相手を選べないことを問題にするならやっぱり街娼です。また、売防法制定においても、街娼の存在がうまいこと利用されてしまったように、街娼を通してさまざまなものが見えてきます。
 しかしながら、テレクラや伝言の登場によって、若い世代は町角に立つ必要がなくなってしまっていて、もはや日本人街娼は滅び行く存在です。先週、大阪に行った際、かつて街娼のメッカだった太融寺周辺を調べたのですが、仲良くなったポン引きのオヤジによると、日本人街娼は既に消滅したとのことです。そのポン引きによると、堂山にオカマの街娼がいるということだったのですが、こちらも発見できず。大阪は新世界にジキパン系街娼が辛うじて残っているだけのよう。
 そこで何とか今のうちに、残っている人達を記録に留めておこうと。ただし、これとて年齢と性別の問題でエロ雑誌に向かないだけで、注釈なきまま売春を肯定するものでしかないという意味で、本来はエロ雑誌向けのインタビューであり、読者にとっては「売買春やってどこが悪い」というものでしかありません。となると、これも篠田さんのお気に召さないはずのものではないかとの危惧が出てきてしまいます。
 電話で言っていたように、雑誌の連載としては話が込み入りすぎとか、売買春否定の意見が一通り出揃って内容に新しさがないとか、つまらなくなってきたという意見なら、まさに新しい展開をすることで打開できましょうが、FAXにあったような理由では、街娼取材に移行しても、あとで同様のことを言われかねないので、以上のような私の疑問を踏まえて、もう一回説明していただけますでしょうか。

解説:篠田氏の「99年7月11日付文書」に対して送ったものです。ここから、いわば「第二部」に入っていきます。
『すべての家庭を売春宿に(仮)』というのは、「創」の連載をポット出版から出すこととになり、そのタイトルです(私の一方的な事情で中座してますが)。その連絡を篠田氏にした際に、篠田氏が「売買春はもういい」と私がとれる発言をしたと記憶しており、篠田氏が書いていることとはズレています。したがって、あくまで私の印象としては「こちらから電話した際についでに言われた」というものでしかありません。
 また、そのFAXの内容からすると、今までの路線では連載続行不能と判断していて、さらには連載初期の内容でさえ、篠田氏は否定することにさえなってしまいかねません。私にとっては「連載で売買春に関して取り上げることはできない」つまり「売買春はもういい」ということになりますから、その言葉を電話で言っていようといまいと、私はそのような内容のことをFAXで言われたと認識してします。その事情を説明したものです。
 これを読むと、ここで初めて私が篠田氏に、既にリニューアルする旨を担当編集者に初めて伝えているようですが、こういう書き方になっている理由は「松沢さんの攻撃について」に対する反論として詳しく説明します。しかし、「篠田氏がいつ知ったか」は今となっては議論する意義などなく、互いの解釈の違いとして認めればいいだけであると私は考えております。
 ここに[求められてもいないのに、内容を通告しておく私は随分礼儀正しい書き手かと]と書いているように、また、ここまでの文書を見ておわかりのように、私は、今後何をやるのか通告をしたり、こちら側の状況を理解しておいていただくために、さまざまな情報も流しています。これらの文書を見て、「なんだ、しっかりコミュニケーションをとっているじゃないか」と思われては困ります。篠田氏側も、一昨年からのやりとりに関して保存されている文書を一通り出していただけるとわかりやすいのですが、ほとんどの場合が一方通行です。
 本論には関係のない話ですけど、密な関係があったわけでもないのに、突然言われた言葉であったことの確認として、いくつかの問題点をここで挙げています。この時まであんまり金のことを強く言うつもりはなかったし、この文書の段階でも、公にしていくつもりはなかったのですが、今後、このこともクリアしていくしかないでしょう。

1999年7月14日付文書 篠田様

 もう一点ありました。
 3日ほど前にアキラ君に会ったら、「創」は送られてきていないとのこと。てっきり私はあの場で住所くらい聞いているのだと思ってました。
 上野さんや松井さんに送るくらいなら、まずはアキラ君やとまとちゃんに送るのがスジというものなのではないでしょうか。

解説:この前の文書を夜中に送り、こちらを書いた時には日付が変わってしまっただけで、続けてFAXしたものだったと思います。
 アキラ君ととまとちゃんは、座談会に参加していて、アキラ君に聞いたら、掲載誌が送られていなかったのです。

1999月8月15日付文書 篠田様

 バタバタしていて、返事が遅くなりました。アキラ君や謝礼のことなどはおおよそ了解しました(了解していない点もありますが、別にもうどうでもいいです)。しかし、連載については、先日のFAXを読んでも、結局のところ、私はどうすればいいのかよくわかりません。「売買春はもういい」と言った言わないという話ではなく、今回のFAXだけを取り出してもやっぱりわからないのです。
 まず第一の「通して読んでいる読者でないと全体の真意が伝わりにくい」という点で言うと、ここまでやってきた連載は真意が伝わりにくいと篠田さんは思っていることになりますが、前回くどく書いたように、一体どうしたら真意が伝わる原稿になるのでしょうか。この「真意が伝わりくにい」というのは、その前のFAXの「単なるオヤジの居直りで言っているだけととられる」という話かと思いますが、当初やっていた風俗の世界の仕組みを説明するような内容だと、どうして「単なるオヤジの居直」ととられないのか、もう一回説明してください。
 前回書いたように、単純に込み入った内容は連載コラムに適さないというのであれば理解できます。売防法について書いた時に、売防法を読んだことのない人は確かに理解できないところが出てきてしまい、かといっていちいち条文を出すのも煩雑ですから。この範囲の指摘なら納得できるのですが、「真意が伝わりにくい」「単なるオヤジの居直りで言っているだけととられる」ということが問題であるなら、性労働、性風俗についての原稿をコラムで書くこと自体もはや不能です。
 例えば、今回のインタビューのような新しい意識をもった風俗嬢が登場してきているという話は、その背景には私がずっと書いているような外側から見る性労働のイメージと現場とのギャップを知らしめようという意図があるのですが、通して読んでいる読者じゃないとそんな真意などわかるはずがなく、いよいよ性労働の是非を問うことなく性労働を肯定する印象のものになるはずです。あのインタビューは、実は風俗誌で私がやっているようなインタビューとさほど変わらないものであって、「単なるオヤジの居直りで言っているだけととられる」ことをどうして回避できるのかわからないのです。
 同じ意味で来年から始めようかと思っていた街娼のインタビューはどうして異論がないとするのかも全然わかりません。札幌では、57歳の街娼グループのリーダーと74歳の売春宿の経営者(こちらは男性)のインタビューがとれたのですが、そもそもこういったディープなインタビューもまたコラムには適さないことになります。売春宿の経営者の話は8時間分テープを回していて、話は戦前から始まりますし、戦後の闇市の話や屋台売春の話までを説明しないと理解できず、さらには、どうしてこういう人のインタビューを私がするのか、それが「単なるオヤジの居直り」ではないということまでを説明しなければならないとなると、とても気楽な読み物にはなりません。運よく売春宿の経営者のインタビューはBUBKAがやろうと言ってくれ、街娼に限らず、現役の高年齢娼婦たちや元赤線女給のインタビュー連載は別の雑誌でやらせてもらえそうなので、街娼インタビューなら何故異論がないのかの問題は論じる必要がなくなりましたが、では一体今後何をやったらいいのかは相変わらずわかりません。
 2点目の「同じことを畳み掛けるように続ける」というのも意味がわかりません。ここ何回かを振り返ってみると、接待についてからめた原稿が何度かあったあと、「昭和20年代に西村伊作が売春の自由を提唱していたこと」「松井やよりらによる買春男性調査の問題点」「弁護士会主催のシンポジウムにおける女性弁護士の質問の愚劣さ」「婦人相談所の数字が如何に売春否定に利用されているか」というテーマを書いていて、これらが「同じこと」とされるのは心外です。同じことがあるとするなら、すべて背景に私なりの売買春肯定の意図がある点ですが、もしこれをもって同じことという印象をもたれるのであれば、そもそもこれらの原稿は「単なるオヤジの居直」ではないと理解されていることにもなりますし、そういう統一した意図がない原稿を毎回毎回書かなければならないのは非常に難しい。
 現実にこれらを「同じこと」ととらえられてしまった以上、私の力量不足でありましょうが、私としては「同じこと」ととらえられない原稿をどうやって書いていいのかわかりません。「接待」と「西村伊作」と「法と倫理」と「買春調査」と「婦人相談所」が同じことであるなら、何を書いても同じことと思われるんじゃなかろうかと。
 相手がこれに乗ってこないことをしきりに篠田さんは気にしていますが、これ自体が理解できません。いくら切り口を変えても毎回同じ対象を批判するのは、相手が反論してくるか否かを別にして、単純に飽きるかもしれませんが、この数回、批判対象は岩瀬達哉であったり、松井やよりであったり、女性弁護士であったり、高里鈴代と兼松佐知子であったりしていて、同じ人を対象にはしていません。となると、反論がない場合は、いくら相手を変えても他者を批判する原稿を続けてはならないのでしょうか。相手が反論してくることが望ましいとは思いますが、反論が来ないからって、書き手の書き方が問われるべきだとはどうしても思えません。それとも、「創」の連載では、皆さん、そうもたくさんの反論をもらっているんでしょうか。
 繰り返しておきますが、編集部が連載内容に介入することが問題だと言っているのでは全くありません。事実、納得できる内容であれば、文章の直しにも応じ、連載内容のリニューアルにも応じています。まだしも「性労働ものは飽きた」という意味で「売買春はもういい」ということの方が納得しやすく、実際にあの段階の方が私は納得していました。そうでもないというのだから、何がなんだかよくわからなくなっちまって、ことによると、何か私に説明できない事情があるのかとも勘ぐってますし、私自身、一コラムで、どうしてここまで理解不能のことを言われなければならないのかわからず、正直、やる気が失せてしまってます。
 いっそ私としては、今回のような風俗嬢インタビューを一回読み切りにしてやっていこうかと思っていて、これなら読者も気楽に楽しめるでしょう。しかし、「真意が伝わらない」ことに違いはなく、見た目の印象は毎回同じです。さらに、風俗誌でもできるものですから(風俗誌の方がさらに進んだメッセージを込められることは前回書いた通りです)、これはこれで否定されてしまいそうです。だったら、この連載のために取材するのではなく、取材のエピソードを綴るにとどめた日常雑記的なエッセイにするか(今までの読者からはそっぽを向かれそうですが、これこそ最もコラムらしいコラムとして広く読者に受け入れられやすいでしょう)、それなりの期間やって、性労働に対する自分の立場を確固としたものにすることができたことでもあるので、掲載するタイミングを逸していたインタビューをこのあと何本か続けて出して、連載を終わらせようとも考え始めてます。
 以上

解説:バタバタしていたのは父親の危篤状態が続いていたためです。
[どうでもいいです]と言ってしまってますが、面倒になっただけのことです。また、モデルのギャラについは、いったんはこちらの勘違いとも思ったのですが、改めて通帳を調べなおして、やはり支払われていないことを確認してます。さらに、『風俗バンザイ』の印税が計算より少ないため、これについても未払いが生じているかと思われます。これまで支払われた金額と日付を明らかにして、その内容を互いに照合し、未払い金があることがはっきりしたら、直ちに支払っていただきたいものです。

1999年10月6日付文書 篠田様

 手紙をいただきました。食事をする意味は感じませんので、申し訳ありませんが、お断りします。
 確かに始まりは「ちょっとした行き違い」かもしれませんし、これまで編集部に不信なり不満なりがなかったわけでもありませんが、編集部が一切連載内容に関与しないことは全然珍しいことではありません。人にもよりましょうが、私の場合は、いちいち口出しされるより、その方が楽で早かったりもします。従って、このこと自体を不満に思ったことはありません。
 現実に、私が連載をこれ以上続けることはできないと判断したのは、そういった不満によるのでなく、また、編集部内での意志疎通がなされていなかったための最初の電話での発言でもなく、その「ちょっとした行き違い」を説明した篠田さんの二度のFAXによるものです。これは「フェミニズムについての捉え方」の違いというレベルの話でもありません。篠田さんが性労働者たちよりもフェミニストたちの事情を優先するのは勝手であって、原稿の内容に介入してこなければ、いちいちそれに文句をつけるような真似はしません。あのような説明さえなければ、長江朗の名前を外した時のように、納得しがたいものを感じつつも、「まあ、いろいろあるんだろう」と、そちらの申し入れに応じただけです。 連載の路線変更をしなければならないのは編集部の都合ではなく、私の原稿に原因があるとした二度のFAXが納得できず、どう連載を続けていいのかもわからないために説明を求め、それに対する説明がなされないことによってこそ信頼関係が反故にされたのであって、いまさらメシを食ったくらいで「気持ちよく終える」ことができるなどと考えておられること自体、非常に腹立たしく感じています(メシ食った途端に突然納得ゆく説明がなされるとしたら、これまた腹立たしい話です)
 フェミニストの方々への気遣いをなされるのは大変けっこうなことですが、批判対象への気遣いから原稿を否定するようなことまで言われて、さすがにこれ以上書くわけにはいかないでしょう。とことん気持ち悪く、連載を終わるだけです。
 誌面でことさらにこのことを書こうとは思っておりませんので、ご心配なく。ただし、別の場で経緯の説明はするつもりです。もちろん、篠田さんの文書を一方的に公開するようなことはいたしません(していいならしますけど)

 なお、『風俗バンザイ』は、在庫がなくなるのを待っているといつになるかわからないため、早ければ来年2月に文庫を出そうという話になってきました。まだ在庫があるため、パーセンテージを払うように編集者には伝えてありますが、実際に払われるかどうか私は知りません。間もなく徳間から連絡があるかと思います。
 また、『風俗バンザイ』は、在庫がなくなった段階で絶版にする旨を正式に今回お伝えしておきます。
 以上

解説:文章のトーンが変わったことにお気づきでしょう。はっきり感情的に篠田氏を許せなくなったのは、2カ月以上返事を寄越さず、唐突に届いた手紙で食事を誘ってきたことにあります(これはなぜか郵送でした)。篠田氏は、私が「懐柔」だとして、これを拒否したと書いていますが、私が拒否したのは、ここにある通りで、ここまでやりとりをしてきたことがまるでなかったかのように[ちょっとした行き違い]の問題として食事をして済ませようとする態度、つまり懐柔でなく、人をバカにした態度に腹を立てたのです。
 したがって、あちらが回答を文書で寄越した上で、「メシでもどうか」という話だったら、まだしも私は応じたかもしれません。方法を考え直すだの、直接会って話すだのといったことはあとになって言ってきただけで、ここでは単に食事の誘いです。この手紙も公開していただいた方がいいでしょう。

1999月10月6日付文書  どうも今まで送った文書をまったく理解していただけていないようなので、これまで私が書いたことを再度繰り返します。まず今回のFAXに書かれていた点です。

(1)路線変更を指示したか否か、原稿を否定したか否か
 私の連載が[オヤジ的な居直りととられる]ものであり、[通して読んでいる読者でないと全体の真意が伝わりにくい][同じことを畳み掛けるように続ける]ものだと篠田さんは認識しておられます。これらを私の原稿を肯定する評価ととらえることが私にはできず、否定でしかありえないと思います。このような否定の言葉を編集長から言われた場合、路線変更を命ぜられたと受け取るのは当然ではないですか。これらを「へえ」と聞き流して、原稿に一切その言葉を反映させない書き手がいるとも思えません。

(2)説明の有無
 最初の電話で何を言われたか、その電話の言葉がどういうそちらの事情でなされたのかについて聞きたいのではありません。現にFAXで送られて、文書として残っている篠田さんの考えに対して私は説明を求めています。FAXでいくつかの質問を私は書いていて、これに対する説明は今に至るまでなされていません。[説明がなされない]というのは、このことを指していて、最初の電話の件についていくら弁明していただいても、私の原稿が否定された事実は何ひとつ変わりません。
 これらは篠田さん自らが書いてきたことに対する説明であって、[方法そのものを考え直そう]とする必要はなく、単にFAXで説明していただければ済むことでしょう。確かに私が送った二度目のFAXは、そちらからのFAXを受け取って約二十日間空いてしまいましたが、こちらが[連載を終わらせようとも考え始めてます]としている旨を記載したFAXから一カ月半以上経過して「説明もないまま食事の誘いをされてもなあ」と思うのもまた当然ではないかと。

(3)批判対象への気遣いなのかどうか
 二回目のFAXに[相手がこれに乗ってこないことをしきりに篠田さんは気にしていますが、これ自体が理解できません][相手が反論してくることが望ましいとは思いますが、反論が来ないからって、書き手の書き方が問われるべきだとはどうしても思えません]と書いたように、私は、篠田さんが繰り返し[相手が反論してこないこと]を理由にしているのを非常に奇異に感じています。
 反論するもしないもあちらの都合で、こちらの知ったことではありません。篠田さんの手紙でも[フェミニズムについての捉え方]云々という話がわざわざ書いてあり、どうやら今回のことに、フェミニズムについての捉え方のズレが関わっていると解釈していることだけはわかります。[書き手と編集部との考え方に違いがあるのは当たり前]であるなら、何も篠田さんが相手が答えてこない事情までを配慮して私に伝える必要はなく、差別者、抑圧者たちへの反撃を私にさせておけばいいだけです。最初のFAXに書いてあった内容は、[書き手と編集部との考え方に違いがあるのは当たり前]との前提を遥かに飛び越えて、フェミニストたちの事情を斟酌した内容であり、それを読んで[篠田さんが彼らに対する恩情を示している]のだろうと私が受け取っているのは既にお伝えしています。
 相手が反論してこない事情までを想像してやった上で、(1)のように私の原稿を否定していたことを[批判対象への気遣いから原稿を否定]と表現することが間違っているでしょうか。もし違うなら、相手が反論してくるかどうかをどうしてそうも気にするのかを説明していただき、あるいは、そういった気遣いとは関係なく私の原稿を否定する理由があるなら、さっさとその旨回答していただければいいだけではないかと。
 また、長江朗の名前を削除して欲しいとの申し入れは気遣いではないのでしょうか。そういう気遣いを現に篠田さんがしてきた以上、そのことが今回のことを判断するひとつの根拠となって当然です。繰り返しますが、こういった気遣い自体を非難しているのではありません。
 では、以下、これまでの繰り返しになりますが、何の説明を私が求めているのかを理解していただけていないようなので、改めて項目別に挙げておきます。私が気持ちよく「オレの原稿は程度が低いことを教えてもらえた」と連載を降りることができることがあるとしたら、メシを食うことでなく、以下について納得できる説明をしていただけた時だけでしょう。

(1)『風俗バンザイ』としてまとめた時期の連載では、仕事としての性労働を淡々と紹介するというやり方をとっていましたが、篠田さんは今の路線になってからの方が[オヤジ的な居直りととられる]と考えておられるようです。[本来のテーマに戻す]と書いていることからもこれは伺えます。この意図を理解しないと、安心して連載を続けることはできません。

(2)ある程度の分量で丁寧に論じないと[通して読んでいる読者でないと全体の真意が伝わりにくい]というのなら、最初から私の原稿は真意が伝わりにくいものでしかなく、少なくとも路線変更してからずっと真意が伝わっていないということになりますから、この路線になってかれこれ1年半も経ってから言うべきではないでしょう。なぜ今になって急に真意が伝わりにくくなったのでしょうか。それとも「真意が伝わらない」と感じつつ、今まで言う機会がなかっただけなのでしょうか。また、ここでも[本来のテーマに戻す]ことで、どうして真意が伝わるようにできるのでしょうか。

(3)確かに、私は篠田さんに真意が伝わっていないと感じる点が多々あります。しかし、その一方、読者の反応を見ている限り、篠田さんよりは真意を理解してくれている人たちがいると感じてもいます。真意を理解していない篠田さんの意見を優先すべきとも思えませんが、いかがでしょう。

(4)二度目のFAXで[同じことを畳み掛けるように続ける]とありますが、「接待はどこまで許されるか」「昭和20年代に西村伊作が売春の自由を提唱していたこと」「松井やよりらによる買春男性調査の問題点」「弁護士会主催のシンポジウムにおける女性弁護士の質問の愚劣さ」「婦人相談所の数字が如何に売春否定に利用されているか」というテーマがどうして「同じこと」でしょうか。これらが同じだというなら、何を書いても同じことになるでしょう。私の原稿のどこをもって「同じこと」とするのか、また、『風俗バンザイ』のような内容はどうして「同じこと」でないのか教えてください。

(5)このあと風俗嬢のインタビューをやることを知っていたなら、わざわざ電話であのようなことを言う必要がなかったそうですが、風俗嬢のインタビューなり、街娼のインタビューを異論がないとする篠田さんは、そういったものだとオヤジの居直りと思われず、真意が伝わるものになり、同じものにもならないと判断していることになります。どうしてインタビューだとそうなるのでしょうか。

(6)どうして、そうも相手の反論がないことを気にするのでしょうか。「反論する価値なし」と相手が判断している可能性もありますが、篠田さんは現にそうではないと想像しておられます。だったら、あちらの問題でしかなく、なのに、どうして私が原稿の内容を変更しなければならないのでしょうか。

解説:食事お断りの文書を10月6日の朝に出し、その日のうちに篠田氏からの文書が届きます(篠田氏は保存していないようですが)。これに対して、私はもう一度論点をまとめ直して、同日の夜にFAXしてます。
[フェミニズムについての捉え方]という文章を受けて、この文書、およびこれ以降の文書では、フェミニズム、フェミニストを徹底的に悪者に描いてますが、話の経緯でそう簡略化しているだけです。誤解なきよう。
 この文書のみ送ったものとは若干内容が違うかと思います。怒りのあまりか何なのか、書いたものを保存し忘れて、ここにあるのは、その前にざっと書いたものです。篠田氏がこの文書を保存しているのなら、修正していただきたいところです。
 当時の日記を見ても、この時点では、連載を降りる決意をしていました。

1999月10月21日付文書 篠田様

 半分くらいは理解しました。しかし、半分は納得してません。全部説明すると、また長くなってしまうので、編集長が書き手に意見をすることのみについて触れておきます。
 篠田さんは言っていないということですから、そう取れるかもしれないという意味でしかありませんが、篠田さんは「売買春はもういい」と私が受け取るようなことを最初の電話で言っています。[「そんな誤解や誤読の可能性まで斟酌してたら連載は書けないよ」と言われたらそれまで、といった話ではあるのです]ということをいまさら言われたところで、だったらそんな紛らわしいことを言ったり、書いてきたりしないでくれということでしかない。[私が路線変更を指示したように書いてあったのには、私の方がびっくりした次第です]というくだりには、こちらがびっくりするしかない。日常的に内容に関する議論やらアドバイスがある関係の中でならともかくとして、「売買春はもういい」と受け取れるような発言を編集長が突然書き手にしてきたのなら、何らかの形で原稿内容を変更するしかないでしょうし、それ以降、篠田さんが書いてきたことも、「目先を変える」といったニュアンスであったとしても、「路線変更」を指示したものでしかない。
 私は篠田氏自身がオヤジ的な居直りととらえているなんて思ってはおらず、私の連載が「オヤジ的な居直りととられる」と篠田さんが認識している旨をはっきり書いてます。篠田さんに「オヤジ的居直り」と言った人がいて、それが、読解力が極端にない人、ロクに読みもせずに風俗ライターというところで内容を判断する人といった例外的な読者でしかないと篠田さんが判断したのなら、そんなものは無視すればよかっただけでは。そうじゃなく広くそのようなとらえ方をする人がいるかもしれない、その指摘に合理性があると判断したからこそ私に伝えたんじゃないんですか。
 結局のところ、例の電話の時点で、風俗嬢のインタビューになることを知らなかったという話になるのですが、では、篠田さんの知り合いに、風俗嬢のインタビューはオヤジの居直りにならないのかどうか聞いてみてください。もし彼女が「オヤジ的な居直り」というのなら、やっぱり篠田さんはそのことを私に伝える。しかし、編集長の仕事は一読者の意見を右から左にスルーさせることではないでしょうし、その意見こそ、今まで嘘八百を垂れ流しながら反論ひとつできないでいる腐れフェミニストの居直りでしかない(と、これも是非本人にお伝えください)
 編集長は芝居のプロデューサーであるとするなら、頭のいかれた酔っ払いが、「つまんねえぞ」と言っていた時に、そんな人の意見を役者に「つまんないらしいよ」と伝えるべきでしょうか。私にとって多くのフェミニストは、偉そうなことを言いながら、いざとなったら反論もできない頭のいかれた酔っ払いみたいなものでしかありません。現にここまでフェミニストいう名の差別者たちは、現場からの意見を封殺し、ねじ曲げてきたように、あいつらはどんなズルもやってのけるのであって、現実に、そのことをこそ兼松佐知子のむちゃくちゃな詐術を論じることで明らかにしています。どうしてそんな愚劣極まりない敵さんの意見を私は尊重しなければならないのでしょう。
 これも前に書いたように、込み入った話をコラムでやることは難しいとは思うものの、あれだけのページを使った座談会を掲載したところで、「セックスワークの合法化」は「セクハラの合法化」を招くなどといったバカげたことを投書してくる人間がいるんですから、こんなん、文字数の問題ではなく、愚説で頭のデキの悪い結論ありきの人々はどれだけ文字数を費やしても、こういうことを言い続けるに決まってます。
 で、この問題はどっちみち込み入らざるを得ないところがあって(複雑にしているのは差別者、抑圧者たちですが)、これは私自信理解します。ここでフェミニストのように人の意見を最初から聞く気のない人を含めてことごとくの読者に理解させなければならないとなれば、やっぱりこの問題を「創」の連載でやることは無理です。こういった悪意の人々は無視してもいいし、反論してきたらこちらも対応する程度にしか私は考えていませんでした。私自身、申し訳ないのですが、矢崎さんの連載や香山さんの連載、鈴木さんの連載をたまにしか読んでません(唐沢俊一はたまに読むこともない)。わりと読むのはつる師さんの連載くらいです。同じく私の連載を読んでいる人はほんの一部であって、連載コラムというのは、気楽に読めるものでありつつも、飛ばされていいものでもあり、ここは理解してくれる一部の読者に向けて書いていくしかないと割り切っていました。これは、最初の頃からの割り切りで、風俗産業がどうなっているかなんて、興味のない人にとってはどうでもいいことですよ。それじゃあダメっちゅうことになったら、私としてはどうしようもなく、興味のない人でもサラリと読めるこぼれ話的なものをやる以外にありません。 言っておきますが、私はフェミニズムのためにこの連載をやっているわけでは全くなく、現にこの問題において、彼らがキリスト教団体ととにも最大の敵として立ち現れているために反撃をせざるを得ないだけです。彼らが黙りこくるならそれもまたよしであって、「オヤジの居直り」として無視するしかない自分らの無能さを認識もしないまま、狭い世界に閉じこもって、そのままさっさと死ねばいいとしか思ってません。アメリカでは、一部フェミニストとキリスト教原理主義者が手を組んでいるように、日本でも永田えり子のような道徳派フェミニストが「どうしておまえがフェミニストか」といった発言をして、フェミニズムの極限までの後退が始まっています。旧来の男社会が作ってきた道徳に平気で依拠するんですから、愛国婦人会ともはや何も変わらない。欧米にはそれに対抗するフェミニストたちが力をもっていますが、日本ではまだ対抗勢力となるフェミニズムが力を持ち得ていない。
 現在、オーストラリアのエロスファンデーションのメンバーが来日していて、日本では最大の壁になっているのがキリスト教団体とフェミニストであることを説明したら、顔をしかめて矯風会(もとはアメリカの団体です)はオーストラリアでも同様の活動をやっていること、オーストラリアではフェミニストの75パーセントが合法化に賛成していることを教えてくれました(エロスファンデーション自体、フェミニストが中心になって運営されている)。いつの間にか性を嫌悪するような人々が日本ではフェミニストを自称しているだけで、こと性労働については女性らを抑圧、差別する人たちでしかないんですから、あの人たちが腐って死んでいくのなら、大変けっこうなことだと思ってます。我々サイドから新たなフェミニズムの動きを創出していけばいいだけですから。
 来年は香港と台湾で国際会議があり、UNIDOSのメンバーも2名招待されています。また、UNIDOSのメンバーと私で新たにSWASHというグループが作られ、厚生省のエイズ疫学研究班との活動を開始しています。11月5日には、UNIDOS周辺の人々が中心になってのシンポジウムがあります。これに伊藤みどりも参加することになっていて、時代の趨勢を感じないではない。さらに、ある風俗店で組合が結成されていたことが、そのリーダーからの連絡でわかりました。労働運動側が無視してきたこの問題が、内部からの動きによってもはや無視できないところに至ってます。この労働組合は、我々もまったく把握できていないところで進んでいたもので、彼女も「創」の連載を読んでくれていて、ポット出版に連絡をくれました(「創」だと転送してもらうのに何ヵ月もかかりかねないため、一括してポット出版に送って欲しいとインターネットで書いたものですから)。といったように、すごい勢いで、この問題は動きつつあって、エロスファンデーションの記事はこのあとあちこちに出ることになっていますが、こういった動きを継続的にお知らせすることができればさらにいい。その点で、私の連載は適任だし、どこにもやっているところがないために貴重だとも思うのですが、こういった込み入った話を私の連載で簡単に説明することなどできません。また、根本のところを理解していない方々にとっては、どれもこれも同じようなものにしか見えないでしょうから、インターネットでさらにもうひとつHPを立ちあげることになりそうです。
 インターネットの体制が徐々に整いつつあり、また、今回のゴタゴタで、今後『創』でやろうと思っていたテーマは他の雑誌でやっていくことにしたので、もし今後、今号のような、ほのぼのとしたインタビューや、取材のこぼれ話をやっていいというのなら連載を続けたいのですが、もうこれ以上、どうでもいいことに気を使いながらやりたくないので、それがダメなら、予定通り、あと数回で連載は終了します。

解説:食事するなんて話ではなくなって、再度議論ができるらしき状態になったため、いくらか冷静さを取り戻して、これを送っています。わっかりやすく言えば、これ以上、やりとりをしても獲得できるものはなさそうで、連載を一本失うのも惜しいため、何事もなかったように、誰もがニヤニヤしながら読み飛ばせるものを書いていれば、篠田氏も文句はないだろうと考えて、このような提案をしました。
 また、後半にいろんな情報を書いているのは、「ほらね、篠田さん、こんなことが起きているのですよ。でも、篠田さんが言ってきたことからすると、こういうことも書けないのですよ」と指摘して、篠田氏が言ったことの意味をより鮮明にしたつもりでした。実際、いろんなことが次々と起きていて、私としては、こういった動きを連載で書いていきたいという思いも出てきていたのです。
「風俗ユニオン」について篠田氏が初めて知ったのはこの文書でしょう。続けて書いているために、篠田氏は誤解していると思うのですが、「青山のシンポ」というのは、「風俗ユニオン」と何も関係がありません。議論において重要な意味があるわけではないのですが、間違いは間違いです。
 しかし、これについての回答はなく、現にこのままではこういった話を書くことができません。正確な記憶ではありませんが、私はこの提案を承諾したものと判断し、担当の久保田氏には、このあと改めて翌年から差し障りのない方向でリニューアルする旨をお伝えしていると思います。これは原稿を送った際にその旨を書き沿えたものだったようで、記録はありません。
 文中に[結局のところ、例の電話の時点で、風俗嬢のインタビューになることを知らなかったという話になるのですが]とあるのは、篠田氏がそもそもここに問題の根幹があるとしか思っていないらしきことを指摘したもので、このズレが今も延々と続いているわけです。しかし、そのこと自体はもはやたいしたことではないのです。

2000年1月27日付文書 篠田様

 内容変更の話は10月に伝えていたはずです。ここまで返事がなかったため、今回から新規の内容にしようと決めて、原稿もできていたのですが、これまでの流れで説明しておきたいことがあり、また、『売る売ら』にも触れないわけにもいかず、内容変更の事情も説明したかったため、今回のようなものになりました。
 今回の原稿は十日以上前に送っていたはずです。どっちみちもう直しは間に合わないかと思いますが、入稿ギリギリになって、そちらの一方的な都合で原稿内容を変えて欲しいというのはいくらなんでもという話でしょう。
 私としては、このまま次回から内容変更するつもりです。次回だけじゃなく、その次の分の原稿もできていて、あとは削るだけになっています。この2本については、本人にもギャラも払うことを伝えてあります(次回の原稿もそうなのですが、内容によっては、振り込み先や連絡先をそちらに教えることで発言者がバレるのが怖いため、今シリーズについては、こちらの原稿料の中から直接ギャラを支払うことにしています)。これらはそちらの連絡がなかったがために進行していたものですから、私が責任を負うべきものではなく、少なくともこの2本は掲載させてください。さらに取材がOKになっているのが2人いますが、こちらは連載終了を伝えることで取材を中止すればいいかなと。

解説:ここから「第三部」に突入です。連載の終了と、文章を削除について書いたFAXを見て、すぐにこれを送りました。
 このあと、篠田氏が「風俗ユニオン」を取り上げたいと言ってきたことに対して、そのような状態にはないだろうし、マスコミには出ない方がいいとメンバーに話していたことなどを書いてますが、内部的な話なので、すべてカットします。メンバーに確認していただければおわかりになると思いますが、事実、私は「当面、マスコミには出ない方がいい」とアドバイスしていて、それをそのまま篠田氏に伝えただけで、「創」なんぞに紹介するか、なんてものではありません。そのことは、次の文書を見ていただけければおわかりになるでしょう。

2000年2月19日付文書 篠田様

 先日の朝日新聞に「風俗ユニオン」のことが出て、予想以上の反響のため、本人たちが動揺しまくってます。あの記事が出ることを私は知らず、なんて拙速なことをしたのだろうと半ば腹を立てています。××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××。取材は一切拒否しているのですが、このまま黙っていると、あの新聞記事のイメージが拡大して、店を闘争対象にしているかのように思われ、その店のみならず、風俗産業の経営者全体から目をつけられることにもなるため、どこかに、その実態を正直に書いた原稿を出した方がいいと話しています。
「風俗ユニオン」の代表者から、そちらに「原稿を書かせて欲しい」という電話がいくかもしれませんので、話を聞いてやってください。

解説:内部事情を書いているため一部伏せ字にしました。
 どこの雑誌でもよかったのですが、篠田氏が取材したいと申し出ていたことですので、スジを通して篠田氏に紹介しました。これ対して返事は何もないまま、彼女らの手記が無事掲載されます。このままであったなら、削除の件について腹を立てつつも、私はすんなり連載を終了した可能性もあったでしょうが、この次の号でも文章を書き換えられ、さらに次では写真を外して篠田氏が一方的な弁明をしてきて、それに対する投稿も掲載せず、もはや公開で批判していくしかないと判断します。
 これ以降については、既にすべて読める状態になっていますが、一点、論点になっていて、かつ消えているものがあるので、以下に出しておきます。

2000年3月26日UP文書  特に普段、取材を受けていない風俗嬢は、ガードができていない分、こういう人たちに会わせるのがすごく怖い。「この人は大丈夫」という判断をしてなかったので、「創」の篠田編集長には『風俗バンザイ』の竹子ちゃんを紹介しておらず、連絡先も教えてませんでした。ところが、「創」の掲載誌を竹子ちゃんに送ってくれるように頼み、住所を教えたところ、篠田編集長は非常に丁寧な手紙をこれに添えて、そこに「近くに来たら編集部に遊びに来てください」みたいなことを書いていたものだから、竹子ちゃんはいつもの軽快さで、好奇心から編集部に遊びに行ってしまったんですね。
 私が電話したついでに連載内容に口出しするようないい加減なことをするのでなく、私にも、あんな丁寧な手紙を出して、考えていることをこちらにしっかり伝えていくれたなら、篠田氏と私は、こうもミゾが深まりはしなかったろうに。『風俗バンザイ』の写真のモデル料を払ってくれと何度か請求したのですが無視されて自腹を切り、読者からの手紙が何カ月もしてから転送されてきたり、今回のゴタゴタでも全然返事をくれなかったり、といったことがあの会社はよくあります。「忙しいからしょうがないか」と納得したいんですけど、「竹子ちゃんに掲載誌を送ってくれ」と頼んだだけで、わざわざそんな手紙を添える暇があるわけですから、「おいおい、オッサン、たいがいにしろよ」という感情があるわけです。
 竹子ちゃんとは、トラブルにはならなかったのでいいのですけど、篠田編集長は無神経発言をよくする人なので、あとで竹子ちゃんから話を聞いてドキドキしてしまいました。
 それとですね、私も前々から噂は聞いていたのですけど、篠田編集長は、女性に対しての言動に、ちょいと問題がありましてね。私が複数の人からその話を聞いていたように、ただでさえこういう噂が広がっているのですから、今の時代、気をつけた方がいいのに、ものすごく無防備です。こういう噂は「創」にとっては相当マイナスになっていると思いますぜ。この話は、間もなくこのHPでやる予定の「出版社の研究/創出版編」で詳しくご説明いたしましょう。原稿を勝手に書き換えるようなことをすると、どんな仕返しが待っているか、篠田編集長には学んでいただかないとな。
 竹子ちゃんは、取材を受けたことがほとんどありませんから、マスコミとの接点がなく、私にマスコミを代表させてしまって気が緩んだのかもしれず、念のため、「慎重になった方がいい」と注意しておきました。
 このことがあって以来、掲載誌さえ送ってもらうことが怖くなって、ギャラは自分のギャラから支払ったり、掲載誌も直接手渡すようになりました。
 竹子ちゃんを別の場所に連れていった時も、ちょっとしたトラブルになってます。外で会った場合は店のガードが働かず、マスコミ側も図々しい態度をとりがちなので、ホント怖い。たとえば知り合いのコを風俗嬢としてじゃなく、どこかに連れて行っても、何のトラブルも起きないのに、風俗嬢として登場した途端にトラブル連発。風俗嬢という肩書は、何か特別の作用をもたらすもののようです。
解説:「黒子の部屋/49」の抜粋です。これについて、篠田氏は「松沢呉一さんとの一件・1」で触れていて、私はここまで回答していないので、この機会にざっと書いておきます。
「黒子の部屋/48」とこの回で、私は売買春論争において、こちら側の陣営は特に男の人材が不足しており、そう易々と、こちら側に引っ張り込むこともできないという話を書いてます。例えばそれは、ノンケの男らが「風俗嬢だからすぐやらせる」といった思い込みを捨てきれずに無神経な行動をしてみたり、マスコミ関係者が、彼女らの置かれた場を考慮庫せずに無神経な行動をしがちという話です。
 顔出しを普通にしていて、しっかり自分の判断で行動できる風俗嬢がいる一方で、取材は一切受けない多数派の風俗嬢がいて、前者はガードの仕方も知っているために、こちらも気楽に人に紹介することができるという話もこの前の回で書いています。南智子ちゃんを「創」編集部に連れていったことがあるようにです。それに対して、竹子ちゃんのように取材慣れしていない風俗嬢は、いざそういう場に連れ出すと、本人のガードが甘く、いらぬトラブルに巻き込まれることがあるため、いよいよ警戒してしまうのです。そのことのいい例として篠田氏のことを持ち出したわけです。
 連れていった私も悪いのかもしれませんが、ここに書いたように、竹子ちゃんをめぐり、「ちょっとしたトラブル」が現に起きています。これはロフトプラスワンで客に会ってしまったというのとはまた別の話で、公開の場ではないところでの出来事なので、正確に記載できないのですが、「どうしてこの場でそういうことをやるんだよ」ということを竹子ちゃんにやった女性がいたのです。これは彼女に迫ったというのでなく、マスコミ人の無思慮という話です。
 ポット出版の沢辺さんなら大丈夫と判断して、UNIDOSのメンバーやゆっこちゃんを紹介する時も、あることについて沢辺さんに強く意見をしたことがあります。会社に連れていく以上、沢辺さん一人が理解して済む問題でもなく、ポット出版全体が一定の理解をしていてもらわなければいけません。このことは沢辺さんに証言していただければおわかりになると思いますが、ポット出版に彼らを連れていくまでに、相当の準備と配慮をしていたつもりです。それでも、ある社員の言動について、風俗嬢自身からの申し入れもありました(これはセクハラめいた話ではまったくありません)
 風俗誌やテレビで笑顔をふりまく風俗嬢の姿だけを見て風俗嬢という存在を理解していると、雑誌やテレビに絶対に出ない多数派の風俗嬢の存在が見えなくなってしまいます。接点がない人にそのリアリティはわかりにくくて、言わなければわからず、言えばいいというもんなのですが、言えばわかりそうな人と、言っても無駄な人がいますから、後者には最初から接点を持たせないことが賢明と私は判断してます。
 ロフトプラスワンでの発言や「風俗嬢多数」と平気で告知することなど、篠田氏は風俗嬢のリスクに無頓着であり、「言っても無駄な人」と後に判断することになり、編集部自体がルーズと感じるようになりますが、どう判断していいのかわからない段階でも、当然ガードせざるを得ず、竹子ちゃんがどこの誰なのか一切編集部に教えていませんでした。
 ルーズな編集部では、問合せに対して書き手の電話番号を簡単に教えてしまうことがあって、私自身、読者から電話がかかってきて閉口し、「電話番号を外の人に教えないで欲しい」とある出版社に申し入れたことがあって、電話番号ひとつ教えるにも注意してしまいます。
 篠田氏に対して私がどう思っていて、どう変化したかを確かめておこうと思って、古い日記を確認して、笑ってしまいました。1997年9月4日に篠田氏と、連載についての最初の打ち合わせをしているのですが、この日の日記に既に不信感を抱いていることを書いてます。連載の話を電話でもらった時には喜んでいるのに、会った途端にこうなっています(私自身、このことを全然覚えていなかったのですけど、今回のいざこざと無関係ではないので、なりゆきではこの日記も公開しましょう)
 次に篠田氏が日記に登場するのは9月22日のことです。
[篠田さんから今頃になって、タイトルについての説明を本文に入れてくれとの留守電。あんなに早く原稿を入れているのだから、もっと早く言ってくれればいいのに。ただでさえ月末は忙しいんだから。いくら原稿を早く入れても、結局編集者がギリギリにならないと動いてくれず、締め切りを守るのがバカバカしくなる]
 二度目の登場にして、早くもこれです。9月10日に私は一回目の原稿を送っているのですから、原稿を直して欲しいというのなら、もっと早く言うべきです。
 これに加えて、とっくに送っていたのに、締め切り直前になって写真に対する催促があるなど、97年のうちに、篠田氏のルーズさ、アバウトさ、傲慢さに対しては、半ば呆れていたわけですから、警戒するのは当然でしょう。もちろん、篠田氏は「言えばわかる人」とどこかで判断したのなら、南さんを紹介したように、竹子ちゃんも私の方から紹介したことでしょうが、そう判断したことは今に至るまで一度もありません。
 で、掲載誌の送付のための住所を注意書きを添えて篠田氏に教えたことは既に紹介した通り。案の定、上のようなことになりました。ここでは、篠田氏の一文によって、すぐに出掛けていく彼女の行動がまず私は怖かったという話です。
 それと同時に、ここでは、篠田氏に対しての評価も加えていますから、もう少し詳しく説明しておきます。1998年1月5日のことです。竹子ちゃんと会っている時に、掲載誌に篠田氏からの手紙が添えられていることを教えられ、彼女はその手紙を「ほらほら」と広げました。連載しているライターの取材元であり、面識もない相手に編集者が出した、あくまで事務的な手紙のはずですから、私に見せた行為、私が見た行為は責められるべきではないでしょう。
 私にとっての篠田氏は「ギリギリにならないと動かない」「そのくせ高圧的に催促してくる」「こちらが何か要請したり、提案したりしてもなかなか返事を寄越さない」「直接会って話をしても電話をしても、いたって素っ気ない態度をとる」「何かこちらに聞いてきて、それを一所懸命説明してあげているのに、“まあまあ、それはいいんだけど”などと話の腰を折る(だったら、聞くなよ)」という人であり、「篠田さんたら、相手によっては、こんな丁寧で低姿勢の手紙を書くのか」というのが偽らざる私の感想です。
 また、竹子ちゃんがこの手紙通りに編集部に行ったことを知り、せっかくここまでガードしていたのに、それがあっけなく水泡に帰してしまい、「おいおい、勘弁してくれよ。何のために注意書きを添えたんだよ。会社に気楽に呼べるほど、篠田氏は社員に対する教育をしっかりやっているのかよ。どこの誰かわからないようにして欲しいというこちらの要請がわかんないのかよ」という気分だったわけです。だって、会社なんですから、篠田氏以外に、社員やバイト、外部の人だっているかもしれないわけじゃないですか。もちろん、配慮できる人なら、彼女が風俗嬢であることは他の人に隠すようにするでしょうが、篠田氏だと、他の人にまで「これが松沢さんの連載に出ている竹子ちゃん」と紹介しかねない。
 篠田氏にしてみると、私が竹子ちゃんを篠田氏からガードしていたことに気づかず、また、そう易々と風俗嬢を人に紹介するわけにはいかない事情をそもそも理解していないのですから、あのような手紙を書いたのはしょうがないってことでもあるのかもしれません。となると、私としてはこれ以降いよいよ強いガードをしていくしかないと判断するしかない。ここで篠田氏を警戒するのは、特にセクハラオヤジということじゃなく、無神経発言をするということだけでも十分です。
 その時はその程度の話ですよ。しかし、のちには、「だったらどうして執筆者に対しては、ついでの電話なわけ?」「だったらどうして執筆者に対しては、あれやこれやルーズなわけ?」という思いが出てきてしまうのも当然です。さらに、打ち合わせひとつやらず、出す約束だった進行表も出さず、UNIDOSの佐藤君の出演はなかなか決めず、そのくせ他の人の出演の話を勝手に決めているという、相手によってひどく対応の違う篠田氏のこれまでの行動を思い出すのも当然です。
 さらに私は[篠田編集長は、女性に対しての言動に、ちょいと問題がありましてね]と書いていますが、私が聞いている話からすると、篠田氏は女性に対して無神経な人であり、その無神経さを私は警戒しているということなのです。篠田氏は私がここで篠田氏のセクハラ行為について書いているのだと見ているようですけど、例えば「女は仕事ができない」といったような女性蔑視発言をするような人だったり、女性に暴力をふるうような人であってもいいわけです(篠田氏がこういう人だと言っているのではなく、あくまで例ですよ)。少なくともここに挙げたの文章では、人によって対応がまるで違うということと、女性に対して問題のある言動をするらしいという以上のことは言ってません。
 この話の出所が「噂の真相」の岡留編集長と推測なさっておられますが、私は岡留氏に二回くらいしか会ったことがなく、篠田氏のことを話したことなんて一度としてない。篠田氏自身、論ずべきテーマと感じておられるようですし、どうも私が何をほのめかしているのかおわかりになっていないようなので、これもいずれ詳しく見ていくこととしましょう。
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