2014-03-12

第34回■虎の尾を踏む女Ⅱ 逃走

思いもかけない邂逅から数ヶ月。とうに年は越し、94年になっていた。そんなある日、新聞の週刊誌の広告を見ていたら、“知り合い”が出ていた。
思わず、目を疑った。まさか、そんなことがあるはずがない……。
その広告は、数ヶ月前に会った有名野球選手とホステスとのスキャンダルを知らせていた。急いで駅まで行き、週刊誌を買い求める。「醜聞」の文字が躍っていた。その選手はホステスを妊娠させ、堕胎させようとしたという。彼は結婚していたから、“愛人不倫スキャンダル”だ。そしてそのホステスこそ、高橋真梨子の歌を得意とする、かの“スチュワーデス”だったのだ。

記事を読むと、そのホステスは、そのことを口外しない代わりに金銭を要求したという。口止め料だ。
ホステス自身の行状も暴かれていた。過去には誰もが知る人気コメディアンとスキャンダルになったこともある。テレビ局のプロデューサーや代理店の重役、タレント、スポーツ選手と知りあいという、その女の華麗な交友録は嘘ではなかった。しかし当然というべきか、日本の航空会社の国際線のスチュワーデスではなく、六本木のクラブに勤めるホステスだった。

女の正体が露見したわけだ。私があのとき呼び出されたのは、その野球選手と彼女が面識をあるという事実を第三者に見せることで交際を既成事実化しようとする、“証人”の役目だったのだろうか。

週刊誌の記事が出てから他の雑誌も後を追い、テレビのワイドショーなども頻繁に取り上げるようになった。報道される度に、その女の素性がどんどん暴露され、過去にも強請り(ゆすり)紛いのことをしているらしい。“テレクラ美人局”の大仕掛けバージョンである。まるで、『スパイ大作戦』(勿論、トム・クルーズ主演ではなく、“おはよう、フェルプスくん”でおなじみのテレビドラマ版である)のようなもの。彼らの筋書に、私はまんまと嵌ったというところか。

女からの電話

その女はマスコミの執拗な追求から逃れるため、家を出て、全国を逃避行の旅に出ているらしい。そんな模様も連日、報道されていた。
それだけなら私の出番はなく、テレクラで遭遇した一びっくりエピソードで終わるところだが、なんとその逃走先から連日の如く、私へ電話が来ていたのだ。以前、マスコミにも多少コネクションがあるような嘘をついていたので、状況を説明し、一人でも理解者を増やして、反論の記事でも書いて欲しかったのだろうか。自分は金銭など要求してないし、いかにその野球選手が彼女に対して不誠実なことをしたのかを滔々と語る。

週刊誌やワイドショーがさんざん取り上げている女とこうして普通に会話していることが奇妙だった。そして一方で、何か、とんでもないネタを拾った“トップ屋”(スキャンダラスなニュースを掘り出し、記事にして雑誌社に売り込むことを仕事にしているジャーナリスト)になった気分でもあった。

その女との会話は念のため、マイクロレコーダーに録音しておいた。週刊誌にでも持ち込めば金になるのではないか、そんなことも漠然と考えていたように思う。

その女は、先日同席した菓子メーカーの御曹司にして妾の子だという男と行動をともにしているらしい。そして、嘘か本当かわからないが、全国を転々としているようだ。昨日、名古屋にいたかと思うと、今日は福岡という具合。『砂の器』ではないが、安住の地を求め、二人して全国行脚しているかのようだ。

二人の逃避行は延々と続き、週刊誌の後追い記事も増えていく。人の噂は七十五日というが、思いのほか、世間の興味関心は長引いた。相変わらず、その女からは連絡が来る。ある日、活動資金(逃走資金!?)を振り込んでくれと言われた。全国を転々としているから持ち合わせの金も底をつき、苦しくなってきたというのだ。東京に戻ったら、必ず返すから貸してほしい――。半年ほど前にどこかで、聞いたような“寸借詐欺”の手口だ。戻ってこないことはわかっていたが、確か、5万円ほどをその女の口座に振り込んだ。

助けたいなんていう気持ちはなかった。むしろ、リアルタイムでニュースが飛び込んでくる、そんな状況を維持したかったのかもしれない。特ダネを掴んだら離さないトップ屋のように、騒動の核心に触れていたいという思いがあったのだろう。

振り込んだ後も何度か、無心の電話はあったが、さすがに一度だけにさせていただいた。そうこうしているうちに、有名野球選手の愛人不倫スキャンダルの話題も少なくなってきた。騒動もそろそろ終息するかに見えた。

ところが、その騒動は意外な結末を迎えた。スキャンダル自体が自称「愛人」が金銭目当てにでっち上げた作り話と判明、さらには「野球選手」が恐喝され、数百万円を脅し取られる被害を受けていた事が明らかとなり、警察の強制捜査に発展し、最終的に、この女は恐喝容疑で逮捕されてしまったのだ。

ことは、単なるスキャンダルや騒動ではなく、“事件”に発展した。もし、時期がずれて、強制捜査、逮捕劇の最中に金を振り込んでいたら、“犯人”に逃走資金を与え、犯人隠避、逃走幇助をした“共犯”にされていたかもしれない。まさにぎりぎりセーフである。

まさか自分自身が“事件”の渦中に巻き込まれるとは思っていなかったが、テレクラの暗部を体感したような経験だった。その後、女がどうなったか知らないが、その野球選手だけは監督やコーチを歴任し、いまも野球界にその存在感を示している。時々、テレビのスポーツ・ニュースなどで見かけることもある。それを見る度、あの“真夏の夜の夢”を思い出さずにはいられない。

“虎の尾を踏む女”の尾を踏む男が私だった。テレクラの底なし沼のような奥深さと、犯罪ぎりぎりという怖さを思い知ったが、勿論、それで懲りないのが私だ。まだ、私のテレクラボーイとしての冒険は続く――。