2010-09-03
第5回 親やお兄ちゃんにわかってもらえればいい──小阪義徳さん(22歳・男性・大学4年生)
小阪くんは、1988年に東京・世田谷に生まれる。父は下北沢でバーを経営。母は、父のバーを手伝っていたこともあるが、小阪くんが小さい頃はめがねの組立工場で働いていた。5歳上の兄とその間に姉がいる。両親が共働きだったので、地元の保育園に通う。区立小学校、区立中学校を経て、都立高校へ。現在、都内の私立大学4年生。一人ぐらしの経験はない。大学は卒業予定(哲学の卒論を書いた)。卒業後どうするかは未定。
小阪くんは整理してものを言うタイプではない。うねうねといろいろしゃべりながら考えるタイプ。本人は話すより聞くのが好きと言うけれど、かなり語り好きの人だと思う。語っている自分に少し恥ずかしくなるのか、時々自嘲的に笑うのが印象的。
*2010年2月21日午後6時〜インタビュー実施。
「父に対しては小さい頃からあこがれみたいなものがありますね」
小阪くんは、小さい頃からカラダを動かすのが好きで、たいていは外で遊んでいた。中学では野球部に入り、もっぱら男子とつるんで遊んでいたという。バーを経営していた父親は、夜出かけて、朝方3時〜4時ごろに帰宅。昼間はいつも父親が家にいた。
石川 ほかのお父さんは朝から仕事に行っているけれど、自分のお父さんは家にいる、ほかのひととちがっていやだな、とは思わなかった?
小阪 いやではなかったです。小学校2年生くらいだったかな、宿題でお酒のことを何種類か調べて提出したときに、先生に「なんでこんなことを知ってるの?」と聞かれました。それで父の仕事を先生に話したんです。その話を父にしたら、「そういうことはあまり言うもんじゃない」と言われました(笑)。そのときからぼくのなかで、「お父さんの仕事はあまりひとに言っちゃいけない仕事なんだ、隠しておかなきゃ」と思うようになりました(笑)。それからは、父親の職業は絶対に言わないようになりましたね。でも、父親の職業を恥じてはいなかったです。
沢辺 ほかのお父さんとちがうことはイヤじゃなかった?
小阪 思ったことはなかったですね。父の存在自体にあこがれてたんで(笑)。小学校のとき、ぼくはあんまり学校に行きたくなかった日があって、そしたらお父さんがロマンスカーで江ノ島の水族館に連れてってくれたんです。そういうこともあって、父に対しては小さい頃からあこがれみたいなものがありますね。
沢辺 お父さんって何歳?
小阪 ちょうどこないだ60歳になったばっかりです。そうとう異端児です。うちのお父さんは、堅い家の出だったんだったんですけど、けっこう若いときから好き勝手やってた感じですね。最近切りましたけど、若いときは髪の毛が長かったです(笑)。ファッションも好きで、車とか遊び系にけっこうお金かけてたみたいです。車も、当時乗ってたのはトヨタの2000GT。まわりが買ってないような車に乗ってました。
石川 うちの親は公務員だったので、だんだん大きくなると、なんだまじめくさって、みたいに親に反抗的な気持ちが出できたんだけど、そういうのはない?
小阪 別にありません。父親に対する「かっこいいな」という気持ちは大きくなればなるほど強くなりました。
石川 いまでもかっこいい父と思ってる?
小阪 そうですね。小学校のときは一緒に絵を描いたりして、父の影響で絵を描くことが好きになったんです。高校くらいから父とは話すことが多くなりましたね。話すといっても、ぼくが一方的に聞くだけなんですけど。
ぼくは話すよりも聞くのが楽しいっていうか。むしろしゃべるのが苦手で、家族には静かな子って思われてたほどです。中学のときには、学校ではそれなりに騒いでてうるさいほうだったんだけど、家帰ると、まったくというかほどしゃべんないし、なんか聞かれても最小限の答えしか返さなかった。それで、親が三者面談のときに、「大丈夫ですかね?」と先生に相談してました(笑)。ちょうど「キレる少年」というのが流行っていたときです。
石川 なんで家で話さなかったの?
小阪 べつにいやだったわけではないです。学校のことを親に話すことにあんまり気が向かなかったからですね。
石川 家では、まあとりあえず、という感じでお父さんの話を聞いていたの?
小阪 そうですね。お父さんは、自分のことを話すのが好きです。お父さんが、「ヨーロッパのこういう絵が好き」と言うと、ぼくは図書館に行って、すぐそういう画集や写真集を借りてきて、それを見せたりしてました。高校ぐらいだと、お父さんはこういうのが好きなんだろうなというのがだいたいわかって。それで、好みに合いそうな画集や写真集を見つけてきて見せるんです。すると、お父さんがぴったり「それが好き」と言うんです。ぼくのほうは「ああやっぱり」と思うんです。とにかく、ひとの話を聞くのはぼくは苦痛じゃないです。
石川 聞き方はどうするの? お父さんに自分からなにか言葉をかけるの?
小阪 いえ、相づちとかもうたないで、ひたすらしゃべっているのを聞くだけです。ぼくは自分から話すのが下手だと思うんです。自分から話すと整理できなくて。話しはじめちゃうと、最終的によくわかんなくなっちゃうんです。それもあってあんまり話すほうは好きじゃないんです。
石川 お母さんについてはどう?
小阪 そうですね……小さい頃からお母さんも大好きだったんですけど、あこがれみたいなものはなかったです。ぼくにとって、お父さんと、5歳年上のお兄ちゃんはあこがれの対象です。
石川 とくにお母さんをきらいだと思ったことはないんだ?
小阪 ないですね。
石川 そうですか。
小阪 (笑)
「中学くらいから、父や兄に認められたい、評価されたい、という気持ちがすごく大きかったです」
小阪くんは、勉強はさほどできず、高校に行かなくてもいいくらいに思っていた。そうは言っても、高校に行きたくないという強い気持ちもなかったので、兄と同じ都立高校へ進む。英語が得意だったので、高校へはそれで入れたようなものだと自覚している。大学進学もあまり深くは考えていなかったが、「行ってもいいかな」という程度の気持ちはあった。高校時代から写真を撮ることが好きで、大学は写真部のサークルに入る。
石川 どうして今の大学を選んだの?
小阪 親に「大学に行く気があるのか?」と聞かれたときに、すごく大学に行きたいというわけでもなくて、何かやりたいこともなくて、正直に「わかんない」と答えたんです。そしたら父に「そりゃそうだ、それがたぶん本当の気持ちだと思う。そんなら進路の先生にその思いをちゃんと伝えてみな。たぶん先生はちゃんとアドバイスしてくれると思うから」と言われたんです。高校がけっこう自由な校風で、その自由さが好きだったので、そんな大学があったら行きたいです、と進路指導の先生に言ったんです。そしたら先生が、いまの大学をすすめてくれたんです。ちょうど指定校推薦もあるし、ぼくの評価だったら指定校をぎりぎり取れる、と。それで、「大学4年間行ってるうちに、自分のやりたいこと見つかるかもしれないし」と先生に言われて、「じゃあそうしようかな」と。
石川 自由な学校、というけれど、小阪くんの自由のイメージってどういうもの?
小阪 自由ってのは、好き勝手やることじゃないって思います。先生からもそう言われたし、親からもそう言われたんで、そこは心得てるつもりです。たのしさだけを求めるのが自由ではないと思います。
石川 たのしさ、というより、自分の好きなこと・やりたいことを追及する、というイメージ?
小阪 そうですね。自分の興味があることを確認するために大学に行く。そういう感じですね。ぼくは美術や写真が好きだったので、なんとなく美術大学に行きたいという気持ちが高校生のときはあったんです。けれど、美術大学に進学した先輩の話を聞く機会があって、話を聞いたら、「絵や写真は教わってやるようなもんじゃないなー」と思った。美術や写真って、本気で自分がやりたいと思ったら、美術大学行かなくてもできるだろうな、と思ったんです。それから、大学で社会のことや心理のことを学んでみたいなと思ったんです。「社会学や心理学で学んだことを写真に活かせたらいいな」という気持ちもありました。結果的に、心理学は1年のときに勉強したけど、ピンとこなかったですけどね(笑)。サークルで写真部に入って、そっちのほうが面白くなって。自分でモノクロ写真を撮って現像しては、家族に見せていました。
石川 写真を撮ってコンクールに応募するとか、そういう試みはしたの?
小阪 してなかったですね。自分でモノクロ写真を撮って現像することにははまっていました。けど、個展やったりとかそういうのはなくて。なんだろうな、自分で好きなのを撮ってよろこぶとか。そんな感じです。ぼく、友だちに写真見せるのも好きじゃないんで(笑)。見せる対象は親やお兄ちゃんでしたね。
石川 好きなことをやることと認められることはちがうのかな?
小阪 中学くらいから、父や兄に認められたい、評価されたい、という気持ちがすごく大きかったです。ぼくの中で兄は無条件にすごい人で、その兄にほめられれば、自分がやってることはけっこうすごいのかな、と過信しちゃうくらいにほめられたいと思っていました(笑)。なので、写真も、自分が撮ったものがお兄ちゃんにほめられると、また撮りたい、また見せたい、と思うんですね。
石川 お父さんやお兄さん以外の人にほめられてうれしいということはないの?
小阪 ぼくは、たぶんヘンに器用で、ヘンに自信をもっていて、アルバイトとかで言われた仕事はある程度こなせる自信があんです。だからなんていうんでしょうね。学校やアルバイトの現場で自分のやってることが評価されるというのは、評価されて当たり前というのがあって(笑)。一方、父や兄に「いいね」と評価される前は、どう評価されるかわからない、という不安があります。他人よりも、親や兄のほうが上だと思っているから、学校とかで評価されなくても、親やお兄ちゃんにわかってもらえればいい。そういう気持ちがあるのかな(笑)。
「お兄ちゃんはなにやっててもかっこいい(笑)」
小阪くんにとって、父にも増して、5歳上の兄は、あこがれの対象だった。兄はおしゃれで芸術に興味があり、周りのひとよりも進んでいるように見えた。小坂くん自身も、兄のまねをして、周りからはちょっと進んだヤツだと思われていた。
石川 お兄さんはどんなひとなの?
小阪 兄はけっこうやんちゃでした。美術に興味があるひとです。「美術大学とか行かなくてもなんとかなる」と思っているようなひとです。洋服やデザインとかも、ちょっと先を進んでる感じもあった。そういう姿を見て、お兄ちゃんへの尊敬、あこがれはすごかったですね。好き勝手やってるのもかっこよく見えて。
石川 やんちゃ、好き勝手、ってどんな感じのお兄ちゃんなんだろう。もう少し教えて?
小阪 不良とかじゃないんですけど、絵描いてたりとか。なんですかね〜、高校のときのお兄ちゃんは服に興味があって、自分でバイトして何万もするようなデザイナーの服を買ってたりしてました。それで「まわりの人とは違うな」とぼくは思ってたんです。
石川 それで、お兄ちゃんはいまなにやってるの?
小阪 なにもやってません。フリーターです(笑)。アルバイトをひたすらやってます。アルバイト先で社員になるように勧められたんですけど、勧められた途端やめちゃって(笑)。なんか「別にやりたくない」って。兄は、アーチスト系になりたいんだとは思うんですけど、でも常にやっていることがちがうんですね。絵だけを描いているわけでもないし、写真やデザインに興味が変ったりとか、いま、粘土をやっていたり(笑)。服にも興味があったりとかで、安定はしてない感じです。
石川 お兄ちゃんは自分のやりたいものを探している感じ?
小阪 そうですね。なんか「それをやんないで後悔するのはいやだ」みたいな感じだと思います。最近、年齢のことは考えているとは思うんですが。兄とはそこまで深くは話さないんで。
石川 お兄ちゃんは親に心配かけてるとは思わない?
小阪 親がそれなりに心配してます。ぼくはそれ見て「心配かけてんな」とは思います。けれど、ぼくとしては、お兄ちゃんは、普通の会社に入って働けるようなひとではないんだろうなと思ってます。そういうところもかっこいいと思っています。お兄ちゃんは何やってもかっこいいというか(笑)。
石川 では、お姉さんはどういうひと?
小阪 ぼくは、兄に比べてお姉ちゃんのほうが仲がよかったです。お姉ちゃんはいちばん家のことを考えてる。いつもしっかりしてたひとです。
石川 お姉ちゃんは大学へ行ったの?
小阪 短大を出て就職しました。うちの家族は美術系に興味があって、お姉ちゃんも雑誌は好きだったんです。それで、雑誌関係に就職しようとしたんですけど、落ちちゃって。いまはデパ地下のスイーツの販売員をやってます。すごいやりたいと思ってはじめた仕事ではないんですけど、しっかりやってる。兄弟のなかではいちばんタフだと思います(笑)。
石川 家族は仲がいいんだね。
小阪 ぼくは仲がいいですけど、兄は親にはけっこう反発してます。
石川 お兄さんは家で親とケンカしてるの?
小阪 してますね。手を出すわけではないけれど、口でケンカしています。親は親として決めつけみたいなことを兄に言っちゃうこともあるんです。すると兄は「そんな決めつけんな!」と言ったりして。
石川 親はお兄さんが定職に就いていないことについて何か言うの?
小阪 そうですね。それが親としては一番のあれなんでしょう……。
お兄ちゃんが安定してないから、ぼくがちゃんと働かないといけないのかな、とは思ってはいるんです。でも、ぼくだって自分のやりたいことやりたい。親も心のなかでは、「会社に入って、何年も働いて」という生き方をすすめるわけじゃなくて、「後悔のないように好きなことをやったほうがいい」と言いたいんだと思うんです。
石川 小さい頃から「好きなことをやりなさい」と言われて育てられた?
小阪 そうですね。親から「こうしなさい」と言われた覚えはありません。親は、ぼくが自分の興味があることをやっていくことを受け入れてる、という感じでした。
石川 ちょっと好きなこととはちがうけど、なにかに反発していくことはかっこいいことと教わった?
小阪 ないですね。生き方について具体的に言われた覚えはありません。親は、ぼくや兄がやりたいことをやっているのを見守ってくれている感じですね。
石川 小坂くんは、「自分はまわりとはちがう」と思ってた?
小阪 思ってましたね。お兄ちゃんを変にマネしてましたから。自分はまわりの友達より進んでる、まわりとはちがう、と常に思ってました(笑)。たぶんむかつくようなヤツなんですけど(笑)。
石川 そういうひとって、仲間からは、「なんだコイツ!」と思われて嫌われるけど、小阪くんはどうだったの?
小阪 ぼくはたぶん、好かれていましたね(笑)。友だちにめぐまれていたと思います。へんにかっこつけて、「俺はちがうんだぞ!」というのは出してきたつもりです。でも、それもまわりが受け入れてくれていました。
石川 実際には、「お前変わっててすごいぞ!」とかまわりから言われてたの?
小阪 「変わってて」ではなく、「好きなことをやってる」という感じだと思います。高校時代はまわりにファッションに興味のある友だちが多かったです。それで、ぼくはファッションもお兄ちゃんをマネしていたから、まわりから「進んでる」って見られてたんだと思います。
沢辺 こうやって話してると、決して自慢しているようには見えないところが嫌なやつに思われないところなんだろうね。でも、現象だけみると嫌なヤツだよね。
小阪 ほんとやなヤツですよね(笑)。
沢辺 でもやなところを素直に受け入れられるっていいところだと思うよ。
小阪 大学のゼミとかでも言われてたらしいんですけど、高校までも「実はいやなヤツだ」、「腹黒い」と言われ続けてたし、「なんか謎」みたいなことは言われるんですけど、自分で考えても謎なところはどこなのか一切わからない(笑)。
「(大学で)はじめて、考えるのは面白いんだと思った」
小阪くんは、大学3年生になって、たまたま哲学のゼミに入る。それまでは「考える」ということすら考えたことがなかったが、ゼミ合宿で考えること、哲学することに目覚める。
石川 大学時代の人間関係はサークルが中心なのかな?
小阪 そうですね。あと、ゼミですね。ぼくのなかでは、ゼミが衝撃的だったんで(笑)。
石川 どんな衝撃?
小阪 ぼくが入っているのは哲学のゼミです。でも、最初はどんなゼミかも全然知らなかったんです(笑)。サークルの先輩の紹介で入った、って感じなんです。
で、衝撃の話なんですけど、きっかけは3年のときの卒業合宿です。サークルの先輩が、「幸福とはなにか?」というテーマの卒論の発表をやったんです。そのときはじめて幸せとはなにか、をぼくは自分で考えたんです。幸福とはなにかを見つけてみよう、と。そしたら、ぼくのなかで答えが出たんです(笑)。それがなんだったか覚えていないんですけど(笑)。すいません。でも、そのとき、なんとなく、自分で「おれすげえ」、「おれここまでできた」と思うことができました。
それで、自分の考えを発表したら、まわりは「こいつなに言ってるんだ」という空気だったんです(笑)。でも、ぼくとしては「まわりはわかんなくてもいい」と思ったんです。そのときはじめて、考えるのは面白いんだと思えた。それがうれしかった。それがきっかけで、哲学にはまったというか、いろいろ考えることにはまってしまいました。
そうしたら、先生が授業で言っていることともわかってきて、それからほんとに哲学が好きになりました。写真でも、哲学でやっていることを役立てられるんじゃないか、と思えるようになりました。
いままでは、「友達よりも多少自分のほうが上」という気持ちがあったんだけど、ゼミの友達が考えたことにも、素直に「ああそうなんだ」と思えるようになりました。こんなふうに素直になれたのがはじめてなのかも。そうなれたことがすごく自分の中で大きかったです。みんなに自分の言ったことが受け入れられることにも快感を覚えました。
石川 やっぱり、幸福とはなにか、について小阪くんが考えたことが知りたいんだけどね。
小阪 いま思い出すと、「死」というか、「自分が無になることが幸福」みたいなことだったと思います(笑)。自分のことや他人のことを人間はつねに考えているけど、何も考えない状態を人間は求めていて、その状態が幸せなんじゃないか、と。でも、「なにも考えていないんだから幸せも感じていないんじゃないか?」という反対意見もありました(笑)。
石川 いまも幸せについて考えてる?
小阪 卒論では死を考えたんです。これは自分のなかで一定の答えが出ました。ふつうに言えば、死は悲しいことですよね。けど、ぼくは、そんなにすぐに死を悲しむことができるかどうか、と疑問をもちました。知らないひとが死んでも悲しいとは思わないですよね。それで、相手と関係性があることが死を悲しむことの条件だと考えるようになりました。
けれども、ぼくの悪い癖で、そこからいろいろ考えちゃって。関係性ってぼくと相手との一対一の関係だと思うんです。でも、たとえば、死の悲しみは相手との一対一の関係性のなかで感じることだとすると、それだけだと死の概念は生まれないんじゃないか、と思うようになったんです。死は言葉ですよね。言葉ってわたしとあなたの間だけで通用するようなものではないですよね。だから、わたしとあなたの関係だけでは死という言葉、死という観念は生まれない。死は、わたしとあなただけじゃなく、もっと広く共有できる概念なんです。でも、卒論ではそこまで考えることができませんでした。
それで、このあいだ合宿があったんですけど、そのあとゼミの仲間と数人で集まって、人間のもってる根本的な衝動はなにか? みたいな話になったんです。そこで、人間の根本的な衝動はなにか? 人間には、「ひとといっしょになりたい」、「共有したい」、という気持ちがあるんじゃやないかという話になったんです。そういう意味で、死という概念は、多くの人につながりたい、という気持ちから生れたものなんじゃないか、と思えてきたんです。で、ぼくは、死っていうよりも、そういう根本的な衝動、「共有したい」、「ひとといっしょになりたい」ということに興味があることがわかったんです。こういう根本的な衝動があるってわかると、ひとの言っていることを受け入れられるし、決めつけることもないし、こういうことって大事なんではないかと。あ〜、ぼくはなにを言ってるんでしょうね(笑)。
石川 うーん(笑)。なんか面白いね。だってさ、それまで絵とか写真にばっか興味あったひとが、いまは考えることに興味があるんだね。がらっと変わったんだね。いままでなにかじっくり考えた経験はありますか? と聞こうと思っていたんだけど、そうすると小阪くんはやっぱり、いま話してくれたように幸福とか死、それに人とのつながりについて考えたわけだ?
小阪 そうですね。死についてとか考えたことはそれまでなくて。それまでの自分は考えることより感覚を大切にしていた部分がありました。絵を見てああいいなと思ったら理由なんていらないと思ってた。「いいはいい」と。ヘンにアタマのいい人はそれを言葉にするかもしれないけど、なんかそういうひとに反抗するところがぼくにはあったんです。もっと感覚が大事だと思ってたんです。
大学に入って自分の今後については考えたりはしましたけど、そんなに深く考えたことはなかったです。卒論でやった死のことも、最初は「自分の人生とあんまり関係ない」と思っていました。でもいろいろ考えていくと、まあ、「死についてはこうだ」というはっきりした答えは見つからなくても、このテーマを考えていくうちに、「自分の人生で、かかわりっていうのは大切だ」ということがわかったんです。それに、ハイデガーとかも勉強したんですけど、そうすると自分の考える要素が広がりました。いろいろ勉強していくうちに、答えを出せるかどうかという結果は気にならなくなって、考えることじたいが楽しいと思えるようになりました。それがぼくにとっては大きいです。
「悩みになるかわかんないですけど、親の生きているうちにいいことをしてあげたいな、と思ってます」
小阪くんは卒業後の進路がまだ決まっていない。いまは、働いて親を楽にさせてあげたいという気持ちがある一方で、自分のやりたいことを実現させたいという気持ちで揺れ動いている。
石川 ぼくは考えることと悩みって関係していると思ってるんだよね。いま悩みはありますか?
小阪 悩みになるかわかんないですけど、親の生きているうちにいいことをしてあげたいな、と思ってます。親にはそれなりに感謝しているし、いま経済的に苦しそうなので(笑)、働いて多少楽にさせてあげたいとか。でも、自分のやりたいこともやりたくて、それは保証されてるわけじゃないんで、そういう面では、多少不安はありますけど。
石川 そのやりたいこととは?
小阪 いまはとりあえず写真です(笑)。
石川 それは写真を仕事にするってこと?
小阪 そうです。それで生きていくみたいな。
石川 う〜ん。
小阪 ぼくは興味が広くて、小さい頃から絵を描くことも好きだし、写真も好きだった。それ以外にも漠然と映画撮りたいと思ったこともあるし、詩を書いてみたい、とも思ってます。親からは、「ひとつのことに熱中しなさい!」と言われるんですけど、ぼくの中では、どれもはずせない。でも、映画がすぐ撮れるかといったら、それは無理だから、じゃあ、これまで真剣にやったもの、自信のあるものってなんだろうって考えたら、自分のなかでは写真なんです。
会社に入って事務の仕事はできると思うけど、自分のなかでは、「絶対に続かない」、「どこかしら後悔するだろうな」というのがある。失敗しても後悔しないものってなんだろうって言ったら、写真。それを仕事としてできたら幸せだろうな、という考えがあって。これは親にも言ってないですけど、「いまに見ていろよ」みたいな気持ちがなんとなくあります。
沢辺 とりあえず、卒業したらどうするの?
小阪 いままであまりそんなことを言わなかった父が、最近、「バーを終わらすのは悲しい」みたいなことを言ったんです。実際ぼくはバーをやるのはいやなんですけど、「手伝うくらいならやってもいいかな」とは思ってるんです。むしろ手伝いたいとは思ってんですけど、でもそれは父には言ってないんですよ(笑)。
沢辺 親にはこの先どうするかって話は、言ってるの?
小阪 なにも言ってないんですよ。
石川 それじゃ、最初、ご両親に楽をさせてあげたい、という話だったけど、バイトも決まってないから、これからご両親に食べさせてもらうことになるのかな?
小阪 なにかしらそうですね。
沢辺 大学の4年間でバイトでどれぐらい稼いだの?
小阪 1、2年のときはスーパーのバイトで月5、6万だったんですけど、1年くらいやってなくて、いま陶芸のアシスタントのバイトをやっています。週2日泊まりで、1万円、日給5千円です。そのバイトも卒論で忙しかったこともあっていまは休んじゃってる感じで。でも、その陶芸のバイトを卒業後もやるつもりはないです。
沢辺 大学のときいちばん金をつかったのはなに?
小阪 カメラです。ライカの安いので、8万円ぐらいのものでした。
沢辺 いまは小遣いもらってるの?
小阪 お小遣いはいままでもらったことありません。
沢辺 学費は出してもらってて、あとはバイトでってこと?
小阪 奨学金ももらっていました。それで、どうしても困ったときに……。
沢辺 1万円くれとか?
小阪 (笑)そうですね。
石川 月6万で大丈夫だったの?
小阪 大丈夫ですけど、いまお金なくて。奨学金を貯めてた分をくずして、なんとかやってます。
石川 親に申し訳ないな、という気持ちはある?
小阪 「自分がやだな」というか、「お金借りてるくせに偉そうなこと考えてる」っていうのがいやで。一番は経済的な面で親に申しわけないと思っています。
「いつか写真で食っていけるだろう、となんの根拠もないですけど、すごい自信があるんですよ(笑)」
いつか写真の世界でやっていきたい、と考えている小坂くん。大学に入ってから、写真にのめりこみ、自分の撮りたいものが見えてきた。日常を切り取った写真が撮りたくて、父親にもらったカメラ(ニコンFE)をいつも持ち歩いている。キャップはいつもはずしていて、すぐに撮れるようにして、通学途中の風景を撮ったり、公園で遊んでいる子どもを撮ったり、横断歩道を渡っているおばあちゃんを撮ったり。好きなカメラマンはアラーキー。人間というものをリアルに撮っているところに魅かれる、と言う。
沢辺 写真で食べていく具体的な計画はまだない?
小阪 キャノンのコンテストに出して、評価されればいいかなと思ってたんですけど、去年自分の納得のいかないものを出してしまったんです。もちろん評価されなかったです。いまは、どんなかたちでも写真にたずさわることができればと思っています。修学旅行についていって写真を撮るとか、そういうのでもいいです。そこから、欲を言えば、自分の撮りたい写真が撮れていければ、と。
石川 これからお金を稼ぐことと、写真で食べていくということは、どういうふうに小阪くんのなかではつながってるのかな?
小阪 自分の好きなことでお金をもらうことはいますぐにできるとは考えていないんです。けれど、「後悔したくない」という思いが漠然とあって。たとえば3年間会社に入ってお金を貯めて、それから好きなことをやるというのはやろうと思えばできると思うんですけど、そこにまで力を注げない、というか。それなら、バイトを3年間やって、お金を貯めて、写真で食ってやる、という気持ちのほうが力が入れられるという気持ちがあります。
沢辺 写真の専門学校に行って学ぼうという気はないの?
小阪 プリントする技術者になるならいいかもしれないけど、自分で好きな写真を撮りたいんです。それは学校では学ぶことはできないと思ってます。それに学校に行くのはお金もかかるし(笑)。また親にお金を出してもらうのか、と。そこまでして行く必要はないと自分では思ってるんです。
沢辺 実はおれも専門学校に行く必要はないと思っているんだけど、でも、そう考える人って多いでしょ?
小阪 デジタルやパソコンでの加工は、ぼくは苦手意識が強いです。ぼくはフィルムにこだわりたいです。けれど、デジタルとフィルムのどこが違うかには答えられません。けれど、甘い考えですけど、たとえば、照明のことなら、それが必要になったら、その場で考えればいい、技術的なことはその場で学べばいい、と思ってて。それに、ひとりで全部自分でやる必要もないと思います。自分の表現したい焼き方をしてくれるひとがいればそのひとに頼んでもいいと思ってるし。
沢辺 でも、修学旅行の写真を撮るような会社に入るときに、あなたはなにができるのか? と聞かれて、なにもわかりません、と答えたら採用してもらえないこともあるよね。
小阪 なんとなく、そういう不安はあります。ありますし、今だとそういう扱いになってしまうことはだいたいわかっているんです。けれど、いつか、写真はそういうものじゃない、ということをわかってくれるひとがいるんじゃないかと。
石川 そういう自分の夢に対しては醒めてないんだ?
小阪 ほんとに漠然とですけど、自信がある、というのが自分のなかで強いです(笑)。根拠はまったくないですけど、自分のやってきたこと、写真も絵も、ちゃんとやったらいつか評価されるだろうと(笑)。すごくいやなヤツみたいですけど(笑)。これがたぶんぼくの一番いけないところなんですけど(笑)。いつか写真で食っていけるだろう、となんの根拠もないですけど、すごい自信があるんですよ(笑)。
石川 「根拠はない」と言ってくれたけど、その自信ってなんでついたんだろう?
小阪 ぼくはお兄ちゃんにあこがれがあるし、お父さんも自分の好きなことをやっているので尊敬しているし、最終的に自分のやりたいことを真剣にやっていれば、結果はどうであれ後悔はしない、というのがあります。完全にぼくの思い込みですけど、お兄ちゃんを見てても、「うちのお兄ちゃんのやっていることは世の中に出たらすげえんじゃないか」と思ってるんです。このひとたちに評価されたものなら、ぼくの絵や写真は、社会に出ても通用するんじゃないか、という気持ちもあります。それプラス、「自分はここまで考えてる」という根拠のない自身もあります。「アラーキーがやったことも、自分が考えたことなんだ、ちょっと自分のほうが生れるのが遅かっただけだ」という思いもあります。そういう漠然とした自信があります。もちろん、その自信も打ち砕かれるときはくるだろうな(笑)、そうしたらまた真剣に考えなくちゃならないだろうな、というのはなんとなくわかってます。
「いままで親やお兄ちゃんの評価というのを気にしていたかと思うんですが、なんかそっから抜け出せた感もあるんですよ」
やりたい仕事でなくても、やっているうちに楽しさや面白さが生まれる、という場合もあることはわかっている。でもやっぱり自分は、したくもない会社勤めをして後悔するくらいなら、「夢」をかたちにするためにバイトをしてお金を貯めてでも、やりたいことに向かいたい。これが小阪くんの気持ち。
沢辺 同級生で就職しないのはどれくらいいるの?
小阪 ゼミで言えば、全員で10人ぐらいのうち、ぼくを入れて2、3人ですね。
沢辺 自分のやりたいことに進むひとはいる?
小阪 ぼくのまわりは、やりたいことを職業にしようというひとはあまりいませんね。やりたいことは趣味でやればいいや、というひとが多いです。
沢辺 いまの時代、やりたいものを仕事に選ばなきゃ、という傾向があると俺は感じるんだけど、そういうことに抵抗は感じない? やりたいことを仕事にしているひとって実はそう多くないでしょ。
小阪 実際やってればたのしくなることはあると思います。父もはじめはバーをやりたいわけではなかったと思うんです。でもやっていくうちにプロ意識が芽生えたりしたんだと思うんです。そういうのを見てるとわかるんですよ。自分のやりたいことじゃなくても仕事をやらなきゃならない、そこから得られるものもある、というのはわかっているんです。けど、ぼくは写真がやりたいし、それ以外のことを考えても、写真に行き当たる、というか。自分を表現したいのかわからないんですけど。やりたいことを仕事にすることにぼくは抵抗はないですね。
石川 やりたいことをやれてないひとのイメージってどういうものだろう?
小阪 昔は、やりたいことをやってないひとは「かわいそう」、「つまらない」と思っていたんです。けど、実際自分が就職ということを考えるようになると、「就職するだけでもすごいな」と思っちゃう自分がいます。その人なりに考えてることもあるだろうし。会社に入って何年間も務める、ということはぼくにはできないことだと思っているので尊敬もします。ただ、会社に入って、「これはほんとうは自分のやりたいことではないのにやらされて」と文句とかいう人を見ると「やめちゃえよ」と言いたい気持ちになります。
石川 就職するひとはやりたいことをやれてないひと?
小阪 そうとも最近は思わないです。やりたいことは趣味でもできることもあると思うし、仕事と分けて考えることもできるし。会社に入って一生安定した生活を送ることもぼくはいいと思うし。ただ、ぼく自身はそういう生き方はできないです。この気持ちは変わることはありません。ほんとは写真やりたいのに、無理にお金のことだけ考えて会社に勤めて写真ができなくなったと、最終的に文句をいうような感じなら、会社をやめちゃえばいいじゃん、という考え方をしています。
石川 就職するひとのイメージってどういうもの?
小阪 たいへんだなあ(笑)
石川 なにがたいへんそう?
小阪 就職するのがたいへんというよりも、就活を見てると、みんな必死でやってるし。そういう必死さをみると「たいへんだなあ」と思います。でも、「そこまでしてやんなくていいじゃん」と言うほど、単純に思えない自分もいるし。「いま必死になってやっても将来なんてわかんないじゃん」と単純に思いたい自分もいるけれど、自分も先の見えない立場なので複雑な感じです。就職するひとは、尊敬とまではいかないけど、自分にできないことをやっているので、現実を見ていてすごいなあと思います。
石川 人間関係と社会について聞きたいのだけど、人間関係で悩んだことある?
小阪 ぼくは人間関係で困ったことはないんで、そこまで考えたことはないですね。
石川 社会のイメージってどういうもの?
小阪 そんな深く考えたことないですけど、自分がこれから生きていくところなんだろうな、という感じです。
石川 これまでは社会で生きてこなかった、という感じ?
小阪 そうですね。あんま、社会というのを意識したことはないかな。大学を卒業して、これまでの自分の活動範囲を越えたところ、これから生きていくところが社会なんだろうな、というイメージです。
沢辺 彼女は?
小阪 いないです。こないだ別れたんで。
彼女は短大を出て、中学ぐらいから保育士になろうと思っていて、じっさいにいま保育士になっています。じっさいになってみると、思い描いていたこととはちがうこともあったみたいですけど、ぼくは「夢をもてるということはそれだけですごいな」と思っています。彼女のように小さいときからこれというのをもっていて実際にそれになったりするのを見てると、すごいなと思っていますね。「なりたくてそうなって、そこでちがっていた」というのならいいかな、とぼくは思います。幸せなんじゃないかな。ぼくも写真家になって写真が嫌いになるということはあるかもしれないけれど、それでも後悔しない、というか。そこまでは自分なりに真剣にやってきたつもりなんで。
石川 恋人とはなんで別れちゃったの?
小阪 これっていう理由はなかったです。ぼくは付き合う人とは、「結婚してもいいかな」と思えるひととしか付き合わない。でも現実のぼくはこんなんなんで、むこうからすれば、ぼくは就職もしてないし、そんな結婚なんてこと言われても現実味もないし。「常に支え合う」という関係へのあこがれがぼくにはあるんだけど、いまは、ぼくはそういうことができないんじゃないかな、と一方的に思っています。だから、いまは、一回、彼女とは距離を置いているという感じです。
石川 家族以外で大切な関係とは?
小阪 中学、高校の友達関係、大学の友人関係、それぞれがちがうよさがあって一番というのはないです。どれも大切です。大学では、人とそれほど深いつきあいはできないと思っていたけど、ゼミのひとたちと卒論をはじめたころにやっと仲良くなって、今後も付き合っていけるかもって思っています。
石川 深い付き合いってなに?
小阪 説明はできないんですけど、ただ一緒にいるだけで楽しい、無駄じゃない、と思える関係です。話をしなくても、いっしょにいる時間が深さに比例すると思う。
石川 さいごに、小阪くんが写真家になって自分の写真が世に出て、見ず知らずのひとに、「この写真どうしようもないよ」と批判されたとき、どう思う?
小阪 見ず知らずのひとだったら聞かないと思います。たとえばこの写真のここがよくないと言われたら、たぶん聞いて、もし話せるひとだったら、自分の考えも言うとは思うんですけど、いちばんは自分の納得なので。一番は出したいもので、他人の評価はあとからついてくると思っています。もちろん、職業として他人からの評価は重要だとは思うけれど、自分が出したいこと、というのがブレなければ、周りになんと言われようといいかな。
石川 これから小阪くんが行くところであろう社会というのはおそらく、見ず知らずのひとに自分を試される場所だと思うんだよね。それで、そういう場所というのは怖いと思う?
小阪 全然怖さはないですね。自分はどこに行っても自分でしかない、という自信のようなものがあります。いままで親やお兄ちゃんの評価というのを気にしていたと思うんですが、なんかそこから抜け出せた感もあるんですよ。それがすべてでないし、自分がいいと思ったらいいんだと思えるし。いまは自分がブレないと思ってる。社会の要請にどんなに対応しても、たぶん軸はブレない、というのがあります。
石川 う〜ん。ちょっと最後のところ、なんで親やお兄ちゃんの評価が気にならなくなるのか、なんでそんなに自信があるのか、そこをまだ聞きたいけれど、これで終わりとしましょう。どうも長い時間ありがとうございました。
◎石川メモ
「お父さん」
人前で自分の父親のことをなんと呼ぶだろうか。ぼくの場合は、目上の人との会話だけでなく、友人との会話でも「父」や「父親」と呼ぶ。「うちの父(親)が〜」といった言葉づかいで、父親が話題になるときは話す。
十年ぐらい前、人前で自分の父親のことを「お父さん」と呼ぶ男子大学生にはじめて会った。驚いたし、気持ちが悪かった。
人前で自分の父親のことを話すときは、男子たる者ならば、「父(親)」か「おやじ」だろう、「お父さん」は小学生までだろう、と思っていた。父親は、「父」、「父親」というフォーマルな言い方や、「おやじ」という言い方で、距離をとって語るべき存在であるはずだ。
だから、その大学生に「うちのお父さんが〜」なんて話されると、小学生かよ、子供かよ、まだお父さんベったりかよ、という印象で気持ちが悪かった。ちなみに、その大学生は人前では「母」、「母親」、「おふくろ」と呼ぶべき存在を「お母さん」と呼んでいた。「うちのお母さんが〜」といった具合に。もちろん、これも気持ちが悪かった。
でも、いまは、家族のことを人前で話すとき「父」、「母」ではなく「お父さん」、「お母さん」、それに、「兄」、「姉」ではなく、「お兄ちゃん」、「お姉ちゃん」を使うのが普通なのかもしれない。小阪くんもそういう言葉の使い方をしていた。
親はもう乗りこえるべき存在ではないのかもしれない。小阪くんは、自分の描いたイラストなり、写真なりを真っ先に父親や兄に見せる。父は乗りこえるべき存在ではなく、兄もライバルではないようだ。
何かをつくり、表現するということは、家族以外の人びとに発信することだとぼくは思っている。ぼくだったら、自分の書いたものを親に見られるのは恥ずかしいし、気持ち悪い。けれども、いまは、たとえば、親子でお互いの書いたブログを読みあって誉めあったりしている、という状況があるのかもしれない。
小阪くんは、写真で食っていこうとしている。これは、父親や兄に誉められればOKという世界とはまったくちがう世界で生きていくことだ。小阪くんは自分が写真家になることについて「根拠のない自信がある」と言っているけれど、もしそれが、家族に評価されたことからくる自信だったら、かなり狭くもろいものだと思う。この春大学を卒業した小阪くん、これからどうなっていくのか。また話を聞きたいところ。
やりたいこと、後悔しないこと
「やりたいことがある」という言葉は、「働くのはイヤだから」という言葉の裏返しになりやすい。小阪くんがそうだというわけではない。けれども、写真という「やりたいこと」がきちんとあるはずの小阪くんは、家族以外に自分の写真を見せたことがほとんどない。
小阪くんの「やりたいこと」のために、いま「やるべきこと」は、どんどん撮って人に見せることのはず。「後悔しないこと」も小阪くんのキーワードだったけれど、「やるべきこと」をさんざんやったなら、かりにダメであっても後悔はしないだろう。けれど、もし、それをやらなかったら、それこそ、あとで後悔することになってしまうはず。いまのまま暮らして、両親の経済事情が許さなくなって、いよいよ生活のためにお金を稼がなくてはならなくなったとき、「あー、あのときやるべきことやっておけばよかった」という後悔がやってくるはずだ。
「一度きりの人生、やりたいことをやって、後悔しないように生きていきたい」。そういう言葉はよく聞く。けれども、これはマッチョな言い方かもしれないけれど、もし漠然とでも「やりたいこと」があったなら、そのつどそのつど「やるべきこと」をとことんやっておくべきだ。小阪くん、いま現在、「やるべきこと」をやっているだろうか? すごく気になる。